そんな時、ミストルティンは悩んでいた。このままでいいのか、わからない。漠然とした不安が募り、夜もうまく眠れない。
そんなミストルティンが夢の中でとある人物と出会う。その人物は、遠くて、それでいて遠くない、自分に近い存在であった。
※一応ファンキル学園の世界のお話です。マスターは登場しません。
時代が変わる。
実感はないけれども、確かに変わってしまうらしい。月を越えた瞬間に、変化が訪れる。
……私は、そんな大切な時であるというのに何も出来ていなかった。
漠然とした未来を思い浮かべては、きっとうまくいかないと嘆いたり、友人関係を広めていこうとしても、人に慣れていない性質からか、しどろもどろになってしまったり。
実際はきっとそんなことはないはずなのだけれども、私は何をやってもうまくいかないのではないだろうか、なんて考えてしまう。
ひとりの部屋。輝く月。
もやもやを抱える私とは違って、月は綺麗に光っている。太陽とは違う雰囲気の光だけれども、それがなんだか心地よい。
「……この時代での、月の光が見れなくなると考えると、少しだけ、寂しいな」
静かに独り言を呟く。
隣にもし、知っている方がいたのであれば敬語だったかもしれない。けれども、今は一人だけ。だから、敬語も使わない。
私、ミストルティンという存在を詳しく知っている牙克城学園の生徒は少ないと思う。目立たないように学校生活を送っているというのもあるけれど、学校の雰囲気と私の存在が合っていないからか、声をかけられることがあまりない。
……そもそも、声をかけられたところで、びっくりして逃げてしまうのが私の悪い癖だ。
相手が大きい声だから恐怖を感じるとか、突然肩をぽんと叩かれたら心臓が跳び跳ねそうなくらい驚いてしまうとか、そういう言い訳はできないわけでもない。ただ、それは逃げているだけだと自分でも考えてしまう。このままではきっと何も変わらない、それを感じると漠然と怖くなってしまう。
「このままじゃ駄目だってこと、わかってるのに……」
頭の中でもやもやが募るにつれて、気持ちが憂鬱になっていく。
こんな考え方などはよくないって言うのはわかっている。わかっているけれども、どうしても思い浮かんでしまう。私の悪い癖だ。
眠ろうと横になっても、不安が頭を過り、眠りにつけない。時代が変わるというのに、私は何もできていない。その事実が私の心を暗い気持ちに陥れてしまう。
……眠らないといけない。
なんとかして、夜を迎えなければ。明日、寝不足になってしまったら大変だ。きっと、体調も悪くなってしまう。
どうか、うまく眠れますように。
心の中でそう祈りながら、静かに目を閉じた。
どこともわからない場所で、私は意識を手にした。私がこれまでにいた、眠っている部屋でもない。
真っ白の空間、どこまでも遠くが見えるけれども、風景みたいなものはなかった。
地面も空も、どこまでも白だ。自分自身の手を確認して、色があることを確認して安心を覚えた。
それでもやっぱりこの世界は独特な印象を感じる。夢であるのは事実だけれども、異質な雰囲気だ。私以外の存在がいない、そう思ってしまうくらいに。
よく警戒して、歩いてみる。
……やっぱり、真っ白だ。なにも見えない。
歩いている実感すら感じない。
少し不安だけれども、なにもしないのはもっと怖い。そう思い、足を動かして、まっすぐ歩く。
どれくらい時間が経過したかわからない、足に少しの時間を感じたその時であった。
私の目の前の景色が揺らめいた。
白い世界に、ほんの少しの時間だけ歪な黒い色が混じる。
ぐわんと歪む世界、広がる白以外の色。そして、ある変化に気がついた。
……白くない空間に人影が見える。
揺らめいているから、この場所からだとわからない。目の前まで歩いていく。
……そして、到着して確認する。
そこに立っていた人に驚愕を覚えた。
「貴女は私……なのでしょうか……?」
少し大人びている雰囲気だったけれども、そこに立っていたのは確かに私で、ミストルティンだった。
地面に繋がっているようなドレススカート、肩が露出していて、艶やかな印象。ピンクの長い髪は蔦のようにくるまっている。
目の前の私のような人物は微笑し、静かに頷いた。
「確かにそうなのかもしれません。厳密に言うならば違うかもしれませんが」
「厳密には違う……?」
「私はミストルティンという名前で呼ばれていないのです」
「どういうことですか……?」
「C・◯四。それが今の私の名前なんです」
落ち着いた口調で話す『平行世界の私』の姿はどこか悲しそうな雰囲気だった。
それがどうしてかはわからないけれども、同じ私であるはずなのに私らしくないと思うほどに。
「貴方も……私をそのように呼んでもいいんですよ」
「C・◯四と……?」
「えぇ。それが必要とされている私の名前ですから」
表情は微笑んでいるままなのに、どこか冷たい印象を感じた。諦めを帯びているような、そんな感情、心を感じずにいられなかった。
「……何故でしょうか。そのように呼びたくないのです……」
「それはどうしてですか?」
「どこか、無機質で……距離を感じてしまうからかもしれません……」
「……私のこの名前が?」
「……私には、貴女も私と同じ……ミストルティンだと思っていますから……」
私にしては珍しいことだと自分でも感じている。
私が自分の意見を相手に伝えるということはかなり少ない。それなのに、不思議と拒否している。
もしかしたら、どこかで自分のことだと思っていたからかもしれない。
私が否定してしまったからか、数秒、その場が沈黙に包まれてしまった。
申し訳なく思って、謝ろうとした瞬間だった。『平行世界の私』が優しい微笑を浮かべた。今度は冷たさを感じない。少し、暖かい笑顔だ。それでも影を帯びている。
「……嬉しい、言葉です」
「えっ……?」
「貴女が、私をミストルティンとして見つめているという事実、とても嬉しいです」
「どうしてですか……?」
「……私は、兵器としての生き方を強要されて、名前を無下にされていましたから。兵器以外の私を見つめようとしている言葉なんて貰えると思っていなかったんです」
兵器という言葉が出てきた時、胸が締め付けられるような想いが産まれた。
ただ、悲しいのではない、怒りを感じているわけでもない。言葉にできない感情が心を支配してきた。
「……だから、そうやって、一つ一つのことに色んな感情を表している私を見ていると、私が遠くに行ってしまった人のように感じてしまいます」
「……兵器として戦うこと、怖くはないんですか……?」
「……それについては恐怖は感じていないです。ただ、私が恐怖を感じているのは評価されないこと……それだけです」
「評価……?」
「単純な武力として考えるならば、私という存在はたたの道具、兵器にしかならないんです。使い物にならなかったら捨てられる。必要ではなくなったらそれでもう終わり……」
「そんな……私には、貴女がそんな風になるなんて考えられないです、考えたくも……」
「……それが、国の方針ですから。でも、頑張れれば悪くないんですよ? ……評価されれば、私の存在価値もそれだけ上がりますから」
「でも……悲しいです……」
「どうしてですか?」
「どこか……歪んでいるように思うんです。必死に頑張っても、道具としてしか見られないって酷いと思うんです……貴女も……平行世界の私も、同じミストルティンなのに……どうして、そんなことに……」
『平行世界の私』が抱えている問題に比べると、私が明日のことで悩んでいることが、とても小さなことのように感じる。
諦めを感じさせる冷たい口調からは、無理をしているようにしか思えなかった。このまま行くと、『平行世界の私』は感情を失ってしまいそうで。それが怖くて、ただ、私は言葉を紡いだ。
「……大丈夫です」
私の言葉を受け止めて、『平行世界の私』が私の肩をそっと抱き寄せてきた。
……私よりも少し背が大きいけれども、その身体は、少し震えていた。
「……私の中に、まだ純粋な私がいるなら、きっと、取り返しのつかないことにはなりませんから」
強がっている口調だというのはわかっていた。けれども、それを言葉にするのは止めた。
兵器としての生き方が本当は怖いというのも、評価のことばかり考えてしまうことを恐れていることも、捨てられてしまうことに恐怖を覚えていることも、すべてが行動を通じて伝わってきた。
……だからこそ、私は『平行世界の私』の身体をぎゅっと抱き締めた。
「……私は、貴女がどんな戦いをしているのかわかりませんし、これからも分かることができないのかもしれません……でも」
聞こえるような声で、しっかりと、伝達する。
「……でも、私は、ミストルティンは、きっと、変わることができるって信じています。……失敗してしまっても、何度だって立ち上がって、頑張ることができるって。……だから、負けないで、ください……!」
もしかしたらこの言葉は無責任なのかもしれない。
ただのお節介なのかもしれない。
けれども、言葉にしたかった。
『自分自身』に対する激励を。
たったひとつの願い事を。
『平行世界の私』は、私のことをただ、抱き締めていた。強く、強く、私の存在を忘れないように。
……その動作から、伝えたいことは、しっかりと伝わったと感じた。
『平行世界の私』の震えた手に力が篭っている。
もう、恐れるだけではなくなっている。
「……夢の中とはいえ、励まされてしまいました」
「……もし、忘れてしまったら、どうしましょうか……」
「忘れることは、ないと思います」
『平行世界の私』のその言葉には自信が宿っていた。
「……偶然でも、優しい私と話できたことはきっと、忘れません」
「私が……優しいですか……?」
「強くて、優しいです」
そう言うと『平行世界の私』が頭をぽんぽんと撫でてきた。まがりなりにも自分だというのに、そんなことをされてなんだか気恥ずかしい。それでも、悪くない気持ちではあったけれども。
「ありがとうございます。素敵な勇気をもらえたって思います」
「私が、そんな……少し、お話ししただけです……」
「それでも、嬉しかったです。……もしよかったら、貴女の悩みとかがあったら、気軽に聞いてもいいんですよ?」
『平行世界の私』の言葉で、少し考える。
今、抱えている私の悩み。
率直な感情を打ち明けてみるのもいいのかもしれない。
「……貴女は、時代が変わるとしたらどんなことになると思いますか?」
だからこそ、些細な疑問をぶつけてみた。
すると、『平行世界の私』は微笑みながら答えてくれた。
「どんなことにもならないと思います」
突拍子もない答えだったのでびっくりして首を傾げてしまった。
そんな私を見て、『平行世界の私』は笑っていた。
「時代が変わることがあったとしても、すぐに自分が変わるなんてことにはならないと思いますから。どこまでいっても私は私で、ミストルティンはミストルティンですから」
「……つまり、そんなに気にしなくていいということ、ですか……?」
「……他人と関わって、少しずつ変われるのであれば、時代が変わってもきっと、普段通りの私でいられると思います。……植物の宿り木も、単独では生きられないものですから」
「ふふっ、確かにそうですね」
もしかしたら無理に考えすぎていたのかもしれない。
何かを頑張らないといけない、やり遂げないといけない。そんな心に引っ張られる形で追い詰められてしまっていた。
逆に、時代が変わるというのを、気持ちをすっきりさせられるいい機会だと思った方が、気持ち的に楽なのかもしれない。
「……やっぱり、どこまでいっても私は私なんですね」
「ドリュアスを獣刻されても、本質は変わってない……そう、私自身も感じました」
「プラント……?」
「いえ、なんでもないですよ」
気になったところを遮られてしまった。
白い世界に光が灯り始める。
そろそろ目覚めるときなのかもしれない。
少しだけ、長い夢だった。でも、とても素敵で、大切な夢だったとも思う。
「……『平行世界の私』も、無理しないでくださいね。私は、気持ちに負担をかけてしまいがちな性格をしていますから……」
「そちらこそ、無理をしないでほしいです。貴女の無垢な笑顔からは、元気が貰えますから」
最後は笑顔で二人、別れていく。
もう一度、どこかで会えたら嬉しい。
そう心の中で想いあいながら。
朝、目覚めて太陽の光を浴びる。
私には少し眩しすぎるけれども、それでも明るく輝く、素敵な光だ。
夜に見た夢のことは覚えている。
もう一人の私と交わした言葉もしっかりと思い出せる。
「……よしっ」
一歩ずつ前に進んでいく自信に繋がると自分自身の中で強く感じた。
時代が変わったとしても、私が変わるわけではない。他人と関わることによって、少しずつ変わっていく。
失敗してもいい、何度でも立ち上がって頑張るのが私らしい。
『平行世界の私』の、ミストルティンの未来を信じながら。私は私として未来に歩んでいこう。
「いってきます……!」
迷ってばかりや戸惑ってばかりではいられない。
悪い夢から覚めるくらい、覚醒することはきっとできる筈だから。
……時代は変わる。
実感もないけれども、確かに変わってしまう。ふとした瞬間に、変化は訪れる。
……私は、大切に一つ一つの時間と、そして友達と、向き合っていきたい。
青い空で輝く太陽は、ただただ眩しかった。