かの警察官は、未確認生命体第4号に憧れた警察官だった。
憧れは熱意を生む原動力となり、彼を優秀な警察官へと育て上げた。
立香を送る警察官に彼が選ばれたのも、ひとえに彼の優秀さゆえ。
彼は死ぬ前に、クウガと合流する前に、最速で署へと通報を行っていた。
なればこそ、最速で未確認生命体対策班が到着するという最良の結果へ直結する。
最良であり、最速だった。
それでもなお、手遅れだった。
【東京都足立区 2014/08/01 00:35 a.m.】
石化の暴虐。
一滴の血も流れない、あまりにも美しい皆殺し。
未確認生命体対策班が到着した時、既に死者は三桁数へと突入していた。
「……なんて酷さだ」
「慎二。クウガをまず探そう」
「ちょっと待った。蒼崎代理から預かってたカバンが……お、重い!」
「気をつけろよ。もう道路もどうなってるか分からないからな」
メ・ドゥサ・レに見つからないように動き、手早くクウガ達を回収したいところだ。
『せんぱ……士郎さん、今大丈夫ですか?』
「ああ、桜か。どうした?」
『運転手の桜田さんが、車でクウガくんに支給のスマホを渡していたそうなんです。
本当にいざという時に連絡を取るために必要だから、ということだったらしいんですけど』
「! それなら、GPSで追えないか?
支給品のスマホにはかなり精度が高い物が入ってたよな?」
『はい、追えてます。動き回ってるみたいなので、逐次位置情報を送りますね』
桜のサポートを受けつつ、士郎と慎二は仲間達と共に移動を開始する。
「これ、僕が思うに逃げ回ってるんじゃ?」
「俺もそう思う。こっちから迎えに行こう」
ただ移動するだけでも、警察官の間に緊張が走る。
クウガ達を運んでいた運転手の警察官が事細かに通報していたため、彼らはかなり実態に近いメ・ドゥサ・レの魔眼情報を手にしていた。
ドゥサの魔眼は、最悪の場合跳躍移動→警察官全員を見る→全員石化という対抗困難な即死攻撃を仕掛けて来かねない。
ドゥサの奇襲を十分に警戒・対策し、可及的速やかに士郎達は移動する。
士郎達がクウガ達と合流できたのは、物陰に隠れながら移動するクウガ達が、ドゥサによって追い込まれかけたまさにその時であった。
「!」
「早く乗れ!」
士郎が腕力でクウガと立香を引き上げ、慎二がアクセルをベタ踏みにして一気に離脱する。
なんとも恐ろしい。
ドゥサが相手では、こうした逃走一つですら綱渡りだ。
ビームが飛んで来ても回避できることはあるかもしれないが、逃げている車がドゥサに見られただけで石化してアウトだということを考えれば、本気でどうしようもない。
その後もずっとハンドルを握る慎二は慎重に道を選び、ドゥサの視線が活きやすい道路は避けて逃走を続けた。
「あの…………あの警察官の、方の、ことですが」
クウガが謝ろうとする……が。
運転をしながら、慎二が無礼に言葉を遮る。
「最初に言っとくけど、僕にも衛宮にも謝られる筋合いはないよ」
「え」
「やめなよそういうの。時間の無駄無駄」
戸惑うクウガ。
誰が謝れと言ったのか。
誰がお前のせいだと言ったのか。
誰もそんなことは言っていない。
もしもクウガに『謝れ』と言った者がいるとするなら、『お前のせいだ』と言った者がいるとするなら、それは……ズ・クウガ・バ本人以外には、ありえないだろう。
「お前のせいだって誰かが言ったんなら、まあその人に謝ればいいんじゃないかな」
自分自身を除けば、誰もクウガのせいとは言っていない。
クウガの視線が立香の方を見るが、立香はぷいと顔ごと視線を逸らした。
責められたがってるクウガを責めてなんかやるかと、立香は決意を改めて固める。
責める言葉は意地でも言ってやらないと、心に決めていた。
"メ・ドゥサ・レのせい"以外の何も言ってやらないと、心に決めていた。
未確認生命体の悪行が原因で自分の命を守ってくれた人を責めなければならない、ということそのものが、立香は嫌で嫌で仕方なかった。
車で落ち着いた場所に移動するまで、約10分。
落ち着いた場所まで移動を追えても、立香の心はささくれ立ちまるで落ち着いていなかった。
「……」
辺り一面の森。
ここは森林地帯だが、同時に追い込みポイントという俗称で呼ばれる、対未確認用戦闘領域に指定されている場所でもある。
ここでならどれだけ大規模な戦闘を行っても責められない、というお墨付き。
ドゥサがここを見つけても見つけなくても、どちらにしても人間側に損はない。
有利なフィールドでの戦いか、グロンギ側の制限時間切れのどちらかしかないからだ。
だがそんなことは、今の彼女にとってかなりどうでもいいことだった。
「はぁ」
立香だけだ。
今、未確認生命体に立ち向かう人間の陣営の中で、戦士として専門の訓練を受けていないのも、人の死に慣れていないのも。
人一人死んだだけで大いに気にして、大いに落ち込む。
それは戦士らしからぬ反応であったが、普通の人の反応でもあった。
人の死に慣れるのはいいことなのだろうか?
人が死んでも平気であるのはいいことなのだろうか?
人の命は、どのくらい重くて、どのくらい軽いものなのだろうか。
クウガ君とどんな形でもちゃんと話さないと、と立香は思うが、話す気力が出てこない。
話したくない、という子供らしい気持ちが先行してしまう。
「グロンギ……未確認生命体……なんなんだろ……」
「そんなものをリントが理解できるとは思えないんだが」
「―――!?」
自分一人だと思って呟いていた立香に突如かけられる声。
どこからか突然聞こえてきた声に辺りを見回すも、何も見えない。何も居ない。
まるで、空気が喋っているかのようだ。
周囲に見えるのは木々と草木と、月が輝く星空くらいのものである。
恐る恐る、立香は周りの空気をグーパンで殴り始めた。
空振り、空振り、空振り。
少女のパンチは何にも当たらず、含み笑いの音が聞こえる。
「いい反応だ。やっぱ話しかけるならお前が正解だったな」
「だ、誰?」
「舌から生まれた『メ・ガルメ・レ』。
木曜日をあてがわれてるんで、6日後にはお手柔らかにな」
「……! 未確認生命体の、プレイヤー……!?」
「その通り」
メ・ドゥサ・レに続く、二人目のプレイヤー。
未確認生命体なら姿が見えなくても何ら不思議ではない。
立香は身構える……が、本当に新たなる未確認生命体なら、抵抗すら許されず惨殺されるだろうということは彼女も分かっている。
立香も無駄な抵抗だとは分かっていたが、それでも無抵抗で殺されてやるものかという気合いだけは十分にあった。
「わ、私に、何の用?」
「奴の、ドゥサの弱点を教えてやろう」
「……え?」
「伝説の再現をするために首を狙いすぎだ。
みぞおちを狙え。斬るのではなく突け。あそこだけ、極端に脆いぞ」
「え、な、なんで?」
「クウガが生まれる前の古傷だ。
今は巧妙に隠しているが、少し突くだけでかなり深いダメージになる」
この情報が本当なら、最高にクリティカルな情報だ。
もしかしたら、戦術の工夫次第では、ズ・クウガ・バの攻撃力でも―――メ・ドゥサ・レを倒すことができるかもしれない。
とはいえ、人間にとって都合が良すぎる。
この情報を鵜呑みにするのは、あまりにも危険であると思われた。
「もう一回、別の意味でなんでって聞くけど、なんで仲間の情報を売ってるの?」
「クウガは俺の親友だからな。助けてやろうと思ったんだ」
「……」
あまりにも露骨な大嘘に、立香は思わず眉根を寄せた。
どうやら本音も真実も口にする気は無いらしい。
このガルメという男(立香はまた声から推測した)の言うことが本当なら、親友のクウガに直接教えに行けばいい。
グロンギに知り合いがおらず、一番素人っぽい立香を狙って声をかけたこの状況も、あまりにも怪しすぎて信じられる要素0である。
「おいおい、信じてないのか? 俺はクウガのことはよーく知ってるんだぜ」
「例えば?」
「ん、そうだな。あいつの精神異常についてはよく知ってるぞ」
立香がぴくり、と反応を示した。
「ダグバとクウガ。あの二人はとびっきりの異常者でな」
「とびっきりの異常者……?」
「グロンギは基本、リントを狩るもんだ。
リントを狩るゲゲルが楽しいもんだ。
だがダグバは違う。
あいつはその気になりゃリントもグロンギもおかまいなしだ。
どっち殺しても楽しそうにしてやがる。
しかも弱い奴殺してもつまんなそうで、強いグロンギ殺す時は満面の笑みだ。
見てて怖気がするぜ。
そんなダグバ以上に頭イカレてたのが、その弟のクウガだったわけだがな」
「そんな異常には、見えなかったけど」
「いやいやいや。
普通のグロンギはグロンギを仲間と感じ、リントを殺すと快楽を感じる。
だけど人間を仲間と感じ、グロンギを殺すと快楽を感じるあいつは最高の異常者じゃねえか」
「……え」
「ん? なんだその反応? 知らなかったのか?
あいつは唯一の『反転』したグロンギなんだってこと」
『逆だ』と気付いた瞬間、立香の頭の中で、情報の歯車が噛み合う音がした。
人を守るのも。
グロンギと戦うのも。
"思考と嗜好が反転したグロンギ"なのだと、そう思えば、答えが一つ転がり出てくる。
あれが
「あいつは嗜好が反転してるだけのグロンギってことだ。分かるか? 俺達の身内だよ」
「……違う」
それでも、立香は彼を単純に『反転したグロンギ』だとは言いたくなかった。
「あいつはな、俺達のいい玩具だったんだ。
最高だろ? あんなグロンギ他に居ないしな、ククク。
あいつが苦しむ顔は、あいつがまともじゃないグロンギだからか、仲間内でも受けてたよ」
こらえきれない笑い声が、どこからか響いてくる。
メ・ガルメ・レは、クウガを笑っていた。
落ちこぼれを笑う声で。欠陥品を笑う声で。玩具な格下を笑う声で。
「何が」
その声が、藤丸立香の癇に障った。
「何がそんなにおかしいの?」
これだ、と立香は怒りに飲まれつつある心で思った。
殺戮を楽しもうとしていた時のドゥサに対して抱いた気持ちと、ほとんど同じ気持ちをガルメに対して抱いてしまう。
立香はその感情を言語化できない。
あえて言うならば"怒り"。
許せないものがそこにあるという、ごく普通で当たり前の怒りであった。
ズ・クウガ・バをまともに同族扱いしないどころか玩具扱いしているガルメを見れば、クウガが幼少期からどんな扱いだったかは察せられるというものだ。
それがまた、立香の怒りを加熱させる。
「仲間が苦しんでる話って、そんなに面白い……?」
「面白いだろう?」
考える様子すら見せず、ガルメはノータイムで即答する。
「無様な奴はいつだって見ていて楽しい。リントの何割かだってそう思ってるだろ?」
そして流れるように、リントへの侮蔑を始めた。
「踏み躙るのは楽しいだろう?
ゲームで雑魚を蹴散らし、雑魚の命を散らす時。
気に入らない敵の思い上がった意識を踏み躙る時。
そして、誇り高い者の誇りを踏み躙り、綺麗なものを踏み荒らし尽くした時……」
舌から生まれたメ・ガルメ・レ。
その異名は、戦いとなれば舌を武器にし、そうでない時は止まらない弁舌をいっつも他人に聞かせている、そんな逸話から来たものである。
「リントもグロンギも同じだ。
真っ白な雪を一番乗りで踏み荒らして喜ぶように、踏み躙る事そのものが楽しいのさ」
舌を回して他人を侮辱し、その尊厳を踏み躙る時にこそ、ガルメは快楽を覚える。
「踏み躙ること以外何もできない人に、私達は負けないよ」
「大口を叩くと後が辛いぞ?」
「絶対に負けない。あなたなんかに。私も、クウガ君も」
クックック、と笑い声が漏れ響く。
「お前達が有難がっているクウガだがな。
ヤツの異名の一つを知っているか?
『雪』だよ……ククク。
あの髪も理由の一つだが、最たる理由は……『踏み躙られるためにある』からだ」
「……ああ、グロンギにとって、雪ってそうなんだ」
「?」
「私はクウガ君と数時間くらいしか付き合い無いんだよね。
でも、空いた時間にたくさん話したから、今のあんたになんて言うかは想像できる」
―――食べ物にこだわる…………リントは、とても凄いものになった。ワタシは、そう、思う
―――グロンギは、美味しい食べ物の探求、とか…………誰も興味持たなかったから
思い返すは、ズ・クウガ・バの綺麗な白い髪。
「雪を見て、美しさよりも先に踏み躙るものだと思うグロンギに、私達は負けない」
「美しいから踏み躙るんだろ?」
「美しいから守るんだよ」
「……」
「……今なら、私は胸を張って言える」
違う。きっと、未確認生命体とズ・クウガ・バは何かが違う。
そうであると信じたいと、立香は思う。
「あなた達と、クウガ君は違う。だって、未確認生命体は……何も、守ってない」
話したいと、立香は思う。
もう一度彼と話したいと、今は心底そう思えていた。
舌から生まれた怪人は、『何かの目論見』が失敗したらしく、人知れずその長い舌で舌打ちしていた。
話すの気まずいなー話したくないなーと思ってたけど茶々入れられて逆に話し合いのやる気出たウーマン