【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/01 07:00 p.m.】
「というわけで、今のところ立てられた作戦を説明する」
間桐慎二警視が会議室の一番奥のホワイトボードの横に立っている。
一番偉い人の席には橙子。
一番会議を仕切りやすい場所には慎二。
これが、未確認生命体対策班の会議の基本スタイルだ。
会議室にはやる気をにじませる心昂ぶった人間と、緊張感と責任感に満ちている心落ち着けた人間のどちらかしかいない。
慎二は江戸川区からかかる、中央区などから見れば東の方向にある川、荒川にかかる橋を地図上で指差した。
「戦うのはこの場所。
荒川、及び中川に跨る小松川橋だ。
小松川署前の大通りがそのまま、橋の上に伸びて……向かいの岸に辿り着く。
明日は小松川署などの署を空っぽにして、その上でこの橋周りを交通封鎖する」
「部外者を排除した戦場を作るんですね」
「そういうこと。誰も通すなよ」
「小松川橋……確か車線3本歩道1本で出来た橋が、二つ並行してるんでしたっけ」
「そうだね。大荷物を積んだ大型トラックが沢山通っても大丈夫な、良い橋だよ」
小松川署の前の大通りが西に真っ直ぐに伸び、その大通りは小松川橋を渡り、西の彼方に見える東京の中心郡に向かって伸びに伸び、やがて皇居周辺に到達する。
皇居警察に"リントの戦士に対する興味"を持ったらしいガドルが使用するルートとしては、かなり妥当なものであると言える。
通常の警察官を避難させ、橋周りに人が居ない状態を作り、橋の上で仕留める。
これが作戦の基本だ。
「橋の右側と左側を上手く使っていこう。
右側で戦っていた空我を上手く左側に逃したりするサポートが重要になる」
二つの橋が僅かな隙間を空けて伸びる、長く頑丈な橋。
ここにどう人を展開していくかを、慎二が分かりやすくマーカーで地図の上に示していく。
「それとこの橋は、ここに橋の上を跨ぐように高速道路が有る。
首都高速中央環状線だね。
高速道路も交通制限をするけど、そっちは合同捜査本部に丸投げだ。気にしなくていいよ」
「橋の上にかかる高速道路……何か使えますかね」
「ああ、僕らはここを使えるようにしておこう。
今のとこは車を何台か待機させておく予定。
緊急の逃げ道に使うならここは最適だ。
上手く使えば空我を逃がせるし……
最悪、川の上の環状線で戦わせれば被害が抑えられる。
環状線自体高い所にあるしね。
と、いうわけで、空我。
ピンチになったら高速道路の方に逃げて、橋から飛び上がって高速の車に逃げ込むこと」
「はい」
最善は橋の上でのガドル打倒。
それができないなら、ガドルの被害を軽減しながら撤退。
勝ち筋だけでなく、"上手く負ける"方法も考えるのが理想的な戦術家と言えよう。
慎二は一時間ほどの会議を終え、話をまとめに入った。
「異世界のグロンギに対抗して既存の武器を改良してるが、間に合うかは分からない。
ぶっちゃけて言うよ。
死ぬ可能性はめっちゃ高い。
僕らは負け犬になる運命の上にいる。
……でも、知ったことじゃないよねえ?
調子乗ってる奴がそのまんま勝つとかムカつくわ。
強いだけの奴じゃなく、僕らの方が生き残って最後に笑うんだって、思い知らせてやれ!」
「「「 はい! 」」」
会議は終了。
各々が各々の決意を抱き、会議室を出ていく。
ガドルの行動権発生まで五時間を切った。
会議が終わったので残っていたお茶菓子を貪り始めたクウガの横で、慎二の肩を士郎が小突く。
「上司の振る舞いがサマになってきたよな、慎二は」
「はっ。乗せられやすいバカが集まってるだけだよ、煽るなんて簡単だ」
「ああ、そうかもな。俺も乗せられてる」
「乗せられちゃった? まあいいんだよ、それぞれ上手くやってくれればそれで」
慎二が視線を走らせると、ちょうど橙子がかなり大きめな正方形の鞄を、クウガに渡しているところだった。
「とりあえず持っていけ。前に測った通りに作ったものだが、お前の体のパーツだ」
「ありがとう、ございます」
「体のパーツ、ってあのオリジナルとほぼ同じな人形の?
ストック作ってたんですか、室長代理。いつの間に……」
「突貫作業だよ。あー、肩が凝る……タバコが切れたな。間桐、お前のを寄越せ」
「暴君っ……! はいはい、分かりましたよ」
タバコをカツアゲされる慎二の横で、クウガは士郎に頼み事をしていた。
「空中で、パーツを…………付け替えることも、想定、しています。なので、士郎さん」
「強弓で腕や足をお前のところに撃って運べって? できなくもないが、状況次第だぞ」
「衛宮できんのかよ……」
「体重50kgの人間なら腕一本は3kgくらいだからな。
クウガの体格なら変身後でも10kg行かないくらいか?
まあ変身前なら軽いし、剣を弓で撃つよりはずっと軽いさ」
「お願い…………します」
「引き受けた。お前の四肢が欠けた後、俺がタイミングを合わせてパーツを撃つ」
士郎が重んじるのはクウガを如何にサポートするか、の部分。
クウガが重んじるのは如何にしぶとく戦い続け必殺を叩き込むか、の部分。
どうやら、クウガの手足が空中を舞う戦いになりそうだ。
士郎はクウガの要望を聞き終わり次第、今度は逆に要望を出す側に回る。
「ああ、そうだ。ちょっと提案があるんだが」
「?」
「俺はガドルって奴を警視庁のデータベースでしか知らない。
異世界のガドルって奴には会ったこともない。
けどな、サーヴァントのヘラクレスとなら昔戦ったことがある。ちょっとだけどな」
「―――え?」
「興味が出てきたか? 俺の提案」
衛宮士郎。
クウガは知らない。
彼がかつて、冬木という地にて行われた聖杯戦争の最後の勝者となったことを。
時にぶつかり合い時に殺し合った間桐慎二と手を取り合い、最後に並び立ったことを。
士郎と慎二で"間桐桜"という少女を救い、最善ではないけれど、幸せになれる結末を掴み取ったことを。
そして、ヘラクレスを始めとしたサーヴァント達との戦いを、彼が越えてきたことを。
士郎も慎二も語らぬゆえに、クウガは知らない。
語る必要性も見られない。
だがヘラクレスと戦うことになった今、その一部は語る意義がある。
「多分今、この地球上で俺より多くヘラクレスを殺したことがある人間はいないぞ」
その言葉に嘘はなく。
偽物などではない、本物の言葉であった。
会議終了後、クウガは立香を探していた。
少し心配になったからである。
毒の影響が本当にないか、確かめに行くつもりであった。
その心配には、"そうした方が人間らしい"という打算も少しある。
同時に、立香もクウガを探していた。
少し心配になったからである。
人間は皆大丈夫でも、グロンギにあの毒が大丈夫だったか確かに行くつもりであった。
その心配には、"明日またすぐに戦うのに"という焦燥も少しある。
「あ」
二人同時に探していたため、二人は早々に出会う。
とはいっても、壁に手を付きながら耳を頼りに探していたクウガを、走り回って探していた立香が見つけた形ではあったが。
クウガは耳で立香の接近を察知していたため、此方の方が反応は早かった。
「リツカ、体は大丈夫?」
「うん、嘘みたいに平気。他の人もそうみたい。
もう本当に、この世の地獄ー! みたいに苦しかったのが、嘘みたいに消えちゃった」
「あのレベルの精度と規模の毒使いは…………グロンギにも、いない。
ガルメが融合したという"静謐のハサン"…………対人では、あまりにも、恐ろしい」
「多分スズメバチの凄い版とかできるんだよね? めっちゃ怖いよそれ」
「む…………ザザルやギノガの凄い版……いや、きっと、それ以上」
『なんかものすごい毒』に対し庶民的な喩えしかできない立香と、相手に伝わらないのに身内を喩えに使ってしまうクウガ。
何故これで会話がすれ違わず滑らかに進んでいくのか、二人にも分かっていないだろう。
二人はどこかほっとした様子であった。
会話の内容は関係ない。
会話を通じて、互いが無事であること、互いがもう毒の影響にないこと、互いがリラックスした状態であることを確認する、そこが大事だった。
二人は向き合い、互いの心の状態を察し、安堵を得ていたのである。
―――人を守るってことは、一つだけを守るんじゃないってことを、知ってほしいんだ
クウガは、そう言われたから。
立香は、そう言ったから。
命だけでなく、心も、居場所も守る。その誓いが二人の心を繋いでいるから。
この二人が向き合う時、この二人が互いの心を蔑ろにすることはないのである。
「あ、そうだ。これ今さっき買ってきたんだけど、貰ってくれたら嬉しいな」
ゴソゴソ、とポケットを漁った立香が取り出したるは赤いお守り。
真紅の布にどデカく金色で"身代御守"と書いてある。
所持者が怪我しそうになった時、その身代わりになってくれることを願われるお守りだ。
ただ、日本語初心者のクウガにはその漢字が全く読めなかったのだが、それは置いておく。
「これは、一体…………」
「あれ、お守り知らない?
持ってる人を守ってくれるもので、神社……神様のお家で買えるやつ」
「魔術の礼装、ですか。幸運値の上昇、いえ、神霊の加護…………?」
「あー違う違う。おまじないだよおまじない。絶対そういう効果があるってわけじゃないの」
「…………? 気休め、ということ、かな」
「えー、あー、うーん。
なんだろう。
改めて"当たり前"を説明するのって難しいなぁ……」
グロンギには分からない感覚であり、日本人なら誰もが知る感覚。
このお守りには物質的な効果があるのか、と言われれば立香は首を横に振る。
じゃあ何の効果も無いただの飾りなのか、と言われても立香は首を横に振るだろう。
そういうことを考えるもんじゃないんだけどなあ、と思いつつも、いやそういうことを考えるものなのかも? と立香は考える。
"当たり前のこと"をこんなに真剣に言語化しようとするのは、クウガくんと出会うまで一度もしたことなかったなあ、と思って立香は頬を掻いた。
「うん。これは私の気持ち」
「気持ち?」
「そうそう。
お守りってさ、自分で買うことも多いよ?
でも贈り物として買われる方がずっと多いんだよね多分。
健康祈願とか、無病息災とか、交通安全とか……
あ、このお守りは"怪我しないように"だね。
昔からこういうので相手に色々伝えるんだよ。
『これ持ってれば神様があなたを守ってくれるよ』とか。
『私もあなたのためにこういうことを祈ってるよ』とか」
「ああ。神様の加護と、人の祈りが…………同じ、なんですね」
「そんなカンジかな?
効果はあるとも、無いとも言えない。
神様の加護だけど、渡した人の祈りでもある。
少なくとも私は物って形で渡せる祈り、願い、そういうのなんだと思うよ」
グロンギの目に映るお守りの見え方が、少しばかり変化する。
「人間はさ。
多分グロンギほど強い生き物じゃなかったんだよ。
だからあの、魔術? とか。武器とか兵器とか作ったり。
本当に力でどうにもならないことには、祈りを託したんじゃないかな」
「祈りを、託す…………」
「うん。
病気とか交通事故とか受験とか、周りが何してもどうにもならないから。
……ううん、本人が努力しても確実にどうにかはできないから。
それでもさ。
人間って、多分祈らずにはいられないんだよ。
諦めて何もしないとか、そういう選択肢を選べなかったんだね、多分」
「グロンギの、多くは、多分そうは思わない。
できないことは、できないこと。できることは、できることだから」
「うん、そんな気する。
でもさ、なんか素敵じゃない?
誰かの祈りが誰かの成功とか幸せとかに繋がってくれるのってさ」
「…………」
人の祈りは、無力なのか? 無価値なのか?
グロンギはそう言うだろう。
ドライな人間、現実的な人間も、そう言うかもしれない。
けれど、誰かの無事と幸福を祈ってお守りを渡すような人間はそうではないだろう。
そのお守りには色んな想いが詰まっている。
クウガにすら、それは分かった。
"そういうもの"を理解していなかったクウガに、立香はそれを理解させた。
「かも、しれません」
無力でも、戦う力がなくても、祈ることはできる。
祈ることしかできないのなら、せめて無事を祈る。
祈り続ける。
自分にできることを探し続けている立香が見つけた今できることが、それだった。
「ワタシの無事を…………祈って、くれるかな」
「うん。もっちろん! 断られたって祈るくらい、バリバリ祈るよ!」
「ありがとう」
お守りを至極大事そうに握りしめるクウガの中で、ランスロットは一人呟く。
『人の祈りなくして英霊は存在しない、か。さて、私も気合を入れ直さねば』
夜空の星に、雲がかかり始めた。
明日は曇るだろう、とランスロットは予測する。
そうして、ランスロットが予想した通りの曇り空の下、ガドルは瞳を開いた。
【東京都江戸川区 2014/08/02 06:00 a.m.】
ドゥサは立て続けに攻撃を仕掛けることを選んだが、ガドルは朝を待った。
夜の世界では強力な五感を持つガドルが有利過ぎる。
ガドルが望むのは激しい戦いだ。
「―――」
ガドルはリントの強さを期待する。
リントの強さを認め、それを甘く見ない。
必要となれば他のグロンギの多くと違い、リントの強さを真似することもある。
リントを露骨に見下す他のグロンギとガドルが一線を画するのは、そこだ。
だがそれは、人間基準での『尊敬』とはまた違うものだ。
言うなれば、グロンギ基準での『異形の敬意』と言うべきもの。
尊敬とは、人間においては見上げるものだ。
だがガドルは見上げない。
高きものとも、貴きものとも、尊きものとも見ない。
同じ高さの目線でじっと見つめて、己の内に取り込む。
尊敬するものを壊すことに、人間は躊躇いを覚えるだろう。
心の片隅に一瞬よぎるだけであったり、手を止めてしまったり、その人によって程度は違うだろうが、尊敬とは好意の一種だ。
それを破壊することに何の感情も覚えないことはない。
だがガドルは覚えない。
せいぜい敬意を示した強者の殺害に達成感を覚える程度だ。
ガドルの敬意は人間の尊敬とは違い、好意としての性質を帯びていない。
だが同時に、他人が持つ戦士としての信念は尊重する。
人間を、ではない。
信念を、だ。
だから力任せに人間の大切なものを蹂躙することにも躊躇いはない。
ガドルが強者を求めるのも、自らの敗北を求めているからではない。
より強い敵と戦うことで、己を高めたいからだ。
すなわちそのスタンスの根底には、グロンギらしい"強くなる"という欲求がある。
ガルメやジャーザが、弱者を好んで殺すグロンギであるならば。
ガドルは、強者を好んで殺すグロンギである。
ゆえに、ダグバを除いたどのグロンギよりも強くなった。誰よりも、誰よりも。
「人払い完了しました」
「橋周りも封鎖完了です」
「観測班からの報告。ガドルの現在位置はここです。石化が無いと観測も楽ですね」
「仮眠組を叩き起こしに入ります。戦闘準備に」
「よし」
警察の人間がそこら中を駆け回る中、クウガは抉れた目の奥で、かつて見たことが有るガドルの動きを思い出す。
頭の中で繰り返しシミュレーションをし、繰り返し挑み、繰り返し負けた。
クウガは一対一では絶対に負けるシミュレーションを終え、耳で慎二の接近を感じ取る。
「頼んだよ、空我」
「先制攻撃を仕掛ける、ですね」
「ああ。改正マルエム法がなければもうちょっとやりようはあるんだけどねえ」
改正マルエム法。
グロンギの政治家によって制定された、『警察官からグロンギへの先制攻撃』『人間体のグロンギへの攻撃の禁止』を基本事項に盛り込まれた法律。
これが、警察側の手段をかなり制限してしまっている。
状況によっては、警察官が怪物に攻撃されてからでないと反撃が許されないほどだ。
だが、クウガはこの法律の外側にいる。
クウガは警察の味方だが、マルエム法に動きを制限されない。
かつ、警察に保護されている存在のため、クウガが戦闘に入ればクウガ保護の名目で戦闘に介入することも可能だ。
そうなれば、警察は事実上先制攻撃からの戦闘を開始することができる。
法の隙間を豪腕で広げる戦闘展開である。
ガルメは土地勘が無いため橋周りを見回している。
警察とジャーザは橋の上で立ち回るために色々仕込んでいるようだ。
陣地作成、といったところだろうか?
警察は準備もしつつ、油断なくガルメとジャーザの監視もしている様子。
警察の仕込みは機械的なものであるため、クウガもさして興味を持たなかったが、ジャーザがやっている作業を感じて足を止める。
目が見えないクウガには分からないが、ジャーザは橋のいたるところに魔法陣のようなものを押し込み、その内部に浸透させていた。
クウガの肌は"強い力が橋のある空間に染み込んでいく"のを感じ取る。
「ジャーザさん…………それは?」
「対ダグバのために編み上げたものよ。ま、試運転といったところかしら」
「!」
弱者には欠片も理解できないダグバの力を、グロンギの中で最も理解している最強の三の一人、ゴ・ジャーザ・ギ。
彼女が立てた対ダグバの力となれば、生半可なものではあるまい。
「とりあえず、ダグバの攻撃に一撃は確実に耐える……そういう想定で組み立てたわ」
「結界…………ですか」
「私達の攻撃は邪魔しないけど、ガドルの攻撃だけは邪魔して止めてしまう水の結界ね」
「ここに、引き込む」
「ええ。橋全体にこれを広げるつもり。勝機は多少出てくるわ」
クウガは少しジャーザに話を聞こうとして、けれど聞いたことに対する返答次第では人間側に不安が広がることを想像して、グロンギ語で話を振る。
それは、気遣いであり。
「……ボン・ダダバギ*1」
"グロンギらしくないもの"。
ジャーザはそんな、グロンギらしくないクウガの心の動きを見逃さなかった。
が、とりあえずは何も言わない。
クウガと違い、微笑むジャーザはクウガに心中を何も読ませはしない。
「ギョゾググ・ギボヂゼグ・ゾグバ・シラグバベ*2」
「ガガ? ゼロ……*3
ガダシバ・サボグ・ギグンジャ・バギバギサ・ラ・ガメゴ・レ*4」
ジャーザはメガネを押し上げ、落ち着いた口調で語る。
「ケ・セラ・セラ*5」
ふと、気付く。
クウガは自分やガルメが緊張していることや、勝てるわけがない強敵に挑むが如く恐怖を噛み殺していることは分かっていた。
だが、ジャーザは怯えていない。
やるべきことをやり、ゲームに勝つ。ジャーザが考えているのはそれだけだ。
自分の命も他人の命も、ゲームに勝利するためなら簡単に賭けられるという、完成されたグロンギの精神性。
敵に回せば恐ろしいが、味方であれば心強い。
「来たぞ! 目視範囲に入った!」
そうして、準備が終えられた頃。誰かの声が、どこからか響く。
ゴ・ガドル・バは、橋の前に到着した。
「さあ……始まるぞ」
そう呟いたのは、誰だったか。朝空を覆う分厚い雲が、皆の不安を僅かに増していく。
ガドルが首をゆっくり動かし、橋周りに停車された警察の装甲車を見渡し、橋の真ん中に悠然と立つグロンギ三人と、共闘する人間達を見る。
ズ・クウガ・バ。
メ・ガルメ・レ。
ゴ・ジャーザ・ギ。
そして武装警官達。
警察が狙った通り、リントの戦士のみを狩るガドルは―――橋の上と橋の向こうに並ぶ、ガドルを迎撃するために集まった警察官達を、獲物として見定めていた。
また、ガドルが一歩踏み出す。
ジャーザの結界の中に、ガドルが足を踏み入れた。
「第一作戦フェイズ1、開始!」
瞬間、ガドルをありとあらゆるものが襲った。
ジャーザの結界効果。
警察が誇る優秀な開発班の造った、"触れずに物を押す"斥力発生装置がガドルの体を拘束。
ガルメが放出した口と鼻から入り込む最上級の猛毒が、空間レベルでガドルを覆う。
更には警察が前回の戦いで有効であることを認識した特殊煙幕弾を撃ち込み、体の自由を奪い結界の影響下で毒に蝕まれるガドルの視界を奪った。
毒混じりの黒い煙幕がガドルに纏わりつき、離れない。
「第一作戦フェイズ2、行けクウガ!」
そして、一瞬の間を置いて、クウガが飛び出した。
目が見えずとも関係なし。
鼻と口を覆えばこの毒もまた関係なし。
狙うは一撃、必殺の初手。
敵わぬならば初手のち、離脱。
限界量の八割ほどを絞り出した血液を、一気にプラズマに変換し、
『叶うなら、初撃で殺し尽くしてください!
格上に対する最良の一手は、最初の奇襲によって何もさせずに殺すことです!』
ランスロットの助言を聞き、頷きつつクウガは全力で踏み込んだ。
最速で最強の一撃、叩き込むべし。
そうして、ドゥサ同様に敵の視界を奪えば有利に戦える、と考えていたクウガは。
全ての干渉を
煙幕の闇の中、ガドルの紫の瞳がギラリと光る。
「―――
放たれるは、超高速の九連斬。そして剣圧による衝撃波。
クウガの両手両足が、切り飛ばされた。
ジャーザの結界が切り飛ばされた。
ガルメが満たしていた毒が全て吹き散らされた。
毒を吹っ飛ばした衝撃波が、警察が並べていた大型支援機材と装甲車の全てを破壊し、破壊しながら吹っ飛ばした。
距離を取っていたはずのガルメが驚愕の表情を浮かべ、衝撃波に吹っ飛ばされていく。
ただの人間でしかない警察官たちも、踏ん張ろうとするが踏ん張りきれず、まるで人間に息を吹きかけられたアリのように吹っ飛んでいく。
車がひっくり返り、周辺の窓ガラスは衝撃波で時に割れ、時にヒビが入り、吹っ飛ばされた警察官達が木々や車にぶつかってドクドクと血を流していく。
士郎とジャーザは眉を僅かに動かし、されど驚いた様子もなく、吹っ飛ばされることもなく、その場に立ったまま生み出した武器を構えた。
「なっ」
「わっ!」
「!?!?」
全ての対策が、全ての準備が、九の斬撃から成る剣の一振りで壊滅していった。
「―――!」
だが、ここで終わるクウガではない。
根本から両手両足を切り飛ばされ、空中に浮いていたクウガが、切り飛ばされた自分の右腕に噛み付き、右腕が持っていた剣ごと無理やり引っ張り、肩口に再接続。
急速再生。
接合完了。
更に、クウガの両手両足が切り飛ばされたのを見た瞬間に、士郎はクウガの片脚パーツを射出していた。
異様な反応速度。そして異様な射撃精度。
クウガの手元に左足パーツが飛んできて、体の切断面でクウガはそれを強引にキャッチする。
急速再生。
接合完了。
先の一撃のために込めた大量のプラズマを再収束し、片足で跳ね片腕で振るい、クウガはガドルの首を正確に狙い斬りかかった。
「フッ」
ガドルは、クウガの方を見すらしない。
ただ少し力を入れて、裂帛の気合いを放った。
その瞬間。
爆裂する。
ガドルが少し気合いを入れた、ただそれだけで、その身に満ちる魔力が爆裂した。
「―――!?」
クウガが吹っ飛び、橋の東端から西端まで飛んだ挙げ句に地面を転がされる。
毒も、結界も、煙幕も、残滓すら残らずまとめて消滅する。
街中に暴風が吹き荒れ、車やビルが大きく揺れ、想定されていた戦闘エリアから遠く離れた場所で多くの人が風に押されて転んでいった。
そして、空を覆っていた雲が吹き散らされ、青空がやってくる。
暴力的な魔力の爆裂は、爆発的な上昇気流を発生させ、東京直上の雲を一つ残らず吹き飛ばしていった。
おそらくは、東京周辺の気圧配置を機械で見れば、大幅に変わっていることだろう。
まるで神話の一幕のようなその一動作に、士郎は深く息を吐き、口を開く。
「―――かつてヘラクレスは、空を一人で担ぎ支えた。その豪腕は、天地すら動かすってか」
それは、神話の体現。
あまり動じていない士郎とは対照的に、慎二の頭の中は混乱で満たされていた。
「うっそだろ……?」
急いで体のパーツを受け取り、五体満足に戻ろうとするクウガをよそに、ガドルは言い放つ。
「ボセパジュ・グボブザ*6」
「ザバギン・バシグラ・ゴ・ガドル・バ・ザ。*7
ゴセド・ヘラクレス・ゾガラ・ブリセダ―――ギギュギュンゼ・ゼンギンギ・ブザソグ*8」
慎二と士郎は、ヘラクレスを知っていた。
最強の一人でも、無敵でも無敗でもないことを知っていた。
警察官達は、データでガドルを知っていた。
最強の一人でも、4号/クウガに負けたことを知っていた。
クウガは、ガルメは、ジャーザは、英霊を使うようになったガドルを知っていた。
だから、一人では勝てないことを確信していた。
けれども。
ヘラクレスと、ゴ・ガドル・バの融合体の強さを―――この瞬間まで、全ての者が、致命的なほどに過小評価していた。
ヘラクレスは強い
ガドルは強い
だから誰よりも強い
……愛歌とダグバを除いて