ポケモントレーナー ハチマン 〜ぼーなすとらっく集〜 作:八橋夏目
次回からいよいよバトルになります。
「ではまず、この世界の外側のポケモンであるが、アルセウス、ディアルガ、パルキア、ギラティナ、それにウルトラビーストとソルガレオ、ルナアーラ、ネクロズマが存在するのは確定ということでよろしいかな?」
予定にない議題、外側に棲むポケモンについて。
まずは誰が外側にいるか、といったところの確認か。
「うむ、ならアルセウスから軽く説明していこう。アルセウスは宇宙を創造したとされるポケモンであり、ディアルガを生み出したことで時間が流れ、パルキアを生み出したことで空間が広がったとされておる。だが、時空のバランスが保たれなかったがために、ギラティナを生み出し反物質で時空のバランスを保った。それで世界が回り始めたともされておる。しかし、存在意義が二体のバックアップでしかないことに異を唱えたギラティナは破れた世界へと封印されてしまった。というのがシンオウ神話における世界の創造である」
世界の創造。
そこに関わる四体のポケモンは他地方においても存在定義が最高峰に位置している。所謂、神という存在だ。創造の神アルセウス、時間の神ディアルガ、空間の神パルキア、反物質の神ギラティナ。ただギラティナにおいては破れた世界が俺たちの存在の行き着く先となってしまい、死を連想させる神にもなっている。
「先程のウルトラビーストやソルガレオ、ルナアーラ、そしてネクロズマの説明を踏まえて、ヒキガヤ君の話を考察していこうと思う」
「ナナカマド博士。この際、ハチマンに一度説明してもらってはどうですかな?」
あ、ちょ?!
じーさん、いきなりなんてこと言い出すんだよ!
そりゃ確かに俺が言い出したことかもしれんが、人前で話すのとか………………最近やってるか…………。
うあー、この仕事嫌いだー!
「ふむ、………なるほど。それも良いかもしれんな。お願いできるかな?」
「一応言っておきますけど、俺は何の資格も持ってないですよ?」
「研究職だけがポケモンについて語れるわけではない。トレーナーの視点というのも時に必要なことだってある」
「はあ………、そういうことなら若輩ながら説明させていただきますよ」
………全く、素人同然の俺に説明しろとか。しかも予定にすらなかったんだから、心の準備ができてないっつの。噛んでも笑うなよ!
「とうとう先輩も白衣を着ることになるんですかね?」
「うっせ。絶対着ないからな」
「あうー」
ニシシといやらしい笑みを浮かべて俺を見てくるイロハの頭をぐりぐりとしてから、俺は席を立って前の方へと向かった。
「あー、マチス。ホワイトボードってあるか?」
「あるぜ。ちょっと待ってろ」
ここの責任者であるマチスに説明するのに使いたいホワイトボードを要求したら、あっさり取りに行ってしまった。なんだろう、今日のマチスは従順すぎて気持ち悪い。いつものマチスだと思えたのは朝会った時くらいか。あの今にもケンカをふっかけてきそうな勢いがなさすぎて、なんだろう………綺麗なマチス? とでも言おうか。
うん、やっぱり気持ち悪いわ。
「ほら、持ってきてやったぜ」
そんなことを考えて待っているとガラガラとキャスター付きのホワイトボードをマチスが持ってきた。
「………んだよ」
「なんか今日のアンタ、従順すぎないか?」
「………知るか」
あ、これはなんかあっただろ。特にレッドとかグリーンと。じゃなきゃこんな従順にならないって。
「ま、何もないならそれでいいんだけど。ボードありがとな」
「ケッ、テメェに礼を言われる方が気持ち悪いぜ」
確かに。
それは言えてるかも。
だが、そんな皮肉を吐いてヅカヅカと壁際に戻っていくマチスは、やはりどこか綺麗なマチスである。
あ、分かった。毒がないんだ。圧とかも一切ないし。
うん、やっぱり綺麗なマチスという表現が妥当かもしれない。
「えー、あー、じゃあ、まあ、さっき俺が言い出したことについて説明させてもらいます。間違っているところがあったら、指摘して下さい。ではまず、ボードの真ん中に一本の線を引き、左側が俺たちのいる現実世界、右側を現実世界の外側の世界とし、この中心線を時空の狭間とします」
いやー、緊張する。ドキがムネムネしてるわ。
やっべ、こんなどうでもいいこと考えちゃってたら辻褄合うように説明できるのか?
怖いー、怖いよー。助けてコマチー!
「アルセウスは………この中心線の頂上辺りにいるとして、ディアルガ、パルキアが線のところになり、ギラティナが右側になります。ギラティナを右側に置くことで、ここに破れた世界が存在すると定義でき、これで左側の現実世界が安定したというのが、先程ナナカマド博士がご説明された内容になるかと思います」
取り敢えず、ポケモンの詳細はナナカマド博士が説明くれているため省くのことができる。
「そしてここにウルトラビーストの話を付け加えていくと………こんな感じに、右側にウルトラビーストの各世界、中心線がウルトラスペースと考えることができるかと」
後は俺の頭の中にある関係を図に表せばいい。
「ついでに言っておくと、時空の狭間は時間が流れているようで流れておらず、広大な空間であるようで紙一枚のような薄さの、あるのかないのか分からないようなところだと考えています。これはギラティナが破れた世界と現実世界を直接繋ぎ、ウルトラビーストも直接現実世界にウルトラホールを繋いできたというのが根拠です。ちなみに俺の知っているダークライも似たようなことができたので、俺自身そういう穴を潜った経験はあります」
最後はこれを見て博士たちが何かを掴んでくれたならば、それが答えだと思っている。俺はあくまで立会人。プラターヌ博士の付き添いでしかない。難しいことは専門家に任せればいいのだ。
「って、感じなんですけど………あれ? どしたんすか?」
と思って前を振り向くと皆が皆、目を点にしていた。
あれ………?
もしかして俺の説明は下手すぎて理解できなかった?
うわ、恥ず………っ!
「どしたんすか? じゃないわよ! そこまでの知識と発想と経験がありながら専門家じゃないって、そっちの方がおかしいでしょ!」
最初に口を開いたのは意外にもブルーさんだった。見ているところとは違うところから吠えられたため、思わず見ちゃったよ。超ビビるからいきなりはやめてね。
「んなこと言われても………」
「そうじゃぞ、ブルー。知識と発想と経験がありながら専門家じゃないのは、何もハチマンだけではなかろう? お前さんも含めて図鑑所有者の殆どが何の専門家ではないはずじゃぞ?」
「で、でも………、なら、彼は一体何者なんですか? カロスポケモン協会の理事ってだけではありませんよね?」
「そうじゃのう………。図鑑所有者になれなかった存在、とでもいうのが正しいのやもしれんな」
「「はっ?」」
はい?
今何つった?
図鑑所有者になれなかった存在?
「え、ちょ、何であなたが驚いているのよ」
「いや、初耳ですし。つか、俺が図鑑所有者になれなかった存在? んなもん、図鑑所有者に選ばれた人たち以外が全員当てはまるでしょうに」
「そりゃそうなんじゃが、何というか………」
「君は図鑑所有者に匹敵するポケモントレーナーでありながら、図鑑を所持していない。それを例えて図鑑所有者になれなかった存在ってことなんじゃないかな?」
「ええー………、そんな大袈裟な………」
言いたいことは分かりますけども。
だからと言って、俺を図鑑所有者たちと同列に扱うのもお門違いってもんだろ。俺は図鑑所有者みたいな運命力は持ち合わせてないんだから。持ち合わせていたとしても図鑑所有者になれなかった時点で持ってないのと同じである。
「んー、ハチマン君って伝説のポケモンに何体遭ってる?」
「何急に。数えたことないんですけど」
「数えたことない、ね。なら、今数えてみようか」
えー………。
ったく、この変態博士は。変なこと思いつきやがって。
「確か………最初がダークライだろ。次が………ギラティナか? んでエンテイとスイクンをスナッチして、セレビィにリライブをお願いしたんだっけか? それから、あのミュウツーとかいう暴君野郎に襲われて、リラのライコウとジンダイさんがレジロック、レジアイス、レジスチルを連れてて、ディアンシーに助けられたこともあったな。カロスではユキノがクレセリアだろ? それからゼルネアス、イベルタル、ジガルデも見てるし、フリーザー、サンダー、ファイヤーとルギアと戦ったし、ボルケニオンもいたな。あ、あとデオキシスに襲われてゲッコウガがミュウと一時共闘してたみたいだし、そもそもあのゲッコウガも伝説に入るのか………? あー、まあ、そんなもんじゃないですか」
「「「多っ?!」」」
うん、確かに多いな。
といっても成り行きが多いんだけども。
自分から探しに行ったのって、セレビィくらいじゃね?
「そうか? グリーン、オレたちも割と遭ってるよな」
「そうだな。フリーザー、サンダー、ファイヤーにミュウツーはロケット団関係、ライコウ、エンテイ、スイクンにホウオウとルギアはジョウト地方で。レッドはデオキシスとも戦ってるし、目が覚めたらホウエン地方にいたって時にはジラーチをめぐる騒動の最中にいたし、オレはカロスでゼルネアスもイベルタルもジガルデも見ている。数はオレたちよりも多いかもしれないが、一度も出会ったことがない人からすれば誤差の範囲だろう」
グリーンの言う通りだ。
多いと言っても図鑑所有者とそんなに変わりはない。
「確かにそうかもだけど………!」
「それに、ダイゴさんやシロナさんも伝説ポケモンに出会ってますよね?」
「そうだね。君たち程ではないけど、ホウエン地方の伝説ポケモンには成り行きとはいえ殆ど出会ってしまっているね」
「わたしは少ないかもしれないわね。空の柱でディアルガ、パルキア、それにギラティナ。あとは湖の三体くらいかしら」
ダイゴさんもシロナさんも何かしらには出会っている。
ここにいる者ならそれは普通なのかもしれない。
「ブルー、そいつは理解し難い存在ではあるが、そう思わせるだけの過去を持ち合わせている。下手に首を突っ込もうものなら、死を覚悟しておいた方がいいだろう。あの目によって腐らされるぞ」
「おいこら、ちょっと待て。何さり気なく俺の目をディスっちゃってんの? 俺の目は一応怪我の後遺症だからな? そりゃ、性格が反映されてないかといえば否定できないが。だからといってこの目で腐らせることができるのなら、俺の見たもの全てが腐ってるでしょうに」
「冗談だ」
「冗談にしては俺へのダメージが結構あるんですけど?」
「気にしたら負けだと前にも言ったはずだ」
「へいへい、そうですねー」
この男、マジで一回張っ倒したい。あの無駄にイケメンな顔に傷でも付けばいいのに。
「なら、見なさい! このバカ二人はまだ理解できてないからね! もう一回説明した方がいいくらいよ?」
「あー………なんかまあ、二人はいいんじゃないですか?」
「あ、おい! お前、失礼だろ! オレだって理解しようと必死なんだぞ! ただ考え出しただけで頭痛くなるから無理なんだよ!」
バカというレッテルをブルーさんに貼られたツンツン頭が食ってかかってきた。
仕方ない。
「二人は多分、実際に経験しないと分からないタイプだと思ってますから大丈夫です。頭で考えるよりも実際に経験して身体で覚える方が性に合ってるでしょ」
「ま、まあ、そう言われると否定できないかなー」
「ある意味天才肌なんですから」
「て、天才? オレが天才? そ、そうか………お前分かってるじゃねーか。ヌハハハハ!」
うわー、バカは扱いやすくて助かるわー。
このツンツン頭単純すぎない?
「お前さん、一段と人が悪くなったのう」
「ほっとけ」
前に立っているため席が近いオーキドのじーさんに苦笑されてしまった。
大きなお世話だっつの。
「ーーーそれにしても、この図解であればハチマン君の言う解釈の仕方もできるね」
「この図解からいくと、あとは時空の狭間とウルトラスペースが同じものなのか、それと破れた世界とウルトラビーストの世界との関係性が裏付けられれば成立するのう」
「うむ、オーキド博士の言う通りだな。だが、それを証明するものを見つけるのも無理難題と言えよう」
「しかし、これで何を証明していけばいいのかは見えてきましたよ。それによってグラジオたちにも協力が得られやすい」
まあ、こんな稚拙な説明でも理解してもらえて、尚且つ研究の道標にでもなれたのなら前に出た甲斐はあったかな。
「それならまあ、説明した甲斐がありました」
「そうだ。一つ、君にお願いしたいんだがいいか?」
「内容によりますかね」
ククイ博士からお願い?
何か嫌な予感がするんだけど………。
「もし、もし時空の狭間やウルトラスペース、それに破れた世界やウルトラビーストの世界に行くことがあれば、その体験談を聞かせてほしい」
なんだ、そういうことか。
それなら今話せることもあるな。
「あー、破れた世界は暗いですよ。それに前後上下左右全てがよく分からない感覚にもなりますね。時間の感覚もあやふやですし」
「死んだのか?」
「んなわけないでしょうが」
「だよな。生きてるもんな。亡霊じゃないもんな」
なんだよ、人を亡霊扱いしやがって。確かにこの目は死んでますけども? 土の中から這い上がってきました感がないこともないのは認めるけども?
「うーん、なあ、こういう風には考えられないか?」
「というと?」
「時空の狭間の右側にウルトラスペースがあり、そこにウルトラビーストの各世界が広がっている、的な感じで」
「つまりウルトラスペースという大きい世界が破れた世界と同列ではないかってことですか?」
時空の狭間は時空の狭間で、その先に破れた世界とは異なる空間ーーウルトラスペースがあり、その空間内に各ウルトラビーストの世界がある、か。ウルトラスペースがウルトラビーストの世界をまとめた総称という位置付けになるのであれば、結局ウルトラビーストの頂点は誰になるのだろうか。ギラティナが創り出したのか、それともネクロズマが誕生したことで生まれたのか。視点は変わってくるな。
「ああ、そういうことだ。グラジオはウルトラスペースをソルガレオに乗って移動している。だが、ソルガレオはディアルガやパルキアとは異なる存在。時空の狭間にいるとは考えられない。だから時空の狭間とウルトラスペースとでは別物なんじゃないかと思ってな」
「なるほど、確かにそれはあり得ますね」
何にしろククイ博士の言う通り、俺の説明ではソルガレオたちの存在の説明が付かなくなるというわけだ。しかも話し振りから察するに、そのグラジオとやらは時空の狭間を渡った後遺症などは残っていないみたいだし、何なら何度も足を運んでいるようだ。そうなるとやはり時空の狭間とウルトラスペースを同じ空間と考えるのは無理があるのかもしれない。
ただ、一つ抜け道として考えられるのはソルガレオたちが何かしらの特殊能力を持っていた場合だ。ウルトラスペースを移動中は特殊な防壁が張られているとかそういう類の。それなら後遺症もなく何度も足を運ぶことだってできるだろう。
「では、研究のアプローチは空間そのものについてと伝説ポケモンについての二方向からというのはどうです?」
「そりゃいい考えだ。その二方向、場合によっては方向性を増やしていくとしよう。その方が根拠が根強くなる」
「では、わしらもククイ博士のバックアップを務めるとしよう。ナナカマド博士たちもよろしいですかな?」
「元よりそのつもりだ。この議題は世界の根幹に関わるもの。誰か一人に任せていては研究は進まないだろう」
「ありがとうございます」
ふぅ、取り敢えずこれで俺のターンは終わりかな。
全く、何で俺まで前に立たされなきゃならないんだ。
なんかどっと疲れたわ。
「さて、これで一通りの議題は終了したわけじゃが、何か質問などがある者は挙手をお願いする」
俺が席に戻るとオーキドのじーさんが全体に対してそう問いかけた。
「あの、先輩………」
「ん? どした?」
「私が質問してもいいんですかね……?」
「何か分からないところでもあったか?」
「いえ、話を聞いている内に余計にって感じで」
一体イロハは何を疑問に思ってるんだ?
余計にって言ってるし今生まれた疑問というわけでもないのだろう。
うーん、時間が押してはいるが、イロハのためだ。
「お、ハチマン。何かあるのか?」
「俺っつーか、イロハの方なんだけど……いいか?」
「うむ、構わんぞ」
「んじゃ、ほれ」
「あ、はい。あの、今日の議題にはあまり関係ないようなことだと思うんですけど………、ノーマルタイプって結局何なんですか?」
ん?
ノーマルタイプが何かだって?
……………。
………………………。
………………………………………何と表現すればいいんだろうな。俺は一応こんな感じのってのを持ち合わせてはいるが、それが果たして学術的な観点から見た場合、正しいものかと言われるそうでもない、と思う。
「………これはまた難しい質問じゃのう」
「だが面白い」
「イロハちゃん、そう思った理由とかは何かあるのかい?」
「はい、実はフェアリータイプが新たに分類された時って今までノーマルタイプだと思われていたポケモンがフェアリータイプに分類されたりもしてるじゃないですか。それにノーマルタイプを複合で持つポケモンにはノーマルタイプの要素といいますか、そういうのがよく分からないなーと思って」
あー、確かにフェアリータイプの分類に当たってはノーマルタイプからフェアリータイプへの変更もあったからな。そう思うのも無理はない。
「………なるほどね。確かにノーマルタイプはよく分からないところが多い。くさ・ほのお・みずタイプなど、見るからにってタイプは特徴的なところが多いけれど、ノーマルタイプは特徴が少ないよね」
「皆、時間は押しているがよいか?」
「僕たちは大丈夫ですよ」
「俺たちも平気です」
「うむ」
ナナカマド博士の問いに各々博士組は首を縦に振っている。
さすがは研究者。
飯よりも疑問の解決を優先させるよな。
「まずはタイプの分類の仕方から説明していこう。現在ポケモンのタイプはノーマル、くさ、ほのお、みず、でんき、こおり、かくとう、いわ、じめん、どく、むし、ひこう、エスパー、ゴースト、ドラゴン、あく、はがね、フェアリーの18種類である。その内我々が研究者になった頃はまだあく、はがね、フェアリータイプの分類は項目としてなかったのだが、その分類をされたのがこのオーキド博士である」
「おおー」
いや、驚いてやるなよ。すげぇドヤ顔してるじゃねぇか。
「タイプそのものの概念には二種類の分け方ができる。一つは自然物質の使役。こちらはくさ、ほのお、みず、でんき、こおり、いわ、じめん、どく、はがねタイプを指す。もう一つは身体的・内面的特徴。こちらはかくとう、むし、ひこう、エスパー、ゴースト、ドラゴン、あく、フェアリータイプを指す。前者は自然物質を身体の一部に含んでいることもあり、より特徴が現れやすいのだ。逆に後者はDNAなどから確定せざるを得ない状況にもなることが多く、そう易々とは判断できないのが特徴である。故にフェアリータイプの発見にも時間がかかったというわけだ」
エスパータイプとかあくタイプって何なの? って思ったこともあるからなー。目には見えないし、よく分からない存在っていうのが印象的だ。でもその裏側にはちゃんとした理由があるのだから、難しい世界である。
「では、ノーマルタイプはどうなのかというと、どちらにも属するし属さないというのが正しい答えである。つまり、分類のしようがないタイプなのだ。ポケモンはまだまだ分からぬことが多い。故に曖昧な分類というものを配置することで全てのポケモンをタイプごとに分類することができている」
あ、やっぱり曖昧な枠ってのでいいのか。だからこそ、フェアリータイプへの変更も多かったというわけだな。
「次にポケモンによっては見た目とタイプが異なると思えてしまうケースがある。だが、決して間違った分類ではない。ポケモンごとにタイプを判断する際、DNAが深く関わっているのだ。一つ目はDNAから読み取れるタイプ特有の塩基配列。二つ目はタマゴグループに関わるDNA。この二つからタイプを特定しているため、見た目とタイプが異なるという事態が起きているのだ。特にノーマルタイプはタイプそのものが曖昧な規定なため、より一層不思議に思えてしまうだろう」
なるほど。塩基配列とか言われてもピンとこないが、要はDNAを見ればどっちも特定できて、そこからタイプの特定に繋げられるということでいいのだろう。
「な、なるほど…………」
あ、こいつ絶対ついてこれてないわ。塩基配列って何なの? とか思ってそう。
「簡単にではあるが、ポケモンのタイプというのはこういう要素から成り立っているということは分かってもらえたかな?」
「はい!」
「何かあればヒキガヤ君に聞くといい。恐らくわたしたちには劣るものの、研究者見習い並みの知識は持ち合わせているだろう。何なら体験談を持ち合わせている彼の方が説得力が強い」
「うぇ?! 先輩マジですか!?」
「いや、俺も初めて言われたわ」
「だから言ってるじゃないか。君はこっち側の人間だって」
「えー…………」
あれってただの勧誘のための誘い文句だと思ってたんだけど、マジな話だったのか。でもそれだとユキノたちもじゃね?
………うわ、この変態実はやり手だろ。いつの間にかこの変態をみんなで助けちまってるじゃん。
「まんまと使われたなー」
「何のことだい?」
「白々しい………」
まあ、もういいんだけど。コマチたちも世話になってるのは事実だし。持ちつ持たれつ。餅は餅屋ともいうのだから、得て不得手を無理にやる必要はない。取り敢えず、需要と供給が保たれて互いに成果を出せればそれでいい。
昔の俺からは考えもしない話だろうな。だが、今はそうせざるを得ないし、それが得策なのだと理解している。
「では、午後からはメガシンカやきずなへんげの確認ということで、ハチマン。お前さんの腕の見せ所じゃぞ」
「はっ? ただ見せるだけなんじゃねぇのかよ」
いやいやいや、意味が分からん。
何故そんなに意気込んでるんだよ。俺はただメガシンカを実際に見せるみたいなことしか聞いてないぞ。
「折角じゃし、こいつらとバトルしたいと思わんか?」
「思わないし、やりたくもない」
何ならゆったりと寝かせてくれ。
前に立たされたせいでこっちは疲れてんの。なんて言ったら、じーさんの背後から睨んでいるグリーンにド突かれるのがオチだろうから言えないけども。
「まあまあ、そう言わずに。バトルしないことにはメガシンカもZ技も見せられないんだしさ」
え、Z技もやるの?
それって俺が使わされたり?
やっだー、帰っていいかなー。帰りたいなー。
「そうですよ、先輩。私もバトルしたいです」
えっ?
いろはすも参加なの?
というかこいつ、俺を逃げられなくしてるよね?
「はあ…………。なら、誰でもいいんで」
「うわー、超余裕発言」
こらこら、煽るな煽るな。
そんなこと微塵も思ってないからね?
「うむ。では、一時間遅れではあるが昼食としよう」
「みなさーん、ここにお弁当を用意してありますので、各自取りに来て下さーい!」
はあ、ようやく昼飯にありつけるんだな………。
なんか超疲れた………。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「先輩、今日はやけに発言してますね」
「したくてしてるわけじゃない。じーさんらが聞いてくるのが悪い」
場所は変わってジムの西側。
そこで俺とイロハは弁当を食べている。
ずっとあそこにいるのも息苦しいし、クチバの海でも眺めて昼食にしようというイロハの案に乗り、裏口から出てきたのだ。
「………はあ、昔から知識はすごいなーって思ってましたけど」
「まさかここまでとは思ってなかったってか?」
「はい、なんでこの人研究者になってないんだろうって思いました」
「数字が嫌いだからな」
「その割に仕事で数字がいっぱい出てくるじゃないですか」
「金と時間の計算ばっかだからな。単純といえば単純なんだよ。量が多いし、取引先との契約条件ギリギリを狙わないといけないし。はあ………考えただけでうんざりだわ」
「これはストレス溜まってますねー」
折角仕事から解放されているというのに。
そう思うとあの姉妹はよくあんなテキパキと動けるな。
今度はどこかであいつらを休ませてやらないと。本人たちは別にいいと言いそうだが。姉も妹も種類は違えど負けず嫌いだし、素直じゃない。しかも二人とも俺に対して今でも負い目を感じているのか、俺を優先させようするし。
やっぱり早々にはなくならないものなのかもしれない。心の傷とも呼べる一種のトラウマになっているのだろう。そうさせてしまったのは言うまでもなく俺だ。だから俺も二人を優先させたいのだが、結局はあの二人の方が上手なため根負けしてしまう。
「そりゃ溜まるって。いくらユキノが上手くやってくれてるって言っても、あいつにばかり頼ってもいられないし。あのバカ、すぐ無理しやがって」
「先輩、ユキノ先輩こと好きすぎでしょ」
「悪いかよ」
「別に悪くはないですよー。ユキノ先輩愛されてるなーって思うだけです」
「そりゃ、無茶をしてでも俺の懐に飛び込んでくるような女だぞ? 男なら落ちないわけがないだろ」
「ほんとずるいですよねー。私たちは見たことがない先輩を知ってるんだから」
ユキノだけが知っている俺、か。
確かに女性陣からすれば特別なのかもしれないが、当の本人からすれば黒歴史でしかない。だからあまり知られたくないというのも本音だ。
「ねえ、話があるんだけど」
イロハに黒歴史を掘り起こされていると上から影ができた。見上げるとそこには水色の縞々のパンツが………パンツ?!
「あ、ブルーさんか」
「何よ、アタシだったら文句あるわけ?」
「いえ、特には。驚いただけです」
ええ、ほんとに。
いきなりパンツが見えたらそりゃ驚きますよ。
「………それで? 話すようなこととかありましたっけ? バトルを降りろというのならそれは無理な話ですよ。俺は博士たちに生でメガシンカ等々を見せなきゃならんみたいなんで。できるなら俺だってバトルはしたくありませんけど」
「もー、先輩はすぐそういうこと言う………」
「だって仕方ないだろ。あんなギランギランした目がいくつもある中でバトルしろってんだぞ? バトル大会とはまた違うプレッシャーを感じるっつの」
俺を知ってる分ハードルすら上げてくる可能性もあるし。
あの人達は俺に一体何を期待しているのだろうか。
「アナタ。一体何者なの?」
するとブルーさんが訝しんだ低い声でボソリと呟いた。
またそれですか。
「何者とは?」
「アタシの勘が言ってるわ。あなたは危険だって」
「んなこと俺に言われても………」
危険と言われてもそれは強姦魔とかそういう類の危険とかじゃないですよね? 人災とかそういう方面ですよね?
あ、いや、それもそれで嫌だけれども。
「………んー、先輩って何者なんですか?」
「や、何でお前まで聞いてくるのん? スクールの先輩でしょうが」
「それもあるんですけどー、なんというかー」
「その棒読みはやめい」
「ふぇー」
にやにやと棒読みでおちょくってくる後輩の頰をむにーと引き伸ばす。
うん、決して乙女がしていい顔ではないな。それにしてもいろはす柔らかい。
「グリーンに聞いたらどうです?」
「………やっぱりグリーンとは知り合いなのね」
グリーンの名を出したらそっぽを向いてしまった。さっき釘を刺されていたし、聞くに聞けないのだろう。
全く、あのイケメンも困ったものだ。人を歩く災害とでもいいたげに話を盛りやがって。
「そりゃ、あのじーさんの孫ですし。あ、じーさんに聞くのも手か」
「あなたからは言ってくれないのね」
「どうせ俺の口から言っても信じてくれないでしょ。というか信じられないと思いますよ」
「そ、れは聞いてみないことにはわからないわ」
一瞬言葉に詰まったということは図星だったということか。
「まあ、少なくともロケット団の敵ではあるでしょうね。一回サカキをギャフンと言わせたいとは常日頃から思ってますよ」
「っ、サカキとも面識が………?」
「それなりには。浅くはない関係ですね」
あ、やっぱりサカキの名は出さない方がよかったかな。でもあの男と敵対関係というのを示すのが一番手っ取り早い気がしたんだけど。
「サカキだと………?」
うん、失敗だな。
まさか息子の方まで近くにいたとは…………。
「シルバー?!」
「ブルー姉さんがお前と話しているのが見えたから来てみれば………」
ねえ、この人ブルーさんのこと好きすぎない?
確か血は繋がってないよね?
義姉弟ということか?
どっちだ? どっちが養子となって家族に加わったのだ? いや、考えるまでもなくシルバーの方か。さすがにサカキの方にブルーさんが加わるとも思えない。
…………うん、なんて不毛な妄想だろうか。
「お前、ブルー姉さんに何かしてみろ。その首がくっついてるとは思わないことだな」
「ちょ、ちょっとシルバー!?」
おっとー?
いつの間にマニューラが背後にいたんだよ。ビックリだわ。どっかで見てるくせにこういう時くらい止めに入ろうぜ、ゲッコウガさんや。
「く、くくく、くははっ!」
あー、でもそうか。
この赤髪もツンツン頭と似た者同士なんだな。
単純かつ好戦的。
俺より年上なはずなのに、どうも幼く見えてしまう。おかげで会話の主導権は取り返しやすい。ブルーさんの方が侮れないまである。というかこの人一番腹黒そう。まあ、イロハに似たタイプだし、それもそうかと思えてしまう。
「マニューラ!」
ぐいっと爪を首元に押し当てられてしまった。
いよいよ以って危険か。トドメの言葉を使うしかない。
「さすがサカキの息子だな。本気モードの目が似過ぎだわ」
「お前!!」
ほらやっぱり。
キーワードはブルーとサカキ。この二つを話に盛り込めば冷静さは失われる。
「おうおう、シル公! 何一人で楽しそうなことしてんだよ!」
また面倒なのが現れた…………。
ゆっくり飯くらい食わせろよ。
「ちょ、ゴールド! 待ちなさいって!」
「うるへー! ダチ公がそこでケンカを始めようってんだ! 加勢するに決まってんだろ! クリス、お前もいくぞ!」
「………はぁ、また面倒なのが」
あ、ブルーさんもそこは同意見なのね。
ということは本当に面倒な男なのか。バカはいつだって恐ろしい。
「ケンカ、ケンカね………。なら、俺とバトルしましょうか。ジョウト三人組の先輩方?」
仕方ない。言っても聞かないであろうこのツンツン頭には身体で覚えてもらうしかあるまい。
疲れてんのになー………。
「ハッ! 上等だ、コノヤロー! 売られたケンカはきっちり買ってやるよ! やるぞー、お前ら!」
「お、おい、待てって!」
「あーもう、何言っても聞かないんだからー!」
サカキの息子も静止をかけてはいるが、バトル自体には反対ではないみたいだし、肯定ということでいいのだろう。あのおさげの人には悪いが付き合ってもらうか。終わったらこっぴどく怒鳴ってやってくれ。
「ブルーさん、さっきの質問ですけど、この三人を相手取ったバトルを見て判断してください。敵とするのも良し、味方とするのも良し。俺はどっちに転んでも興味ないんで」
「一応言っておくけど、三人とも図鑑所有者なのよ?」
「だから?」
図鑑所有者が相手だから何なのだろうか。
皆して図鑑所有者という肩書きに胡座をかきすぎだろ。
「そう、ならいいわ。あなたのお望み通りバトルで判断してあげる。それとブルーでいいわ。グリーンと同じ声でさん付けは、なんか気持ち悪いのよ」
あー………。
なんか気持ち分かるわ。
想像したら俺も気持ち悪いもん。
「了解、ブルー」
「〜〜〜〜〜ッ」
だから、お返しに声をグリーンに寄せて呼び捨てにしてみると、あら不思議。お顔が真っ赤になってしまったではないか。
「先輩キモいです気持ち悪いです寒気が走るくらい気持ち悪いです。また新しい女を増やす気ですかそうですかさすが色男ですね。これはユキノ先輩たちに報告しないといけませんねー」
あ、いろはすが激おこはすになってる。
超早口だし声のトーンが低いし、何よりも目が笑っていない。
バトルの前に俺が死んだかもな……………。