誤字修正とかもちゃんとやります、はい
あんまり本編には関係ない話ですが
空の境界の最後の事件が終わった年に、藤丸立香が生まれ
式とコクトーの間に娘が生まれた年に、第一次未確認生命体災害という時系列になってます
プリヤ士郎が朔月家の記録で見たように、どこの世界にも子が居て、母が居て、母は子の健やかな未来と幸福を願っています
『この男に敵意はありません。マスター』
クウガとガドルは、会話を一般人に聞かれること・一般人の近くにガドルが座ることを嫌がったクウガの意向で、他の人達から離れ窓際の一番奥の席に移動していた。
クウガがカレーを口元に運び、ガドルがコーヒーで喉を潤す。
ランスロットが内より囁いたのは、そういうタイミングだった。
(ありがとう)
『万が一にも戦闘にはしないように。
まだ、我らはこの男に勝てません。
勝ち筋が無いのです。
……無茶をしすぎました。明後日まで、戦闘行動は行うべきではありません』
(心配しすぎじゃ)
『今は一人の男としてではなく、一人の騎士として所感を述べています。
効率面から言えばこの壊れかけの体での戦闘行動は、あまりにもありえない』
ガドルの機嫌を損ねたらアウト……ということではない。
ガドルの今日の行動権は既に使われている。
クウガに対しガドルの側から仕掛けることは不可能だ。
ガルメのようなルールの隙間狙いも、ガルメ以外のグロンギのほとんどが好まない。
向こうから仕掛けられることはないだろう。
だからこそ、クウガの方から仕掛けることだけはあってはならない。
それはガドルに反撃という名の攻撃権を与えてしまう。
ランスロットはそこに釘を刺していた。
これを真っ当な手段で倒すのであれば、同じく人類史を代表する
少なくとも、今のクウガに打倒は不可能だ。
欠片の再臨が第一段階でしかないクウガに、第三段階のガドルはあまりに遠すぎる。
「ジャラジのゲゲルを見たことはあるか」
「ジャラジ? …………いえ」
「そうか」
ガドルはジャラジという名前を出し、テーブル脇のナイフ、スプーン、フォークを掴む。
すると、その手の中のナイフ達が全て異形のナイフへと変わった。
刃を連想させるものを大剣に変えるクウガの力と同じ、モーフィングパワーである。
ガドルがそれをテーブルの上に転がすと、それらが右端から順に、綺麗に5秒間隔で元の形に戻っていった。
「―――!」
クウガが息を飲む。
いかなる形状のものでも、"そこから連想できるもの"に限らず同じ刃に変えた応用力。
大きな武器だけでなく、こんな小さなものに丁寧に変化させられる操作力。
そして、秒単位で変化時間を設定するほどの緻密な制御力。
今のクウガには、逆立ちしても真似できない技と言えるだろう。
それはガドルが、戦闘力の大きさだけでなく、細かな小技で見せる技量においてもクウガを圧倒的に上回っているということを意味していた。
ここまで精緻な制御力を持つグロンギはそうそういない。
グロンギの武器変化は、手で武器をずっと持っていれば継続的にモーフィングパワーを注ぎ込めるため、時間指定の制御など覚えなくても何ら問題はないからだ。
武器を指定した時間で元に戻るよう調整するスキルは、あまりにも用途が少ない。
ガドルと、今名前が出たジャラジを含めても、このレベルはおそらくは五人も居ないだろう。
「やはり基礎からして満足に仕上がっていないレベルか。
力も無い。技もない。特異能力もない。
それでよく反旗を翻したものだ。弱者にもほどがある」
「…………勝てると思って、臨んだわけでは、ありません。勝たねばと、誓っただけです」
「分かっているのか、その言葉の意味が」
「…………」
「今の『奴』の思惑は分からん。
ダグバにあの魔神が融合した心など、内実は誰にも推察できん。
だが一つ確実なことがある。
グセギス・ゲゲルの慣例通りに進むのであれば、勝者はダグバとの戦いを迎えるだろう」
この聖杯戦争では、誰もが上を見ている。
人間は、あらゆる攻撃を無効化するデミ・グロンギを忌々しく見上げる。
ズ・クウガ・バは、格上のジャーザ達を見上げる。
ジャーザ達は、敵いそうにないガドルを見上げる。
そしてそのガドルもまた、
「『あのダグバ』に勝たねばならない、ということだ」
「…………そう、ですね」
「お前が人間を守りたいのであれば。
俺が『ン』を目指すのであれば。
どの道、ダグバを超えなければ意味が無い。
グセギス・ゲゲルの最中に他参加者に殺されるのも、最後にダグバに殺されるのも同じだ」
この、階級ごとの絶対的な強さのランク分けと、それを超えていかねば意味がない、グロンギとゲゲルの伝統的なシステム。
ズのクウガも、ゴのガドルも同じだ。
最後にダグバに勝たなければ、目的を達成することはできないだろう。
通常の聖杯戦争と同じ。
最後に残る勝利者は、一組であるべし。
ダグバと愛歌か、ガドルとヘラクレスか、あるいはクウガとランスロットか。
「俺はまだ強くなれる。というより、次の強さの段階のきっかけを、掴みかけている」
「―――え」
「究極の闇に到達できるかは分からん、が。少なくとも、今の倍を当座の目標にしている」
そしてガドルは、とんでもないことを言い出した。
「まだ…………強くなると、言うのですか」
「そのためには生死を懸けた、全身全霊の戦いが必要だ。お前の成長には期待している」
「…………?」
「お前のような化物を、俺は他に一人も知らん」
『……何だこの男は。何を考えている?』
期待? 化物? と、クウガの脳裏に疑問が次々浮かんで来る。
ガドルにそこまで評価されるようなことを、クウガは全くした覚えが無かった。
「今のお前の体に入っている欠片は四つ。そうだろう」
「…………」
「だんまりか。まあいい。おそらく間違いはあるまい」
欠片を体の中に四つ入れ、その内の一つが励起状態にある半端な状態であるというのに、ガドルはクウガの体内の欠片の数を正確に見抜く。
クウガは情報を漏らさないために無言を貫いたが、明らかに意味は無かった。
「その欠片は、ズであればまともな精神状態すら保てなくなるものだ。
ゴでも多大な苦痛は免れまい。
入れて一つだ。それ以上は現実的ではない。ところがお前は、四つ入れて平静としている」
ガドルがコーヒーを口元に運ぶ。
「たった一つでズをゴの領域にまで押し上げるダグバのベルトの欠片。
それを四つ。十ある欠片の内四つだ。
これを化物と言わず何と言う?
お前が完全にダグバの欠片の力を引き出した時……さて、どうなるか」
ガドルの眼がクウガを見やる。
その眼は、クウガを見る愛歌の眼差しに少し似ていた。
今は弱者でも、遠い未来に強者となる可能性を見る眼、今ここに居るクウガではなく彼を通して未来のクウガを見ている、そんな眼であった。
「強くあればいいのだ。
グロンギに他の何も必要無い。
弱者の主張や信念はただ踏み躙られるのみ。
お前も、俺も、己の我を通したければ、強くなる以外の道などありえん」
「…………そう、ですね」
「強くなれないのであれば、志半ばで好きに野垂れ死ぬがいい。それもお前の自由だ」
ガドルは戦士のみを標的とする。
己と戦える者のみを求める。
弱者は獲物にすらしない。
弱者の心を踏み躙る行為も、グロンギの中では最も好んでいないだろう。
それはつまり、グロンギの中で最も
ガルメは弱者が要らないとは思わない。
殺して楽しむために。踏み躙るために。バカにして嘲笑うために。
見方を変えれば、ガルメは弱者を常に必要としていると言える。
苦しめてつまらない人間より、苦しめると楽しい人間の価値を認めているとも言える。
大抵のグロンギもガルメと同様であるだろう。
だが、ガドルは必要としない。
ガドルは価値を認めない。
強くない敵などガドルは必要としない。
それはクウガに対しても同じ。
"強くあればいい"というシンプルなガドルの考え方は、他のグロンギの考え方のどれよりも、弱者の生を否定するものだった。
そんな二人を、コーヒーゼリーを突きながらカーマが横目で見ていた。
ポレポレのおやっさんは皿磨きをしつつ、クウガとガドルの会話が聞こえていないながらも、二人の間に張り詰める空気をあまり歓迎していないようだった。
「君達少し似てるねえ。あ、兄妹? それとも姉弟かな。仲も良さそうでいいことだ、うん」
「違うような、まあその通りなような。気にしないでください」
「あの子が言ってた勝たないといけない相手って彼なのかな?
あーんな怖い顔しちゃってまあ、カレー食べてる時はこの世で一番幸せそうだったのに」
「幸せだけ貪ってて良いなら人生なんて大抵イージーモードなんですけどね。でも……」
カーマは続く言葉を発さず、飲み込んだ。
クウガから視線を外し、カーマは視線を右から左に動かした。
そこには、今日この店で初対面であるはずの女性達と仲良さそうに話している藤丸立香の姿があった。
(本当に人見知りしない人。クウガさんも見習えばいいのに)
大人達と立香の会話はよく弾んでいて、初対面であることも年齢差も感じさせない。
「へー、みのりさんも五代って名字なんですかー!」
「うん、そうなんだ。
それにしても、立香ちゃんが15歳、あそこの男の子が14歳……
2000年くらいに生まれた子供達がもうこんなに大きくなるような時間が経ったんだね」
「はい! ミレニアム生まれ世代とかちょっと言われてました!」
「元気いいわねえ、立香ちゃん。
というか、みのりちゃんもそういうこと言ってると一気に老け込むわよー。
みのりちゃんがおやっさんみたいに老け込んでしまったら私、困っちゃうわ。おほほ」
「おいこらぁ女性陣、なんつーこと話してるんだ。
俺達にも聞こえてるんだからね、そっちの会話は。まったく」
ほのぼのとした会話に、カーマの口元が思わず緩んだ。
立香とよく話しているのは、五代みのりという女性と、元城恵子という女性。
どちらも東京で保母をしているらしい。
『保母』というものを体験としても実感としても知らないクウガやカーマと違い、普通の女の子なのが立香の特徴と言えば特徴である。
立香は自分が保育園の頃に大好きだった保母の思い出話をするなどして、普通の人間らしい親しみの持たれ方をしていた。
「立香ちゃんこの右手の甲の文様、タトゥー? 最近の子は進んでるね」
「あーこれちょっと違くて。
タトゥーみたいに入れてないんでその内取っちゃうと思います。
タトゥーとかああいうの、親に貰った体に傷を付けるみたいで気が引けちゃうんですよ」
「はー、今時の子からそういうセリフ聞けるとは。
立香ちゃんはいい子だねえ、うちの子に見習わせたいよ」
特別なことなど何もしていないが、ゆえにこそ立香の他人に好かれやすい人柄が、会話の節々によくにじみ出ていた。
「昔はこのお店も随分お客が減ってて皆心配してたのよ。
第一次未確認生命体災害の頃だったかしら、皆外出を控えちゃっててね」
「へー、そうなんですか。私その頃赤ん坊だったので、良かったのか悪かったのか……」
「良いことよ。
知らなくていいことでもあるわ。
……遠くからの常連さんも、めっきりここに来なくなっちゃっててね。
ここだけじゃなくて、外食するところは皆大変だったわ」
「みのりさんと恵子さんはその頃から保母さんだったんですよね?
保育園の子供達の送り迎えとか、襲われないか心配だったりしてました……?」
「そりゃもう心配だったわ。その頃私は妊娠もしてたしね」
「えっ……第一次未確認生命体災害直撃の頃にですか」
「ええ。色んなこと考えちゃったわ。
女の子は妊娠してる時色々不安になるって、あなたも覚えておいた方がいいかもね」
今はもう膨らんでいないお腹をさすって、恵子は立香に笑いかける。
「私の娘、あなたくらいの年頃なんだけど……
このお腹にあの子が居た時、皆色んなものを怖がってたわ。
外出する人が居なくなる、ってほどではなかったけどね。
目に見えて外出する人は減ってた。
ふふ、私もちょっと怖がってたかも。
暗い路地には頼まれても入らなかったわね、きっと。
……でも、一番怖かったのは、生まれてくる子供が、幸せになれないことだったわ」
五代みのりが、立香のジュースと恵子のコーヒーにおかわりを注ぐ。
みのりは無言だ。
その横で会話を聞いているだけのおやっさんもカーマも口を挟まない。
立香が赤ん坊だった頃、赤ん坊を産み落とした母の言葉は、"グロンギが起こした災厄"の当事者からすれば聞き流してはいけないものだった。
「このお腹の中の子が、幸せに生きていけるかな、って……
そんな事ばかり考えて不安になってたわ。
だから今の元気なうちの子や、あなたみたいな年頃のいい子が見れるのは嬉しい。でも」
「……でも?」
「去年も、今年も、未確認が出たみたいだから。
……未確認の居ない世界を生きて欲しいって願っても、意味はないかなって」
「―――」
「もしかしたら。未確認が居なくなることって、無いのかもしれないわね」
それは、偉人が願うような高潔なものではない。
英雄が願うようなすばらしいものでもない。
強き者が持つ世界を変えるほどの願いでもない。
どこにでもあって、誰にでもあって、世界を変える想いでもなく、未来を変える祈りでもない、吹けば飛ぶような小さな願い。
『我が子に健やかに生きてほしい』。
ただそれだけの、英雄譚に名前も載らないような、ありきたりな『母』の願いだった。
それだけの願いが叶わない。
いや、一度は叶ったのだろう。
4号/五代雄介が第一次未確認生命体災害を終息させた時に、これで終わったと、彼女は安心したはずだ。
産み落とした子供が、これからは脅かされることなく生きていけるだろう、と。
安心して外を歩けるという"当たり前"が我が子には与えられるだろう、と。
そういう視点で見れば第二次と、現在発生している第三次は最悪としか言えないだろう。
戦いは日常であってはならない。
人類の歴史とは、無くならない争いを無くそうと努力し続ける、無限の
戦いがある限り命は失われ続け、戦いがある場所から人の不安は無くならない。
グロンギが楽しげにゲームを始めてまず殺されるものは、『平和』であり、見方を変えれば望むままに外を歩き回る『自由』なのだろう。
我が子の自由と平和が奪われている現実が、母親の目にはよく見えているに違いない。
"人間の自由と平和"は守られねばならない。
当たり前の人間の幸福は、そこにこそ根付くのだから。
輝かしい英雄譚の影には、英雄譚に描かれないだけで、常にこうした『何の力も持たない弱者のありきたりな苦悩』がある。
そこに華やかさは無い。
面白みもなく、爽快感もない。
問題が解決されたとしても、名もなき人の笑顔があるのみ。
なんとも地味で、英雄譚に記されないのも頷けるというものだ。
英雄の活躍や苦悩を宝石とたとえるならば、彼らの笑顔や苦悩は石ころでしかないだろう。
石ころが踏み砕かれて消え失せても誰も気にせず、石ころが大きな影響を生むことはない。
けれども。
輝く宝石ではなく、道端に転がる石ころを大切にし、守らんとする者もいる。
それはたとえば、滅びゆくブリテンで、何気ないものを守ろうとするアーサー王であったり。
地獄の中でも皆の笑顔が好きという気持ちだけで戦い続けた4号であったり。
『ごく当たり前の人間らしさ』に、怪物らしい憧れを持ったズ・クウガ・バであったり。
「居なくなりますよ、すぐに」
「え?」
「ほらこれです、Twitterで今ちょっと噂になってますけど。
これこれこの画像ですよ。
4号が前にどうにかしてくれた時と同じで、どうにかしてくれる人はもういるんです!」
その石ころを、気軽に蹴り飛ばし、踏み砕くグロンギがいることを立香は知っている。
そして、その石ころを『彼』が守ってくれるはずだと、信じている。
だから胸を張り、声を張り上げた。元気に、力強く。
「立香ちゃんは、この4号みたいな人を守ってる未確認生命体が、いい人だと思う?」
少し重みのある声で、五代みのりが問いかける。
立香は少し考えて、けれども己のの内で既に出ている答えを口にする。
「いい人であってほしいな、って思いますけど……きっと、いい人ですよ」
第一次を知る大人の二人の女性。
第一次を知らない一人の少女。
未確認生命体4号をかつて信じた二人。
ズ・クウガ・バを今信じている一人。
英雄は希望を託されるもの。だからただ一人でいい。
力なき人々が希望を託し、今日を任せられる一人が居れば、それだけで違う。
かつて英雄を信じた人達が居て、かつて信じられた英雄が居て。
十数年の時が経ち。
今の英雄を信じる少女が居て、少女に信じられた怪物が居た。
『正義の味方』は、信じる人と、信じられる者、その両方が居て初めて成立する。
何かを思い出すように、みのりと恵子、二人の女性の表情が柔らかくなる。
「そうね。立香ちゃんの生きる時代も……優しくて強い誰かが、守ってくれたりするのかもね」
穏やかな表情で、恵子はそう独り言ち。
カーマは
そして、クウガとガドルの会話も一区切り付こうとしていた。
「このグセギス・ゲゲルは何かがおかしい。
器にダグバのベルトの欠片を使ったが……
それでは説明できない何かを感じる。何か、異物が紛れ込んでいる。異常な何かだ」
「異常な…………何か」
「この世界の人間もまた滅びるだろう。
そして滅ぼし、狩り尽くすのであれば、それは我らの手によるものであるべきだ」
「…………ならワタシは、その滅びを殺します。滅びは、受け入れられた運命では、無い」
立香と二人の女性の会話には、母から子へ向けられる愛、守られるべき自由と平和、守られる笑顔……石ころのようなものの価値を再確認するような価値があった。
「クウガ。思い上がるな」
「―――」
けれどもこちらは、怪物と怪物。
どこまで行っても血生臭く、その言葉の全てが戦いに繋がっている。
巻き込んだ石ころを破壊しながら大きくなる嵐の一端のようなものだ。
母が子を愛するがゆえの話は『次に繋げる話』だろうが、怪物と怪物による人間殺しと殺し合いのための話は、『何もかもを次に繋げない話』である。
殺すということは、終わらせるということなのだから。
「お前は偽物だ。
誰も言わないなら、俺がそう言おう。
お前はグロンギの偽物から人間の偽物になろうとしている。
お前が我らの一族に勝ちきれず、リントの一族に憧れるのは……
偽物は本物に敵わないと、心のどこかで確信しているからだ。その自覚はあるか」
「っ」
「
それは世界の絶対の真理を口にした言葉ではなく、ガドルという人間の確固たる認識から発せられた言葉であった。
「…………その問いへの、返答は、戦いにて。あなたを倒し、一つの証明とします」
「常に上を目指し続ける心こそがグロンギの誇り。貴様の中にもまだあったようだな」
強くなり、人を守り怪物を倒すことで、自らの人間性を証明せんとするクウガ。
だが怪物より強くなることは、人間性の証明なのか? 怪物性の証明なのか?
ガドルは少なくとも、それを怪物性の証明であると考えていた。
「生まれは変えられん。お前がなれるのは、本物のグロンギだけであるはずだ」
ガドルが口元に運んだコーヒーの最後の一滴が、飲み干された。
「今日…………ワタシは、千載一遇の共闘機会に、あなたを、殺すつもりだった」
「だろうな」
今日よりいい条件で、ガドルと戦える日が来るのか。
今日より勝機がある状態で、ガドルと戦える日が来るのか。
何も分からなかったが、クウガは変わらぬ決意を再度噛み締める。
彼は分からぬ事より変わらぬ事を重んじた。
「必ず」
十数という数の肉片に切り刻んででも、ゴ・ガドル・バを必ず殺すという、誓い。
「ワタシが、殺せなかった責任を、ちゃんと取らせてもらう」
それはグロンギにとって百点満点の解答であった。
「ゲズンバ・ゴビババ・サズボンデ・ゼゴラゲ・ゾボソグ*1」
「ジャデデリソ。ゲンギ・クウガ*2」
コーヒーの代金よりいくらか多い代金をカウンターに置き、ガドルは去って行った。
「制限時間はあと7日。168時間です」
「カーマ」
「あんま焦ってもしょうがないですけど……そんな悠長にもしてられません」
ガドルが去った後の窓際の席に、カーマと立香が座る。
カーマは時間がないのに落ち着き払っているクウガを見てやや不安そうにしていて、立香は店から出ていったガドルの背中を、何故かじっと見つめていた。
「あの人、一緒にカレー食べてくれる人いるのかな」
「え?」
「え?」
「いや、なんとなく思ってさ。コーヒーもいつも一人で飲んでそう」
立香の思考と疑問の意味が分からないクウガとカーマ。
とりあえずクウガは想像してみるが、ガドルが誰かと一緒に仲良く食事を摂っているという光景がまず想像できなかった。
修行の時も、食事の時も、ゲゲルの時も、ガドルはいつも一人だったから。
「いない…………と、思います。きっと、生まれた時から、ずっと」
「ほー、なるほどなるほど」
「リツカ、それが、どう…………したんですか」
立香はにこにこ笑って、ぽんぽんクウガの肩を叩く。とても、友人らしく。
「友達の数では完全勝利じゃん? いやー勝っちゃったね、クウガくん」
「え」
「あー、あー……立香さんって本当グロンギから一番遠い人間ですよね」
「いやいやー、グロンギの友達だもん。グロンギに一番近いと言っても過言じゃないよ?」
冗談めかした形で言っているようだが、友達の数でマウントを取るという事自体がグロンギの文化に全く存在しない、カーマが生きた過去の時代にも存在しない、"普通の現代っ子"らしい発想であると言えよう。
長く続いた平和の中から自然と湧き上がるものなのだ。
『友達が多いということはそれだけで素晴らしい』『友達に好かれているだけでその人には価値がある』という概念は。
だからお世辞でなく、藤丸立香はクウガがガドルより遥かに素晴らしい人だと思い、クウガがガドルに勝っていると言い切れるのだ。
少なくとも、立香はクウガの友達なのだから。
「こういうのを忘れちゃいけないんですよ、クウガさん。
力の強さ弱さとは別のところに勝ち負けがあるというのは、とても大切なことですから」
「ん、それは、ワタシも思った」
友達の数比べ……平和な話だ。
こういう発想が出てこないグロンギは、力の大小と勝ち負けこそが全てであり、こういう発想がガドル相手にすら出て来る立香は、友達を増やし・仲良くなり・笑顔にすることこそが大切なことなのだと、よく分かる。
一緒にカレーを食べてくれる人が居る、という強さ。それがガドルになくて、今のクウガにはある強さ……なのかもしれない。
『強くなりましょう、マスター。
力のためではなく。
力よりも価値のあるものを、守れるだけの力を得るために』
(ああ)
『あなたに寄り添ってくれる人が。この時間こそが。力よりも価値のあるあなたの財産だ』
目の見えないクウガの手を立香が引いて、三人で帰路につく。
「またおいで。美味しいカレー用意して待ってるから、次はお客さんとしてね」
そう言ってくれたおやっさんの言葉に、クウガは不思議な感情を覚えていた。
歩いて歩いて、警察の皆が待つその場所へ。
皆が皆走り回り、死ぬほど忙しそうにしている未確認生命体対策室の分署のエントランスに、クウガが聞き覚えのある三人の声が響いた。
「あ、おかえりなさい。空我さん」
「待ってたぞ。早かったじゃないか、空我。慎二達も待ちくたびれてたぞ」
「僕をこんだけ待たせるとか……空我はいつからそんなに偉くなったんだろうねぇ?」
桜が他の人に帰還を知らせに行って、士郎と慎二が空我を見つけ―――親指を立てる。
「お疲れ、空我。
お前のおかげで死人は0、市民の死傷者も0。
ドゥサの被害と比べれば信じられないくらいに被害を抑えられた。ありがとな」
「よくやった、とだけは言っておくよ。ま、僕の奮闘のおかげでもあるけどね?」
「お前が居てくれて良かった。重ねて感謝を言わせてくれ」
カーマに促され、空我も親指を立てる。
立香とカーマもまた、奮闘した警察の男達に向けて親指を立てた。
勝敗の観点から見れば、お茶を濁したような決着だった。
相手を殺してこそ勝利と言えるグロンギの世界においては、間違いなく敗北。
けれども人の笑顔を守る者達からすれば、間違いなく勝利。
ガドルの恐ろしさを前にしても、何かを諦めた者は一人もおらず。
彼らはただ、眼前の人の健闘を讃え、誰も死ななかった結果の味を噛み締めていた。
【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/08/02 00:20 p.m.】
【波紋・解明】
仮面ライダークウガ27話、及び28話。
2000年7月の終わり頃。
それはこの物語から見て、ちょうど14年ほど前の話。
五代雄介の妹・五代みのりやおやっさん達と一緒にプールに来ていた、普段は子供達を優しく育てている保母・元城恵子は、お腹をさすり、妊娠期の不安からかぽつりと抱えた不安を漏らす。
「この子の方はどうなんだろう。生まれる頃には、安心して外歩けるようになってるかな」
それは『主人公』でも『その仲間』でも『敵』でもない、『戦いの脇に生きる一般人』が抱える小さな、けれど切実な悩み。
戦いが終わらない世界に子供を産み落とすことに、母となる恵子は疑問を持っていた。
そんな中。
彼女らが妊婦に気を使って選んだプールを、彼女らがプールから出た直後、未確認生命体第38号ゴ・ベミウ・ギが襲う。
普通にプールに行っただけでも"運がなかった"の一言で死が決まり、"運がよかった"以外に生き残る理由がない、まさに
あと10分ほどプールに長居していれば、自分も、愛する人との間に出来た赤ん坊も、殺人ゲームのスコアカウントを1つ増やすためだけに費やされていた、という事実。
テレビのニュースでそれを知った恵子は、感情の渦に飲み込まれて倒れてしまい―――
※余談
この時期には安定期(妊娠五ヶ月以降)に入っていたらしいので、この事件から約六ヶ月後の第一次未確認生命体災害終息前には、既に出産していたと思われる。
生まれた子はクウガと同い年、立香の一つ下。
妊婦が「こんな世の中に生まれて幸せになれるのかな」と言い出産を悩む程度には、2000年7月末当時の日本に蔓延する空気は、不安と絶望が染み込んだものであった。