AXYZ   作:オンドゥル大使

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第三十一話 まだ見ぬ明日

 

 ギャラリー席からリッカが駆け寄ってくる。エイジは内側でダムドに言いやっていた。

 

(よく……僕の戦術を信じてくれたよ。ありがとう、ダムド)

 

「感謝するのはまだ早いぜ、エイジ。オレの目的は……」

 

(世界征服、だろ? そのためのセル集め。まだスタートラインだ)

 

 だが自分一人では、いつまでもこのスタートにさえも立てなかっただろう。その点ではダムドに感謝している。彼がいたから、戦い抜けた。ルガルガンを信じ抜き、カプ・コケコに勝利出来たのだ。

 

 ダムドは頬を掻いていた。

 

「分かってんならよせ。お互いに礼を言うのは、その時になってからだ」

 

「おめでとう! エイジ! これでようやく……」

 

 感無量と言った様子でリッカは涙ぐんでいる。ダムドはそれを茶化していた。

 

「おいおい、もう旅が終わったみたいな盛り上がりじゃねぇか。これからだろ」

 

「そう……そうよね。先生! エイジとあたしは、旅に出ます。ジェネラルレベルが6になったのなら、旅の同行も可能なはずです」

 

 言い放ったリッカに先生は予め了承を取られていたのか、何度も頷いていた。

 

「ええ。あなた達の旅に幸多い事を。……でも、一晩くらいは待てるでしょう? お願いだから、ハジメタウンの町中でお祝いさせて。それが先生の、最後の望みよ」

 

 その言葉には自分もリッカも最大限の敬意を示していた。

 

「はいっ!」

 

(ありがとうございます! 先生!)

 

「……ったく、しょうもねぇ。町中って田舎だろうがよ」

 

「ダムド! あんた、またそんな事を言って……!」

 

「うっせぇ、メスガキ。騒がしいのは性に合わねぇ」

 

 ダムドはバトルコートより歩み出していた。エイジが問いかける。

 

(どこに行くんだ?)

 

「オレとテメェだけでゆっくり話せるところだよ。うざいったらありゃしねぇ!」

 

 その背中にリッカの声がかかった。

 

「エイジ! ダムド! あんた達、明日は遅刻しちゃ駄目よ!」

 

 その言葉に自分の意思ではない。ダムドの意思で、手が振り返されていた。

 

「安心しろって。抜け駆けで旅に出るほど、驕ってもいねぇ」

 

 言葉振りにエイジは内側で震える自分を発見していた。今まで最底辺だと思っていた。これから先も、ずっとそうなのだと。この町で腐っていくしかないのだと。

 

 だが、もう違う。

 

 リッカよりもジェネラルレベルが上の6になった。

 

 これは、ようやくリッカと――胸を張って肩を並べていいという結果だ。

 

 エイジは森を目指すダムドに言いやる。

 

(……みんなお祝いしてくれているのに……。背を向ける事はないんじゃ?)

 

「だーかーら、そういうのがうざってぇ。静かにも出来ねぇのか、人間ってのは」

 

 森は比して静まり返っている。いつもと同じだ、とエイジは周囲を見渡していた。

 

(そうだ。この間治療したゴーゴートの様子を見させてくれ。もう、彼は治ったはずだ)

 

「……テメェも相変わらずだな、エイジ。別にもう旅立つんだろ? じゃあ、森の連中なんざ、どうだっていいじゃねぇか」

 

 確かにその通りかもしれない。しかし、自分なりの禊くらいはある。

 

(……森のみんなに、挨拶しておきたい。これは人間がいるところじゃ出来ない事だ)

 

 その説得に何か感じるものがあったのか、ダムドは応じていた。

 

「……とっとと済ませな。一旦引っ込むぜ」

 

 いきなり身体感覚が戻ってきて、エイジは身震いしていた。自分が、まさか先生の切り札に勝利するなど思いも寄らない。この世界がひっくり返ったってないと思っていた。

 

 それだけに感激もひとしおであったが、ダムドは急かす。

 

(さっさとしろ。また表に出るぞ)

 

 それは困る。エイジは深呼吸し、ゴーゴートの生息地へと踏み込んでいた。

 

 草いきれが強くなり、木々のアーチをいくつも潜って、エイジはゴーゴートと対面していた。

 

 彼はきっちりと、四つ足で佇んでいる。もう治ったのだ。それが素直に嬉しい、とエイジは微笑む。

 

 ゴーゴートはエイジの周りを駆け回った。

 

 決して心を許したわけではない。それでも、治療してくれた恩義のつもりだろうか。彼なりの誠意にエイジは目頭が熱くなる。

 

「ありがとう……。そして、さよなら。ゴーゴート。もう行っていいよ。後は、君達の勝手だ」

 

 ポケモンを縛る事も、この場所に自分が縛り付けられる事も、もうない。

 

 言葉少なに背中を向けたエイジは、森のポケモン達の声を聞いていた。

 

 草ポケモン、虫ポケモンの区別なく、彼らは自分の門出を祝福してくれている。その事実に、どうしても足が止まってしまう。

 

 ここで、ずっと居られたらどれほどいいだろうと思えてしまうのだ。

 

 しかし、それは停滞。もう自分は進むと決めた。ならば、心に従うのが道理である。ダムドがいなければ踏み出す事のなかった一歩を、エイジは踏み出していた。

 

 自然と足はセーフハウスに向いていた。ダムドが自分と一対一で話したいと言うのならば、これほどの的確な場所もないだろう。

 

 梯子を上り、いつものように扉を開けると、普段と変わりなく、コラッタ達が駆け抜けていく。

 

 この変わり映えのない景色も、もう見納めなのだ。

 

 そう思うと名残惜しかったが、分離したダムドがその感傷を打ち切っていた。

 

 四つ足の形態となり、彼は言い放つ。

 

(……ようやく、一端……いや、その末端か。それでも、まぁ、健闘したんじゃねぇの)

 

「……意外だな。お前から労いが聞けるなんて思わなかったよ」

 

 ダムドはいつでも冷酷だと思い込んでいたからだ。その様子に彼自身も思うところはあったのか、一拍の逡巡を浮かべる。

 

(……だな。らしくはねぇ。エイジ。朝になれば、すぐにでも出立だ。これからだぜ。セルを集め、この陣地争いに勝利する。そうでなくっちゃ、契約した張り合いがねぇ)

 

 契約、か。エイジはセーフハウスの中を見渡す。ここから始まった因縁だ。

 

 この森の事を、自分は一生忘れないだろう。この日の事も、もちろんだ。

 

「ああ。セルを集めて、勝利する。それが僕達の目標だ」

 

(いい答えだ。本音を言えば、もう少し駒が欲しかったんだがな。この森で調達出来るのにも限界はある。なら、旅先で捕まえたほうが早ぇ)

 

 獣の姿のダムドは床を踏み鳴らす。そうか、ここから旅に出れば、他のポケモンとも出会えるのだ。

 

 ははっ、とエイジは笑っていた。

 

(ン? 何がおかしい?)

 

「いや……考えもしなかったなぁ、って……」

 

 旅に出れば必然的に出会いが増える。そんな当たり前さえも自分からしてみれば非日常であったのだ。

 

 それが明日には日常となり、そして現実となる。その確信にエイジは手が震えているのを目にしていた。

 

「……参ったな。怖気づいてる」

 

(武者震いだと思え。せっかくの機会だ。万全に使おうぜ、エイジ)

 

 ダムドは前向きだ。それに比して、とエイジは嘆息をつく。まだこの町に名残惜しさがある。これまでの日々との決別には時間がどれほどあっても足りないくらいであった。

 

 それでも夜は更け、日は昇るのだろう。

 

 無情に。それでいて、背中を後押しするように。

 

 いつまでも足踏みしていたのでは、せっかく勝てたこの感触に背を向けるようなものだ。

 

「ダムド……僕は」

 

(そっから先は、言うもんじゃねぇさ。今は寝て、しっかりと準備しろ。オレも準備してくる)

 

「お前が準備って……」

 

 言いかねた瞬間、ダムドが乗り移っていた。どうにも、最早この身体に慣れられたらしい。

 

「……朝一に出るんだ。あれは今しか味わえねぇさ」

 

(あれって?)

 

 疑問符を浮かべるエイジに、ダムドは町へと駆け抜ける。真っ先に向かったのは公園に陣取るガレット屋であった。主人は、おおっ、と声を上げる。

 

「エイジ君? みんな、戦いのお祝いをするって言って――」

 

「うっせぇ、オヤジ。ガレットくれ。ほれ、二百円」

 

 差し出した硬貨に主人は笑みを浮かべる。

 

「はいよ! せっかくのエイジ君の門出だ! 精一杯に最高のガレットを焼き上げよう!」

 

 その様子にダムドが手を振る。

 

「頼むぜ、オヤジ」

 

 その様子をエイジは内側から窺っていた。

 

(……まさか、これ?)

 

「他にねぇだろ。オヤジのガレットはオレが初めて、うめぇって思ったもんさ。だったら、名残惜しいって言うんなら、これを食わねぇとな」

 

 何だか肩透かしを食らった気分であったが、ダムドは芳しい香りに満足げであった。

 

「おっ。この匂い、たまんねぇな」

 

「いやぁ、エイジ君が抜け駆けしてまでここを選んでくれて嬉しいよ。……でも、寂しくもなるかな。きっとおじさんのより、もっと美味しいガレットにも出会うだろうさ。君はまだまだこれからなんだから」

 

「説教くせぇのいいから。ガレットくれ」

 

「はいよ! お待たせ!」

 

 差し出されたガレットをダムドは乱暴に引っ手繰る。噛り付き、ふんと鼻を鳴らした。

 

「やっぱうめぇじゃん」

 

 ダムドの行動には問題はあるもののエイジはこれも最後か、と感じ入っていた。

 

(この町とも明日でお別れなんて……)

 

「泣きに入っている場合か? 言っておくが、こんな辺境で最初から終わっているつもりなんだとしたら、お門違いもいいところさ。オレ達はさらに前に行く。それだけだ」

 

 ガレットを頬張り、ダムドは前を向く。

 

 今はただ、前を向ける彼の眩しさにエイジは感嘆するのみであった。

 

(……お前が羨ましいよ。故郷とか、あるのか?)

 

「知らん。あるのかもしれねぇし、ないのかもな。オレ達ジガルデにそんなもんがあるとか、聞いた事もねぇし」

 

 あの場所で男より聞かされたジガルデの起源を思い返す。彼の言葉通りならば、ジガルデは破滅への導き手だ。それでも、自分にしてみればずっと暗がりにいたこの身を救い出してくれた、恩人には違いない。

 

(……ダムド。僕はお前と一緒に行く。一蓮托生だ。その決意だけは揺るぎない)

 

「結構、結構。そいつさえ見据えておけ、エイジ。絶対をオレに突きつけたんだ。あの時のマジな感じ、また味わわせてくれよ」

 

 きっとその先にはまだ見ぬ明日が待っているはずだから。

 

 

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