AXYZ   作:オンドゥル大使

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第六十話 災厄転輪

 

(……何だ。この嫌な感覚は)

 

 ダムドの発した声音にエイジは問い返していた。

 

「どうした? まさか、レオンさんが?」

 

 あり得ない、という響きにダムドは否定する。

 

(案外、ジャックジェネラルの看板も大した事ねぇってのかもな。オレ達が過信するほど、あいつも強くなかったのか)

 

「レオンさんは強いわよ。あたし達よりかは」

 

(言ってろ、メスガキ。いずれにしたって……ざわざわする……。何だこの感覚……気味悪ぃ……)

 

 ダムドがここまで嫌悪感を露にするのは初めてかもしれない。それだけ異常事態が起こっていると言う事実なのか。エイジはメテノのボールに手をかけていた。

 

「……メテノで探る」

 

(よせよ、こっちの居場所教えるみたいなもんだ。相手はまだ……確証を得てないんだと思うぜ。ここでじっと息を殺していれば、もしかすると、かもな)

 

 それはレオンの作ってくれた隙に甘えろと言うのか。だが、自分は――とエイジは自問自答する。

 

 ――誓うべき答えは得た。無論、従うべき「絶対」も。だが、一度交わした友情を無下にしていいのか。彼は自分に忠誠を誓うと言ってくれたのだぞ。

 

 ならば、報いるのもまた自分の役目だ。

 

「……ダムド。僕はレオンさんの厚意に唾を吐くような真似はしたくない」

 

「行くって言うの? でも、敵が何なのかも分からないのに……」

 

(……一つ聞くぜ、エイジ。それはテメェの絶対に従った結果か?)

 

 問い質す声音にエイジは応じていた。

 

「ああ、僕の中の絶対……そしてレオンさんに誓っただろう? 友情を、無駄には出来ないよ」

 

 その言葉にダムドは哄笑を上げていた。リッカが慌てて制する。

 

「馬鹿! 大声出すんじゃ……」

 

(いや、すまねぇな、メスガキ。エイジがあまりにも可笑しな事を言うもんで、つい笑っちまった。そうか、エイジ。テメェはテメェの駒の事を、友情って括りにするかよ)

 

「いけないか?」

 

 ダムドならばノーを突きつけるかもしれない。そう思われた質問に、いいや、と声が返ってくる。

 

(無茶無策、愚策ってんなら一笑に付したがよ、面白ぇ、ってのは大事だぜ、エイジ。面白ぇってんなら、オレは従ってやる。それがどんだけ馬鹿馬鹿しく、人間臭くってもよ。それが面白ぇんなら、オレは言葉を差し挟まねぇ)

 

「……何よ。結局はジガルデコアの気紛れってわけ?」

 

(どうとでも取りな。エイジ。それならなおの事、ここでじっとするってのは性に合わねぇよな?)

 

 首肯し、エイジは策を巡らせていた。

 

「ルガルガンは温存しておきたい。メテノで相手の出方を見る。それ次第で、リッカ」

 

 リッカは頷き、メガプテラのボールに指をかけていた。

 

「このセーフハウスごと、相手を巻き込む、ね。……ジャックジェネラルの家を壊すのは気が引けるけれど」

 

(どうせ、街ごとに家を持ってんだろ? 一個や二個くらい世話ぁねぇさ)

 

「あんたの考える価値と人間の価値観は違うのよ。……でも、停電が続いているって事は……」

 

 最悪の想定を浮かべる。レオンが敗退し、そして今もまた自分達は狙われているという可能性。

 

「……分からない。でも、レオンさんばかりに頼ってもいられない。メテノ、敵を発見次第リミットブレイクでこちらへと戻ってくるように」

 

 命令し、メテノを放つ。ふわふわと浮かんでいくメテノにダムドは言いやっていた。

 

(何かと便利だったろ?)

 

「……まぁね。ルガルガンだけじゃ、こんな状況に置かれたらどうしようもなかった」

 

 メテノが一撃で沈む事はないだろうが、それでももしもの備えはしておくべきだろう。構えたエイジに、直後音が響き渡っていた。

 

 つかつかと、足音が近づいてくる。

 

 ダムドが読み取って声にしていた。

 

(一人、か。随分と嘗めた真似を……)

 

「メテノの関知に反応していない? どうして……」

 

 メテノには敵を発見すれば攻撃するようには出来ているはず。それはメテノに潜り込ませたダムドのセルを使えば可能な技術であった。

 

 応戦さえもしないという事は、明確なエラーであろうか。それとも、と考えを巡らせたエイジはリッカへと言葉を振る。

 

「リッカ! 全力で!」

 

「分かってる! メガプテラ!」

 

 繰り出された翼竜のポケモンは黒い鉱石の表皮を煌めかせ、敵を睨み据える。無数の岩の散弾が相手へと殺到していた。

 

 敵はそれをかわすべく、電流の網を張る。その攻撃の時点で、相手の手持ちがはっきりと露見していた。

 

「プラスル……。まさか……まさか!」

 

 あり得ない、と否定するも光に照り返された相手の相貌にリッカが震撼していた。

 

「ノノ……ちゃん?」

 

 どうして、と息を呑んだこちらを他所にノノは疾駆し、プラスルと共に駆け出した。このままでは相手の射程である。しかし容易に反撃する気にはなれなかった。

 

 どうしてノノが? という疑念で雁字搦めになった自分とリッカにダムドが叱責の声を浴びせる。

 

(何棒立ちになってんだ! テメェら! 敵は待っちゃくれねぇ。やんぞ!)

 

 ハッと意識を張り直したエイジであったが、それでもノノが敵と言うのは容易には呑み込めなかった。敵対する理由を一生懸命探すが、やはりと言うべきか、その一端も分からない。

 

 プラスルが躍り上がり、電流の光弾を発生させる。無数の光球がメガプテラへと降り注いでいた。

 

 舌打ちが響き渡り、自分の意識は埋没する。

 

「ルガルガン! 岩の壁でメガプテラを援護しろ!」

 

 飛び出したルガルガンが即座に岩の壁を構築し、「エレキボール」の攻撃網を弾かせる。ルガルガンが睨んだ先にいるノノは果敢なる特攻を仕掛けていた。

 

 携えたナイフがリッカの首にかかろうとする。その瞬きを身体を乗っ取ったダムドが制していた。

 

「敵わないってんならジェネラルを狙う……なるほど、定石だ。レオンはこれでやられたか? いずれにしろ、オレには通用しないぜ」

 

 腕をひねり上げたダムドがそのままノノの身体を床に叩きつける。明らかにセルの膂力に任せた力の加減を知らぬ一撃にエイジは戸惑っていた。

 

(ダムド! ノノちゃんが死んでしまう!)

 

「何言ってんだ、エイジ……。手加減なんてしたらこっちが殺されるぞ。感じるだろう? この感覚は――セルの媒介者だ」

 

 まさか、とダムドの感覚に任せてノノを探る。自身のスートと呼応するざわりとした悪寒にエイジは息を呑んでいた。

 

(でもまさか……そんな……)

 

「セルに取り憑かれたか。あるいは別の何かか。いずれにしたって、ここに陣取るのはまずいぞ。暗がりの中で、相手に対しては防戦一方だ。メスガキ! メガプテラで逃げ場を作る! 破壊光線で壁をぶち破って出るぞ!」

 

「そんな力技……」

 

「迷ってる暇ぁ、ねぇ! こいつを押さえるのも……限界に近ぇんだよ」

 

 セルの力を得たノノはすぐさま起き上がり、プラスルと共に電流を浴びせかかる。その瞳から光は失せ、ただの戦闘マシーンとしての従順なる動きに、エイジは絶句していた。

 

(ノノちゃん、本当に……)

 

「だから言ったろうが。下手打つわけにもいかねぇ。早くこっから離脱するぞ!」

 

「レオンさんは……」

 

「諦めろ! 他人の世話まで焼いている暇はねぇ!」

 

 ダムドの声にリッカはメガプテラに壁を狙わせていた。口腔内に充填されていくオレンジ色の高エネルギーにダムドは咄嗟に飛び退る。

 

 直後、放たれた「はかいこうせん」の光軸がセーフハウスの頑強なる壁を粉砕し、大穴を開けていた。

 

「出るぞ! 暗闇で奇襲されるよかマシなはずだ!」

 

 跳躍したダムドとメガプテラに掴まったリッカはセーフハウスの二階より飛び立っていた。ノノが追撃の「エレキボール」をいくつか生み出すが、それらは空を掻っ切っていく。

 

(……嘘だろう。本当に、ノノちゃんが、セルの媒介者……)

 

「嘘も何もねぇ。エイジ、あいつから感じたのはマジもんの殺気だ。迷いがねぇ。セルの衝動に襲われたってあそこまでの自我の消失は中々ねぇはずだ」

 

(それってどういう――)

 

 問いかける前に屹立した影をダムド達は見据えていた。

 

 同じ相貌の少女がマイナンを引き連れ、こちらの進路を塞ぐ。

 

(……ネネちゃん……。まさか君まで……)

 

「姉妹揃って、セルの奴隷か。だが、いずれにしたって関係ねぇ。ここでぶちのめす――!」

 

 ルガルガンがその手を掲げ、窓より飛び出したメテノを手にする。メテノが高速回転し、その岩の甲殻を弾き出しながらルガルガンの補助に入っていた。

 

「生み出した岩の散弾は、全部オレのもんだ! ルガルガン、ストーンエッジ! 全力掃射!」

 

 浮き上がった岩の欠片を足と手を駆使して弾き出し、ルガルガンはネネに向けて「ストーンエッジ」を実行する。岩石の散弾を前にしてネネはただ引き裂かれるかに思われたが、彼女はマイナンの放った電圧の壁を構築し、自らに命中する部分を弾いていた。

 

「正確無比な、電流の実行……。やっぱ、テメェ、セルの力を使いこなしてやがるな」

 

(ダムド! マイナンにもセルがついているって言うのか?)

 

「そうとしか考えられねぇだろうが。通常のポケモンの能力を遥かに底上げされている。……追い込まれたのはこっちかもな。どちらかを戦闘不能にすべきだったか」

 

 その言葉を解する前に、背後に降り立ったノノをエイジは知覚していた。

 

(挟み撃ちに……!)

 

「ああ、こいつぁ、ちとまずいか。いくらプラスルとマイナンって言っても、セルの能力の向上と、そして連携攻撃の前にゃ、オレ達だって分が悪い。ここは勝機を見出すために……」

 

 ダムドがリッカへと目線を配る。その意味を彼女は理解したらしい。うろたえ気味に声にしていた。

 

「……戦力の分散。どっちかが引き受けなきゃいけないわけよね……」

 

「ああ、固まってちゃいずれにせよジリ貧だ。メスガキ、ここはダメージのあるほうをオレらが担当する。テメェは前にいるマイナンのほうを担当してくれ。まだメガプテラとフローゼルには余裕があっだろ?」

 

「そりゃ、まだ勝機はあるけれど……。あんたらはどうするの?」

 

 至極当然な問いかけにダムドは逡巡さえも挟まない。

 

「――考えはある。だが……ここで言うわけにはいかねぇ」

 

(ダムド? リッカを信じてないのか?)

 

「信じる信じねぇの問題じゃねぇよ、エイジ。セルの媒介者が二人。それも一個や二個じゃねぇ。二人合わせりゃ十個分ほどか。それくらいのセルを持った相手だ。……オレの考えが正しけりゃ、この局面、ただ闇雲に戦えばいいってもんじゃない」

 

 ダムドの読み通りならば、この戦いは単なるセルの暴走ではないという事か。しかし、エイジからしてみればどちらに転んでも戦う事になる展開は避けたい。

 

(……ダムド。でもだからって僕は二人を害せない)

 

「んなこたぁ分かってんよ。だからこそ、ここは二手に分かれる。レオンがどうなったのかはあえてここでは無視するぜ。そうじゃねぇと読み負ける」

 

 ダムドとリッカは目線を交わし、直後にはメガプテラはマイナンと対峙していた。

 

「ここは引き受ける!」

 

「任せたぜ、メスガキ。さぁ、エイジ。こっから先は、相手の出方次第だ。オレらが勝つか、それとも連中が勝つか、レートに上げようじゃねぇの」

 

 駆け出したダムドはメテノを握り締めるルガルガンを前に出させていた。ルガルガンがメテノを振りかぶり、そのまま投擲する。プラスルの電流がメテノを絡め取ろうとするが、その前に不可視の岩石の糸によってメテノは手の中に戻されていく。

 

 まるでヨーヨーを操るかのように。

 

 メテノを駆使し、ルガルガンがプラスルへと肉薄する。岩石を手の中に溜める代わりにメテノを握り締め、そのまま打ち下ろしていた。

 

「ストーンエッジ!」

 

 その一撃が深く食い込む前に、プラスルの発した電流が拡散し、ダムドはリッカとはまるで反対方向に駆けていく。離れていくリッカとメガプテラにエイジは不安を発していた。

 

(……リッカ。どうか無事でいてくれ)

 

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