ポケモントレーナー ハチマン 〜ぼーなすとらっく集〜   作:八橋夏目

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今回は『バイバイキルリア』から一週間後、『新たな可能性』と同日以降の話になります。かなり長くなるので数話かけて投稿します。
なお、今回はバトルがないので後書きもありません。


ぼーなすとらっく19『有識者会議 その1』

 キルリアがサーナイトへと進化してから一週間。

 俺は今カントー地方のクチバシティにいる。それもこれも俺の横を歩くこの変態博士により引っ張り出されてしまったからだ。

 

「あ、あの………! 私が来てよかったんですかね」

「いいんだよ。こんな機会滅多にないんだし」

 

 そんな俺たちの左側には普段とは裏腹に遠慮気味に歩くイロハがいる。まあ、こいつがついて来ているのは、俺が連れて来たからであるが。

 それというのも今回引っ張り出されたのが、八つの地方からポケモン博士が集まり会議を行うからだ。しかもその会議には博士の他に各地方のチャンピオンや図鑑所有者が同行するということらしく、生憎都合のつかなかったカルネさんの代わりに俺が召喚され、それなら四天王を目指すイロハも連れてこようということになったからである。ちなみにゲッコウガはついて来てはいるが、既に姿を消してしまった。最近は俺の周りも物騒だし、あいつのことだから近くで見張っているのだろう。

 

「そ、そうですか………。でも何で私が?」

「そりゃハチマン君が君に経験を積ませたいって言ってきたからさ」

「おいこら、そういうのは本人に言うもんじゃないだろ」

「ええー?! チャンピオン二人に意見まで求めてたじゃないか」

 

 だから、そういうことは言わなくていいんだよ!

 ったく、しょうがないだろ。一応イロハは俺の弟子みたいなもんなんだから、四天王目指すっていうならそのサポートくらいするっつーの。

 

「………相変わらずの捻デレですね」

「うっせ。いつまでも四天王に空きを作っておくわけにもいかねぇんだよ」

「イロハちゃんは期待されてるからねー」

「ほぇー、それはなんというか、ありがとうございます?」

「俺に聞くなよ………」

 

 期待してるのは四天王の三人だろ。

 俺は別に期待しているっつーか、確信してるっつーか…………。

 

「僕は期待しているよ。初めてのポケモンを渡した子が四天王にまで上り詰めるなんて夢のような話じゃないか」

「そうだな、夢物語で終わらないためにもしっかりと知識を吸収していってもらわないとな」

「うげ………お勉強ですか…………」

「というよりはまず会話について来いって感じだろうな」

 

 なんせ主催はオーキドのじーさんなんだし。集まってくる他の博士もじーさん並みの重鎮って思っておくべきだろ。

 

「んじゃ、僕はオーキド博士たちに会って来るけど、君たちはどうする?」

「疲れたし先にホテルに行ってる」

「オーケー、それじゃまた後でね。夕食は一緒に食べよう」

 

 博士と別れてイロハと二人でホテルへと向かいチェックイン。部屋はイロハとの相部屋。ホテル代を浮かすという名目で博士に勝手に部屋を予約されてしまったのだ。それならいっそ俺たちは実家に帰るって選択もあったんだけどな………。そこら辺には気がついていないらしい。

 ともあれ色々と期待されているようではあるが、明日のことを思うと今からどっと疲れてくる…………。

 

「せーんぱい!」

「おわっ?! ちょ、おま………!」

 

 部屋に入るなり、イロハにベットへと押し倒されてしまった。仰向けに倒れたところにイロハが馬乗りになってくる。

 

「やっと二人きりですねー」

「お前な………」

 

 二人きりになれたことが余程嬉しいのだろう。今日一番のいい笑顔である。

 

「エッチなこととか想像しちゃいました?」

「し、しねぇよ」

「えー、ほんとにー?」

「ほんとにほんとだ。俺が十八過ぎるまでは手を出す気はない」

「律儀ですねー」

 

 ユキノにもそう宣言したんだ。

 既に腹は括ってるつもりだが、覚悟っていうか気合いっていうか、そういうのがまだ足りてないと思うんだよ。手を出すってことはイロハたちの人生を背負うってことと同意義だ。歪める以上に奪ってしまう。少なくとも俺はそう思っているため、人の人生も背負う覚悟ってのをしなきゃいけないんだよ。

 

「そういうお前は俺に馬乗りになってどうしたいわけ? 逆に襲われるパターン?」

「だってー、先輩いつもユキノ先輩たちといるじゃないですかー」

「そりゃまあ仕事もあるし」

「それに先輩忙しいし」

「やることが多いからな」

「だからこんな時くらい抱き着きます!」

「お、おお………」

 

 要するに普段忙しい俺に甘えたいってことか。

 変に煽るから重っ苦しいことまで考えちゃったぞ。

 

「むふふ〜、せんぱいのにおい〜」

「……………」

 

 なにこの子。

 いつの間にこんな変態チックに育っちゃったの?

 それにこう抱きつかれていると俺はどうしたらいいのやら。頭でも撫でた方がいいのか?

 

「…………この髪って地毛なのか?」

 

 ふと、抱きつかれたことで鼻に亜麻色の髪が燻った。それを掬いながら思ったことを聞いてみる。

 

「地毛ですよ?」

 

 地毛なのか。

 そういやママはすも似たような色だったな。

 

「………ユイは染めてるって言ってたから、イロハもてっきり染めてるもんだと思ってたわ」

「あー、そういえばそうですね。ユキノ先輩やはるさん先輩も黒髪ですし、染めてる人って意外と少ないかも」

 

 あとはサガミくらいじゃね?

 

「ユイが染めてるのも俺が原因らしいしな」

「うぇ?! そうなんですか!?」

「ああ、俺がスクールを卒業する時にあいつにお団子頭にするなら明るい髪の方がいいんじゃないとか言ったのがキッカケなんだとよ」

 

 なんかもうピンク系茶髪が定着してるまであるけどな。どんだけ好きなんだよ、俺のこと。こっちが恥ずかしくなってくるっての。

 

「………先輩、昔からフラグ立てすぎですよ」

「立てたつもりも回収してるつもりもないんだがな」

 

 ほんとフラグなんていつ立てたんだよ。思い当たるのなんてユキノくらいだぞ。それもあれでフラグになるのかという事件だし。

 

「そういう無自覚さんってその内刺されますよ?」

「えっ、なに? お前ら俺を殺そうとか企んでる?」

「んなわけないじゃないですか! 私は失うって感覚はまだないですけど、あの二人は………特にユキノ先輩は何度も先輩を失ってるんですよ? できるわけないですよ………」

 

 …………そうだな。

 ユキノには昔から辛い思いさせてたみたいだからな。まあ、それもあいつが勝手に俺の周りをうろついていたから、結果的にそこに居合わせてしまったってのもあるが。

 けど、今は俺もそういう失う感覚ってのは身に染みている。冗談でも言葉を選ぶべきだったな。

 

「あ、ああ、そうだな。今のは失言だったわ。失うってのはマジで怖かったからな。人付き合いなんて悪化すれば切ればいいし、そもそもそんな面倒なことにならないように避けてきたけど、一度守ると誓ったもんがいざ死に直面すると魂が抜けていくような感覚になったわ」

「うぇ?!」

「俺の場合、守りたいってのがちょっと人より多いんだろうな。人付き合いを避けてきた代償っつーか、耐性がなさすぎて………」

「だから強欲に、ですか」

「側から見ればそうなんだろうな。でもこの温もりは、失いたくねぇよ」

 

 今この手の中にある温もりは失いたくはない。折角手に入れられたものなんだ。失うわけにはいかないんだよ。

 

「あの…………いい話で締めくくったとこ悪いんですけど、お腹のあたりがなんかもっこりしてるんですが………」

「…………誰のせいだと思って」

「私のせいだっていうんですか?!」

「そりゃそうだ。こんな甘っ苦しい匂いを嗅がされたら、こうもなるわ」

「わー、変態さんだー。エッチなこと想像してないとか言ってたくせにー」

 

 変態?

 変態はどっちだよ。

 先週のこと、俺はちゃんと見たんだからな?

 

「ほー、そういうこと言う? 変態はどっちだよ。俺がジムの視察から帰った時に着てた服の匂い嗅いでたくせに」

「なっ?! ななななっ、なん、なんでそれを!?」

「んなもん女子三人で俺の着替えの洗濯権をかけてバトルに発展したら、探りを入れるに決まってるだろうが! ハルノに負けてこっそり洗い残しがないか聞いてきて、その時来てたもん剥ぎ取られたんだぞ。お前に」

 

 あの時はマジでビビった。サーナイトの親たちと別れてミアレに戻ったら、ユキノとハルノとイロハで俺の着替えを奪い合い出したんだぞ? しかも体力のないユキノがじゃんけんとか言い出して結局ハルノの一人勝ちで洗濯物を奪われるし、屍になったユキノを余所にイロハはこっそり俺に詰め寄り、上着を奪っていきやがったんだ。んで、どうするのかと思えば、廊下でこっそり匂いを嗅がれていたというね。

 目的がこれだったのかと思うと、言葉を失ったぞ。というか何でハルノがいたんだ? あなたヒャッコクシティにいたんじゃないのん?

 

「うっ…………、だ、だってしょうがないじゃないですか! 先輩成分補給しないと寂しいし…………」

「もう少しやり方があるだろうに」

 

 どんだけ必死なんだよ、三人とも。

 

「………ハヤマ先輩にすらこうならなかったんですから、無理ですよ。我慢できません」

「まったく、何がいいんだよ、こんな面倒な男」

「惚れた弱みって奴ですよ。理屈じゃないんです。逆に私たちも面倒な女なので丁度いいくらいですよ」

「………肯定も否定もしてやらん」

「ちょ、そこは面倒くさくなんかないよっていうとこんむっ?!」

 

 ギャーギャー続きそうだったので、イロハの頭を掴み引き寄せた。そして唇を重ねて息を奪う。

 そしてしばらくして唇を離すと、惚けたイロハの姿があった。

 

「ぷはっ………面倒だろうが変態だろうが関係ねぇよ。大事なもんは大事だ」

「〜〜〜〜〜!?」

 

 ついには顔が真っ赤に染まってしまった。

 ちょっと刺激強すぎたか?

 ユキノにしてるみたいにしただけなんだが…………。

 

「………ずるいです、ずるすぎです。そんなこと言われたら、もっと甘えたくなっ『ピリリリリリッ! ピリリリリリッ!』………先輩、鳴ってますよ?」

 

 俺の胸にぐりぐりと額を擦る動きが、急に鳴り出したコール音によりピタッと止まった。

 水を刺されたためか、イロハの機嫌がみるみる悪くなっていく。

 

「あからさまに機嫌悪くなるなよ。………出るか?」

「取り敢えず、誰かくらいは確認した方がいいんじゃないですか?」

 

 イロハがそう言うので、身体を起こしてホロキャスターを開いた。その間にイロハは身体の向きを変え、俺がイロハの後ろから抱きつく形へと変えられてしまった。

 

「ん…………、ユイからだわ」

「ユイ先輩? 珍しいですね。あっちは夜なのに」

「そうだな」

 

 テレビ電話っぽいので、イロハも入るようにホロキャスターを持っている右腕を伸ばす。

 

『あ、ヒッキー! やっと出たし!』

「お、おう、どうかしたか?」

『うん、それがねってイロハちゃん?! な、ななななんでヒッキーに後ろから抱きしめられてんの!?』

「え? せっかく二人きりになれたんでたまにはイチャイチャしようかなって。そしたらいいところでユイ先輩が………」

 

 ちょっとこいつ根に持ってるだろ。

 

『ずるいよー! あたしもやりたーい!』

 

 スルーされたけど。

 天然って恐ろしい………。

 

「ですって、先輩」

「帰ったらな」

 

 帰ってからも仕事は残ってるし、ユイはシャラシティにいるから時間が取れるかどうかは別だがな。

 

「それで、急にどうしたんですか? というかそっちはもう夜も遅いんじゃ…………?」

『たはは………、それはちょっとあって。ってか、今二人ともどこにいるし!』

「クチバシティ」

『はぇ?! いつの間に帰ったの!?』

 

 そういやユイには言ってなかったか。

 

「これも仕事だよ。先週博士に会議の参加要請を受けてな。いい機会だしイロハも連れて来ただけだ」

『へー、会議かー。なんか大人っぽーい』

 

 どの辺が大人っぽいのだろうか。

 会議くらいなら俺たちはよくやってるぞ。主にミアレとヒャッコクの復興支援についてだが。建物等の復旧はだいぶ進んで来たから、次の段階に移行しつつある。元に戻すだけじゃせっかく手をかけている意味がないからな。発展にまで漕ぎ着けたいものだ。

 

「つか、お前こそ今どこにいるんだよ。周り暗くね?」

「あたしはマスタータワーがあったところに作ったフィールドだよ! ゆきのんのリーグ戦で使ったとこ。スコーンが飛び出していったかと思ったらここで進化しちゃってさ」

「ふーん、で? 結局何なんだよ。用がないなら切るぞ?」

『ああ、待って待って! ちょっと見てほしい子がいてさ! スコーン、ちょっと持ってて』

『ルガゥ』

 

 どうやら他に誰かいるようで、画面からユイが消えた。持ち手が変わったのだろう。

 

「…………誰ですか、この子」

 

 すると紅い眼のポケモン? が顔を覗かせた。

 ユイの新しい仲間なのだろう。

 

「新メンバーだろ。確か名前は…………」

『ルガルガンだよ! さっき進化したの!』

 

 あー、そうそうそんな名前。しかもこの紅い眼は真夜中の姿の方だったはず。アローラ地方で確認されているポケモンだとか。前にアローラからの資料だっつって博士に渡されたのにいたわ。進化する時間帯によって姿が違うってのはちょっと珍しいよな。

 

「………えーっと、これで映るかな………?』

『ルガゥ』

『ん、よし! 見てほしいのはこの子だよ!』

 

 なんだ、見てほしいのはルガルガンの方ではないのか。

 

「………白い、ポケモンか?」

 

 ユイによりアップで映されたのは白いポケモン? だった。

 

『うん、多分ポケモンなんだと思う。けど、見たことなくて』

「俺もないな」

 

 俺もこんなポケモンは知らない。博士からもらっている資料にもいなかったし、新種あるいは他の地方のポケモンか。

 名前も知らないから調べてもないポケモンなんて山ほどいるんだ。こういうことになっても何らおかしい話ではない。

 

「でも誰かに似てません?」

「んー、確かに何かに似てはいるんだよなー」

 

 ただイロハの言う通り、何かに似ている気はする。なんというか目の辺りだろうか。

 

『やっぱりヒッキーでも分からないか………。じゃあゆきのんでも分からないかな………?』

 

 ま、タイミングはいいな。

 丁度明日にはたくさんのポケモン博士が集まるんだ。そこで聞いてみれば何かしらの情報は得られるだろう。

 

「取り敢えず写真撮って送ってくれないか? 丁度こっちには各地からポケモン博士が集まってるらしいんだ。会議は明日あるし、確認してみる」

『ほんと?! じゃあ後で送っておくね!』

「ユキノにも一応送っておいてくれ。多分知らないとは思うが、それならそれでハルノと二人で調べるだろうし」

『うん、分かったよ!』

 

 新しいポケモンか。

 そういえば、あの白い生き物はなんなんだろうな。

 未だに一度もボールから出したことはないが。あの時、俺は確かに引っ付かれて身体を乗っ取られるんじゃないかって思うような感じだったし、危険な生き物に変わりはないだろう。

 

『じゃあまたね! 帰ってきたら連絡してよね!』

「はいはい、お前もちゃんと寝ろよ」

『わかってるよ。ばいばーい』

 

 ふぅ、あっちは夜だというのにテンション高すぎないか?

 

「さ、先輩。邪魔者はいなくなりましたし、イチャイチャ再開ですよ。キス、してください………」

 

 まあこっちも、この目の前の小悪魔が昂ぶってるみたいだけども。こいつスイッチ入っちゃってるよな。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

「さて、戦場に行こうか」

「何で死地設定なんだよ」

 

 翌日。

 博士と合流して会場へと向かうことにした。俺たちが泊まってたホテルとかでもよかったんじゃね? と思わなくもないが、もっといい場所があったのだろう。

 

「いやー、やっぱりポケモン研究の権威であるオーキド博士や師匠のナナカマド博士が来ると思うと緊張しちゃって」

「わ、私も緊張してます………」

「みたいだな」

 

 大丈夫か? この二人。

 特に博士。アンタがカロス側のメインなんだからしっかりしてくれよ。

 

「あの二人に期待している、なんて言われたらもう…………ああ、怖いなー」

「昨日何があったんだよ…………」

 

 もしかしてじじい二人に脅されてる?

 んなわけないか。単にプレッシャーに弱いだけなんだろう。

 

「あ、そうだ。今日はカントーの図鑑所有者とジョウトの図鑑所有者たちも来るらしいよ」

「いらない、そんな情報はいらない。聞きたくない」

 

 くそっ、やっぱり来やがったか。

 今度は何を言われるやら。

 

「なんか余計に緊張してきました」

「大丈夫だよ、イロハちゃん。君も大それた肩書きがあるからさ」

「ふぇ!?」

 

 相変わらずあざといな。

 

「『伝説ポケモンへの進化を研究していたイッシキ博士の孫』って伝えれば大体の博士は身構えると思うよ」

 

 あのじじい、やっぱ危ないことしてやがったか。まあ、俺とリザードンのこともあるしな。まともじゃないのは前から分かってたことだったわ。

 

「お、おじいちゃん絡みですか………」

「まあ、そんな気負わなくていいと思うぞ。どうせ見知った顔とかいるだろうし」

 

 オーキドのじーさんとかオダマキ博士とか上半身裸に白衣の博士とか。変人が多いようなもんだし。

 

「それは先輩だからじゃないですか」

「なら、俺の側にいればいいだろ」

「え?! いいんですか!?」

「下手に怯えられても俺が困るし」

「………と、ここだね」

 

 …………来たことある道だとは思ってたけどもだな。

 

「マジでクチバジムかよ…………」

 

 今日の会場とやらはクチバジムだったらしい。

 クチバジムと言えば、奴がいるんだよなー。会いたくないおじさんその2くらいに該当する男。

 

「ヘイ、待ってたぜハチマン」

「待たなくていいから。いやほんとマジで待たなくていいから」

 

 クチバジムのジムリーダー、マチス。ロケット団の幹部でもあるこの男は俺の敵と言ってもいい存在だ。

 

「………ッ!!」

「落ち着け、イロハ。こいつは敵だが、今は争う場面じゃない」

「どういうことですか!」

「今ここでこの男はロケット団の幹部ですって叫んだところで、街の連中は同意しない。逆にみんなのジムリーダーに刃向かう愚か者としてレッテルが貼られる。それに強制連行したところで証拠不十分で取り押さえられない。つまり、俺たちの負けになるんだよ」

「へっ、分かってるじゃねぇか。そういうことだ。分かったら大人しくしてるんだな」

「うぐぐ………」

 

 今にも食ってかかりそうなイロハを何とか宥めて話を続けた。

 マチスもそんな喧嘩腰なのはやめてほしいんだけど。

 

「えっと、話についていけないんだけど…………」

「博士は取り敢えずプレゼンに集中してくれればいいから。先に行っててくれ」

「そ、そう………? じゃあ、先いくね。マチスさん、今日はよろしくお願いします」

「ああ、もう大分集まってるから挨拶してくるといいぜ」

 

 マチスがロケット団の幹部であることを知らない博士には、ついていける話でもないだろう。プレゼンを理由にこの場をさっさと退散してもらうことにした。

 

「はあ………朝から疲れる」

「………あの爽やか博士は知らないんだな」

「巻き込むつもりはないからな。それでも名の知れたポケモン博士だから狙われることもある」

「テメェが壁役ってか。笑えるぜ」

「壁役になったつもりはないっての。俺は一応あの変態の研究に付き合ってる協力者なんだよ」

 

 マチスが変な誤解をしていそうなので訂正したが、あんまり細かいことを気にしない性格だからなー。

 

「着いたぜ。ここが会議室だ」

 

 ほら、もう気にしていない。

 結局、こんなもんだ。だからもう色々説明するとしても適当でいい気がしてくる。この男に至っては。

 

「はあ………帰りたい」

 

 それよりもこの扉の奥に行きたくない。

 

「ちょ、先輩ここまで来てですか?!」

「この扉を開いたら面倒事に遭うのが分かってるのに、自らそこへ行くおバカさんにはなりたくないだろ」

 

 博士から奴が来ていると聞かされてしまっては帰りたくなるのも致し方ないと言えよう。自分と同じ声で皮肉を言われるのもそれはそれで辛いものがある。俺は自分で自分を虐げたくなるマゾじゃないんだよ。

 しかもだ。俺がカロス地方のとはいえ、ポケモン協会の理事になってからは一度も会ってないのだ。こんなの何か言われるのは決定事項だろ。

 

「何が起こるっていうんですか………。逆に怖いです」

「いいから素人は黙って見てろ。これがヒキガヤハチマンだってな」

 

 え、俺も怖いんだけど。

 マチス、今なんつった?

 これがヒキガヤハチマンだ?

 いやほんとに何が起こるわけ? グリーン以外の理由でもこの奥に行きたくなくなってきたじゃねぇか。

 

「おい、カロスポケモン協会の理事が来たぜ」

 

 ん?

 なにその意味深な言い方。普通に名前でよくね? てかメインは博士たちなんだから、俺らの紹介はいらなくないか?

 それにここバトルフィールドじゃねぇか。会議室とは…………?

 

「……え? な、なんですかいきなり」

 

 中に入ると一斉にこちらに視線が集まった。

 イロハもいきなりのことで驚いている。人の目に幾ばくかの耐性はついたものの、やはりこうして注目の的になるのは心臓に悪い。

 

「これはこれは理事殿。お久しぶりですね」

「あら、一週間ぶりですね。理事殿」

 

 最初に近づいてきたのはチャンピオンの二人。一人は元が着くが今はどうでもいい。

 え、なにその畏った感じ。世界的にも有名な二人に頭を下げられるとか、どういうプレイ?

 

「あの………ダイゴさん? シロナさん? お久しぶりですけども。何故敬語なので?」

「今日は各地方からポケモン研究をされている名誉な博士たちが一同に会する会議。ともくれば会議の見届け人も必要になってくるんだよ。そしてその見届け人として君が来たと聞いているよ」

「だから今日のあなたはここでは最高の地位に立つ者なの」

「………あんの変態博士。計りやがったな」

 

 顔を上げた二人に説明されてようやく俺の扱いを理解するのと同時に、この空気の中に消え入るように気配を消そうとしているプラターヌ博士を睨んでやった。目を合わせろ、そこの変態!

 

「はあ………、まあ地位的に見ればそうなんでしょうけども。違和感しかないですね」

 

 はあ………、ほんと嫌になる。まさかこんな扱いを受けることになるなら来なきゃよかった。普通の人なら嬉しい状況なんだろうが、俺からしてみれば恥ずかしいだけである。なんでここに来てまで注目の的にならなきゃならねぇんだよ。

 せめて心の準備をさせてくれ………。

 

「まあ最初だけじゃよ。わしらもそう堅苦しくやるわけじゃない」

 

 げんなりと肩を落としているとようやく博士ズが動き出した。

 

「久しぶりじゃの。ハチマン」

「あー、まあそうだな。カロスに行って一年近く経つもんな」

 

 最初に声をかけてきたのはオーキドのじーさん。

 相変わらず顔が変わらない。老いも若さも変化のない逆に化け物染みた年寄りは元気そうだった。

 

「わしらが計ったこととはいえ、まさかカロス地方に行ったお前さんがポケモン協会の理事になって帰ってくるとはのう。世の中何が起きるかわからんわい」

「それは俺のセリフだっつの」

 

 俺だってそんな肩書きをつける予定なんてさらさらなかったっつの。

 

「よお、青少年!」

「ククイ博士………相変わらずその格好なんすね」

 

 と、ヌッと顔を出してきたのは裸族博士ことククイ博士だった。リーグ戦を観戦しにきていたこの変態二号は、あれから無事にポケモンリーグ設立の許可が取れたんかね。

 

「まあな。にしてもこっちは冷えるな」

「そりゃ、そんな格好してれば寒いでしょうよ」

 

 この人バカなの? やっぱり南国育ちってバカなのか?

 

「なんじゃ? ククイ博士とも知り合いなのか?」

「偶々な、偶々。偶々カロスに来ててその時にな」

 

 こんな変態と知り合いというのもなんか嫌だ。でも最近博士が共有してくれる資料はこの変態のものもあって、できる人であるのは確かなんだよなー。

 

「ハチマン君! 久しぶりだね!」

「お久しぶりです、オダマキ博士」

 

 おっと、一番まともな博士が来た。

 この人にはジュカインが世話になってたからな。しかもキーストーンもくれた人だ。

 

「ジュカインの様子はどうだい?」

「おかげさまで元気にしてますよ。元気すぎてありとあらゆる技を習得しようとしてますけど」

「………リザードンでも思ったけど、君にはポケモンを育てる才能があるのかもね」

「いや、才能というよりポケモンたちの方がおかしいだけですよ。あいつら、根本的におかしいんで」

「それはそれで研究のしがいがありそうだ。君の言葉通りなら、ポケモンをどんな環境でどんな影響を与えれば強くなれるのかってね」

 

 どんな影響か………。

 ロケット団たちとの争いに巻き込まれれば自然とそうなるんじゃないですかね。

 

「初めましてだな、理事殿」

「ナナカマド博士、ですよね? お噂は予々。プラターヌ博士のお師匠だとか」

「うむ、彼は優秀な弟子だったよ。今ではこうして肩を並べられるくらいに成長してくれて、わたしも嬉しい限りだ」

「メガシンカの研究という偏った分野の研究者ですけど、事ポケモンの進化に関してはナナカマド博士を師事していただけあって頼もしいですよ。俺………いえ、自分も培った知識を共有できる存在がいて楽しいです」

「ハチマン君………」

 

 ちょっとー、お世辞だってこと忘れないでもらますかね………。一応アンタの師匠ってんだから持ち上げてるだけだからな。

 

「時に理事殿。君にとってポケモンとはどういう存在かね」

「どういう存在とは………?」

「家族や友達などと色々あるだろう?」

「あー………、なんでしょうね」

 

 また難しいことを聞いてくるな。リザードンは色々な意味で切っても切り離せない存在だし、ゲッコウガは似た者同士って感じで、ジュカインは俺の気まぐれで外の世界を知ってしまった脱引きこもりかな。

 ヘルガーは闇というものを知っている同業者ってのがしっくりくるし、ボスゴドラは協力者で、サーナイトは娘みたいなもんか。

 うん、さっぱりわからん。一括りにできる言葉なんて見つかんねぇわ。共通してるのはあいつらの方から俺のポケモンになるって言ってくれたことくらいか。ヘルガーも最初はあんな形だったが再会してから再度俺のポケモンになってくれたもんな。

 というか、そもそも質問が俺のポケモンに限定してのことなのか? 言い方的にポケモンという生き物に対して聞こえたんだが………。

 まあいい。どちらにせよどうとも表現し難いのは確かだ。

 

「………一言では言い表せない存在、とか?」

 

 そう言うとナナカマド博士の目がくわっと開いた。

 え、なに? なんかおかしいことでも言った?

 

「かつて、ポケモンは友達だの相棒だのと答えた奴がいると聞いてはいたが、一言では言い表せない存在か………」

「君が言うと一層深く聞こえてくるから不思議だね」

「ハチマン君ですもの。予想の斜め上にも下にもいって当たり前よ」

「ちょっとシロナさん? カルネさんから何を聞かされたのかは知りませんけど、初対面の人たちがいる中で話を盛ろうとするのはやめてください」

「あら、カルネ相手にゲッコウガにほとんどやらせて最後の一体だけリザードンで倒すという圧倒的なバトルを見せた人が何を言ってるのよ」

「………アンタ、楽しんでるだろ」

「なんのことかしら」

 

 ふふん! と鼻を鳴らすシロナさん。なんかハルノとユキノを足して二で割った感じがする。

 

「ダイゴさん、この人ゲッコウガに頼んでコテンパンにしてもいいですかね」

「あははは、こっちも悪ノリが過ぎたね。シロナさん、ゲッコウガが飛んでくる前に席に移動しますよ」

「えー、今いいところなのに」

 

 この人、こんな人だったんだな。

 意外っちゃ意外だが、らしいと言えばらしい気もする。

 

「わたしの元弟子がすまない」

「いえ、身近にああいうのもいますんで。何ならあれよりもっと酷いんで」

 

 ユキノ要素がない分、ハルノの方が爆弾の威力が高いからな。シロナさんはまだまだだわ。

 

「彼女がああいう態度になるのは気に入った証拠だと思ってくれていいよ」

「いやいや、いらないから。あんな爆弾投下魔いらないから」

 

 まあ、だとしてもいらないな。ユキノシタ姉妹だけで充分だわ。そうでなくても無意識で爆弾投下するアホの子もいるんだし。

 

「話を戻すが、ポケモントレーナーはポケモンを道具のように使う存在であってはならん。ポケモンと向き合い、ポケモンを知り、自分を知ってもらう。そんな対等な存在であるのが望ましいのだ」

「………そうですね。俺も常日頃からそれは思ってますし、妹たちにもそう教えてきましたよ。けど、やはり俺にはこの関係に名前はつけられませんね。俺のポケモンたちに限って言えば、家族という表現もできますけど、俺以外のポケモンたちだって俺を慕ってくれている。何なら俺の指示でバトルを成立させることができるポケモンたちだっています。でも、そいつらは俺のポケモンじゃない。家族と表現することもできませんし、友達ともまた違うでしょう。でもーーー」

 

 ユキノのオーダイルやユキメノコ、ユイのグラエナとかがいい例だな。自分のトレーナーよりも俺のこと好きすぎないかと思える時だってあるようなポケモンたちだっているのだ。深く考えすぎかもしれないが、俺はそいつらを切り離して考えるたくはない。ましてやダークライやエンテイといった助けてくれたポケモンだっているのだ。ポケモンの数だけ関係性があるものだろ。一言で表現しようってことの方が断然難しいと思うがな。

 でも、だからこそーーー。

 

「だからこそ俺はポケモンたちとは本物でありたいと思ってますよ」

 

 必要なのは言葉で表せる関係じゃない。俺が一緒にいたいと思えてあいつらも一緒いたいと思える関係だ。これはポケモンたちに限った話じゃなく、ユキノたちにも当てはまることである。俺はあいつらといたいと思った。そしてあいつらも俺といたいと思ってくれている。俺はそういう関係を大切にしていきたい。それを「家族」と表現するのならそうなのだろう。

 

「いやはや、お前さんが図鑑所有者じゃないのが惜しいのう。運命とは時に寂しいものだ」

「しかと受け止めた。君はこれからもより良いトレーナーになるだろうな」

「はあ………、ありがとうございます?」

 

 俺はこれが普通だったから、良いも悪いもないんだけどな。何と返すのがベストなのやら…………。未だにこういう時の対応は分からんわ。

 

「若いのにすごいですね」

「えっと……」

「ウツギです。ジョウト地方でポケモンのタマゴについて研究しています。以後お見知り置きを」

「あ、ども。ヒキガヤです」

 

 スッとじじいズの後ろからメガネをかけた幸薄そうな人が入ってきた。

 初めて見る人だ。ジョウト地方にこんな人もいたんだ。ここに呼ばれてるってことはそれなりにすごい博士なのだろう。

 

「わしはナリヤ・オーキドじゃ。お前さんのことはユキナリとククイ博士から聞いとるよ。その若さで協会の理事とは。タマゲタケじゃな」

 

 と思っていたらこれまた新が………お?

 髪以外見たことある気がするのは気のせいだろうか。何なら今俺の左側にいるよね? ドッペルゲンガー?

 

「あ、ども………じーさん、オーキド博士のご兄弟か何かで?」

「ああ、わしはユキナリの従兄弟じゃよ。今はアローラ地方でリージョンフォームについて研究しておる」

「リージョンフォームを……?」

「解説は後ほどの。今日の題目にあるからそこでじゃ」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 何か似てるようでやっぱ違うんだな。

 声までそっくりなのに。

 

「えと………」

「言葉にならねぇってカンジだな。あれが今のあいつの地位だ。研究者よりもジムリーダーよりも四天王よりもチャンピオンよりも上の位。各地方に一人いるかどうかの存在だ。しかも各々の方面の話題にもついていける知識と技量を兼ね揃えているときた。………これがオレたちロケット団も認めた実力者の正体だ。最も、オレたちはもっと前から認めてはいるがよ」

「………………!」

「ボスから聞いてるぜ。テメェはイッシキ博士の孫だってよ。んでもってハチマンが育てたトレーナーだ。オレたちのような存在に狙われないよう気をつけるんだな」

 

 ふと、イロハの姿がないと思って視線をぐるりと回して探してみると、マチスがイロハに絡んでいた。

 この有名人どもがいるこの場の空気に呑まれてるところに、脅しかけてんじゃねぇよ。

 

「ちょっとすんません」

 

 ったく、仕事を増やしやがって。

 個人的に叩き潰してやりたくなるわ。

 

「おいこらマチス、聞こえてんぞ。素人相手に凄むなっつの」

「ハッ、テメェの周りにいようとするくらいなら、これくらい慣れてもらわねぇとこっちが困るんだよ」

「だとしてもそれはもう少し時間をかけろ。イロハの顔色が…………なんでお前顔赤くしてんの?」

「ふぇ?」

 

 こいつ…………。

 こんな時でもあざとい反応はやめなさいよ。身体に染み込み過ぎでしょ。

 

「い、いや、べ、別に赤くなんてなってないですからというかむしろ先輩が普通に会話できてて驚いてただけですよそうですよだから先輩の優秀さにときめいたとかそういうのは一切微塵もこれぽっちもありませんからそれでも私を堕としたいのなら愛してるって耳元で言って下さいごめんなさい!」

 

 ………こいつ、日に日に長文早口言葉が上達していってないか? それとお前、堕ちてるでしょうが。昨日のあの蕩け様は何だったのかと言いたいんだが?

 

「俺フラれるの何度目だよ。つーか、昨日のアレはむごっ?!」

「ちょ、ななな何を言い出そうとしてるんですか!」

「むごごごっ!」

「バカですか?! バカなんですね!?」

 

 このヤロ………。

 

「うひゃう?!」

 

 ふぅ、脱出成功。

 窒息死するかと思ったわ。口はまだしも鼻までまとめて塞ぐんじゃねぇよ。

 

「ななな何舐めてんですか?!」

 

 塞いできた左の掌を舐めると余計に顔を赤く染め上げた。

 

「お前が鼻も一緒に塞ぐからだろうが。死ぬかと思ったわ」

「あ、そ、それは………ごめんなさい」

 

 しゅんとなるその身体はそれまで現れなかった震えが小さく溢れ出てきている。

 

「ったく、それだけ騒げるってのに変に気負ってんじゃねぇよ。世界的にも有名なじーさんとかいっぱいいるけど、全員人間だぞ? お前の得意分野だろうが」

「…………だって先輩まで遠くにいるような気がして」

「アホか。お前も充分一般人に比べたら雲の上の存在だっつの。普通はジムバッジ8つ集めるだけでも相当優秀なトレーナーって扱いなんだぞ。それが四天王に認められて鍛えられてましたなんて、喉から手が出る程と話だっつの」

「むぅぅ………」

 

 頭を撫でて落ち着かせると今度はむくれ出した。膨らませた頰がまた可愛い。狙ってやってるとしか思えないが、これが素なのは知っている。そもそもこんな顔を見せることがない、というのが本人談だ。

 ………全く、こいつは飽きないな。

 

「ねぇ、グリーン。何あれ」

「まるでルビーとサファイアを見ているようだ」

「彼がポケモン協会の理事って本当なのかしら。ちょっと若すぎない? 彼、アタシたちよりも年下よね?」

「そうだな。だが、紛いもなく理事まで上り詰めた実力者だ。奴をそこら辺のトレーナーと一緒にしない方がいい」

「知ってるの?」

「少しだけだがな」

「ふーん。あ、これで全員揃ったみたいね。では、みなさん! 着席してくださーい!」

 

 ………グリーン、アンタそこにいたのか。

 今回は何も起きないといいが…………。いやほんと、マジで! 何も起こりませんように!


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