AXYZ   作:オンドゥル大使

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第三十話 戦いの果てに

 

 時間が経ち過ぎると、如何にカプ・コケコとは言えぼろが出る。

 

 その速度に胡坐を掻くわけでは決してない。それどころか、逆だ。エイジには審美眼がある。それを自分は教師として理解している。

 

 ゆえに、余計な動きは相手の先読みを助長するだけ。教師として、今、エイジに現実を分からせるのには決定的な敗北を経験させるしかない。

 

 それも、絶対に立ち向かおうと思えないような敗北を。

 

 そのためにはあるお膳立てが必要であった。それを待ち望む。

 

 ルガルガンはこの隙に体力を回復するかもしれない。それでも、一撃だ。一撃で沈めさせれば何の問題もない。

 

 そのタイミングは果たして、直後のフィールド変動で訪れていた。

 

 ビルが大地に沈み、そして代わって現れたのは――水辺。

 

 それこそが狙い通り。それこそ、電気・フェアリーのカプ・コケコが最も輝く戦場。

 

「エレキメーカーを全開にする! エイジ君、ここまでよ!」

 

 四分の一区画が水辺ではないものの、ルガルガンの接地した地面は既に水浸しだ。そして、水のフィールドに電撃を流せばたちまちどうなるのか、分からないほどジェネラルとしての格が低いわけでもないだろう。

 

 ルガルガンが咄嗟に中空へと至る。

 

 特性「エレキメーカー」と水辺が干渉すれば、瞬時に感電する。そうでなくも麻痺は確定の状況。

 

 この攻撃が完遂する前に中空へと逃げるのは必定の構え。

 

「残念だったわね、エイジ君。それでもカプ・コケコは――遥かに速い!」

 

 ここに至るまで速度を温存し続けたカプ・コケコがこれまでにない速度で上昇する。まさしく神速の域でカプ・コケコはルガルガンの真正面に位置していた。

 

 ここで無暗に下がれば、水のフィールドに足を浸す。そうなれば麻痺状態に陥るはずだ。機動力をメインにするルガルガンは足を殺されれば終わり。継続戦闘を維持するのならば、ここでの後退はあり得ないはず。

 

 だが、前を行くカプ・コケコに致命傷など与えられるものか。ルガルガンはここでどのような対処法を考えたにしても、負けは揺るぎないはずであった。

 

 だからだろうか。エイジがこの瞬間、確かに絶望でも、ましてや悲観でもなく――勝利の予感に嗤っているのを目にして怖気が走ったのは。

 

「……何で笑うの」

 

「いんや……計算通りってのは面白くってね。自然と笑いが出ちまうもんなのさ」

 

「……それは敗北の計算? カウンターで再び相打とうとでも思ったのかしら? 言っておくけれど、今のカプ・コケコの速度ならば、カウンターをどこに打ち込まれようが、ワイルドボルトで一撃。それで決着はつく」

 

 そう、その通りのはずなのに。エイジはここで敗北の予感に絶望しているわけでは決してない。ルガルガンがその時、胸元を引き千切っていた。

 

 岩の硬質さを兼ね備えた体表に突き刺さっていたのは――紫色の毒針である。

 

 いつの間に、という疑念よりも、どうやって? という疑問が先行した。ルガルガンは戦闘前にあのようなものを持ち込んでいたか?

 

 否、持ち込んでいれば分かるはず。クワガノンを倒した際、その手を封じるための「エレキネット」でもあった。

 

 道具の使用を遅らせる意味合いもあったあの一撃で、他の道具ならば予備動作で分かるはず。

 

 どうして、今の今まであの毒針に気づけなかった? これではまるで……。

 

「まるで……体内に隠し持っていたみたいに……」

 

「その通りです、先生」

 

 急に声音の変わったエイジに、視線を振り向ける。エイジは真っ直ぐにこちら見据えて言い放っていた。

 

「僕のルガルガンは、この町では治療不可能な状態異常を受けていた。――ドヒドイデの放った神経毒を含む毒針。それはまだ有効だったんだ。ルガルガンの肉体に、深く食い込んでいた。……だから、テメェでも読み取れなかった。違うか? ルガルガンは傍目に見れば確かに何の状態異常も受けていないように映るが、その実は猛毒を受けていた。だが、それはオレが無効化した。つまり、今は働いていないはずの毒だ。だから、純粋に、猛毒の針として肉体から抉り出せる」

 

 毒針がルガルガンの手に保持された岩石に含まれる。それを大きく振るい上げたルガルガンに、慌ててカプ・コケコへと命令する。

 

「カプ・コケコ! ルガルガンを引き離して!」

 

「不可能だ。この距離じゃ、退けねぇってのは、計算内だろ? オレのルガルガンも退けねぇが、テメェも回避不可能領域。さぁ、食らい知れ! ストーン――エッジ!」

 

 打ち下ろされた一撃の重たさにカプ・コケコは咄嗟に甲殻を突き上げて防御姿勢を取ったが、それでも地面に打ち付けられる。咄嗟の「エレキメーカー」の加護が衝撃からは身を守ったが、それが仇となった。

 

 舞い降りるルガルガンの攻撃は、まだ終わっていない。

 

 その赤い眼光が戦闘の勢いを灯らせたのを、確かに目にしていた。

 

 カプ・コケコに回避を命じようとするも、ルガルガンの捨て身の攻撃が放たれる。

 

「地ならし!」

 

 自らの全体重をかけた「じならし」の一撃はカプ・コケコの内部骨格を軋ませていた。

 

 地面タイプの効果抜群の技に震える肉体を、カプ・コケコは電気を振るい上げて相手を無理やり引き剥がす。

 

 ルガルガンはこの水フィールドでは逃げ場はない。

 

 ――だが、それは自分も同じであった。

 

 カプ・コケコの身体から急に力が凪いでいく。恐るべき勢いで体力が削られているのが窺えた。

 

「フェアリータイプに対して、毒の攻撃を放った。先生、フェアリーに毒は、効果抜群のはずですよね?」

 

 その言葉通り、カプ・コケコの体表が瞬時に毒で腐敗していく。このままでは戦闘継続不可能なだけではない。瀕死以上に持ち込まれる恐れも充分にあった。

 

「さぁ、センコー。やり合うか? これ以上。簡単だよな。水辺のフィールドに電気を一発でもいい、流せばそっちの勝ちさ。ただし、その時にはカプ・コケコは対処不可能な毒に侵されているぜ?」

 

 そう、電気技を一発でも撃てばこちらの勝利。しかし、決断するよりも早く、毒は身体中に回るだろう。そのうち、脳神経を壊死させるのも考えられる。

 

 ここはポケモンジェネラルとして。それ以上に教師として、模範的な行動が求められていた。

 

「……戻りなさい、カプ・コケコ」

 

 覇者のボールを向け、赤い粒子となってカプ・コケコが吸収される。エイジのルガルガンはそれでも立ち続けていた。

 

 これで勝敗は完全に決した。

 

「……負けたわ。エイジ君」

 

 そこでルガルガンが膝を折る。どうやら一進一退の攻防であったらしい。少しでも自分が戻すのが遅ければルガルガンは敗退していたであろう。だが、それは教師として正しくはない。

 

 何よりも、誉れある島クイーンとして、見苦しいだけであった。

 

「しかし、まさかカプ・コケコを下すなんてね」

 

 水辺のフィールドが反転し、元の何もない地面へと巻き戻った瞬間、エイジはルガルガンに駆け寄っていた。

 

 先ほどの戦闘で見せた苛烈なる瞳ではない。

 

 今は、平時の心優しいエイジの眼差しがルガルガンを労わっている。

 

「よくやった……。戻れ、ルガルガン」

 

 ボールに戻したエイジに、ゆっくりと歩み寄っていた。刹那、戦闘時の眼差しへと変貌したエイジが警戒する。

 

「……ンだよ。負けたのに文句でもあるのか?」

 

「いいえ。健闘を。お互いに称え合いましょう。それがポケモンジェネラルのバトルにおける礼儀よ」

 

 茫然とするエイジはやがて、ふんと鼻を鳴らす。

 

「ジェネラルとしての礼儀、ねぇ。人間の礼儀に従うつもりもねぇが、認めてやるとすりゃ、カプ・コケコ、確かに強敵だったぜ」

 

 差し出した手を取ったエイジに微笑みながら答えていた。

 

「ええ。あなたのルガルガンもとても強かった。そしてエイジ君、この瞬間、あなたにはジェネラルレベル6としての権限が与えられたわ」

 

 その言葉にエイジは目を白黒させる。

 

「ああ、そうか。元々、ジェネラルレベルが低いからって戦いだったか。すっかり、戦いに酔っちまうとは、オレらしくねぇ」

 

「エイジ君も変ったわね。それを称えるべきなのかしら?」

 

 その問いかけにエイジは手を払っていた。

 

「少なくとも、あんたの教え、無駄じゃなかったってこった。センコー。エイジは、あんたが教えたから、勝ったんだ」

 

 そうか、と思い直す。自分の教えも無駄ではなかったというのならば、これ以上のない完敗ではないか。

 

 覚えず笑みがこぼれる。

 

「おめでとう! エイジ君、あなたはここで、今! エースジェネラルへの一歩を歩み出したのよ」

 

 この言葉が、教師として言えるのが心の底より嬉しかったのは言うまでもない。

 

 

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