AXYZ   作:オンドゥル大使

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第四十七話 戦士の宿命

「どうして、手を下さなかったのです?」

 

 レナの問いかけにレオンはナンセンスだと返していた。

 

「今の彼には覚悟がない。そんな相手に、強襲するなど俺のポリシーに反するのでね」

 

「ですが、相手はコアの宿主。たった数時間であっても、その性能は変化する可能性があるのですよ」

 

「エージェントとしての言葉か。それはもらっておくが、俺は彼に対して、どこか羨ましいと思っているのかもしれない」

 

 胸中の感情を手繰ったレオンにレナは問い返していた。

 

「羨ましい? このランセ地方で、ほとんど全てを手に入れているに等しい、貴方が?」

 

 信じ難いのだろう。レオンは、フッと笑みを浮かべていた。

 

「全てなんて手に入れていないさ。俺が持っているのは、俺の努力の上にある結果のみ。だから、彼のように選ばれた存在、というものには心惹かれる」

 

「貴方だって、存分に選ばれた存在でしょう?」

 

「分からないかな。俺は選んだ。彼は選ばれた。その明確なる違いを。……いずれにせよ、コアと言うからには相当な強さだと思っていただけに、口ばかり回る相手で少し落胆したな」

 

「貴方の敵ではないのでしょう? 何で回りくどい真似を?」

 

 確かに、あの場でエイジを襲い、そしてコアを強引にでも奪えば全ては足りた。しかし、それは自分の信念に反する、という事実と、そしてもしもの可能性を視野に入れていた。

 

「もし……コアを取り出したとしても、ジガルデが俺を拒む可能性もある」

 

「そんな事……」

 

「ないとは言い切れまい。だからこそ、俺は彼と正当なる勝負で向かい合い、そして勝利する。そうすれば、彼もジガルデコアも、俺を認めざるを得ない。勝利者である俺を……」

 

 その時、内奥で疼く闘争本能にレオンは奥歯を噛み締めていた。身体を強張らせ、胸元を掻く。

 

「レオン様? まさか、セルの衝動が?」

 

「……大丈夫だ。コアと接触したせいか、少し昂ぶったようだがね。もう収まっている。それに、俺はこの胸に宿した、いくつものジガルデセルを手中に置いている。それも自信の一つではあるのだが、何よりも、俺が目的とするのは彼の救済だ」

 

「救済……。ですがコアによって穢された存在です」

 

「かもしれない。だからこそ、だよ。俺はエイジ君、彼を救わなくてはいけない。力による一方的なものではなく、正当なる戦いの上で、盤面を通して、彼を屈服させる。そうする事でのみ、俺はジガルデコアの宿主として選ばれるであろう。そう、俺はあのジガルデコアに、選ばせてやる」

 

 従うべき存在は何か。それを分からせた上での交渉に持ち込めばいい。

 

 レナはため息をついて、尋ねていた。

 

「……サポートは?」

 

「要らない、と言いたいところだが、彼との真剣勝負に立ち入る相手を阻んで欲しい。それだけだ」

 

「本当に……貴方は戦いにおいて余計な感情を差し挟まないのですね」

 

 その言葉にレオンは当然だろうと返していた。

 

「それこそが――真なる戦いというものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 勝手に駆け出した事をリッカに咎められたが、エイジは言い出せなかった。

 

 レオンとの邂逅。そして、ジガルデコアを賭けた真剣勝負。ポケットの中に握り締めたメモに、エイジは面を伏せる。

 

「……エイジ? そりゃ、あたしも言い過ぎたかなって思うけれど……、何かあった?」

 

「いや、何でもない。メテノをどう使うのか、ちょっと考えていて……」

 

「呆れた! あんたってば本当に勝手なのね!」

 

 そう思われるくらいでちょうどいい。何よりも、リッカを巻き込むわけにはいかなかった。

 

「……まぁいいわ。シティロビーに行くから、あんた達はどうするの? 同行するって手もあるけれど、時間を潰す? そうするんなら、合流時間を決めておかないと」

 

(時間がかかるのか?)

 

「それなりにね。せめて、あんたらと同じ、ジェネラルレベル6には昇級するか、あるいは4の実力を見せないと。即時剥奪はないとしても、これから先、やりにくくなるんだから」

 

 リッカの戦いに口を挟むわけにはいかない。エイジは促していた。

 

「じゃあ、どこかで合流しよう。その時に、また……話すよ」

 

「エイジ?」

 

 違和感を覚えているはずである。何年一緒にいると思っているのだ。この程度の嘘はすぐにばれる。

 

 だが、ここでは意地を通したかった。

 

 ジャックジェネラル、レオンとの決闘は自分達だけの問題だ。だから、リッカだけはこの戦いに不安要素を持ち込んで欲しくない。

 

「……言いたくない事があるのね。まぁ、あんたがそういう態度を取った事は何度もあるし、今さらって感じよ。……ちゃんと終わったら話してよね」

 

 その時には、自分はもうダムドの宿主ではなくなっているかもしれない。ともすればコアを奪われて死んでいるかもしれないのだ。

 

 それでも、エイジは言い出せなかった。

 

「うん。その時には……話すよ」

 

 リッカは嘆息をつき、シティロビーへと向かう。カエンシティの煉瓦造りの建築物の中で一際大きな存在感を放つのがシティロビー――その名の通り、街の中心部である。

 

 豪奢なカロスの建築様式が取り入れられた城壁はかつての動乱の時代の残滓なのだと聞く。

 

 一国一城をブショーが争い、戦った城の跡が、現在のシティロビーの舞台となっているのだ。

 

「……ちょっとばかし緊張するわね。カエンシティだから、確か炎使いか。相性はいいはずなんだけれど……」

 

(他の地方で言う、ジムリーダーなんだろ? さっさと戦って来いよ)

 

「簡単に言ってくれるわね。言っておくけれど、負けたら前に進めないのよ?」

 

 その言葉にダムドはふんと鼻を鳴らす。

 

(だから何だってんだ。死ぬわけでもあるまいし)

 

 ダムドの口から、死ぬと言う言葉が出てエイジは胸を痛ませる。彼も予見しているのだ。レオンとの戦いの果てに、ともすれば死が待っているかもしれないと。

 

 しかしリッカはその言葉振りに肩を竦めた。

 

「大げさな物言いね。……まぁ、確かに死ぬわけじゃないわ。でもね、名誉ってもんがある」

 

(名誉だぁ?)

 

「そうよ。ジガルデコアにはあるのかないのか分からないけれど、名誉。まぁ誇りね。ジェネラルとして、戦い抜くって決めた、そういう名誉。それって大事じゃない? 結構」

 

 リッカは自分より遥かに早く、ジェネラルとしての道を決めていた。だからこそなのだろう。彼女の浮かべる希望が、今は少しだけ眩しい。

 

 後ろ向きな自分達に比べて、リッカはどこまでも前向き。そして、未来を見据えている。

 

 それなのに、今、この瞬間の戦いに命を懸けられないのは、それは嘘ではないのか。

 

 自問自答の中で、エイジは一つだけ言葉を搾っていた。

 

「……リッカ。もし、自分の今までのやり方全部、間違っているって言われたら、その時はどうする?」

 

 こんな事、戦いの前に聞くべきではなかったのかもしれない。それでも、今聞かなくては、聞く機会を一生失ってしまいそうであった。

 

 リッカは腕を組んで考える仕草を挟んだ後、うんと答えていた。

 

「それ言ってきた奴、ぶちのめす。それだけよ。だって、あたしの決めた事に口出しするんなら、それなりの覚悟があっての事なんでしょ。だったら、気に食わなかったらぶちのめす。それが手っ取り早い」

 

(メスガキにはお似合いの頭のねぇ言論だな)

 

「あんただって……直情的でしょうが」

 

 ダムドの物言いにリッカは再び突っかかる。そのやり取りを他所にエイジは拳を握り締めていた。

 

「……決めた事に、口出しする覚悟……」

 

 そうだ。自分も決めた。ダムドと共に、ジガルデコアとセルを集める旅に出る事を。いつまでも最初の町で、足踏みをしている場合ではないのだと。それなのに、こんな最初で自分は困惑してしまっている。

 

 ――決めたら、貫き通す。

 

 簡単そうでこれはなかなか難しい。最後の最後までそれを全う出来るのか。

 

 全うする自信がなければ、むざむざ逃げ帰るのか。

 

 それは違う、とネネは思ったから、反抗した。

 

 そしてまたあの二人は旅に出た。己を知るため、そして、お互いをより深く理解するために。ならばそれは、称賛されるべきだ。

 

 戦いの果てに、何が待っているとしても、それを容認するだけの覚悟を。その胸に宿した闘争の炎は決して、容易く掻き消されるものではないと。

 

「……ありがとう。ゴメン、変な事聞いて」

 

「ホント、変。でも、……それだけでいいの?」

 

 もっと他に聞く事はないのか。もっと問いただすべき事はないのか。その最後の確認にエイジは頭を振っていた。

 

「今は、その答えだけでも充分だよ」

 

 勇気をもらえた。歩み進むだけの勇気を。ならば今度は示すのだ。

 

 覚悟とは、戦いの上に成り立つその結果。道筋に栄光はなくとも、果てには何かが待っている。

 

 絶望でも、希望でもどっちでも構わない。

 

 ただ、ここで真正面から己の運命に逃げないだけの勇気が欲しい。そしてその勇気の一端をリッカは与えてくれた。それだけで充分だ。

 

「……ダムドが変な事を言うんだったら、言いなさいよ。とっちめてやるんだから」

 

(それはこっちの台詞だ。とんでもねぇバカだと判断したら、こっちから切ってやるからな)

 

「何よ、口が減らない」

 

(お互い様だ。エイジ、行くぞ)

 

 ダムドは確認するまでもないらしい。エイジはリッカから身を翻していた。彼女の声が背中にかかる。

 

「もし! ……もし本当に辛かったら、無理はしないでいいんだからね! あんた達だって!」

 

 エイジはこの時だけは優しさには甘えないと決めていた。振り返らずに手を振る。

 

「大丈夫だよ。……今の僕には、それだけで」

 

 結果論であろうとも。道すがらに得た、ただの仮初めであったとしても。

 

 それでも自分で自分に課した事だ。ならばそれを果たさないで如何にする。

 

 充分に離れてからエイジはシティロビーへと入場したリッカを見送っていた。

 

(……エイジ。オレは後悔してねぇ。まだテメェに宿って短いが、それでも肝の据わった、そういう宿主だったって思うぜ)

 

「……何だよ。まるで死ににいくみたいじゃないか」

 

 茶化しても、笑い切れなかった。相手はジャックジェネラル。死ぬようなものだ。だが悲観ばかりで戦いが出来るものか。

 

「ダムド。僕は、怖かったのかもしれない。お前の力が僕を暴走させる。僕を……暴く。それが何よりも」

 

 自分の中の押し殺した欲求。押し殺してきた、これまでの道筋。それをダムドとの出会いが「暴いた」。

 

 たとえ要らない子供であっても、最底辺を彷徨う自分であっても――勝ち取りたい。そして選ぶのは、自分自身だ。他の誰でもない、自分なのだ。

 

 そんな些細な事に、ダムドは気づかせてくれた。

 

(……ンだよ。テメェだって死ににいくみたいな事言ってんじゃねぇか)

 

「いや、死ぬつもりはない。必ず、生きて……生きてそして勝ち取る。そうと決めたからお前と契約した。それが……今の僕に言える全てだ」

 

(……いいぜ。ぶつけてやれ、エイジ。テメェの今持っている、全てをな)

 

 そうだ。しゃにむでも、どれだけ無謀無策でもぶつけてやればいい。

 

 自分と言う、この脈打つ鼓動そのものを。戦いの中で。

 

 見据えるべきは決めた。

 

 戦いの相手はジャックジェネラル、レオン・ガルムハート――。

 

 

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