【東京都文京区未確認生命体対策室 2014/07/31 11:20 p.m.】
ガツン、と頭をぶつけて、痛みで立香は目を覚ました。
「あいたぁ!?」
何に頭をぶつけたのか、そもそもなんでぶつけたのか、ここはどこなのか、そこまで思い返そうとしたところで、ここが対策班の本拠地である分署であることを思い出す立香。
うとうとして、がくっと体が前に倒れたことで額をテーブルにぶつけてしまったらしい。
警察の庇護下に置かれたことで緊張の糸が切れ、恐怖と緊張による疲れが一気に来たのだろう。
「おはようございます」
「あ……クウガ君。おはよう」
顔を上げれば、そこにはソファーの上で微動だにせず、綺麗な姿勢で座り続けていたらしい少年の姿があった。
どうやらずっと近くで守ってくれていたようだ。
寝顔見られてたら恥ずかしいな、と少女は一瞬だけ思うものの、抉られた跡が残る少年の顔を見てすぐさま思い直す。
守ってもらっていた、と思うと、守られていた自分を省みてしまう。
未確認がまた現れ、大勢人が死ぬかもしれないという現実が見えてきてしまう。
そして、人を殺す行為を心底楽しそうにしていた蛇の怪人の姿を、思い出してしまう。
立香は子供らしい無謀さと、彼女らしい少しの勇気で、その相談を口にした。
「あの、さ。
警察の人、私に護衛付けて家に帰すか、特別な施設に送ってくれるって言ってたけどさ……
私にできることって何かないかな? 特別なことはできないけど、今の私だからできること」
「あります」
「!」
「でも…………オススメしません」
「なんでか、聞いてもいい?」
「あなたが、高い確率で…………死ぬから」
「っ」
そう言われたら、少女はそれ以上強く主張を押せない。
心配されているのに、その上で無理を通そうとする熱量が、自分の命を賭けるに足る理由が、彼女にはまだ無いからだ。
「あの…………何故、そう考えたのか、聞いても?」
「だって……なんか、悔しかったんだもん。
人を殺すのが楽しそうで。
幸せを奪うのが嬉しそうで。
私を殺すことを、きっとゲームでボーナスキャラを倒すくらいに考えてた」
「…………」
「私さ、そんな勇猛ってタイプじゃないし。
怖いものがあったらきっと逃げちゃうよ。
お化け屋敷だって結構駄目だもん、私。
……それでも。あんな奴らのために、誰かが泣くのは、なんか……嫌だなって思った」
少年の表情が、少し柔らかくなり、少し優しげなものへと変わった。
「ユースケも…………そんなこと、言ってたかな」
「さっき話に出てた五代雄介さん?」
「はい」
「どんな人なの? 私、全然知らないんだけど」
「トーコさんにとっては…………お友達。
今の警察の、偉い人の一部にとっては…………英雄。
ワタシにとっては…………恩師であり…………家族のようでもあり…………」
「大切な人?」
立香の問いを、クウガは無視するでもなく、数秒ほど考え込む。
彼が答えを出すまで、立香は茶々を入れず静かに待った。
「そう、ですね。大切な人…………かな。きっと、そうだ」
「そっか」
それはきっといいことなんだろうと、立香は思った。
「ワタシは…………この世界に、来たのが、一年ほど前です」
「そういえばそんな話してたね。一年前に警察に警告したとかそういう話」
「カーマと一緒に…………こちらの、世界に来て。
誰も…………人を殺しながら生きる以外の生き方を教えてくれてなかったから、困って。
そこで、冒険家のユースケと出会って。
普通の人の生き方を、教えて、もらって。
それから一年くらい…………ワタシと、カーマと、ユースケで、冒険をしていました」
「冒険!? へー、本当にいるんだ、冒険家……
漫画の中でしか見たことなかったけど、本当に居るんだなあ……わぁ……」
興味津々といった様子の立香を見てこくり、と少年は頷く。
「その一年で…………ワタシは少しだけ、リントを、ちゃんとした形で、知ることが出来た」
そうした一年がきっと、人間の仲間として振る舞うことができるこの未確認生命体を、優しく育てる時間になってくれたのだろう。
リントを知り、リントに対して好意的になった、グロンギの裏切者。
立香はこの少年に守ってもらったが、この少年の過去は今初めて聞いたし、この少年が何を望んで何を求めているかも知らない。
その目が抉られた理由も知らない。
初めて出会ってからまだ数時間では仕方ないが、自分を守ってくれる銀の騎士のことを何も知らないということに気付き、僅かながら寂しい気持ちになってしまったようだ。
「ちょっといい? 都外に送る準備ができたから、早く車に乗ってくれると嬉しいんだけど」
「あ」
ドアを空けて、慎二が参上。
立香は先程の会話を思い出し、慎二にも同じ話を振ってみる。
「あの」
「うん?」
「私に出来ることって、何かありませんか? その、今特殊な立ち位置ですから」
「バカかお前?」
「!?」
「おっと思わず……いや、できることないからさっさと都外逃げちゃっていいって」
鋭いど直球の罵倒に、立香は思わずたじろいだ。
「でも、私が都外に逃げたら、新しいエクストラターゲットが選ばれるってカーマさんが」
「別にいいじゃん、藤丸以外の誰かが死んでも藤丸には関係ないだろ?」
「良くないです!」
「……お前とか衛宮とか、わざわざ生き辛い道選んで楽しい? 理解できないよ」
「間桐さんは自分の代わりに誰かが死んだりしたら、胸が苦しくなったりしないんですか?」
「自分が死ぬよりはマシだと思うよ、僕は」
慎二の視線が、クウガの方へ向く。
「未確認をよく知る未確認としては、どう思う?」
「あまり、危険なことは…………して、もらいたくないです」
「だよねえ」
「でも」
「うん?」
「ワタシは…………
普通に、優しい人が、皆に笑顔でいてほしいと願うなら…………
その願いは、否定したくなくて……叶うように、手伝いたいと、思います…………」
「……クウガ、お前」
「でも…………普通に、優しい人が、危ない目に合うのも、痛い目を見るのも、嫌で…………」
クウガの日本語は下手だ。
きっと伝えたい言葉を上手く伝えることもできていない。
それでも、伝わるものもある。
「ワタシは、グロンギ、です。戦いは好きです。…………殺すのは、嫌いじゃないです」
クウガは他のグロンギと違い、人間を殺戮することに快楽を覚えない。
だが、それだけだ。
殺人を嫌がったことも、戦いを嫌がったこともない。
必要ならばいつでもできる。
「戦いに関わることが、向いてない人は…………います。
戦い、は、戦いたい人にだけ、任せればいい。
ワタシがそうです。
戦いが好きなワタシが、戦いが好きなグロンギと、殺し合えばいい。
ワタシを…………誰かの、笑顔を、守るための殺し合いに、使って…………ください」
「……」
「クウガ君、そういうこと考えてたの?」
「他人を殺して、他人を死なせて、罪悪感を覚える、人は、戦うべきじゃない…………です」
言葉にならない感情が人の所作となり、慎二はワカメのような頭をかき混ぜる。
「お前みたいな奴がバカの横に居ると僕が楽できていい。というわけで、まあ、頑張れ」
慎二はクウガの肩をぽんぽんと叩いた。
「人の良さしか取り柄がないバカ達はしょっちゅう早死にしそうになるんだ。
分かるか? お前が守るんだぞ。そういうバカは打算も計算もないからな」
「はい」
「んー? あれ? もしかして私今凄くバカにされてる……?」
人の良さしか取り柄がないバカ、とストレートに言われた立香は若干イラッとした。
パトカーは目立つ。
なので、ありきたりなバンが移送車両に採用された。
未成年を未確認生命体に狙わせたままにしておけない、ということで、立香は都外まで運ばれそこから自宅まで送られることになっている。
立香はまだ悩んで居るようだが、結局移送車両には乗っていた。
念の為にとクウガが同行し、少女と少年を乗せたバンは深夜の道路を走り出す。
「間桐警視から任されました。
お二人を安全なところまで確実に運ぶのが、自分の仕事っす! よろしくお願いします!」
ただ何故か、運転席に座る警察官は、やたらとテンションが高くやたらと暑苦しく、けれども振る舞いが人懐っこくどこか憎めない、そんな男であった。
「よろしくお願いします!」
「よろしく……お願い、します」
車を運転しながら、警察官はクウガに興奮気味に話しかけてくる。
「聞きましたよ。4号と同じ、人を守ってくれる未確認らしいっすね。尊敬するっす!」
その警察官は20代に見えたが、どうやら14年前の第一次未確認生命体災害時に子供で、子供らしい気持ちで未確認生命体第4号に憧れた、いわゆる『4号直撃世代』であったようだ。
ゆえに、同じく人類の味方な未確認であるズ・クウガ・バに対し、最初から非常に好意的である様子。あまりの熱意に、クウガも少し押されていた。
「自分、4号に憧れてたんですよ。
でも自分、人間だったので未確認にはなれなくて。
しゃーない、警察官になって皆を守ろう! って思ったのが十何年か前だったっす」
「そう…………なん、ですか」
「だから素直に尊敬します!
第一次の時はガキでしたが、今は警察官として協力するっすよ! 共に戦いましょう!」
「はい」
かつて、警察と未確認生命体第4号は力を合わせて戦い、日本と人々を守りきった。
4号は強くとも、未確認ゆえに全ての人から信頼されておらず。
警察は人々から信頼されていたが、強さが足りていなかった。
だからこそ4号と警察は最高のバディとなり、何十体という未確認生命体の全てを打ち倒すという偉業を成して見せたのだ。
今度は自分達の番だと、警察官からにじみ出る雰囲気が言っている。
警察官は共闘する気満々で、その姿からは未確認生命体ズ・クウガ・バへの警戒や恐怖といったものが一切感じられない。
純粋な尊敬と好意だけがあった。
ちょっとクウガを心配していたリツカだったが、そんな警察官を見て、"これなら大丈夫かな"と一安心して安堵の息を吐く。
自分には何も出来なかったが、これでいいじゃないかと、立香は自分に言い聞かせた。
「リツカ」
「……何かできることをしたいって思ったのも本当だけど、怖いのも本当だから」
「…………」
「うん。何かを決めて、この車に乗ったわけじゃないけど。
これで……これでいいんだよ、きっと。
だからクウガ君は何も気にしないで。あと、これからずっと、怪我しないようにね」
「それは…………おそらく、不可能だ」
「うん、だよね。分かってた」
これでよかったはずだ。そう思おうとしても、何かどこかが引っかかる。
それはきっと"やりきった感"がないからだろう。
もうそこは自分の心を納得させる以外に道はない。
と、その時。
クウガが、車窓の外を見た。
「む」
クウガだけが感知した何か。
それは音。人間の可聴域では感じ取れない風切り音に似た何か。
「―――これ、は」
その一秒後。
彼らが乗っていた車は、遠方より伸びてきた重量級の巨大尾に叩き潰され、走行中にあえなく大破。盛大に爆発し、深夜の街の一角を爆炎にて照らしていった。
メ・ドゥサ・レは、先の戦いで本気の三割も出してはいなかった。
ゆえに使わなかった能力が、尾の伸長ではない、尾の巨大化である。
尾を長くするだけでなく、太くすることも重くすることもできる。
メ・ドゥサ・レの尾は、デミ・グロンギ化前から蛇というより竜の尾だ。
なればこその『蛇頭竜尾』。
そのパワーは竜種のそれであり、ドゥサの物理攻撃の中でも最大級の威力を誇る。
にもかかわらず殺せなかったことに、ドゥサは思わず舌打ちしていた。
「ゴグギグ・ザンボグ・ザベパ・ザジャギバ。……ギジャ・レグヅヅ・セダバサバ?*1」
クウガの対応は、神速であった。
まず耳でドゥサの接近と攻撃を察知。
瞬時に変身し、剣にて車の右側面を切り離し、立香と警察官を抱えて跳躍。
0.1秒を争う一瞬の判断に成功し、尾の一撃と車の爆発を見事にかわして見せたのだった。
「ガンバビ・ゴドゾ・ダデデゲ・ビビンギデ・ブセダ・ダバゼロ・ビズブドロ*2」
ドゥサは、公園の背の高い大時計の上に立っていた。
地に立つクウガがドゥサを見上げれば、その姿に背後の月が重なって見える。
大時計の長針と短針は、頂点の『12』を既に通り過ぎていた。
「ジズベ・ゼンボグ・ボジバンザ*3」
日付が変わった。
それはつまり、一人一人に曜日が割り振られるグセギス・ゲゲルにおいて、次のプレイヤーに行動権が発生したことを意味する。
だがおかしい。
曜日は七つ。
参加者は七人。
同じグロンギが連日行動権を得られるわけがない。
「ズヅバセンゾブゼボグゾグベンボギジョグ?*4
ガシゲバギ。ゴセパ・グセギス・ゲゲル・ンスススギザンザ*5」
「ゴラゲパ・ガンバギャ・ゼパバギバ・サバ*6」
「……?」
「ゴラゲザ・ベザギサ・バギボパ*7」
ジャラリ、とドゥサの手から垂れ下がる短剣の鎖が風に揺れ、音を立てる。
「ゼンバ・ギンゾ・ギンガギゴン・ゲゲル*8
バサデダ・バギンガ・ギギバン・リント・ビバゲバ・ギズゾガ・デスラドガデ*9
ガセビパ・ドブデング・ガダダボザ。ジバギン・ゲゲル・ゾジュグシビ・グスドドバググ*10」
「……!?」
「ビボグパゴンドドバグゲゲルビグギバギ*11
ゾンドグン・グセギス・ゲゲル・ギョビヂパ・ビョグザ*12」
それは、初耳の事実であった。
今日がグセギス・ゲゲルの初日。昨日はその前に行われたボーナスタイム。
そして、クウガがあまりにも弱く、他の参加者に情報を渡ることを危惧したために、前回の戦いで全く出さなかった本気を、ドゥサが出す気満々になっているということ。
「パバダダバ?*13
ザバサビバ・ギセンゾ・ブゼンギュグ・ゲビグジュ・スガセスボザ*14
ゴギデ・ゼンバギパ・ゴゴブボムセ・ギジャジャ・グダダバ・ギゾリ・デギダダレビ*15
ゴブボデパ・バブギダグ*16
ギラパギバギ。ログザ・セロリ・デギバギ。ゴラゲパ・ザンボブビ・ボソギデジャソグ*17」
夜の気配が濃くなっていく。
死の気配が濃くなっていく。
それはただの錯覚だが、"ドゥサが本気を出しているという実感"を感知しているという意味で、錯覚などではない確かな絶望であった。
クウガは覚悟を決め、剣を握る。
「ワタシが、死ぬまで…………の時間を、計算、しました。
おそらく、食い下がることだけを考えて、10分前後……に、なると思います」
「……え」
「リツカを、離脱させるには…………ギリギリ足りる可能性が有る時間、です」
クウガが頭を下げ、警察官が息を飲む。
抉られた複眼と、警察官の視線がぶつかる。
片方は見えてなどいないのに。
何故か成立してしまう、男同士のアイコンタクトがあった。
「お願い、します」
「……分かりました」
警察官がクウガの意を汲み、立香を半ば無理矢理引っ張って逃げていく。
「待って!」
「ワタシは」
クウガは、自分の命に頓着していなかった。
「成りたいものがあって…………成りたくないものがあるんだ」
クウガ自身よりも立香の方が、クウガの生存を望んでいたと言えるほどに。
それは未確認生命体が共通して持つ精神性。
ゲームの失敗=即死のルールを平然と受け入れるグロンギは、その多くが戦いの結果によって自分が死ぬことを恐れていない。そもそもそんな発想がない。
殺すことが大好きで、死ぬことを恐れない。
ゆえにこそのグロンギ。
だからこその怪物。
なればこその怪人VS怪人。
藤丸立香を生かしたいなら、この衝突は不可避である。
「ボゾグ*18」
「今度こそ、その首…………刎ねる」
掲げた剣が、今日は妙に心細い。
ドゥサからほとばしる魔力が、コンクリートの大地を揺らした。
されど騎士に怯みはなく、その言葉に淀みはない。
「お前の罪は、ここで終わりだ」
投げられた鎖付き短剣を、光り輝く剣が斬り弾き、火花と音が宙に舞う。
蛇と騎士、騎士に微塵の勝ち目もない二人の再戦が始まった。
■ゲゲル・ジョグヂ
割り振られしゲゲルの曜日。
参加者七人にそれぞれ割り振られた曜日に『行動権』が与えられる。
その日の内に行動権を消費することで、『指定対象への攻撃行動』『リント狩り』『武器の補充』『ターゲットの位置情報や武装情報などの獲得』をすることができる。
グセギス・ゲゲル参加中に許される戦闘行動は、基本的に行動権を消費した襲撃行動と、他者に襲撃された場合の迎撃行動のみ。
ルール違反には違反者へのペナルティ、もしくは違反者を除いた参加者への優遇などで罰が与えられる。
金曜日→メ・ドゥサ・レ(8/1 現在)
土曜日→???
日曜日→???
月曜日→???
火曜日→???
水曜日→???
木曜日→???