衛宮士郎は警察官である。
高校時代、あるとても大きな事件に巻き込まれ、貴重な経験と見識を得た。
紆余曲折を経て、彼は高校時代の友人・間桐慎二と警察に入る道を選んだという。
そうして、今ここに立っている。
彼が持つは剣の力。
剣を作り、撃ち、時には自分に最適化された剣の世界で周囲を塗り潰す。
『投影』にて剣を創るは、誰にも真似できない彼の超特殊技能と言えるだろう。
双剣による防御主体か、弓矢で狙撃しつつ剣を弓で射出するか、そのどちらかが"魔術を使う者"としての彼の基本スタイルである。
衛宮士郎の渾身の狙撃が成功したならば、いかな怪物とて無傷でいるのは難しい。
はず、だった。
だが少女を連れ、間桐慎二警視の元に戻ってきた衛宮士郎が見たものは、渾身の狙撃の直撃を受けても傷一つ無いメ・ドゥサ・レの姿であった。
ドゥサは爆炎の中から余裕綽々に現れ、周囲一帯をうろちょろしている警察官、そして士郎と慎二に庇われている立香を順繰りに見る。
立香とドゥサの目と目が合い、少女がその身を震わせた。
士郎がその視線を遮るように、少女の前に立つ。
「聞いてた話の通りだね、衛宮」
「ああ……効いてない」
無傷な蛇の怪物には、違和感しかない。
傷が治ったわけではない。
体が頑強すぎて傷が付かなかったわけでもない。
"攻撃"そのものが成立していないような違和感。
飛来する攻撃を見ていた立香にとっても、確かな手応えを感じていた士郎にとっても、じっくり観察していた慎二にとっても、違和感しか覚えない。
例えるならば、ハンマーで叩いたプリンだ。
ハンマーで思いっきりプリンを叩いたのに、プリンが揺れもしない……そんな不気味さと違和感が、士郎の攻撃を受けて無傷であったドゥサにはあった。
慎二が目を細め、呟く。
「
士郎は無傷の敵、考え込んでいる慎二、巻き込まれた怯える少女の立香を順番に見て、左の手で強く弓を握り直す。
「慎二、あれに魔術の類は効かないぞ。多分宝具もだ」
「分かってるよ」
「勿論普通の銃も効かないと思う。となると、今の俺達の装備が全部重いだけの荷物だ」
「……あれを倒すには、やっぱそういう話になるんだよねえ」
「慎二、どうする? 全員一丸になって逃げるか、この子を逃して足止めをするか」
「そしたら衛宮はここに残って死にそうで嫌だね……」
神秘。
この世界では、神も、霊的存在も、魔術の類も神秘にて編まれる。
神秘に通常の武器で挑むことは極めて難しい。
しからば"神秘が通じない神秘"ともなれば、ダメージを与えられる手段がまるでない。
この未確認生命体は、そういう存在であるようだ。
攻めあぐねる士郎達――警察達――をよそに、余裕たっぷりにドゥサは『誰から殺すか』を考え一人一人を品定めする。
とても、とても、楽しそうだ。
人を殺すのが。
人を殺す順番を考えるのが。
とても楽しそうで、まるでゲームをしている子供のようにすら見える。
ドゥサは人を殺せるこの時間を存分に楽しみ、堪能していた。
「リント・ンゲンギバ*1」
だからだろうか。
そこに、油断が生まれたのは。
「―――!?」
今日一番の完成度の奇襲であった。
騎士に動く腕はなく。それどころか胴体や頭部の肉も削げたまま。
されど再生能力を足に集中し、足だけを治し、喋ることができる程度に無事だった口で剣の柄を噛んで持ち……
ゆえに、スピードは本日最速。腕で剣を持てない分、体ごと捻って剣を振るう。
叩き込まれた両手剣が、ドゥサの背中に横一文字の切り傷を刻んだ。
「クウガァ!」
人間を殺す時間を楽しもうとしていたドゥサは、あまりにもしぶとくしつこい騎士の横槍に相当に苛立ったようだ。
妄執の域にある復活、そして斬撃。
騎士は二撃目を放たんとするが、こんな再生が間に合っていない状態での付け焼き刃な斬撃が二度も三度も当たるわけがない。
当たるわけがないと、ドゥサは考えていた。
「!」
その斬撃に、士郎が合わせた。
ドゥサが騎士の斬撃を回避しようとする寸前、士郎の弓が騎士の剣を撃つ。
先の攻撃のような爆発はしなかった狙撃が剣を押し込み、ドゥサの予想とズレた速度で剣が見事に命中した。
そしてまた、ドゥサの体に傷が付く。
「チッ」
警察が用意した装備の一切が通じないとしても。
魔術の類がいかなるものも通じないとしても。
突破口は、そこにあった。
「慎二、見たか今の」
「ああ。多分アレだ」
そしてその事実が、二人にあることを気付かせた。
警視である間桐慎二、その事実上のバディである刑事衛宮士郎は、ある事情を知っている。
「……アレが一年前、第二次未確認生命体災害の後、警察に警告してきた未確認生命体!」
飛びかかり斬りかかる騎士が、ドゥサの踵落としにて無造作に路面にめり込まされた。
そこにあったマンホールがひしゃげ、蹴り込まれた騎士の骨もひしゃげてしまう。
全身の骨が、くまなく。
「ガッ!?」
これ以上持ち堪えるのは不可能か、と思われた、その時。
鈴の鳴るような透き通った音が鳴る。
その音を聞き、ドゥサは舌打ちした。
「ジバン・ギセバ*2」
「ゴグザ*3」
「チッ」
「スススパラロセ・ドゥサ。ゴラゲン・ビョグ・ンデダンパ・ボセゼ・ゴパシザ*4」
ドゥサから殺気と戦意が消える。
相対している騎士も、少し離れた場所から見ていた士郎も、戦いの終わりを察した。
どうやら、今日の戦いはここまでということらしい。
ドゥサは再生途中の体を路面に投げ出している騎士を
「クウガ」
その言葉に、ありったけの侮蔑を込めて。
「リント・ビダグ・ベサセバ・ベセダダダ・バゲロギ・バギゴラゲパ*5
グゼビ・グロンギ・ゼパバギ。ゴヂボド・セジョシバ・ドグビバ・ダダドギセ*6」
「―――」
言葉を残し、ドゥサは消えていった。
メ・ドゥサ・レ。
立香視点、未だに何が何だか分からない謎の襲撃者。
メドゥーサの力を宿し、天馬へと変ずる力を持つ者。
されど戦いはひとまず終わり、ひとときの平和がやって来たようだ。
「慎二」
「分かってる。撤収準備と後処理開始だね」
「俺はちょっとあいつと話してくる」
「気をつけなよ、衛宮」
「ああ」
慎二は周辺に展開していた警官に指示を出し始め、士郎は騎士に歩み寄る。
騎士の両腕は先程まで神経と僅かな肉でしか繋がっていなかったが、今では骨が繋がっており、腕の筋肉も半ばほど戻っていた。
人間とは思えない再生力。
血液の九割が流れ出ただろうに死にもしない生命力。
とてつもない怪物性を目の当たりにしても、士郎の声に恐怖は微塵も混じらない。
「クウガ、でいいんだよな?」
「はい」
騎士は頷き、士郎の問いに素直に応える。
意外に素直な返答と少年らしい声に士郎は拍子抜けした様子であった。
「初め、まして…………『ズ・クウガ・バ』、です」
『ズ』。
未確認生命体は、強さによって階級が分けられ、それによって本名も変更される。
名前の最初に付いている一文字がそのまま階級を表すのがグロンギの特徴だ。
最も強い一族の長が『ン』。
最上級の強さを持つ者が『ゴ』。
ゴではないが選ばれし強き戦士が『メ』。ドゥサがここに該当する。
そして、戦う力を持つ者の中で最も弱き者達が、『ズ』。
ズ・クウガ・バは、未確認生命体―――グロンギの中でも、最下級に位置する最弱の戦士。
「俺は衛宮士郎。
あっちの、今の実働班で一番偉い階級にいるのが間桐慎二。
悪いけど付いて来てくれるか? ちょっとお互いの情報をすり合わせたい」
「はい。こちらも…………その…………聞いていた日本と、違うように感じたので」
「……色々な、事情があるんだ。その辺は。そっちも説明するよ」
クウガは日本を知らない。
士郎はこの訳の分からない状況に至った経緯を知らない。
謎を謎のままにしておくには、未確認生命体はあまりにも危険に過ぎる。
……とはいえ。
再生が完全に終わっていないクウガをすぐに連れて行くのは気が引けたらしい。
周囲を警戒しつつ、士郎達はクウガの再生を待った。
信じられないスピードで、砕けた体が騎士を思わせる体へと再生していく。
再生過程を見ていた普通の警官達の目には分かりやすく恐れの色が見て取れた。
同じように立香もまた、再生するクウガを見る目に恐れの色が宿っている。
けれど少女は、他人よりも少しだけ優しく、少しだけ寛容で、少しだけ義理堅かったため、感謝の気持ちが恐怖に勝った。
人のために戦った怪物を恐れるのも、普通の人の感情と言えるだろう。
けれど、そんな怪物さえも"人を守った英雄"と思えるならば。
怪物と戦える怪物に守ってもらって、怖がるのでなく感謝の気持ちが勝るのならば。
その心そのものが、『英雄と向き合う資質』と言えるだろう。
「あ、あの!」
勇気をもって、ごく普通の少女はその一歩を踏み出す。
そしてクウガの前で、思いっきり頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう!」
そんな光景を横目で見ていた士郎と慎二が、少しばかり笑っていた。
対し、クウガはよく分からないといった様子で、よく分かっていないことを誤魔化すように曖昧な所作で応じる。
そして立香の手を取った。
「へ?」
クウガは割れ物に触れるように丁寧に、少女の右手の甲に刻まれた紋章のような『それ』に触れる。襲撃前に彼女の手に現れた謎の文様は、今もそこにあった。
「これが何か知ってるの?」
「気を、付けて。そして…………覚悟して」
「え?」
「これは、『隷呪』。獲物の証。生贄の刻印」
いきなり物騒な単語と言い回しが出てきて、立香は思わず身構える。
「君は…………今回の特殊なゲゲル。
『グセギス・ゲゲル』の、エクストラターゲットに選ばれた」
「グセギス・ゲゲル……?」
「グレイル・ゲーム…………器を完成させる狩猟のゲーム。リントの言葉で言うと」
そう、それは。
「…………『聖杯戦争』」
この戦いに付けられた名。
宿命と運命の交差点。
『聖杯戦争』の名を聞いた瞬間、士郎と慎二は目を見開いていた。
一方、立香は聞いたことのない単語の連続にこれでもかと首を傾げていた。
本人は無自覚だろうが仕草が結構可愛らしい。
「聖杯戦争……?」
「そう」
クウガは頷き、変身を解く。
怪人としての彼の姿がかき消え、人間としてのクウガの姿が現れる。
未確認生命体は怪人としての姿と人間としての姿の両方を持つ。
現代の日本人ならば、そのあたりは知っていて当然の知識であった。
「―――っ」
にもかかわらず、その瞬間、何人かが息を飲んだ。
ある者はその容姿に驚いた。
陳腐な表現になるが、クウガの容姿は『絶世の美少年』と表現すべきものであった。
馬に乗せて写真でも取れば、すぐにでも絵本の王子様のシーンに使えてしまうだろう。
白い髪、白い肌、整った顔、華奢ながらも強さを感じる体躯。
ズ・クウガ・バ人間体の容姿は、信じられないほどに美しかった。
ある者は、その幼さに驚いた。
外見だけで判断するなら、15歳に届いていないかもしれないほどの年齢。
ともすれば、立香より年下に見える。
怪人体のクウガが身長2mに迫る大男に見えていただけに、身長も体格も一気に縮み、立香と同程度の身長の美少年へと変化したことは、周囲を大いに動揺させた。
特に、子供を守る意識の強い警察官の動揺が大きかったようだ。
そして、士郎や慎二は……その両目が抉られていることに、驚いた。
目の周りに悲惨な傷跡が残っている。
瞼を閉じているためにグロテスクにこそなっていないが、閉じられた瞼とその周りには痛々しい傷跡が残っている。
士郎と慎二は傷跡の形状から、強靭な生物が素手で眼球を抉り取った事実と、
恐る恐る、慎二はクウガに問いかける。
「お前……目が、見えないのか?」
「はい」
「盲目で剣士って……おいおい、マジか。それであの戦闘やってたのかよ」
「目を抉られたのは二週間ほど前です…………見苦しい戦いをして…………すみません」
「いや謝らなくても。僕がどうこう言うことじゃないし」
こいつ会話のテンポ独特だな、とクウガを見ていた人間全員が思い始めていた。
クウガは瞼を閉じたまま、右手を前に伸ばす。
「変身後の姿でないと…………私は、初めての場所を、まだ歩けません。
…………どなたか…………手を貸して、いただけないでしょう、か」
「あ、じゃ、じゃあ私が」
「ありがとう、ございます」
その手を、立香が取った。
変身していないと一人で歩くこともできない少年を、少女が手を引き、車まで連れて行く。
「助けて、いただいて…………ありがとうございます」
「……なんだかなあ」
お礼を言いたい気持ちであるのに逆にお礼を言われて、立香は変な気持ちになってしまう。
絶世の美少年、ではあるのだが。
話し方も雰囲気も独特で、妙に気持ちの間を外されてしまう立香なのであった。
士郎25歳
慎二25歳
立香15歳
クウガ14歳