AXYZ   作:オンドゥル大使

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第三十三話 ジェネラルの夜明け

 

 体温をじわりと温めた陽射しに、ダムドはエイジの身体で身を起こしていた。

 

 エイジの意識は眠りについている。その間だけこの身体の権限を借り受けていた。

 

「……朝ってのはいつだって好かねぇ。決断を先送りにしたって、朝だけはやってくるんだ。だから、オレは夜が好きなんだ。テメェもそうだろ? ルガルガン」

 

 ボールの中で身じろぎするルガルガンにダムドは微笑んでから、セーフハウスの扉を開けていた。

 

 いつの間に集っていたのか、森中のポケモン達が見渡さんばかりに足元にいる。彼らもきっと、エイジに真正面から別れを告げる気はないのだろう。

 

 そんな残酷な事を、彼らはやるものか。

 

 きっとエイジはここでどれだけでも傷を癒していたに違いない。過去までは分からないが、ジェネラルレベルをずっと最底辺で彷徨っていたエイジには自分なりに思うところがあった。

 

「……この場所から離れたくないのは、同じってワケか……。だがよ! テメェら! オレ達の覇道を邪魔すんな! 邪魔するヤツは、ここで切って捨てる!」

 

 その言葉に彼らは道を開ける。ダムドは鼻を鳴らしていた。

 

「……そういうの、人間が見たら泣くんだろうな。オレに、泣くって機能はねぇからよ。そういうの分からねぇんだ。だから、涙とか期待しても出ねぇよ。悪いな」

 

 時間の一時間前だが、ダムドは準備を整えていた。

 

 ホルスターにポケッチ。そして出かけるのに適した赤いジャケットに袖を通す。手袋をはめ、最後に鞄へと書き付けた日誌を詰め込んだ。

 

「……エイジは言葉をいくらでも使うだろうな。それでも、オレは何にも言えねぇし、言うつもりもねぇ」

 

 セーフハウスから降り立ち、ポケモン達の開けた道を歩み切る。振り返るまいと決めたその背中に、一匹として声は投げなかった。

 

 フッと笑みを浮かべ、ダムドは手を掲げる。その指差すのは中天――即ち、空の彼方だ。

 

「言っておく! オレはセルを全て手に入れ、そんでもって、世界を変えてやる! テメェらと次に会うのは、それからだ。変わった世界でまた会おうぜ」

 

 ポケモン達の無言の肯定にダムドはそれ以上の言葉を弄そうとは思わなかった。

 

 そう、最早、旅立ちの準備は整ったのだ。ならば、歩み出すしかない。それが旅立つ者の務めである。

 

 何か、気の利いた事をエイジならば言うのだろう。彼らへの恩義、そして義理はエイジも言葉では星の数ほど尽くしても尽くせないはず。

 

 しかし、自分はあえて言葉少なであった。

 

 それがこの身体を使う、という意味でもある。

 

 これから先、エイジは何度も後悔するかもしれない。だが、その度に逃げ出したくなるような弱い人間を宿主に選んだつもりはない。

 

「……エイジ、テメェはそれなりに強ぇんだと、オレは判断するぜ。そして、こうも言ってやる。これだけのポケモンに見送られたんだ。情けない戦いだけはするんじゃねぇぞ」

 

 まだエイジの精神は起きていない。それでも、そう語り聞かせる事だけが、自分に出来る唯一の――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅立ちの祝いが催されたようであったが、いざ旅立つ自分達にはほとんど無縁で、そして関係がなかった。

 

 ツーサイドアップの髪留めを新しくしたリッカが約束していた刻限通りに集合場所で待っている。

 

 いつの間に起きたのか、自分でも分からなかったがダムドが適切な時間に起こしてくれたのだろう。

 

「……ゴメン。遅れそうになっちゃって……」

 

「本当よ! こういうの、旅の中ではご法度なんだからね」

 

 リッカはしかし、どこか迷いを振り切ったようであった。それともハジメタウンから出たがっていたのはリッカのほうであったのか。

 

 自分は、と言うと、見送りの大人達に振り返っていた。

 

 彼らは一様に涙を浮かべ、そしてハンカチを振っている。

 

 その中で代表として、先生が歩み寄ってきていた。

 

「エイジ君、リッカちゃん。辛かったら戻ってきてもいい。でも、それ以上に、あなた達の旅路に幸多い事を祈るわ。そしてエイジ君、昨日の昇級試験の報酬をまだ、与えていなかったわね。これを」

 

 差し出されたのは菱形の石であった。それが何を意味するのか、エイジは理解して先生の眼差しを直視する。

 

「これは……。でもまだ僕らには早い」

 

「いいえ。そんな事はないわ。先生に勝ったんだもの。受け取りなさい」

 

 手の中にしっかりと渡され、エイジは困惑しながらも受け取っていた。

 

「寂しかったらいつでも帰ってきていいから」

 

「大丈夫です、先生。僕らは、そう……大丈夫」

 

 二人だけではない。ダムドもいる。そして、自分達の手持ちを信頼している。

 

 町と外を区切るアーチの前に、二人は立っていた。

 

 あと一歩、踏み出せば旅は始まる。もう戻れない。戻ってはいけない旅が。

 

 幾億の足踏みをするよりも遠い一歩。その足を踏み出すかどうかは自分次第。

 

 しかし、今は皆が待ち望んでくれている。自分達の旅に幸多い事を。

 

 だから、迷いなく踏み出そう。

 

 どれだけ辛い事があろうとも。どれほどに残酷な運命が待っていようと。

 

 エイジはその一歩を、ようやく踏み出していた。

 

(これからだな、エイジ。ようやくセルを集める事が出来る。そしてオレの野望を達成する)

 

 その野望の赴く先がたとえ破滅だろうとも。

 

 今は、己の信念を胸に、前に進むだけだ。

 

「エイジ。まずはカエンシティまで行くわよ。ジェネラルレベルが上がったんだから、ポケモンジェネラルとして、これから先は戦いを挑まれる事も多々ありそうね」

 

(他の地方で言うトレーナー身分ってのに、ようやくなったってワケか)

 

「まぁ、そういう事。でも、ハジメタウン近辺にそこいらのジェネラルなんていないからね。大体、ジェネラルが勝負を挑んでくるようになるのはカエンシティより向こうなんだ。そこから先は、気が抜けなくなる」

 

 その言葉にダムドは内側でケッと毒づく。

 

(ジェネラル同士のバトルにかまけて本来の目的を見失うなよ。あくまで、セル集めが本懐だ。他のは些事だと思え)

 

 それは、ダムドからしてみれその通りだろう。彼の保持するセルはまだ少ない。

 

 このままでは通常形態すら維持出来ないのだ。

 

「でも、ダムドも勝手よね。セルを自分で使っておいて、その尻拭いをしろなんて」

 

(うっせぇな、メスガキ。テメェを助けるのにもセルを使った事を忘れんな)

 

「はいはい。でもまー、セル集めって言ったって、まずはどうするの? 当てでもあるのかしら」

 

(言った通り、コアはセルと引かれ合う。自然と分かるっちゃ分かるんだが、人間が多い場所のほうがセルもエネルギーを扱いやすいだろ。ジェネラルレベルを上げたのは単純に効率がいい)

 

 つまり、人の多い都心部ほどセルは集合すると言うわけか。エイジはポケッチの情報に視線を落としていた。

 

「カエンシティの平均ジェネラルレベルは4。まだ駆け出しのジェネラル達ばかりだ。ダムドの言い分の通りなら、もっと向こう側に行かないといけない」

 

 少なくとも旅は始まったばかりであろう。焦り過ぎたところで仕方ないのだ。

 

「でも、トップジェネラルのニュースは更新され続けているわ。これを」

 

 リッカのホロキャスターに映ったのは、このランセ地方を代表するトップジェネラル達であった。

 

 その名前と称号、そして佇まいにエイジは息を呑む。

 

 今まではハジメタウンで、ただ漫然と見るだけであったトップジェネラルも、これから先には出会うかもしれない強敵なのだ。

 

(ジェネラルレベルの高ぇヤツってのは、公にされちまうのか?)

 

「色んな企業の広告塔としての意味合いもあるからね。彼らの強さは純粋な強さ以外にも、その広告塔としての機能や、それと同時に他の地方で言う四天王のような国防戦力としての意味合いもあるんだ」

 

(ふぅん。面倒だな、ジェネラルレベルが高過ぎるってのも)

 

「でも、彼らに会う確率なんて相当低いとは思うわよ? だって有名人だし」

 

 その中の一人へとエイジは自然と目を向けていた。

 

 金髪の威風堂々とした青年である。エメラルドの眼差しが射る光を灯し、戦闘経験の深さを思い知らせる。

 

「……トップジェネラルの一人。ジャックの称号を持つジェネラル――レオン・ガルムハート」

 

 どうしてだかその時、レオンと言う男の姿から目を離せなかった。

 

 

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