究極の闇、『ン・クウガ・ゼバ』   作:ルシエド

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 ダグバとバルバが姉と弟(第一地球世界線においては姉と妹?)のような関係であったというのは、オダギリジョーさんが語った関係性の設定です(演じるキャラも、役者さんも、どちらもそうだったそうな)
 「だから同じ場所(額)にタトゥーを入れている」のだそうで


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 かくして、沙条愛歌(ダグバ)はこの地球に降臨した。

 愛歌の声に愛歌の容姿。そこに少しのダグバが混ざる。

 水色の愛歌の右目、黒色のダグバの左目。

 加えて、ダグバの持つ雰囲気と、愛歌の持つ存在感。

 見る人が見れば感覚的にダグバと分かる、そんな存在として。

 

 いつかの未来。

 クウガとダグバは白銀の雪山にて戦い、少女は彼に恋をする。

 その未来を求めて、愛歌は日本に足を踏み入れた。

 

 世界の壁に、時間は正しく在るのか?

 全知の彼女は知っている。

 そういうことはない。

 世界の壁を越えれば時間は正確な関係を維持せず、また、世界の壁を正しい手順で越えなかった場合、同時に世界の壁を越えてさえ到着時間に差が出てくる。

 世界とは大まかな時間の流れの上にある、固定帯によってまとめられた束に過ぎないからだ。

 

 ダグバと愛歌の戦いで開いた世界の穴は、彼女らが別世界に行くため開けたものではない。

 沙条愛歌が持つ平行世界にすら干渉する全能と、ダグバが持つ宝石剣を介した疑似第二魔法、それによる攻撃で"ついでに"開いたものに過ぎない。

 グロンギ達はそこに足を踏み入れ、三つ目の地球に到達した。

 クウガが最初に。

 他のグロンギ達は最後に。

 愛歌はクウガがこの地球に来た数ヶ月後、他のグロンギ達よりも少し早く、地球に到達した。

 

 そして愛歌は世界中を旅しているクウガ達をしばらく眺めていた。

 無言で眺めていた。

 時々微笑んだり、思いっきり笑顔になったり、時々不満顔になったり。

 一ヶ月ほどして満足した後、愛歌は"あの未来の雪山"がある場所を求め、日本に向かう。

 そうして彼女は、額に薔薇のタトゥーの女と、出会った。

 

「バルバ」

 

「お前の知るバルバではない」

 

「……ああ、『この地球の』、バルバ?」

 

「待っていたぞ。沙条愛歌であり、ン・ダグバ・ゼバである者」

 

 ラ・バルバ・デ。

 『ラ』の頂点。

 ゲゲルの進行役、ゲームマスター階級の最も高き者。

 

 『ラ』の役割は、グロンギにルールを守らせ、プレイヤーの殺害数などをカウントすることで勝利者を決定し、違反者の処罰や反抗者の処刑を行うこと。

 "ルールを守らせるものは最も強くなければならない"。

 それはどんな種族でも、どんな界隈も変わらない絶対の基本だ。

 警察が弱くては社会は維持できず、ゲームマスターが弱ければゲームは成立せず、『ラ』はダグバ以外のグロンギといい勝負ができるか倒せるかしなければ、ゲゲルを成立させられない。

 『ラ』が強いからルールを破ることができない。

 それがグロンギのゲゲルの基本。

 しからばその頂点であるバルバが、弱者からかけ離れた存在であるのは間違いない。

 

 融合した少女の、愛歌の部分がバルバを見定めんとし、ダグバの部分が僅かな安心を覚える。

 

 それは姉を前にした妹の心持ちに近かった。

 

 例えばだが、沙条愛歌には親も妹もいた。

 愛歌は家族を家族と認識しており、家族とそれ以外のものの区別もついていたが、家族もそれ以外のものも等しく無価値であった。

 そのため、表面だけを見れば家族とそれ以外を区別していないように見える。

 だがそれは違う。愛歌は家族に毛の先程の情も持っていなかっただけだ。

 家族を大切にする気がなかっただけだ。

 ゴミのように家族を捨てられるだけだ。

 

 この点においては、愛歌とダグバは共通した精神性を持っている。

 『情が一切無い姉妹の関係性』。

 それが、沙条愛歌とその妹の関係性であり、ダグバとバルバの関係性であった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()ぞ。それを教えてやろうと思ってな」

 

「―――」

 

「私の知るクウガと、お前達の知るクウガは違うだろう。

 だが、もたらすものに違いはあるまい。

 私の知るダグバも笑えなくなっていったグロンギだった。

 だが……未確認生命体第4号と呼ばれたクウガという最高の敵を得て、笑顔を取り戻した」

 

 バルバは、ダグバにとっては姉のようなもの。

 死んでも何とも思わないし、必要となれば殺せるが、それでも姉のようなもの。

 どんな世界においても、ダグバに物を教えられるのはバルバくらいのものだ。

 だから教える。

 彼女は教える。

 なんだってできる最も強い者を、救ってくれる戦士のことを。

 

「この世界のダグバは、『対等の相手』を得たのだ」

 

 愛歌の体が、興奮で震えた。

 

「存分に、思うがまま、力を振るうが良い。

 『クウガ』は『ダグバ』を笑顔にし、救うだろう。私がそれを保証する」

 

 バルバの保証が、愛歌の中のダグバの部分に確信を持たせる。

 

 だから待つつもりだった。

 

 全能の自分が手を出せば何もかもが変わってしまう。

 全能の力で見た未来は、全能の力が世界に加われば変わり果ててしまう。

 少女が見た未来を変えられるのは少女だけ。

 だから余計なことをすれば『あの未来』に辿り着けないし、けれども必要なことをしなくても辿り着けない可能性はあって、なので愛歌はあまり手出しをしたくないと考える。

 何か一つ間違えば、あの未来には到達できない。

 

 それでも未来を見ながら世界を編纂することはしなかった。

 

 初めてだった。

 何でもできる全能者が、何をするにも罪悪感を抱かない全能者が、その全能を縛ったのは。

 恋のドキドキを、失いたくなかった。

 このワクワクを、失いたくなかった。

 少女はこれまでの人生を一瞬たりとも楽しんだことがなかったのに、恋をしたその瞬間から、毎日が楽しくなった。

 

 まるで、どんな魔法をも超える『恋の魔法』にかけられたかのように。

 その魔法は、根源に繋がりその気になればどんな『魔法』も使える少女にすら、自由に使うことなどできない魔法であった。

 

 恋は幸せだ。

 恋は成就することが幸せなのだ、と言う者もいるだろう。

 けれど恋する乙女は、恋をした時点で毎日が幸せになるもの。

 結末に喜びがあるか悲しみがあるかは人によるが、そこに辿り着くまでの過程に、多くの幸せと苦しみがあってこその恋だと言える。

 

 愛歌は今幸せだった。夢見る心地で幸せだった。

 

 だからこの幸せを終わらせないため、そして幸せになるために―――恋の成就を(こいねが)う。

 

 これまでの愛歌は、世界の全てを無価値に見ていた。

 人間は自分の価値を価値観の中央ラインに置いて、それより高い価値のもの、それより低い価値のものを分けて考えている。

 愛歌の価値は高すぎた。何でもできたし、何でも創れたから。

 町並みも、人々も、世界も、無価値だとしか思えなかった。

 

 今ではそれら全てが、別のものに見えてしまう。

 

 町並みを二人で歩いたら楽しそうだな、とか。

 二人でカフェに行ったら楽しそうだな、とか。

 あの公園でわたしのお弁当とか食べてほしいな、とか。

 ゲームセンターで二人で遊んだら何を感じるんだろう、とか。

 街にたくさん居る人間をどっちが多く殺せるかのゲームとかしてみたいな、とか。

 そんな、恋する乙女なような思考で、恋特有の甘酸っぱい想いが次々と湧いてくる。

 

 予知は恋を終わらせる。

 恋という人間を殺し尽くしてしまうグロンギこそが予知なのだ。

 だから予知は辞めた。

 恋のドキドキを、これからの日々を、楽しく堪能するために。

 

 だから我慢して、見守っていくつもりだった。

 

 

 

 

 

 なのに我慢しきれなかったから、今彼女はここにいる。

 

 倦怠の塊。退屈の権化。

 全能者と最強種が共通して持つ鬱屈が人格を持って歩き出したような少女。

 人間は自分からかけ離れた者が自分を理解できるとは考えない。

 全能者と全知者は、無能なる者と無知なる者に理解を求めない。

 なればこそ、対等な者が得られた未来の奇跡に縋りつく。

 確信に似た諦めを持っていたはずなのに。

 

 全部分かってしまう少女は、変容を終え、()()()()()()()()()()()()を得てしまった。

 

 両手を広げて、愛歌はクウガを待つ。

 優しく抱きしめてやるために。

 けれども当然、クウガがその胸に飛び込んで行くわけもなく。

 

「いいの? うんと小さい頃みたいに、わたしが抱きしめてあげるのに」

 

「姉さん…………そんな時の、こと、なんて、覚えてない…………」

 

「あら、喋り方が戻っちゃった。でもいいわ。そっちの方が()()()()()()

 

「―――」

 

 全てを見通すように、少女は微笑む。

 可愛らしく、美しい。まるで花のような笑みだ。

 少女性と神聖性が、雰囲気に同居している。

 恋する乙女と、世界を滅ぼす破壊神の存在感が同居している。

 彼女から向けられる、甘酸っぱくて、儚くて、けれど多大な熱量を孕んだ想いが、クウガにはまるで分からない。

 

 分かるわけがない。

 だって彼女にしか、全知全能が見る未来は見えないのだから。

 

「どう、して」

 

「? どうしてって、何が?

 わたしはお姉ちゃんだから、聞かれたらなんでも答えてあげたいわ」

 

「姉さんも…………沙条愛歌も…………ワタシのことは、塵芥程度にしか、思ってなかった」

 

「あ、そんなこと心配してたんだ」

 

 愛歌は何もかもが分かっていて、クウガは何も分かっていない。

 

 そして愛歌には、クウガの気持ちが分からない。

 

「大丈夫。未来のあなたは、絶対に誰よりも素晴らしい王子様になるから」

 

 愛歌の口調は、好きな人のことを語るそれ。

 惚れた人の背中を押そうとする少女のそれ。

 時々声が上ずるのは、愛歌が恋をしたことがない少女であるから。

 全能のくせにクウガの心を射止められないのは、愛歌が恋をしたことがない少女であるから。

 

「もしも挫けそうになっても、わたしがそこまで育ててあげる」

 

 全知全能は、無知無能な人間になったことがないから。

 

 "自分の言葉が相手にどう聞こえているかを能力を使わず想像する"という当たり前を、恋の熱の中でするということが、できない。

 

 ……恋する少女は皆できていないかもしれないが。愛歌もまた、そうであるようだ。

 

「大抵のことは許してあげる。

 でもね。

 貴方のことは許してあげるけど、盗み聞きしてる雌鼠は許してあげないわ」

 

 愛歌が手を振った。

 すると、蒼色の――ダグバが使うプラズマと同じ色――触手が現れ、伸びる。

 それは全能の愛歌が好んで使う攻撃手段。

 六義園の茂みの中に突っ込んだ触手が、そこに潜んでいた者を捉え、無理矢理に引っ張り出して空中に逆さ吊りにした。

 捕まったのはカーマ。

 どうやらこっそり話を盗み聞きしつつ隠れていたらしい。

 触手で雁字搦めにされたカーマが空中でもがくが、触手はビクともしない。

 

「ちょっ、あっ、これちょっと力入れたら私がちぎれるやつっ」

 

「カーマ!」

 

『マスター! その心だけでもいい、戦闘準備を!』

 

 愛歌はカーマを見上げ、微笑みが消える。

 

 愛歌とカーマの顔は、()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 愛歌とダグバが融合したその容姿と、ほとんど変わらなかった。

 

「抑止力も間違ってはいなかったのかもね」

 

 クウガとカーマは、並ぶと兄妹か姉弟のように見える。

 愛歌とクウガも、並べばそれなりにそう見えなくはない。

 容姿と、瞳と、それと雰囲気。

 血族特有の雰囲気の近さ―――この三人の間には、それがあった。

 

身体無き者(アナンガ)

 カーマの別称でありその性質を表したもの。

 恋慕を生む、という意味の言葉が、同音異義の俗語に転じたもの」

 

 愛歌は淡々と語り始める。

 クウガは迂闊に動けなくなった。

 "あの触手"が頑丈なグロンギをカステラのように握り潰してしまうことを、クウガは前の世界の出来事から、よく知っている。

 

「カーマは恋の矢を放つ愛の神。

 シヴァの怒りに触れ、灰となり肉体を失った。

 いつか新たな肉体が戻ると言われ……その特性によって、どんな肉体にも成れる。

 モデルにした人間によって、幼い少女から、年を重ねた成人の男性にも、何だって」

 

 カーマは、肉体が無い者であるという異名を与えられ、神話のその部分をも"自分の特徴"として取り込んだ者である。

 インドの神々は様々な側面を持ち、サーヴァントとして顕現する場合、どの側面が表に出てくるかによって『存在を構成する性質の割合』が変化する。

 愛の神。

 恋の神。

 美しき者。

 心に生じる者。

 そして―――『身体無き者』。

 

 身体なき者としてのカーマは、身体不定形の者としての性質を強く持つ。

 時には誰かの体を借り、時には誰かの体をコピーし、それを変じさせていく。

 コピーした肉体の年齢や体格を変化させていくことすらできるだろう。

 身体が無いということは、そういうことだ。

 だから。

 ()()()()

 

 沙条愛歌の居た地球で、異世界からグロンギ達が進行して来た時、抑止力は動いた。

 人の滅びを回避せよ、と。星の滅びを回避せよ、と。

 そうして最初に――後が続かなかったため、事実上最後に――抑止力の守護者は派遣された。

 

 星も人も滅ぼす侵略者。

 星も人も滅ぼす全能者。

 両方を排除するために選ばれたその守護者こそが……『カーマ』であった。

 

 彼女が選ばれた理由は一つ。

 その時の抑止力が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と判断したからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()と。

 そう、判断したからだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そうよね、全知全能だわ」

 

「……私が模倣した肉体は、貴女だけじゃないですけどね」

 

「でも、ベースはわたしでしょう?」

 

「そうですよ。そりゃ、貴女が一番強かったんですから」

 

「だからあなたは、わたしの機能をそのままコピーして持っていた」

 

 ぐぐっ、と触手が死なない程度に少し強くカーマを締め上げ、カーマが苦悶の声を漏らす。

 

 クウガはカーマの友として、ランスロットは麗しい女性を守る者として、飛び出そうとする自分を抑えるのに必死だった。

 今飛び出せば、最悪カーマが握り潰される。

 カーマには愛歌のこの力を押し返せるだけの力は"もうない"。

 

「もう、そうじゃないみたいだけど」

 

「……貴女がもぎ取って消したんでしょうが! それも念入りに!」

 

「ええ、そうね」

 

 抑止力の目論見は外れた。

 最初に派遣したカーマは愛歌達をコピー、自らの肉体に反映し、全知全能の力を得た……だがそれでも、沙条愛歌には届かなかった。

 カーマも、それ以外の抑止力の干渉も、全て愛歌によって握り潰された。

 星の意志と言えるガイアも、人類全ての意志の顕現と言えるアラヤも。

 星一つの命、人類全ての命を集めようと、沙条愛歌一人に敵わないという悪夢。

 

 そうして、このカーマを派遣した抑止力は―――星と共に、滅びた。

 

「でも貴重な情報だったわ。

 抑止力の守護者でも、わたしをコピーしようと完璧に再現はできないんだって」

 

「っ」

 

「それとも、人間だからよくコピーできた方なのかしら? まあ、どうでもいいけどね」

 

 愛歌はカーマを捕らえたまま、クウガを見て、微笑みかける。

 

「クウガ。わたし、あなたが好き」

 

「へっ…………え?」

 

「だからちゃんと勝ち抜いて、誰よりも強くなってね。究極の闇の、その先に」

 

 言われた内容に戸惑うクウガに対し、愛歌はクウガが戸惑っていることにも気付かず、言葉を続ける。

 

「私が見た未来を変えられるのは、私だけ。

 ああでも、私が変えられるのなら、私と同じくらい強い人なら変えられるのかな」

 

「未来…………」

 

「だからあんまり助けてあげられないけど……お願い、嫌いにならないでね」

 

「―――」

 

「わたし、あなたに嫌われたくない」

 

 沙条愛歌の容姿で。

 けれど姉と重なる姿で。

 "嫌われることを恐れる普通の少女の姿"を見せられ、クウガは困惑する。

 "僅かに震えた少女の声"が耳に入って、クウガは混乱する。

 耳が言葉を受け入れているのに、心には拒絶感しかなかった。

 心がその言葉にアレルギーを起こしていた。

 

 恐ろしさを感じない少女らしい恋の様子が、クウガの心を混乱させていた。

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 殺生院/バルバと呼ばれた女性は、眠りを誘う薔薇の香りで、立香が覚醒と夢の境界を行ったり来たりする程度に睡眠を調整していた。

 そして、立香を『コウモリのグロンギ』に持たせる。

 

 コウモリのグロンギは、異様だった。

 肉体だけなら一般的なグロンギに見える。

 だがその目は血走り、口には革ベルトが噛ませられ、全身を革ベルトで拘束されている。

 そういった性癖を持つ男性への性的な責めにも見えるし、危険な怪物を封じるために全身を拘束しているようにも見える。

 だが、簡単な体の動作くらいはできてしまうようだ。

 

「お願いします。ズ・ゴオマ・グ様」

 

「―――ッ!」

 

 ズ・ゴオマ・グと呼ばれたコウモリのグロンギは、興奮した様子で立香を抱きかかえる。

 

 立香を抱えた瞬間、ゴオマの興奮が増した……ように、見えた。

 

 ゴオマの額には『薔薇の茨』が突き刺さっていて、生物のように蠢いており、キアラが指を一振りすると額の茨もまた動く。

 茨が動くと、ゴオマの身体がビクンと跳ねた。

 ゴオマの表情を見る限り苦痛はなく、むしろ快楽で絶頂したようにすら見えた。

 

「何を考えている? エクストラターゲットの殺害をラがするのは許されんぞ」

 

「ブウロ様は真面目すぎると思いますわ。

 エクストラターゲットは生きていれば良いのです。

 そう、生きてさえいればそれだけで的にはなりますわ」

 

「まあ、そうだが」

 

「だからここで、ズ・クウガ・バの試金石に使ってみましょう」

 

「?」

 

「クウガをクラスの席を埋めるだけの代理参加者として扱うと決めたのでしょう?

 でもズ・クウガ・バの弱さを知る参加者から難色を示されたのでしょう?

 聞いております。私にも何かできることはないか、と思いまして……

 僭越ながら、勝手に準備をさせていただきました。このゴオマ様がそうでございます」

 

「なんだと」

 

「ゴオマ様の事は、もう十分堪能致しましたので、十分です。

 さあ、ゴオマ様。

 この少女を連れ、飛び立ち、あなたの知る『ズ・クウガ・バ』を倒してください。

 ズ・クウガ・バを倒した、その時には。

 ―――この少女に、私にしたことと同じことを、好きなだけして構いませんよ?」

 

「―――ッ!」

 

 キアラはごく自然に、何気ない仕草で自分の股関節の周りの太ももや、ゴオマの股間の周りや腹を扇情的に手でさする。

 そして自分の胸の形が分かるように、自分の胸の周りの服を、そして立香の尻周りや胸周りを指先にてなぞっていく。

 どこか、妖しく。

 どこか、性的に。

 興奮した様子で、ゴオマが狂気的な叫びを上げた。

 革ベルトを噛ませられたゴオマの叫びは言葉にならないが、既に半ば溶かされたようなものであるゴオマの理性では、革ベルトがなくとも言葉など喋ることはできなかっただろう。

 

 飛び去っていくゴオマを横目に見つつ、ブウロは苦々しい表情を浮かべる。

 

「強さを見せる生贄、か。

 ……リントがグロンギに近付かず。

 グロンギとは似ても似つかない邪悪に成っていくとは……夢にも思わなかった」

 

「そうでしょうか? ブウロ様にそう思われるのは、悲しく思います……」

 

「心を陵辱して楽しむグロンギはいる。

 だがそれは、リントの心の価値と誇りを認めているからだ。

 綺麗で尊いからこそ、我らはリントを好んで汚し、踏み躙るのだ。

 だがお前は違う。

 お前は……リントの心を堕落させ、無価値にする。見たことのない邪悪だ」

 

 自分を正確に理解してくる怪物に、キアラは綺麗に微笑んだ。

 人を汚泥の底に引きずり込む、底なし沼の笑みだった。

 

()()()()()()()()()()()()()。私達は、同類ですわ」

 

「? 何を言っている。人間は皆そうだろう」

 

「ふふふっ、そうですわね。堕落すれば皆同じ。人も、怪人も……」

 

「だから、ゴオマをああしたのか」

 

「いえ、最初はただの興味本位だったのです。

 グロンギの方々は、とても性欲が薄い。

 食べることより、寝ることより、性交よりも、殺人が好き……

 生物種としてそうであるように思えます。

 繁殖に興味が薄い。

 食事に興味が薄い。

 睡眠に興味が薄い。

 だから食も発展させず、性も掘り下げられず、寝る間も惜しみ人を殺す」

 

「その程度の気持ちで、ゴオマを性欲に狂わせたと」

 

「いいえ、私に溺れさせたのです」

 

 興味本位で怪物を弄くり回すキアラも、融合した状態でそれを許したバルバも、他人事のように語り同族を玩具にされたことを怒りもしないブウロも。

 皆、何かがおかしい。

 人間の価値観から見れば異常で、彼らの価値観からすれば正常だった。

 

「あれは……ゴオマは、リントに言わせれば"強魔(ごおま)になれなかった者"」

 

「ええ」

 

「それが今や"強姦魔になってしまった者"だ。価値無き弱者とはいえ、同情はする」

 

「あらあら」

 

 ふふふ、とキアラが口元を隠して笑う。

 

「ご心配なく。私は私を戒めております。

 バルバ様は他者の脳に茨を埋め込み操る能力を持っていますが……

 それを私が本気で併用すればどうなるか、ゴオマ様にお手伝い頂いただけでごさいます」

 

「……これだから、バルバのお気に入りは皆タチが悪いと言うんだ……」

 

 教会には十字架があり、そこには神の子を象った銀の像がくくりつけられていた。

 

 人間に愛され、尊敬され、見上げられる聖なる人の代表格。

 

 そんな像に、ブウロは特に意味もなく唾を吐いた。

 

 

 

 

 

 そうして教会から飛び立った、眠る立香を抱えたゴオマを、クウガは目にする。

 カーマも見たがそっちを見ている余裕はなく、愛歌は視界に入れても興味すら持たない。

 ゴオマはクウガを探していた。

 クウガを倒し、"そういう行為"をこの少女にするために。

 与えられた女なら誰でもいいという堕落具合。

 キアラに許可された女以外には手を出そうともしない調教度合。

 狂犬と番犬を混ぜ合わせたような、他者からの狂気と支配が染み終わったコウモリの怪人。

 

「! あれは…………」

 

『マスター! 放ってはおけません!

 彼女は貴方が守ると誓った女性でしょう! っ、ですが―――』

 

 立香はゴオマに。

 カーマは愛歌に。

 それぞれ捕まり、次の一瞬にはやられていてもおかしくない。

 何せ捕まえているのがどちらも、人の命なんて知ったこっちゃない怪物だ。

 どちらかを助けるということは、もう片方を見捨てるということに等しい。

 どうすれば。

 クウガは選べず、ランスロットも"クウガの選択に余計な影響を与える"ことを恐れ何も言えずに居た。

 この局面に、正解はない。

 

「……あーあ、まったく。これだからだらしないダメクウガさんは……」

 

 そんな時。

 

 触手に締め上げられながら、苦しそうに、カーマは言葉を絞り出した。

 

「この地球は、弱肉強食じゃありません。適者生存です」

 

「? もしかして、わたしに言ってるのかしら」

 

「そーですよ、沙条ダグバとかなんとかさん。

 人の一番強い奴とグロンギの一番強い奴をかけ合わせたからって、なんですか」

 

 カーマは、"被害者の側の神"である。

 シヴァの修行を邪魔し、その心を恋慕に染めよと他の神に頼まれ、恋の矢を放ったことでシヴァの怒りを買い、理不尽に焼き尽くされた。

 完全に加害者ではなかった、とは言い難いが。

 そこまでされる理由はなかった、そんな神だ。

 彼女は強者の側の神ではなく、弱者の側の神である。

 踏み躙られる側の神である。

 神話においても、この時代においても。

 

「強者のみが必ず勝ち残るなら、いずれ滅ぶんですよ。どんな世界も」

 

「……ふうん」

 

「だから……神話でも、伝説でも、聖杯戦争でも。

 たびたび、『一番強い者が負け』、『そうでないものが勝者となる』わけです」

 

 弱者がいて、強者がいる。

 

 弱者になったことがない愛歌も、強者に灰にされたカーマも、それをよく知っている。

 

「滅びた世界の、滅びた負け犬の代表として言いますよ。

 強いだけの奴が勝って、残って、最後に笑うのって……胸糞悪いんですよね……!」

 

 自分とほとんど同じ顔の愛歌を、小馬鹿にした表情で、カーマは睨みつけた。

 

「わたしはクウガさんに全賭けした。私の命のチップを賭けるなら、この人と決めてます」

 

 誰もがそれぞれの理想の未来を願い。

 

 その願いを、ただ一人の英雄『クウガ』に懸けていた。

 

「賭けの倍率は酷いことになってますし、外したら私は終わりですが、知ったことじゃない」

 

 カーマは締め上げられたまま、ありったけの力で声を張り上げる。

 

「行ってください! こっちはどうにかします! なんとかなりますから!」

 

「でも…………」

 

「いいから!」

 

 クウガは一瞬迷った。

 カーマが還る場所はない。

 彼女を派遣した抑止力も、彼女が英霊の座に帰る経路も、そもそもその世界も既に無い。

 可能性の刈り取りにより、既に宇宙としては剪定と終焉の運命を迎えている。

 今、倒されれば。

 このカーマは英霊の座に還ることもなく、人間と同じように後の無い『死』を迎える。

 

 それはイコール、永遠の別れだ。

 

「分かった」

 

 けれど、迷いは一瞬で。

 

 クウガはカーマに背を向けて、カーマは彼の背中を見て笑う。

 

「―――『変身』ッ!!」

 

 突き出した拳で大気に『力』の紋章を描き、腰のベルトに勢い良く拳を添える。

 

 発声と同時に、クウガの全身は銀と紫の姿へと変わった。

 

 クウガを探し飛翔するゴオマの背を追って、クウガは街の中を駆け出した。

 

 人の居ない夜明けの空に、ゴオマが舞っているのが見える。

 

『奴は空を飛んでいる。こちらには圧倒的に不利です、マスター』

 

(いや、有利だ)

 

『何故?』

 

(私は奴の天敵だから)

 

 ズ・ゴオマ・グは、異世界から来たこの個体だけではなく、第一次未確認生命体災害の時に猛威を奮った『この世界のゴオマ』もいた。

 その時、ゴオマは長く活動していたがゆえに、多くの対策をなされた。

 例えば、超音波を発して反響を聞いているがために、特定の超音波をぶつける機械によって苦しめられた。

 例えば、超音波を発して反響を聞いているがために、現在位置を探知されやすかった。

 

 ゴオマは飛行時、感覚のほとんどを自らが発する超音波の反響、つまり能動的聴覚探査に頼り切っている。

 しからば。

 "聴覚に優れたグロンギ"にとっては……飛行時のゴオマは、ただのカモなのだ。

 

 踏み込む。

 

「長引かせないように…………しよう」

 

 踏み出す。

 

 脚部に力を集めて、路面を走り、ビルの壁面を駆け上がる。

 

 狙うはゴオマ。

 ビルの近くにゴオマが寄る瞬間を先読みし、ビルを駆け上がって更に跳躍。

 ビルから跳んで来たクウガに気付いたゴオマが空中で鋭い毛を発射した時には、もう、手遅れ。

 鋭い毛はクウガの装甲に弾かれ、距離は0になる。

 

 何の容赦もなく、何の躊躇いもなく、何の間違いもなく、理想の剣閃が首を斬る。

 

「返せ。その子は……お前が触れていい子じゃないんだ、ゴオマ」

 

 怖いくらいに一撃で、一瞬で、命が終わる。

 

 ゴオマの首と胴が生き別れになり、首と胴がバラバラに地に落ちていった。

 

 

 

 

 

 『湖の騎士』。

 ランスロットが保有する強力なスキルの一つ。

 幼少期、国を追われた赤子の王子ランスロットを拾い、育てた。それが湖の乙女である。

 湖の乙女に育てたランスロットは、"湖のランスロット"とも呼ばれたという。

 

 アーサー王の物語において、湖の乙女は最も名を知られる、極めて力の強い精霊だ。

 伝説においてはエクスカリバーとその鞘をアーサー王に与え、ランスロットを育て、マーリンを抜け出せぬ異界に監禁し、アーサー王の死後にベディヴィエールからエクスカリバーの返還を受ける……と、される。

 それすなわち、伝説の一端である精霊であり、星の内部で精製された神造兵装を人に与えることができるほどの強力な精霊であることを意味する。

 

 そんな湖の乙女に育てられたランスロットは、常に彼女の加護をその身に受けており、一時的に幸運以外のステータスをどれか一つ実質倍加することができる。

 

 ステータスランクは、数値に換算するとAが50、Bが40、Cが30、Dが20、Eが10。

 すなわちクウガは得意分野の筋力耐久であればAを超え、そうでない敏捷魔力であっても一時的にB相当まで引き上げられる、ということである。

 

 だがそれも、"一時的に"と頭に付く。

 倍化できるのは一つだけで、バテれば倍化も不可能になる。

 考えながら使わなければ、誰と戦う時にも役には立つまい。

 判断力がずば抜けているランスロットだからこそ使いこなせるスキルであり、本来ランスロットのステータスの暴力で圧殺するスキルだが、クウガにとっては弱者の工夫が問われるスキルであると言えるだろう。

 

 ランスロットは、クウガの内側で満足気に頷く。

 敏捷を倍加して一気に跳び、敵の攻撃に合わせて耐久を倍加し攻撃を弾き、接近してから筋力を倍加しその首を一撃にて切り捨てた。

 どうやらクウガの今の攻撃は、ランスロットに合格点を貰えたらしい。

 一撃で決めたのもスマートで、その辺りもランスロットの好みだったようだ。

 

 速く跳び、硬く受け、強く斬る。

 その在り様は、俊足の移動要塞。

 "敵の攻撃をものともせず進む紫"に移動力を加えた、一気に距離を詰める戦闘機かつ重戦車。

 クウガが不死のトリックを持っていることもあり、一度思い切り慣性力がついた紫のクウガを迎撃で止めることは難しいだろう。

 

「素敵」

 

 欠片を一つ覚醒させ、また一つ強くなったクウガの勇姿に、愛歌は言葉少なに見惚れる。

 好きな人の勇姿が愛歌の心を躍らせる。

 ダグバにとっては同族だが、その心には恋慕以外の何の波紋も起きてはいなかった。

 

「あら」

 

 ただ、それがよくなかったらしい。

 話の終わりに握り潰そうとしていたカーマが、触手の拘束の中から居なくなっていた。

 

身体無き者(アナンガ)……」

 

 あのカーマは、抑止力によって派遣された滅びを滅する守護者。

 その体は特別製だったものの、今やほとんど力も残っていない……と、思われていたが。

 どうやら愛歌が全てを見ることを辞めた後に、新しく小技を身に付けていたらしい。

 カーマは待っていたのだ。

 愛歌がクウガの勇姿に見惚れる瞬間を。

 その瞬間が必ず来ると読んでいて、その瞬間に全てを懸けて、見事逃走に成功した。

 

 ゴキブリのようなしぶとさと必死さ、こそこそ動くその姿に、愛歌は一興を覚えた。

 

「いいわ。余計なことをするようなら、消してしまおうかと思ったけど……

 わたしからは手を出さないでおいてあげる。

 愛の根源(シュリンガーラ・ヨーニ)のカーマ。その名の通り、傍で支えてあげてね」

 

 根源の少女は、愛の根源の少女を無価値なゴミ程度にしか思っていないが、少なくともズ・クウガ・バにとっては助けにのみなるであろうことを察し、見逃してやることを決める。

 彼女は全知にして全能。

 その気になれば今からでもカーマを追って滅することは容易だろう。

 けれど、そうしないことを決めたのである。支えろと命じたのである。

 

「わたしだけの王子様を」

 

 クウガが幸せなら、愛歌は幸せ。

 クウガが仲間が増えて嬉しいなら、愛歌も嬉しい。

 クウガが生きることを願い、祈り、想う。

 だからそれ以外のものは全部クウガの糧になったって構わないし、なれと考える。

 そんな愛歌の思考を読み切り、ゆえにカーマは逃げ切れることを確信していた。

 

「わたしがあの人のものになって、あの人がわたしのものになるまで」

 

 全能者は皆、いつか自殺する。

 全知全能になってしまった時点で、人生の意味がなくなるから。生涯の価値がなくなるから。

 それが道理。

 理屈で言えば、何でも知れて何でもできる人生になど、何の意味も無い。

 

 『理屈』じゃない感情のみが、愛歌(ダグバ)を今も動かしていた。

 

 

 

 

 

 ゴオマの首を落としたクウガが、空中で立香を受け止める。

 お姫様を抱えるように横抱きにして、手に持っていた剣を消した。

 重心を調整し、着地する場所に当たりをつけ始めるクウガ。

 そんな中、立香がようやく目を覚ました。

 

「うぉぉぉ……落ちる夢! 落ちる夢? 落ちる夢!

 よく見るやつ! ……あれ、いつもならすぐ目が覚めるのに、長い!?」

 

「すぐ、終わる」

 

「ああクウガ君だ……

 ん、夢の中にまで出て来て、なんか私が恥ずかしい。

 知り合いの男の子を自分の夢に出すとか、ちょっとこれどうなんだろう……」

 

「ん」

 

「クウガ君はさー、本人が思ってるよりは、頼りになる騎士だと思うよー……」

 

 立香がむにゃむにゃとした顔で親指を立てたので、クウガも親指を立て返す。

 クウガは持ち方を少し変えた。

 絶対に落とさないように。

 変な持ち方で体を傷めないように。

 しっかりと、けれど優しく、少女を抱える。

 

「大丈夫。ワタシは、夢の中でも…………君を、守ってるから」

 

「あー、あー、あー、うん。そっかぁー……」

 

 たん、とクウガが見事に着地を成功させると、着地の衝撃で立香の目が冴えた様子。

 

「ん、んん? あれ? これ夢じゃない? 私はベンチで寝てて……それから……」

 

 しっかり目覚めつつある立香をベンチに座らせ、クウガはカーマを助けに行こうとして。

 

「よし…………次は、カーマを」

『ええ、助けに行きましょう!』

 

「私カーマちゃん。貴方の後ろにいますよ」

 

「わああああっ!?」

『ぬわあああっ!?』

 

「おおう。イタズラの効果が思ってたのの五倍くらいでこっちまでビックリです」

 

 しっかりびっくりさせられていた。

 

 とりあえずはカーマ、立香を連れて撤退。士郎達と合流するのが良さそうだ。

 

 二人を連れ――人間体に戻ったので、盲目のクウガは立香に手を引かれてむしろ連れられていたが――クウガは歩いている途中、内側から話しかけられる。

 

『マスター』

 

「? どうしたのかな……ランスロット」

 

『これは忠告ですが。―――好かれる相手は、選びましょう』

 

「…………どうすれば、自分を好きになってくれる人を選べるのかな」

 

『……どうすればいいんでしょうね……』

 

 どうすればいいのだろうか。

 

 クウガとランスロットは、揃って悩んで首をかしげた。

 

 

 

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