究極の闇、『ン・クウガ・ゼバ』   作:ルシエド

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心象

 人間にとっての致命傷はグロンギにとってかすり傷程度のものでしかなく、グロンギにとっての致命傷はズ・クウガ・バにとってかすり傷程度のものでしかない。

 本来ならば即死級のダメージも、クウガならば数分で回復してしまうだろう。

 逆説的に言えば、そんなクウガが回復できないほどのダメージであることが、クウガが無理矢理に使ったナイト・オブ・オーナーの反動の大きさを裏付けている。

 

 クウガは午後の時間を、鍛錬に使うことを決めていた。

 無理はしない。身体能力の成長が目的ではなく、まともに治らず治りも遅い体を一刻も早く治すことが目的だ。

 再生能力発動中の体でいつもの動きをなぞり、ゆっくりと剣の型を繰り返すことで、体が変な形に再生しないようにする。

 かつ、技の組み立てを試行錯誤し、新たな技を生み出そうともしていた。

 

 あまり悠長にはしていられない。

 次のガドルとの決戦は一週間後だ。

 せめて、鍛錬にある程度以上の時間は費やさねばと、クウガは思う。

 

 このままでは、()()()()()には敵わない。

 

―――お前は偽物だ。

―――誰も言わないなら、俺がそう言おう。

―――お前はグロンギの偽物から人間の偽物になろうとしている。

―――お前が我らの一族に勝ちきれず、リントの一族に憧れるのは……

―――偽物は本物に敵わないと、心のどこかで確信しているからだ。その自覚はあるか

 

―――偽物の人間(フェイカー)は決して本物の人間の中には混じれない

 

 そうだ。

 クウガは人間に憧れている。

 グロンギにはありえないほどに、その在り方が綺麗だったから憧れた。

 憧れたということは、人間らしくないということであり。

 グロンギから見れば、グロンギの偽物が人間の偽物になろうとしてあがいている滑稽さが、ひどく笑えてしまうということでもある。

 ガルメはそこを嘲笑するだけに終わる者であり、ガドルはその滑稽さの中にある戦士の価値を見逃さないものである、と言うこともできる。

 

 クウガの中で今、『本物』のイメージで真っ先に浮かんでくるのはガドルだ。

 本物の強者。本物の中の本物。

 冠位(グランド)に至った現実もそれを証明している。

 最強の本物、黄金に輝く力を纏った、英雄の王と評しても過言ではないほどの強さ。

 あの強さの純度と比べれば、未熟な力と技を継ぎ接ぎしているクウガの強さは雑種としか言いようがない。

 

 剣を振りながら、クウガは打開策を頭の中で練り始めた。

 

 

 

【東京都文京区未確認生命体対策室訓練室 2014/08/02 02:45 p.m.】

 

 

 

 汗がぽた、ぽた、と流れ落ちる。

 訓練用に用意されたスペースでひたすらに剣を振るクウガ。

 空調を付けるという習慣がまだないクウガは、熱気こもる訓練室の中で、暑さに眉一つ動かさないまま剣を振り続けていた。

 愚直に。

 真摯に。

 これまでの人生と同じように、馬鹿みたいに真面目に剣を振り続けた。

 熱がこもる訓練室の中で、汗は片っ端から蒸発していく。

 

 これまでの人生と同じように剣を振り、これまでの人生になかったものを実感する。

 

『む。今の動きはいいですね。切り上げから切り下ろしのコンビネーションに入れましょう』

 

(分かった)

 

 頭の中にもう一人、それも自分より圧倒的に格上の完成された剣士がいる。

 それがどれだけ助かることか。

 クウガは内心ランスロットに感謝し、それがじんわりとランスロットにも伝わっていく。

 

 クウガは独学だけで剣を修めてきたわけではないが、長いこと独学で技を磨いてきたこともまた事実である。

 独学の剣は隙が生まれやすい。

 数多くの人間が「ここの隙をなくした方が良いよ」と改良を加えてきた伝統的武術と違い、独学の剣は一つの視点と一つの思考で組み立てられる。

 よって"予想もしていなかった隙"が生まれやすいのである。

 独学で隙の無い剣を組み立てられるのは、生まれつき戦士として桁違いの才能があり、センスだけで完璧な剣術を構築できる天才だけだろう。

 

 例えば、『完璧な騎士』と謳われたランスロットのような。

 

『ナイト・オブ・オーナーと士郎殿の能力の組み合わせは強力でした。

 ガドルを倒せなかったものの、あれは他のデミ・グロンギには十分必殺となります。

 ですが問題は反動ですね。

 30秒に限定し、実質剣を対象とした発動の身に絞っているのに、この反動……』

 

「使った翌日の体がまともに動かないのは…………今本当に実感してる」

 

 ランスロットはクウガの指導方針、育成方針、彼の中に眠る不可解な才能の見極めに苦心していたが、なんとか現段階の情報から最適解を見つけ出していく。

 難儀さだけなら、生前の息子ギャラハッドを思い出す―――と一瞬だけ思うランスロットであったが、それはランスロットにもクウガにも失礼だと考え、やめた。

 会話を続ける。

 

『となると、現在判明している曜日の割当はこうです』

 

 金曜日→メ・ドゥサ・レ(撃破済み)

 土曜日→ゴ・ガドル・バ

 日曜日→?

 月曜日→?

 火曜日→ゴ・ジャーザ・ギ

 水曜日→?

 木曜日→メ・ガルメ・レ

 

『このゲゲルの特徴は、日付と襲撃者がセットであり、計算がしやすいということです』

 

「うん、そうだ」

 

騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)の反動は大きい。

 翌日に響く上、翌日はまず使えません。

 ですがガドル相手には使わなければまず勝てないでしょう。

 となると土曜日に確実に使うとして、金曜と日曜は使用不能と考えるべきです。

 ガドルの前のドゥサを既に倒していて良かった。おかげで考えることが少なくていい』

 

「なるほど」

 

 出来る限り早くに参加者全員の情報を集め、曜日ごとの割当を把握し、強敵の前の日と後の日も含めて計画を立てねばならない。

 そういう部分では、何も考えず眼の前の戦いに全力投球するのではなく、先の先まで考えて戦う"将たる騎士"としての人生を送ってきたランスロットの経験が役に立つ。

 

『ナイト・オブ・オーナーは計画通りに使う場合、一度の使用を三日単位で考えるべきです』

 

 使用前の日、使用当日、使用翌日。

 最悪の場合、三日三体の内一体にしか使えず、残り二体には使えないということだ。

 

『そう考えれば、ナイト・オブ・オーナーを使えるのは一週間に二回。

 敵は六体であるため、その内の二体を選んで当てていく形になるかと』

 

「四体は、ナイト・オブ・オーナー無しで乗り切ることを考えるべき、か…………」

 

 ガドル相手に使わないのは論外だ。

 となると、ナイト・オブ・オーナーを使えるのは残り五体の内一体、と考えるべきか?

 ガドルが生きている限り一週間の内三日が専有されてしまうのが中々に難しい。

 

『早めに数を減らすのも手です。初見で倒してしまえば、翌週にはもうその敵は現れません』

 

「そうだね」

 

『……ですが、少し迷うところではありますね』

 

「?」

 

『私としては、対ガドル戦線にできる限り引き込みたい』

 

「あ」

 

『脱落者が増えれば増えるほど我々は楽になりますが……

 脱落者が増えれば増えるほど、ガドルは倒しにくくなる。

 叶うならば、強力な不死殺しとは一時であっても共闘したいものです。

 "西遊記"などに登場する不死の仙人に有効だった宝具。

 不死であるはずのアース神族を滅ぼすほどの北欧神話の宝具。

 複数の命を持っていようと殺し切るという、バロールの魔眼の類もですね。

 そういったものを持っているグロンギが居れば、対ガドルのために停戦を申し出たい』

 

「なるほど…………」

 

『そしてできればガドル相手に切り札を全て切らせたい。

 能力の詳細を知れば知るほど、我々が倒しやすくなります。

 ガドルの後にスムーズに片付けておかないと、人間が殺されませんからね』

 

「確かに」

 

『敵を見つけ、そこからの選択肢は多くありません。

 一時同盟を申し込むか。

 先手を取って問答無用の奇襲で殺し切るか。

 あるいは、能力を見るために、倒すのではなく探りを入れる目的で交戦するか……』

 

 ランスロットは直観と感覚で勝つタイプではない。

 冷静さに裏打ちされた合理的思考もまた彼の武器であり、戦場において合理に沿った最適解を打ち続ける彼に敵う騎士は居なかったとされる。

 気に食わない敵国家との停戦、嫌いな騎士との共闘もなんのその。

 情に厚い男であるがために、本当に肝心な時に本当に致命的な選択をしてしまうこともあるが、クウガにとってはこの上なく頼りになる相談相手だ。

 

 クウガにとって今の状態は絶望的な四面楚歌だが、何もかもが敵で何もかもが詰んでいた状況から、戦勝・同盟・終戦条約締結の連打で乗り切ったブリテンの騎士からすれば……どこか嫌な懐かしさすら感じる絶望的状況であると言えよう。

 クウガは剣を袈裟、逆袈裟に繰り返し振り、体を動かしつつ思考する。

 

(魔剣、プラズマ、疑似不死だけじゃ足りない……

 ランスロットのスキルは最高に力になった。

 もう少し既存の技に馴染ませて、新しい技の組み立てを考えて……そして)

 

 もう一週間もない。まだ一週間ある。

 必要なのは発想と積み上げだ。

 どうせ普通の鍛錬なんて50年やっても今のガドルには勝てない。

 勝つためには発想の転換が必要で、その発想を実現化させるために鍛錬や準備が必要となるだろう。

 Aランク以下の攻撃を無効化し、自動で命のストックが回復する、一度受けた攻撃に耐性を獲得する、十二の命。

 

(ゴ・ガドル・バを殺す。だが……どうしたらいいんだろう)

 

 A+以上の攻撃を十二種類、間断なく叩き込む?

 デミ・グロンギ以外の攻撃が無効化されるという前提で?

 難しい。

 とても難しい。

 それならまだ、限定的な全知全能を実現する方が楽に思える。

 

「うおっ、暑っ」

 

「シロー…………さん」

 

「鍛錬してるんだって? 俺も手伝うよ。俺の鍛錬にもなるしな」

 

「お願い、します」

 

 クウガの肌には士郎の弓も剣も無効化されて歯が立たない。

 しかれども、今のクウガはナイト・オブ・オーナーの反動で弱体化状態。

 だからこそできる、少し風変わりな鍛錬が始まった。

 

 士郎が弓を撃つ。

 連射に集中すれば恐ろしい速度で矢が放たれ、威力に集中すれば桁違いのパワーが飛んで来る。

 それをクウガが受け、避け、走りながら剣を振るう。

 士郎が連射すればクウガの急所に時々矢が命中し、威力が乗った矢は気を抜けばクウガの手から剣を弾きかねない威力があった。

 クウガもまた、まるでバッタのように床を蹴り、壁を蹴り、自由自在に飛び回って矢をひょいひょい避けていく。

 崩れた姿勢から懇親の一射を防がれた時には、士郎も軽く口笛を吹いていた。

 

 士郎は素早い剣士に攻撃を当てる訓練に、クウガは遠距離攻撃型の敵と叩くための訓練になり、互いにとって得るものの多い訓練になっている様子。

 

投影開始(トレース・オン)

 

 途中から訓練に熱が入って来ると、士郎の手に剣が握られ始める。

 弓矢による攻撃に、刀剣による刀剣と近接戦がほどよく織り交ぜられ始めた。

 

『しかしなんとも……特異極まりない』

 

(この投影?)

 

『ええ。英雄の時代が終わった後に、これほどの傑物が生まれるとは信じ難い。

 宝具ですら生成可能な、矢や剣に至っては大した負荷も無く生み出していそうです。

 一つの極みに到れるほどの、"偽物を作成する力"。

 私と同じ時代を生きていれば、間違いなく名を知られた騎士となっていたでしょう』

 

(高評価だ)

 

『人格面も悪くない。

 我が王……ブリテンのアーサー王が気に入るタイプの実直さです。

 贋作とはいえ強力な剣を生み出せる能力もいい。

 戦場では武器が壊れがちですから。彼は多人数との連携で真価を発揮するタイプでしょう』

 

 クウガは自分の中の士郎のイメージに、ランスロットの見解を付け加える。

 クウガは士郎を弓と剣で戦う単独で完結する戦士と見ていたが、ランスロットは士郎を戦士というより創造者……『戦う者』より『作る者』として見ているようだ。

 確かに、言われてみればそうとも言える。

 矢を作り絶え間なく撃つ、剣を作り撃ち・投げ・振るう。

 衛宮士郎の強みはこの辺りにあるように見て取れた。

 

 一時間ほど、二人は鍛錬を続ける。

 どちらにとってもあまり見慣れない戦術を使う新鮮な訓練相手であったが、互いに対して経験値を積むと同時に、互いの戦術を訓練形式で理解していく。

 次の共闘では少しはマシに連携できそうだ、と士郎は思案していた。

 

「っと、一回休憩入れるか」

 

「はい」

 

 士郎の体力ではなく、ずっと訓練していたクウガの体力を気遣い――クウガの残り体力を見ただけで的確に見切り――、士郎は休憩を提案した。

 訓練室前の自動販売機に士郎がお金を入れる。

 "こんなに飲み物の種類いっぱい用意しておく必要あるんだろうか"と、クウガは自動販売機に素直な感想を抱いていた。

 

「どれがいい? あ、どれがいいかとか分かんないか、空我は」

 

「はい」

 

「そうだな、あんまり慣れない味だとそもそも飲めないだろうし……

 ええと……あ、そうだ。水なら飲み慣れてないってことないだろ。天然水でどうだ?」

 

「ただの水を、金払い、買い、ありがたがる…………リントの文化は摩訶不思議」

 

「なんでさ」

 

「ありがたくいただきます…………大切に、飲ませていただきます」

 

「いや今お前が言ってた通りただの水なんだから大切にしなくていいんだからな?」

 

 色素の薄い髪から垂れる汗を拭きつつ、士郎は苦笑していた。

 二人して微妙な距離を空け、ベンチに並んで座る。

 

「空我、お前どういうイメージで鍛錬してる?」

 

「イメージ…………ですか? そういうのは、特には」

 

「そうなのか? 一応、自分が目指すところのイメージが持ってた方がいいんじゃないか」

 

『そこは私も同感です、マスター』

 

 イメージか、とクウガは少し思案する。

 パッとは思いつかない。

 クウガの理想形が誰かと言えば間違いなくン・ダグバ・ゼバ、ひいては今の沙条愛歌だろう。

 だがそこはあまりにも遠すぎて、理想の自分のイメージにはそぐわない。

 そもそも全知全能というものが感覚で理解できないために、イメージに実感が伴わない。

 それではイメージの意味が無いだろう。

 

「知ってるか?

 4号とか、他の未確認の体は結構研究されててさ。

 当時4号を見てた医者のカルテとか、未確認の解剖記録とか残ってるんだ。

 その中に一つ、気になってたやつがあったんだ。

 お前達の腹の中にある石は、お前達の心に呼応して力を出し、新しい力を備えるって」

 

「ああ…………それっぽいことなら、そういえば、聞いたことがあります」

 

「4号はイメージがそのまま力になったんだってさ。

 高く跳びたいと思えばその力が備わったとか。

 つまりお前の腹の中の石には、お前の中のイメージを形にする力があるんだ」

 

 士郎の拳が軽くクウガの腹の上を叩いた。

 その奥には魔石ゲブロンがある。

 未確認生命体第4号に多くの形態を備えさせた、"所有者の願いを叶える聖杯のごとき石"が。

 

「イメージするのは、常に最強の自分だ。

 だってそうだろう?

 お前の腹の中の魔石が、お前の心に感応するなら……

 強くなりたいと思えばいい。最強の自分を想えばいい。

 誰よりも強い想い、誰よりも強い自分の想像が、何よりも強い力を生み出すんじゃないか」

 

 強くなりたいという強い想いがあれば、腹の中の魔石は応える。

 

「もちろん、現実が本物で、イメージは偽物だ。

 ぶつかりあったら幻想の偽物は砕け散る。

 でもな。

 一日前の自分より強くなければ、今の自分に成長はない。

 一日後の自分を強くイメージできなきゃ、この先の自分の成長はないぞ」

 

「…………なるほど。確かに、そうです」

 

「ちょっと考えながら鍛えてみないか?

 俺もお前も似たようなものだと思うんだ。

 何も考えず鍛えても強くはなれない、そういうタイプ。

 理想の形をイメージして、そのイメージをトレースするとこから始めてみたらどうだ?」

 

「トレース…………」

 

 今よりも強い自分。

 今よりも多くのことができる自分。

 今より少しは最強に近い自分。

 そのイメージこそが、グロンギを強くする。

 相手の気持ちを良く想像(イメージ)できる五代雄介は、この分野においては最良の戦士であり、逆にイメージが貧困なクウガは、この点において最悪の戦士と言っても過言ではなかった。

 

「少し休憩してこいよ。夜もどうせ鍛錬するんだろ?」

 

「ん…………そうですね」

 

 クウガは火照った体を冷やし、汗を吸った服を乾かすべく外に出る。

 されどこの季節の屋外が暑くないわけもなく。

 あと数時間で夜になろうという時間にもかかわらず、施設の外は灼熱の世界であった。

 汗はあっという間に蒸発したが、新しい汗がじんわりと出て来る。

 どうやら夜も暑い一日になりそうだ。

 

『衛宮士郎殿。あれはいい戦士ですね。平和なこの国に居るのが不思議に思えるほどに』

 

(うん)

 

『ガドルに偽物と言われたこと、あまりお気になさらず。

 偽物を作る能力を持った士郎殿を見て、思い出すのは仕方ないことですが』

 

(……)

 

『奴は確かに本物です。

 貴方が自分を偽物と思うのも仕方のないこと。

 ですが貴方は周囲に恵まれている。

 奴がいくら本物の強者であっても、無敵ではない。倒す可能性は0にはなりません』

 

(……)

 

『諦めることなく、剣を振り己を鍛え続けた者が勝つとは言いません。

 それは欺瞞だ。

 敗北の瞬間に、醜悪な嘘となりましょう。

 ですが諦めず努力を続けることは良い。

 勝利の女神はそういった男を好みます。

 ですので、勝利の女神を惚れさせるような男になりましょう。

 女性に好まれる振る舞いに関しては、私はブリテンの円卓一であると自負しております』

 

(なんだかなあ)

 

『ふっ』

 

 無責任なことを言わない実直さが、"気持ちの力で勝つ"といった人間らしい主張よりもクウガの感性に合うようだ。

 クウガの内で冗談を言って軽く笑うランスロットに対し、クウガは不快感を覚えない。

 外の空気をうんと吸って、クウガは敷地内でまた剣を振ってみる。

 その手に握られている剣は、クウガが普段使っている両手剣ではなく――一般人には演劇用の剣にしか見えない――士郎が投影した綺麗な装飾の投影剣。

 どうやら練習用に一本拝借してきたようだ。

 

 ランスロットとの指導、士郎との実戦形式の訓練で、クウガは人が持つ強さを大分剣に取り込むことができたようだ。剣筋のキレが増している。

 だがまだまだだ。

 単純に技量だけでも、グロンギの上位層には敵わない。

 これを『本物』の領域に届かせるには、一体何が足りないのだろうか。

 

 何があれば『本物』で、何が足りなければ『偽物』なのだろうか。

 

「ほらよ嬢ちゃん。一枚仕上がりだ」

 

「わぁ、すっごく早いですね! こんな早く描ける人始めて見ました!」

 

「早描きのラフと本腰入れる絵は流石に違うさ。

 このくらいサクッと描くと、こんな適当な絵で金取っちゃっていいのかって気になる」

 

「いやいやこんなに上手い絵、私だったら一週間かけても描けません!

 ありがとうございます蝶野さん! あ、お代ここに置いときますねー」

 

「おう。……ん?」

 

 クウガの耳に、聞き慣れた立香の声と、聞き慣れない男の声が聞こえた。

 人並み外れた聴力が捉えたのは鉛筆と絵筆が動く音に紙が擦れる音。

 どうやら、流れの画家か何かが、分署の前で立香に絵を描いてやったらしい。

 クウガの目は見えないが、立香の喜びようが肌で感じられるほどで、その浮かれた声を聞かずとも絵の素晴らしさがなんとなく分かってしまうほどであった。

 

 クウガが耳を向けると同様に、その画家らしき男もクウガに視線を向けていた。

 士郎から勝手に借りてきた贋作の投影剣を構えるクウガの姿に、男は何かを感じたらしい。

 クウガをじっと見ながら、少年の表面と内面両方を見透かそうとするかのように、その視線は少年の全身をくまなく観察していく。

 その視線を、クウガは肌で感じ取っていた。

 

「…………ワタシに、何か、用でしょうか」

 

「あ、いや、悪い。なんか妙にサマになってたからさ」

 

 男は立香を引き連れ、クウガに歩み寄ってくる。

 

 クウガが盲目であることに少し驚いた様子であったが、気後れせず、どこか不躾なくらいに無遠慮に話しかけてきた。

 

「よければ一枚描かせてもらえないか?

 俺は蝶野潤一。ちょっとした絵描きをやってる男だ」

 

 それは人を殺し、殺人を娯楽とし、美しいものを壊すことを生業とするグロンギにとって。

 

 未知の塊と言っていい、"美しいものを生み出す生業"の人間であった。

 

 

 


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