ポケモントレーナー ハチマン 〜ぼーなすとらっく集〜   作:八橋夏目

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今回はデオキシス・ギラティナ襲撃事件から一ヶ月後、『育て屋ドクロッグ』より前の話になります。それと今回はバトルが一切ないので、後書きのいつものやつがありません。

〜お知らせ〜
いよいよ明日2月1日(土)、PixivBOOTHにて『ポケモントレーナー ハチマン』シリーズのDL版を販売開始いたします。
詳しくは活動報告にてまとめておりますので、ご確認下さいませ。
皆さん、よろしくお願いいたします。


ぼーなすとらっく16『校長ハヤマハヤト』

「ハヤマハヤト。お主にこの椅子を授ける」

 

 ………はい?

 目の前の老人は今なんと仰った?

 椅子を授ける?

 椅子って………校長室の?

 つまりそれって………。

 

「校長、それハヤトに校長の座を譲るってことなん?」

 

 ということだよな。

 カロス地方でヒキガヤたちとネオ・フレア団なるいつぞやの連中を倒してから一ヶ月。

 俺は怪我も回復してクチバシティのトレーナーズスクールへと戻って来ていた。俺たちがカロスへ出向いている間、トベとヒナが他の先生たちと生徒を見てくれていたようで、帰ってきた時にお礼を言ってある。その時、まだ所々包帯を巻いていたため、すごく心配されてしまったが………。見た目に反して、ハルノさんに扱き使われるくらいには動けてたんだけどね。

 それもこれもユミコのおかげだろう。ユミコがずっと世話をしてくれていたし、それを見て改めて好きなのだと自覚してしまい、つい気合いを入れてしまった。

 その後、こっちに帰ってきて俺はユミコにプロポーズをした。ずっと側にいてほしい、と。俺と結婚してほしい、と。

 ユミコを失いたくない気持ちが先走ったのか、ずっと心に秘めていたことなのかは俺にもよく分からない。でも今の俺にはユミコが必要だと感じたんだ。いや、今だけじゃない。これからもずっと………。

 というのが一週間前までの話である。ユミコと夫婦という関係を築き始めてから心機一転、生徒たちとももっと向き合っていこうと考えていたのも束の間。今日校長室に呼ばれて来てみれば、これである。ちょっと話がいきなりすぎないだろうか。

 

「うむ、お主らもようやく夫婦になったしのう。儂からの結婚祝いとでも思うてくれ」

「いやいやいや、そんな急に言われても…………。それに俺はまだまだ未熟者ですよ? この歳でスクールの校長だなんて」

 

 俺は教師として働いてまだ一年も経っていない。しかもヒキガヤたちの加勢にカロスへ出向いて二週間はあっちにいたんだ。経験が浅すぎる。

 そんな下っ端教師がいきなり校長だなんて………。

 それにここには俺たちが通ってた頃からいるベテランの先生たちもいるんだし。

 俺なんかがやるよりよっぽど務まると思うのは俺だけなのか?

 

「お主らの言いたいことは重々承知しておる。儂もこんな大事なことをただの思いつきで言い出すわけがなかろう? ちゃんと教師陣からの承認も得ている。お主はそれだけの逸材ということじゃ」

「いや、そうだとしてもですよ? 急すぎませんかっ?」

 

 教職陣からって………。

 皆さん、俺を過大評価しすぎてないか?

 俺はそんな出来た人間じゃない。ヒキガヤ程のバトルの才もなければ、ハルノさん程の権力もユキノちゃん程の献身さもない。俺は昔の嫉妬心のみで動き、やらかしてしまった罪人のようなものだぞ。ヒキガヤたちが止めてくれなければ、俺は誰かを殺めていた可能性だってある。

 

「………儂もそろそろくたばる歳じゃ。いつコロッといってもおかしくはない。そうでなくとも頭がパーになる可能性だってあるのじゃ。だからまだ動ける内に引退をしてしまいたいと思うたわけよ」

「そう………ですか」

 

 校長が仰りたいことは理解出来る。

 この人ももう結構なお歳だ。俺が生徒だった頃には既に貫禄があり、年老いてなお現役なのかと思わせるくらいには、年老いていたはず。それが五、六年経った今でも見た目があまり変わっていないのだ。確かに年齢的にはいつ逝ってもおかしくないだろう。

 でもまだまだ元気ではないか。これが車椅子とかを使っているというのなら引退を考えていると言われても仕方がないとも思える。だが、この人ならあと十年は活発に動いてそうだ。

 それが今のうちに引退だなんて…………。

 全く、頭の片隅ですら考えてもいなかったため、俺は衝撃を受けた。後頭部を殴られたような感覚だ。

 でも、これが現実であり、時が経過した証なのだろう。抗うことの出来ない『老い』という時間の流れを改めて思い知らされた。

 

「………あの、何故俺なのですか? 他にも適任者はたくさんいらっしゃると思いますけど」

「お主を選んだ理由はいろいろあるが、一つは彼奴らとのパイプをしっかりと持っていてくれると思ったからでのう。彼奴らとやっていくにはお主ら同世代が適任となったわけじゃ」

 

 彼奴ら、というのは恐らくヒキガヤたちのことだろう。カロス地方、それもポケモン協会の理事であるヒキガヤたちとパイプを持っていることは大きなステータスになる。そう考えられての判断ということか。

 

「………それは俺でなくとも持っておられるのでは?」

 

 例えばツルミ先生。あっちにはヒラツカ先生もいるんだし、なんだかんだでヒキガヤとも関係を築けている。若い世代への交代という点も問題なくクリアできているはずだ。

 なのに、何故俺なのか。そこがさっきから引っかかってばかりである。

 

「お茶をお持ちしましたー」

「ツルミ先生………」

 

 と、そこで丁度思い上げていた女性が部屋へと入ってきた。

 俺とユミコ、それに校長の前に湯のみが置かれる。

 ………ん?

 もう一つあるのは………。

 

「ふぅ……、話は進んでないようですね」

「ツルミよ、お主からも言ってやってくれ」

「えー? 私はまだ早いって一度は反対した身ですよー?」

 

 えっ……?

 反対派もいたんですか?

 それもツルミ先生がだなんて…………。

 

「ほっほ、良いではないか」

「はあ………、分かりました。ハヤマ君、先に言っておくわ。今から不快な思いをする言葉も出てくると思うけど、それでも聞く?」

 

 要するに今から俺のダメ出しでもするということか。まあ、それはそれで聞く価値はある。

 

「不快な思い、ですか………。どこかの誰かさんで否定されることには慣れましたので、構いませんよ」

「じゃあ、言うけど。君は確かに全体を、集団をまとめることには長けているわ。そして集団を団結させることもできる。でもその反面、状況を変えることは苦手。何なら下手にかき回して収束つかなくなる状況にしてしまうタイプよ」

 

 うぐ………。

 思い当たる節が無きにしも非ずだから、耳が痛い。

 

「その対照的なのがヒキガヤ君ね。彼は集団をまとめることは苦手。でも集団を団結させる力はある。しかも視点が斜めからだから状況を正面以外からも見ることができているわ」

 

 確かにあいつは俺とは別の視点から物事を見ている。そんな捉え方をするのかと何度も感じたくらいだ。あいつにはできて俺にはできないことはいくらでもあった。でもそれと同じくらい俺にはできてあいつにはできないことだってある。それはあいつの口から聞いた話だ。

 適材適所。

 自分ができないことを無理してやる必要はないって言っていたな。そんなの自分がやりたくないだけの言い訳だろと思わなくもなかったが、結果的に正解だったのはあいつの方だったわけだ。

 

「じゃあ、何で集団をまとめることが苦手なヒキガヤ君が、ポケモン協会のトップを務めることができるのか。それはサポート要員が優秀だからよ。各々の特性を活かして持ちつ持たれつの関係を築けている。だからあっちは上手くいっているの」

 

 一人で何でも抱え込んだばかりに自分を見失い操られてしまった俺には、特にそういう存在が必要と言いたいのだろう。

 

「ーーーつまり、俺が一人で校長を務めるのであれば、先生は反対だと?」

「ええ、だってスクールは生徒を預かる身。生徒たちに何かあってはいけないのよ。それをあなたが全部背負えるかといえば………」

「無理、でしょうね」

 

 だからこそ再三に渡り問いたいのだ。

 

「一応分かってはいるのね」

「ええ、そりゃまあ。散々やらかしましたからね。俺はそこまで器の大きい人間じゃありません」

「そこでよ! ユミコちゃん!」

「へ? あーし!?」

「そうよ! あなたがハヤマ君をサポートするの!」

 

 なるほど、悔しいがヒキガヤにはあの姉妹がいるように俺にはユミコがいるということか。

 

「ユミコちゃんはハヤマ君のどういうところが好き?」

「はっ? え、ちょ、な、なにいってるし!」

「ユミコちゃんの返答次第で私の判断は変わるわ」

「え、なにそれ超プレッシャーじゃん………」

 

 がんばれ、ユミコ。とも言えない。言ったらそれだけ俺が恥ずかしい目に合うだけだし。

 

「ハヤトの好きなところ? ………かっこいい?」

「うんうん、それでそれで?」

「気遣いができて、その………キュンとくる………うぅ………」

 

 なんだこれ。なんだこれ。

 本人の前そういう話をされるだけでも気恥ずかしいというのに、こんなかわいいユミコを前にして、人前だから抱きしめられないとか結構酷だぞ。

 俺は一体どうしたらいいんだ?

 

「あ、頭もいいから先輩トレーナーとしてもいろいろ教えてくれるし、優しいから甘えたく、なる…………超恥ずいんだけど………」

 

 大丈夫だよ、ユミコ。

 恥ずかしいのは俺もだから。

 あと照れてるのがかわいすぎる。俺っていつの間にこんなユミコ一筋になってしまったんだ?

 振った女子がすぐに次の男にいくのってこんな感じなのか?

 いや、それは女子に失礼か。俺もそこに自分を当てはめたいとは思わないし。

 なんだかんだで俺は熱い視線を送ってくるユミコを側に置いていたんだ。少なからず気持ちがなければそんなこと俺がするはずもない。だから結局、俺はずっとユミコのことも好きだったんだろう。それが過去に囚われるあまり、塗りつぶされていただけで。

 はあ………、そう思うと俺はなんて情けない男なんだろうな。自分が嫌になってくるよ。

 

「なら次はダメだなって思うところは?」

「あー、優柔不断なところとか? ヘタレだし、一人で何でもやろうとするし、そういうところはバカだと思うし」

 

 ぐふっ………。

 ユミコ、君は俺のことをそういう風に思ってたのかい。

 現在進行形で自分を嫌になってるところに追い打ちをかけてくるとは。ユミコって実はSなのだろうか。

 

「でもそれくらいの方が人間って感じであーしは好きだし。完璧な人間なんてつまんないっしょ」

 

 ……………なあ、ヒキガヤ。泣いていいかな? いいよな。

 こんな優しくて器の大きい、しかも我が強くてかっこいい嫁に惚れるなという方がおかしな話だったよ。

 

「ほっほ、さすがじゃのう。しっかり見とるわい」

「……何年見てきてると思ってるし」

「んん〜、恋する乙女はさすがだね〜!」

「………先生だってヒキオに気がないわけでもないくせに」

「うぐ………、ま、まあ、それは……あれよ。あれがあれだから」

 

 くふっ!

 

「くははは、ツルミ先生。それ、ヒキガヤが言い訳を思いつかなかった時にそっくりですよ」

「〜〜〜〜〜!」

 

 あ、茹で上がった。

 あまりにもそっくりだったから、つい口に出してしまったけど、相当の反撃になってしまったみたいだね。そんなつもりはなかったんだけどな。

 

「………ハヤトってたまにSっ気あるし」

「そう?」

「あーしはそういうのもいいと思うけど。なんか、いじわるなハヤトもそそられるっていうか…………あーし、なに言ってんだし………ハヤト忘れて」

 

 Sっ気な俺か。

 あまり意識したことなかったから想像つかないけどーーー。

 

「ユミコはそんなに俺にいじめてほしかったのかい? それならそうと早く言ってくれればよかったのに」

 

 顔を彼女の耳元にまで持っていき、息を吹きかけるようにそう囁いてみた。

 

「〜〜〜〜〜ッ!?」

 

 するとツルミ先生以上の反応を示してきた。

 具体的には全身を真っ赤に熱らせ、涙目で震えながら俺にもたれかかってきたのだ。

 ユミコのこんな反応を見るのは初めてかもしれないな。あー、でもヒキガヤがハルノさんに煽られてやり返す時はこんな感じだったかもしれない。

 なるほど、あいつはこんな感じで楽しんでいたんだな。そりゃハルノさんも勝てるわけないか。

 

「ほっほっほ、お主もやるのう」

「『も』って校長………」

「彼奴もいろはや他の者を骨抜きしてるからのう」

「ははは………」

 

 でしょうね。

 俺が参考にしたのが、まさにヒキガヤなんだし。

 

「………儂はのう、昔は研究者じゃったんよ」

「え? そうだったんですか!?」

 

 女性二人が会話から離脱して二人きりになったところで、校長が昔話を始めた。

 

「うむ、儂が研究していたのはポケモンの伝説ポケモン化。結果は無理じゃった。やはりポケモンの進化というものは変えることができん。それがポケモンの理というものなのじゃろう。じゃが、儂は出会ってしまったんじゃ。フジという男に」

 

 ポケモンの伝説ポケモン化?

 なんかどこかで見たことあるフレーズだな。これってまさかそういうことなのか?

 

「奴は儂の研究に微かな光を与えたんじゃ。それまで無作為にポケモンを伝説化させようとしていた儂に、両ポケモンの共通点を合わせるということを指摘したんじゃ。そして儂は奴に誘われるようにしてある組織に入った。ここなら金も設備も揃ってると言われてな」

 

 研究自体は夢がある一方で、非現実的で非人道的なものである。だからまともな研究施設では、まず行われないだろう。でもそんなものが通り、金も設備も整っている組織って言ったら、ここしかないよな。

 

「………それがロケット団、ということですか」

「うむ、入ってから知ったことじゃがな」

 

 ………そうか、この人も裏社会を歩んできていたんだな。

 

「儂もよもやそのような場所に来てしまうとは思うておらなんだ。そして、儂の研究計画も完成したんじゃよ。『レジェンドポケモンシフト計画』。同じタイプ、似たような姿形。例えばリザードンからファイヤー。例えば、ブースター、シャワーズ、サンダースからエンテイ、スイクン、ライコウ。色々あった」

 

 レジェンドポケモンシフト計画。

 聞いたことのない話だ。

 だが、やはり心当たりがないわけでもない感じでもある。

 

「それから儂は研究に没頭してたよ。妻も子供も二の次にするくらいのう。そしていよいよ実験の最終段階というところで、ポケモンたちが暴走したのじゃ。与えられていた研究所は木っ端微塵。丁度近くにいた二人の娘も巻き込んでしまった」

「………その人たちは無事だったん?」

「幸いにものう。ポケモントレーナーじゃったから、逆に儂らの方へ加勢してくれよったわい」

 

 それは何とも運がいい。

 暴走したポケモンの恐ろしさは俺も体感してるからな。あれが無関係の人間を巻き込んで、それを助けながら暴走を止めるなんてそうできるようなことではない。

 

「そして儂らは暴走したポケモンたちを捕獲した。じゃがその後、そのポケモンたちは一体残らず処分されたよ」

 

 っ?!

 ………実験に失敗したから処分される。なんて酷い話なんだ。実験に使われた個体はそのために生まれてきたわけじゃないってのに。

 やはり、悪の組織ってのは極悪非道だな。

 

「それからじゃ。儂はこんな研究をしていていいものか迷うようになった。これまでも散々ポケモンたちを弄り回し、時には命まで奪ってきた儂は、こんなことで得られるポケモンが果たして良いものなのかどうか…………。そんな時に現れたのがーーー」

 

 そう言った校長は、隣で伏せているツルミ先生を見た。

 なるほど、そこから二人に繋がるのか。

 

「ヒラツカ先生とツルミ先生、ですか」

「うむ、彼奴らは暴走したポケモンを捕獲する際に加勢してくれた二人でのう。その時の儂とフーディンの戦いに感化されたらしい。それから儂は師匠、師匠と呼ばれるようになってのう」

 

 ある意味、校長を救ったのは先生たちだったんだな。二人はそんなつもりなかっただろうけども。それでも結果的に救われたのには間違いない。

 

「そして儂が組織から抜けると決断したのは間もなくのことじゃ。娘が結婚して、イロハが生まれてのう。孫の顔を見てこのままではこの子にまで背負わせてしまうと思ってしまったんじゃ」

 

 まあ、一番の驚きはこの人がイロハの祖父だということだけどね。何度聞いても驚きでしかない。

 

「組織を抜けた後は儂の知り合いがここの校長の座を用意してくれてのう。今に至るというわけじゃよ」

 

 校長の座を用意できるって相当上の方の人だよな?

 そんな人と知り合いとか、やはりこの人は侮れない。いや、そういう繋がりを大切しているからなのか。だから、俺たちにもヒキガヤたちとのパイプを大切にしろと、そう言いたいのかもしれないな。

 

「………なんというか、思っていたよりもずっと壮絶な人生を歩んで来られたんですね」

「ほっほっほ、まあ儂が愚か者だっただけの話じゃよ」

「いえ、事情は違えど俺も似たようなものですから」

 

 一歩深く入り込んでいたら、俺も堕ちていただろうし。

 

「それで、引退した後はどうするおつもりですか?」

「なに、儂はあまり表に出ていい人間でもない。奴を隠れ蓑にして過ごすとする」

 

 ヒキガヤも大変だな…………。

 こんな人にまで目をつけられるなんて。

 

「彼奴はお主たちの世代の中では頭二つは飛び抜けている。儂が初めてバトルしたあの時で既に年齢にそぐわない偉業を成し遂げとるよ」

「偉業、というと?」

 

 俺が思いつくのは暴走したオーダイルを止めたことくらいだけど………。

 

「一つ目は暴走したポケモンの鎮静。二つ目はトレーナーが技を理解してポケモンに教え、それを習得させること。三つ目は幻のポケモンに出逢うということじゃよ」

 

 ああ、なるほど。

 確かにバトル中にかみなりパンチを覚えさせていたもんな。それにダークライ。初めて見た時はあれは何だと目を疑ったもんだ。

 

「ヒラツカから聞かされた時には驚いたものじゃ。よもやあの歳でポケモンの暴走を止めようとは。しかもその際に新しく技を習得させたとくれば、儂もいよいよ以って気が気ではなかった」

 

 ハルノさんでもそこまでのことはやってなかったはずだしね。

 彼女はバトルの腕前が遥かに高かったと聞いている。あのヒラツカ先生でさえ手に負えないくらいには凄かったんだとか。

 ヒキガヤはそれよりも凄いことを成し遂げてしまったからな。そりゃ、偉業扱いされてもおかしくないね。

 そういえば、当時のヒキガヤとハルノさんとではどっちが上だったんだろうな。俺はリザードン対決でヒキガヤに負けてるからそれまでの実力しかなかったけど、ハルノさんならもしかすると上をいっていた可能性もある。

 

「校長は、あいつとバトルした時のことは覚えておられるのですか?」

「もちろんじゃよ。聞いていた話では彼奴のポケモンはリザードン一体のみ。じゃからバトルの内容次第では儂が勝ったとしても卒業を認めてやるつもりじゃった」

「だけど、あいつは予想を遥かに超えていたと?」

「うむ、彼奴は数的不利をあのオーダイルで埋めて来たんじゃからのう。しかも暴走の原因すら理解し、逆にげきりんとしてコントロールさせてしまった。あの時、此奴はもっと上に行く存在なのじゃと儂は確信したよ」

 

 校長、あいつはそれだけじゃないですよ。

 暴走以降ギクシャクしていたユキノちゃんとオーダイルを改善してくれたんだからね。俺は遠巻きにしか見ていられなかったけど。

 そりゃそうだろう。本来なら俺がオーダイルの暴走を止めるべきだったんだ。それなのに頭が真っ白になってヒキガヤに指示されるまで一歩も動けなかった。その後もなんて声をかければいいかも分からなくなり、段々と距離ができてしまったんだ。

 

「確かにそうですね。あの時の俺には出来ないことを平然とやってのけていましたから。正直、あいつが本気を出したら手も足も出ないのだろうと思えてしまったくらいですからね」

「ほっほ、あの時のお主は大分沈んでおったからのう。彼奴のバトルは刺激が強かったじゃろうて」

 

 強いなんてものじゃない。

 悔しさと情けなさと未熟さで押しつぶされそうだったさ。ユミコたちがいてくれたから、ユキノちゃんと距離ができても何とか我を保っていられたんだ。

 ある意味、昔から俺はユミコを心の拠り所にしていたのかもしれないな。

 

「まあ、さすがの儂でもダークライを手懐けておったことには度肝を抜かれたけどのう。伝説に名を残すポケモンの中でも危険とされているポケモンじゃ。それをよもやあの小童が連れているとは思いもせんわい」

「………あの時、俺は恐怖を覚えました。それがあの禍々しいオーラを放つダークライに対してなのか、ダークライを連れているヒキガヤに対してなのかは分かりませんでしたけどね」

「それが正常というものよ。ダークライは悪夢を見せるとされているポケモンじゃ。しかも一部の研究者からはその悪夢は記憶を元に作られ、その悪夢を食しエネルギーとする、なんてことも言われておったからのう」

 

 改めて思うと、そんなポケモンと接しても特に恐怖を覚えないヒキガヤが異常なんだよな。平然と使役し、技を使わせていたんだから。

 まあ、当時のヒキガヤがダークライについてどこまで知っていたのかは定かではないけど。それを言ったら俺だって名前一つ知らなかったポケモンなのだ。本能的に恐怖を覚えた俺の方が正常だったと思いたいね。

 

「食われた記憶は元には戻らん。なのに、彼奴はそんなポケモンを手懐けてしまった。そんな奴に儂はなんて言葉をかけていいものか戸惑ったのを覚えておる」

 

 カロス地方で会った時はほとんどの記憶を失くしてたらしいしな。そんな恐ろしいポケモン、俺は絶対に手懐けられないと思う。心がそこまで耐えられる自信がない。

 伝説ポケモンに選ばれるということはその力にも適応してるということなんだろうな。だから、俺には三鳥ですら操れなかったんだ。でもそれでいいのかもしれない。俺はそんな器用な人間じゃないんだし。

 

「あいつは凄いですよ。悔しいですがね。どう足掻いても勝った気になれない。それに何故か人を惹きつける不思議な力もありますしね。俺はいつでも敵わないなと思い知らされることばかりでしたよ」

 

 まあ、だからこそ手を伸ばしたくもなるんだけどね。

 

「………校長の椅子、いただきます」

「ちょ、ハヤト?!」

 

 今まで俺に寄りかかって話を聞いていたユミコがついに口を開いた。やっぱり回復してたんだね。

 

「ユミコ、やっぱり俺はあの三人と肩を並べたい。その考えはこの一年、スクールで教師をしていても変わらなかったよ。でも一人で何とかなるとも思ってない。だからさ、ユミコも手伝ってくれないか?」

「…………ずるい」

「ははは、ごめんね?」

「うぅー………、無茶してると思ったら全力で止めるからね」

「うん、そうしてくれると助かるよ」

 

 ユミコにはこれから迷惑もかけるだろうけど、やっぱり黙ってあいつらを見ていられる程、俺は強くないからな。

 それにーーー。

 

「ーーー俺はユミコになら甘えられるようになりたいからさ」

「………そういうところがヒキガヤ君もハヤマ君もずるいのよ」

 

 ツルミ先生、文句は顔を上げて言って下さい。


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