黄金のガドルの手の中に、空気が吸い寄せられていく。
かき集められ、圧縮された空気が
瞬きの一瞬で、ガドルの両手に二つのボウガンが握られていた。
「!」
「
二つ同時の、ナインライブス。
クウガですら一つ弾くのが限界の、18のドラゴンレーザーが解き放たれる。
「避けっ―――」
誰かが叫んだが、間に合うはずもない。
かくして、これまで国を襲う災害レベルであったグランド・バーサーカーの攻撃は―――星の表皮に重傷を負わせることも可能な、星レベルの災害と化した。
それは、アラヤとガイアが危惧した"グロンギの可能性"の顕現。
星の外敵を星の外敵をたらしめる脅威の、視覚化であった。
全て、全て、吹き飛んでいく。
ガドルが攻撃対象に選んだものが、全て。
幸か不幸か? ヘラクレスが弓兵として使うナインライブスは、ドラゴン型のホーミングレーザーだ。直線的には進まない。
もしも直線的な攻撃なら、この橋から見えるマンションやビルは全て消滅していただろう。
曲がったからこそ、遠くに被害は出なかった。
だが、だからこそ、レーザーは食い荒らすように眼前の敵に群がった。
ジャーザに。
ガルメに。
クウガに。
投影剣に。
そして、警察官達に。
援護をしようとしていた士郎が、慎二が、警察官達が吹っ飛んでいく。
広範囲に散っている警察官達を無力化するにはレーザー一本で十分。
ガルメも、クウガも、一本ずつで十分。
ゆえに、15本のドラゴンレーザーが投影剣を粉砕しつつ、全方位からジャーザに殺到した。
「クァァァァッ!!」
ジャーザが猛獣の如き叫びを上げ、青の俊敏体に形態変化。
全方位からのレーザーを受け流し、避け、紙一重でかわし、しのぎきらんとする。
警察官達が爆風で吹っ飛んでいく。
ガルメは透明化して逃げ、クウガはナイト・オブ・オーナーの使用後反動に耐えながら必死にレーザーを弾く。
だがそのどれも、ジャーザの状況に比べれば楽なものだった。
もはやジャーザに、この数をしのぎ切るだけの余裕、速さ、力強さを並立する余裕はなく。
レーザーを粉砕することすらできない。
ジャーザと、彼女が立っていた空間をまとめて粉砕するかのように、十数本のドラゴンレーザーが着弾した。
橋が、橋の上に立っていたクウガが僅かにバウンドするほど、縦に大きく揺れる。
炸裂したレーザーの光で皆の視界が一瞬潰れるが、目に頼らないクウガには関係がない。
一瞬、ジャーザの打倒に戦場の緊張がほんの一瞬緩んだのを、クウガは肌で見逃さなかった。
(―――! 滅多にない、幸運!)
ドラゴンレーザーはまだ追ってくる。
だが、今光に紛れて接近できれば、ホーミングするレーザーをガドルに当てることも、一太刀入れることも可能だ。
クウガは粉砕された直後の投影剣の残骸を一本握り、使い慣れた両手剣に変化させてガドルの背後に回り込む。
もうAランクの攻撃は撃てない。
それどころかナイト・オブ・オーナーの負荷で体がガタガタで治りきっていない。
霊基レベルでの無茶をしたツケが来たのだ。
今日、明日、体は全力の状態で動かせないだろう。
もちろん、今この瞬間も。
今のクウガに残された機は、ドラゴンレーザーと同時にプラズマ斬撃を叩き込み、合計威力がA+ランク以上に到達することを願う―――それしかない。
(ここから仕留められれば!)
そうして注意を引くことくらいしか、もうクウガには、ガドルを足止めする手段がない。
だが、クウガの淡い希望の価値は無に等しい。叶わぬ夢と等価であると言い切れる。
"緑の力"を持つガドルは視覚でドゥサを上回り、聴覚触覚でもクウガを上回る。
背後からの接近も無意味。
その五感は、背後に回り込むクウガの接近を察知していた。
ガドルの足が、ダンッ、と路面を踏み叩く。
「
その瞬間。
間髪入れず地面から生えた『九本の槍』が、クウガの全身をくまなく貫いた。
「ゲ、ふっ」
それは破壊力ではなく貫通力に特化させた、余分な破壊を一切発生させない、『防御ごと人の急所を貫く九撃』……見紛うことなく、"ナインライブス"であった。
クウガの両手両足、人体急所、体内の致死に至る部分、手にした剣、その全てが的確にナインライブスによる九突同時攻撃によって貫通されていた。
九本の槍による串刺し刑。
一つ一つがAランク相当の防御宝具ですら紙のように貫くという異常な貫通力。
最も綺麗に貫いたものは、クウガの左足裏から体内に入り、脳のど真ん中を綺麗に通り抜けて頭頂部から抜けていた。
グロンギが持つ力、モーフィングパワー。
上位のグロンギならば必ず持っている力であるこれは、基本的に手に持った"何か"を、そこから連想できる武器に変化させるものでしかない。
ゆえに、完全に計算外だった。
ガドルが足裏で触れていた路面を、武器としての槍に変化させ、その槍をナインライブスとして真名解放して見せるなど。
(足で踏んだ路面ですら……自由自在に……槍に変化させ、真名解放まで―――!?)
『マスター!?』
そして、串刺しになったクウガに追いついたホーミングレーザーが、クウガの胴を砕きながら通過していった。
ジャーザは消えた。
クウガも消えた。
人間も動いている者は一人もいない。
あとは、とガルメは油断なく思考する。
「……」
ガドルに隙はなく、ゆえにガルメが機を待って仕掛けた奇襲は、奇襲ではなくやぶれかぶれの突撃に成り果ててしまう。
透明化、気配遮断による完璧な奇襲は、ガドルに完璧に見抜かれていた。
ガルメの口から放たれる、弾丸の如き圧縮毒素。
それがかわされ―――る、ことなく、ガドルに命中し、その体内に一滴残らず浸透した。
「へ?」
どうやらガルメ本人すらも当たるとは思っていなかったらしい。
ガドルに気付かれた時点で、当たらないと思いながらも一か八かで撃っていたようだ。
だが、当たった。
なんという僥倖。
望外の奇跡にガルメの体は震え、思わず口角が上がる。
「ゴセンガシ・ダダベンゾ・ブザ!*1
ゲギジヅン・ハサン・ンゾブゾ・ボグギュブギダ!*2
ビンゲンゾ・ロンロソ・ギバサザ・ゼヅブス・ゾブジャバギ!*3
グロンギ・ンビョグジンババ・サザゼヅブ・ダダグギボ・グンゾブゾガ・ギュギュブギダ!*4」
余裕ぶった口調で、小馬鹿にしたような笑い声を上げ、ガルメはガドルを見下し見据えた。
だが、違う。
ガルメのそれは余裕ではない。
余裕ぶって話すだけのガルメを、余裕に満ちるも慢心の無いガドルが睨む。
「ガ……ゲ……*5」
すぐ倒れると思っていた。
すぐ死ぬと思っていた。
太古にこの地球に跋扈していたという、山より大きな竜種ですら0.1秒で死に至る毒。
ゴの上位でも絶対に耐えられないように編み上げた毒。
なのに、ガドルは膝すら折らない。
自分が先程ちゃんと毒を撃ったのか、それすらガルメは疑い始める。
これは現実?
夢? 幻覚?
倒せないはずがない毒を打ち込んだのに、ビクともしないがゴ・ガドル・バが、メ・ガルメ・レの現実認識を揺らがせる。
「ビ……ビギデギ・バギボバ?*6」
「ギジャ・ビギデギス。グデデダ・グググデデ・パンサンブ・ザガガダダバ*7」
ガドルが保有するスキルは、肉体への干渉の多くをカットする。
ヘラクレスが保有するスキルは、精神への干渉の多くをカットする。
そして、十二の試練がAランク以下の全てをカットする。
三重の守りは、弱者の小細工を全く寄せ付けない。
「ゴグバ・ゴラゲザジ・ヅンギガギボヂ・バサビ・ダジョスボ・ドゾビレダボバ*8」
「―――」
「パリガビガ・ゲダジ・ヅンンジャシド・ベンンパザ・ゾギンジダ・ジャーザ*9
ザグヂョブ・ビビダゲ・ダムサ・ズラボベンビ・ダブギダ・クウガ*10
ジャヅサグ・ダダバギンバ・バゼロ・ドドロ・ギンジダボ・パゴボ・センヅギザ*11
バビゾヅベ・ダゴグド・ジャヅサグ・ギンジダボパ・ゴボセジギンザ*12
ゴラゲパガ・ギゴビジ・ヅンゼパバブ・ガドズベンゲ・ギセギボヂ・バサゾゲサンザ*13」
ガドルは、最後まで槍と剣を主体としたジャーザの戦いを思い返す。
次に、どこまでも愚直にとことん真っ直ぐに、プラズマを纏わせた剣を叩きつけてきたクウガの戦いを思い返す。
そして、自分の命運と戦いの勝敗を左右する最後の賭けの一撃に、本来の自分の力ではない、毒を吐き出す攻撃を選んだガルメを見やる。
「ゴラゲザ・ジヅンンヅ・ジョガゾ・ギンジデ・ギバギ*14」
「―――ザラセェェェェッ!!*15」
最強の毒を爪に纏わせ、対不死の短槍の力を宿し、ガルメは爪を突き出す。
ガキン、と無情な金属音が響いた。
ガルメの爪はガドルの皮膚には刺さらない。
そして、ガドルは拳を振り上げる。
殺人的な威力と速度による一撃が、ガルメの腹を叩き上げた。
「ガッ―――」
ガルメの体が上方に吹っ飛んでいく。
100m、200m、500m、1kmの高度を超えてもまだ止まらない。
成層圏に到達したガルメの体が自由落下を始めるが、ガドルは既にそちらを見ていない。
"何を狙うか"を信念のレベルで定めているガドルからすれば、ジャーザの予告殺人を真似て予告殺人を始めるようなガルメは、一流には程遠い若手の新人程度の存在でしかなかった。
「ダギャゾ・ギギビギデ・ゲゲスンバ・ギジョグゾ・バゲデギス・ジョグゼパバ*16」
ガルメを即死させなかった――即死級の斬撃ではなく、即死級の拳で処理したのは――ガドルが既に、底の見えたガルメではなく次の敵を感知していたからだ。
何者かが、ガドルに殺気を向けている。
それも、最高に質の良い殺気をだ。
ガドルは斧剣を肩に担ぎ、振り向き、敵を見据える。
そこに、『戦士クウガ』が居た。
「継ぎ接ぎの英雄か。お前に相応しい」
クウガはもはや、見るに堪えない惨憺たる在り様であった。
ナイト・オブ・オーナーのせいで、肉体の芯も霊基も損傷状態。
再生が追いつくはずもなく、肉体はボロボロ。
橙子が用意した、クウガの肉体を完璧に再現した肉体パーツも、必死に拾い集めて全て使い切ってしまった。
当然ながら、それらのパーツだけではグロンギの体を一つでっち上げるにはあまりに足らず、醜悪な補修作業を行うしかなかった。
骨の再生が間に合わない。
なので、鉄パイプを肉の中に差し込み、骨の代用とした。
骨の再生をやめ、肉の再生を加速させてなんとか動く体を補修完成させた。
筋肉も全て再生させているだけの時間も余裕もなかった。
よって、破壊された警察の機材からゴムチューブを拝借した。
人体は基本的に、反対方向に動きが向いている筋肉二種を対に配置するなどして、関節を左右や上下などに動かすようになっている。
片側の筋肉と、反対側のゴムチューブで、肉体を動かすという仕組みだ。
単純な動作を行うだけならば、これで十分。
胴体にもナインライブスの発動時に作られた槍を突き刺し、腰から上が前後に倒れて胴体がプチっと行かないよう、支えを入れた。
これでなんとか、立っていられる。
無茶苦茶な再生速度を応用した、無茶苦茶な人体補修作業。
あまりにも強引なやり口で、ズ・クウガ・バは死に体から立ち上がってみせたのである。
そんなクウガの姿を見てガドルに心中に湧いた感情は、感嘆であった。
なんという執念。
なんという気力。
なんという、諦めの悪さ。
リントのような、合理性からかけ離れた熱い精神性。
グロンギが持つ、人間では真似できない怪物の合理。
二つが高度に絡み合った、人間のような怪物で、怪物のような人間の心。
ガドルの内に、"この素晴らしさをすり潰してこの世から消したい"という、グロンギのごく自然な欲求が湧いてくる。
「ラン、スロット。…………この、考え、と…………心中する、覚悟を」
『御意に、マスター。その御心に、最後の最後まで付き合いましょう』
クウガには秘策があった。
……今まで秘していたわけではない。たった今思いついた秘策だ。
ぶっつけ本番、思いつきをぶつける、それ以外の手立てがない。
ガドルのゲゲル制限時間が切れるのはまだまだ先だ。時間切れすら狙えない。
けれど、もしこれが成功したなら、と、クウガは思う。
深呼吸。盲目の騎士は、目と同じくらいにはよく見える肌の感覚に集中する。
ガドルの手の中に、黄金のボウガンが構えられる。
左右の手で弓は二つ。
放たれるナインライブスは18。
クウガが弾けるのは、万全の状態で一つが限界。
継ぎ接ぎの勇者は、深く息を吐き、使い慣れた白亜と黄金の剣を構え、駆け出した。
「
迎撃に放たれる、18の絶望。獲物を逃さぬドラゴンレーザー。
死を前にして臆することなく、騎士は更に強く踏み込んだ。
間桐慎二は、足から血を流し、瓦礫の中で目を開いた。
開いた目に飛び込んできたのは、今にも殺されそうなクウガの姿。
何かをしてやろうとするが、体がまるで動かない。
ナインライブスはレーザーの内のたった一本ですら、人間の居る近くに着弾すれば、衝撃波で人間を揺らし人体機能を麻痺させるだけの威力があった。
「づっ……!」
痛い。
苦しい。
なんで僕がこんな頑張らなくちゃいけないんだ。
死んだふりでもしてやり過ごそう。
ただ僕を痛めつけたことは覚えとけよクソっクソっ。
間桐慎二の脳裏に、そんな情けない嗜好が浮かんで、慎二はそんな思考に身を任せた。
任せた、のだが。
そんな彼の手の先に偶然、"コントローラ"がぶつかる感覚があった。
「……僕はさあ、こういうの、あんま向いてないっての」
衛宮士郎は、腕からも胴からも額からも血を流していた。
爆発は士郎を吹っ飛ばし、吹っ飛んできたコンクリートの破片は容易に肉体に突き刺さった。
衝撃は体の自由を奪い、出血は体から体力を奪う。
戦おうと考えたところで、士郎の体は動いてくれない。
体の内部にダメージを通して来る衝撃波は、流石の士郎にもよく効いてしまったらしい。
「まいった、な」
だが、士郎は動こうとするのをやめない。
自分の後ろに、人が生きる街があるのを知っているから。
目を見開いて見た先で、クウガがガドルに殺されそうになっているから。
諦めない。止まらない。
衛宮士郎の心の剣は、こんなことでは折れやしない。
それは彼が自分を客観視し、愛した女性の味方になることを決め、社会に適合し、理想に妥協を差し入れてもなお残る―――彼の本質的な善良さであり、人を守らんとする優しき強さ。
「まだ……まだ、できることは……あるっ!」
慎二が力強く、コントローラを握り締める。
それは、ジャーザが橋に魔法陣を仕込んでいた時、警察が同様に仕込んでいたもの。
橋の裏側などに仕込まれていた、"万が一の時最悪を避けるための爆薬"の起動コントローラ。
もはや指一本動かす程度の力しか残っていない慎二だが、今はそれで十分だった。
士郎が魔力を絞り出す、現実を侵食するイメージと共に、突き出した手を前に向ける。
それは、彼が持つ最強の盾。至高の防御。
人を守るという祈りを束ねた花弁の盾。
人を、クウガを、守るために。今一瞬のみ、限界を超える。
踏み躙られると、ふつふつと怒りが湧いてきて、いつまでも根に持つのが慎二だった。
踏み躙られる人がいれば、なんとかしてあげたいと力が湧き、底力を発するのが士郎だった。
指一本の意地があった。
盾一枚の意地があった。
「―――僕は、僕を雑魚みたいに見てる偉そうな奴が、嫌いなんだよッ!!」
「
指一本が動く。
盾一枚が飛ぶ。
そして、希望が繋がった。
爆薬が起爆し、ガドルの大暴れによって位置がずれ込んでいた爆発が、橋を崩して傾ける。
ガドルの足場が崩れ、18のナインライブスの全てが外れた。
だが、これはホーミングレーザー。
他の射撃ならこれで回避完了だが、何とも恐ろしいことに、ドラゴンレーザーはクウガの背後で軌道を折り曲げ帰って来る。
クウガの背後に、迫る18の光が殺到し―――彼の背後で花開いた、花弁の盾がそれを防いだ。
「―――!?」
投影された一枚の盾は七枚の花弁で構成され、一つ一つが古の城壁と同等の耐久を持つ。
投擲武器など、飛び道具の多くに対し無敵という宝具ではあるが……衛宮士郎の投影品はランクが落ちるため、貫通されることもある。
ヘラクレスの二重ナインライブスを完璧に防ぎ切れるほどのものではない。
花弁にヒビが入り、その圧力に花弁の盾は散っていく。
だが。
十分だ。
最良の場面で、この上ないほどに最高の盾であった。
「ッ!」
クウガは背後の盾に守られながら、爆発的な踏み込みを見せた。
盾が壊れ、ナインライブスのレーザーとロー・アイアスが反応して生まれた爆発が、クウガの体を一気に押す。
加速したクウガは刹那の一瞬にてガドルの懐に入ることに成功した。
振り上げられる、騎士の剣。
剣に変形する、ガドルのボウガン。
……まさに、怪物の中の怪物。
予想外の速度、予想外の動きであったはずなのに、ガドルは懐に入られた瞬間にもう、防御の姿勢を完了させていた。
クウガの最後の剣はガドルの胸には届かない。
だが、そんなことは、クウガにも最初から分かっていた。
ガドルを狙っても防がれるだろうと、確信に似た想いがあった。
"だがこれはとことん戦士であるガドルには読めないだろう"と、確信に似た予測があった。
『魔剣』。
クウガの手札の中で唯一ガドルの意表を突けるものが、プラズマ剣の軌道を捻じ曲げる。
そして、剣はガドルではなく、橋に向かって炸裂した。
「!?」
超高温のプラズマが指向性をもって橋にぶつけられ、注ぎ込まれた莫大なエネルギーが、先の爆薬で壊れかけていた橋を崩壊させる。
クウガの体、もろとも、崩壊させていく。
落下していくガドル。
その後を追うクウガ。
全身が熱で融解しながらも、クウガは空中でガドルを追いかけた。
クウガは思い出す。
ガルメに、海に蹴り落とされた時のことを。
"グロンギは重いから水に浮かばない"ということを、あの時散々思い知った。
ガドルは空中。
下は川。
ガドルは飛べない。
そして、ジャーザ達のような
ここが付け入る最後の隙だ。他にはもう、何もない。
『マスター! 出力を上げすぎです! 制御を離れたプラズマが……マスターッ!!』
ランスロットの叫びを、クウガは聞かない。聞き入れない。
普段は血液しかプラズマに変換していないが、今はもう、その縛りも捨てねば勝てない。
剣を振るう腕があればいい。内蔵も、足の中身も、骨も、肉も、全て全て変換していく。
『君も吹き飛ぶぞ!』
「治せばいいッ!!」
そうして、過去最大のプラズマが、自爆気味に炸裂した。
Aランク以下の攻撃を無効化する強化型ゴッドハンドが貫通され、ガドルが川に叩きつけられ、川の水を貫通して川底にめり込んでいく。
川と川底にクレーターが出来、そこに大量の水が流れ込んだ。
激流の渦の渦中にて、ガドルは水の圧力に飲み込まれる。
プラズマの熱で蒸発と激流の混沌と化した川は、ガドルの動きを阻害した。
「ガッ……!?」
偶然、奇跡、そう言うのは簡単だ。
棚からぼた餅、と思えてしまうものかもしれない。
だが、棚にぼた餅を入れた人間が居なければ、棚からぼた餅は出てこない。
0から奇跡は生まれない。
奇跡は奇跡が生まれる下地からしか生まれない。
ゆえにこれも、"諦めず勝機を窺い潜み続けた"選択が生んだ、奇跡と言えよう。
「よくやったわクウガ」
川底から浮上するジャーザ。
ボロ雑巾のようになり、全身から血を流す彼女だが、その動きに陰りは見られない。
倒したと思っていた敵の再来に、ガドルは目を見開く。
ゴ・ジャーザ・ギは、この瞬間をずっと待っていた。
「ここまで持って来てくれたこと、褒めてあげる」
ジャーザは水中で、宝具の名を口にする。
宝具の真名が解放され……されど、水中であったために、開帳された宝具の名は隠匿される。
起動した宝具が荒川の水の全てを用いる勢いで水をガドルに叩きつけていく。
これが、この日の戦いの決着となった。
ガルメが遥か高くから、川の水に落ちる。
自ら上がってきたジャーザが人間体に戻り、ガルメをついでに拾い、完膚なきまでに破壊された橋の西側の、人間達の前で安堵の息を吐いた。
ジャーザは相変わらず眼鏡美人の容姿のままだが、その全身から血を流している。
普通の人間なら瀕死級の傷であるはずだが、ジャーザは弱っている様子すら全く見せず、むしろピンピンしているようにすら見えた。
「ガドルは太平洋まで押し流したわ。ま、これで今回は時間切れでしょうね」
「待て、空我、空我は……」
「大丈夫よ。あのくらいで死ぬ子じゃないわ、クウガは」
ガドルも、クウガも、ジャーザの宝具会長による水の奔流に流されてしまった。
一体どこまで流されてしまったのか、見当もつかない。
警察官達は他の署から援軍が来たのもあり、動ける者が動けない者を助ける形で、徐々に体勢を立て直していた。
奇跡的に死人は出なかったらしい。
怪我の手当てが終わり次第、彼らは動き出すだろう。
まだ助けられていない仲間の最後の一人を、ズ・クウガ・バを、助けに行くために。
「ひひ。お前ら、今はクウガが居ないんだよな? なら、俺達に手も足も出ないよな……?」
怪人体のままのガルメが、人間達を襲うような身振りをして、警察官が皆警戒する。
それは、自分の心のみじめさを、自分より弱い生物をいじめることで忘れようとするかのような行為だった。
「やめなさい」
「あぐっ」
そんなガルメの脇腹を、人間体のまま槍を生み出したジャーザが突き刺した。
血が吹き出したガルメを、ジャーザは蹴って脇にどける。
血まみれ、傷だらけ、泥に汚れてもなお、警察官達の心は折れていない。
その瞳の奥には、グロンギには決して屈しない、誇るべき人の強さがあった。
ジャーザは笑む。
獲物を前にしたサメを何故か連想させる、獰猛な笑みだった。
「良い誇りを見せてもらったわ。
その誇りを踏み躙り、尊厳と希望を陵辱し、その命を奪う日が、楽しみでたまらない」
「―――」
「素敵ね。ゲゲルで滅ぼしてしまうのは楽しいけれど、絶滅は少し考えものだわ」
狩猟者の倫理しか持たない、残酷さにおいて人間とは一線を画する、異常なりし獣の人。
ジャーザは人間達を狩って楽しい獲物と認め、彼らに贈り物を差し出す。
「今日がリントの言うところの……土曜日だったわね。
私は火曜日。このガルメは木曜日よ。準備なさいな……最高のもてなしを期待するわ」
「なっ」
「このくらいやってもいいでしょう、ガルメ。
楽しみなさい。でなければあなたはいつまでも『ゴ』になんてなれないわ」
「……分かりましたよ」
「ああ……あなた達を殺したいけど、死んで欲しくはない。
リントもこの気持ちは分からない?
ゲームで、何度も、何度も、殺し続けていたぶり続けて、それを楽しみたいと思わない?
何度でも悲鳴を聞いて、何度でも楽しんで、何度でもあなた達の頭蓋を集めてみたいわ」
ひしひしと、皆が感じていた。
"グロンギのどこが普通の人間とは違うのか"を。
ズ・クウガ・バが、どれほどにグロンギの中で異端であったのかを。
グロンギの上位種は知的で理性もあるがために、ズレが本当によく目立つ。
全ての人間が当たり前のように大切にしていることを、彼女らは全く大切にしない。
「また会いましょう、リントの戦士達。
私達がこの星で最も価値のある、踏み躙る意義のある標的だと定めた……私達の獲物さん」
そうして、ジャーザとガルメは消えていった。
それは、心強き者であればあるほど、気高き者であればあるほど、優しき者であればあるほど、心を踏み躙り殺す価値があるという、異形の精神性。
"人間の価値を認めている"から、人間と分かり合えない。
"獲物としてしか人間の価値を換算しない"から、殺し合うしかない。
人類種から生まれた、人類種の天敵。
ゲームを楽しむ過程に、殺人の合理を持ち込むジャーザ。
そんなジャーザを真似つつ、別の道を進むガルメ。
そして、強さを極めたガドル。
どれもこれもが、別種の怪物性を保有している。
「……あんなクソ女の言うこと気にする必要ないよ。
僕らの仕事は別にあるだろ! 怪我人収容したら、すぐ空我の捜索だ!」
間桐慎二が張り上げた声が、皆を正気に戻す。
行方不明の仲間を探して、彼らは駆け出した。
きらり、きらりと、それは光っていた。
それは、赤い布に金の文字装飾は施されたお守り。
藤丸立香がクウガに渡したお守りは、彼の首元で朝日を浴びてきらきらと光っていた。
光の反射が、川の端で木に引っかかっていたクウガの存在を、通りがかった人に知らせる。
ここだ、ここにいるぞ、と。
クウガの命をお守りが守らんとするかのように。
お守りが反射した朝日の光が、通りがかりの人を呼び寄せる。
「おい! おい! 大丈夫か?」
引き上げられたクウガは運ばれ、その人のお店の中で簡単な手当てを受け、寝かせられる。
クウガは消耗とダメージで寝込んでいたが、やがてむくりと起き上がる。
とてもいい匂いがした。
美味しそうなものの匂いだ。
エネルギーを使い果たしていたクウガは、その香りに半ば反射的に起き上がっていた。
どうやら、目を潰されたことで成長した五感は聴覚触覚だけでなく、嗅覚もだったらしい。
「おや、起きたのか。
というか、お前、カレー作り始めたらすぐ起きるってどんだけ食いしん坊なんだい」
「ここは……?」
「無理に起きなくてもいいぞー。カレー出来たら、そっちに持っていってやるからな」
クウガは、不思議と不安や疑問をあまり感じていなかった。
むしろ、感じていたのは謎の安心感。
初めて嗅ぐはずの匂いなのに、どこか何かが懐かしい。
例えるならば、一度も行ったことのない親の実家に行って、その香りに、親と似た何かを感じるような……そんな、感覚。
「オリエンタルな味と香りの喫茶店、『ポレポレ』へようこそ……なんてな」
開店にはまだ早い時間なんだこれが、と言って、男は楽しげに笑う。
クウガはその安心感を誘う笑い方が、どこかの誰かに少し似てるような……そんな、気がした。
【ゲゲル・ジョグヂが更新されました】
グロンギ七人の参加者の内、一人死亡、三人判明、三人不明
8/2、二日目の行動権が行使を完了しました