AXYZ   作:オンドゥル大使

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第六十二話 「絶対」への

「そう簡単には死なねぇよ。あいつも、オレとたった二人でテメェを助け出したんだぜ? 少しは信用してやれ」

 

 信用。その言葉を発するのにはしかし、不確定要素が大き過ぎる。敵はなにせ、味方だと思い込んでいたノノ達なのだ。相手は説得の隙も見せず、電圧の壁を張ってルガルガンを遠ざけようとする。

 

 ルガルガンはその壁を殴りつけ、引っぺがそうとするが、上方に噴き出すように放たれた高圧電流が攻撃の契機を与えてくれない。

 

「……プラスルのスペックを超えてやがる。セルで無理やり引き上げてんのか……」

 

(ダムド! 助け出す方法を!)

 

「いや……案外、そこまで思案するほどでもないのかもな」

 

 放たれた言葉の意味が分からず、エイジは問い返す。

 

(どういう……)

 

 その言葉が明瞭な意味を結ぶ前に、ノノがふっと糸が切れたかのように倒れ伏す。

 

 まさか、致命傷を与えてしまったか、と疑心に駆られたエイジにダムドは言いやっていた。

 

「安心しろ、エイジ。死ぬような傷はくれてやってないさ。ただ……ジガルデセルで操る必要性が薄くなっただけだろ」

 

(セルで操る? どういう事なんだ? ノノちゃん達は、セルの闘争本能に負けたんじゃ……)

 

「よく考えてみろ。セルの闘争本能に負けたのに、何でレオンの館に仕掛けるなんて計算ずくの真似が出来るよ? オレがさっきからずっと疑問なのは、こいつら場当たり的な動きのクセに、やってる事はまるで他人が、遠隔で動かすそれに近いってこった」

 

(遠隔で……。ジガルデセルを、操っている誰かがいる?)

 

「そう考えるのが妥当だろうな。さて、ここで命題だが、そこまでしてオレらに仕掛けて意味のある勢力を予想する」

 

 倒れたノノに代わり、気配が生じる。周囲を見渡せばカエンシティの裏手であり、人目はほとんどない。

 

「あーあ、何だ。ばれてたんだ? 案外、脳筋なスートじゃないのね。スペードって」

 

 知らない声だ、と感じたエイジはダムドが警戒心を強くしたのを感じていた。

 

「……気ぃつけろ、エイジ。こいつは……」

 

 殺気立ったダムドに相手は声を振り向ける。

 

「なぁーんか、煮え切らない感じ。アンタって、そういうタイプのジガルデコアなんだ? えっとぉー、Z02だっけ?」

 

 その名で呼ぶ相手は――とエイジも緊張感を張り巡らせる。

 

(まさか、ザイレム……)

 

「いや、違ぇな、テメェ。ザイレムにしちゃ、使い勝手が悪過ぎる。あんな使い方をして、もしセルがオレらに回ったらただの駒にしたってやり口が悪い。効率的じゃねぇのさ。それなのに、実行した。その時点で、ザイレムの線は捨てている」

 

(じゃあ何者……)

 

「へぇ、アンタ、馬鹿正直に宿主を見出しただけのスートって読みはハズレかもね。思ったより慎重なんだ?」

 

 煙る霧の向こう側から、ピンクの髪を持つ少女が歩み出てくる。扇情的な薄い衣服に身を包み、僅かに皮膚は褐色を帯びている。出会った事のない相手のはず。そう、そのはずなのに。

 

(……何なんだ。似たような相手に、会った気がする)

 

「それもそうだろうさ。ここまで近づいて、命があると思ってんのかよ。――コアの宿主」

 

 ダムドの発した声にエイジは息を呑む。相手は小首を傾げていた。

 

「だってアタシは負けないし、近づいたのは駒が正常に稼働しなくなったからかな。遠隔って苦手なのよね。距離が近くても齟齬が発生するし。でもまぁ、一番危ないと思っていたジャックジェネラルは潰せたからいっか」

 

(レオンさんを……。彼女が?)

 

 信じ難い、という響きにダムドはケッと毒づく。

 

「案外、ジャックジェネラルも当てにならねぇな。ま、最初から期待もしていなかったけれどよ。……で? コアの宿主直々に、何の用だよ?」

 

 張り詰めた呼気には相手への警戒が窺える。それも当然だ。コアの宿主と会うのは初めて。それも相手の擁するジガルデセルの量も不明な以上、少しでも気を緩める事は許されない。そのはずであったのだが、少女はぺこり、と頭を下げていた。

 

「はじめまして。アタシの名前はリコリス。そして宿ったコアのスートは、ハートのジガルデコア。名前をカルト。ま、Z01って言ったほうが早いかもだけれど」

 

 リコリスと名乗った少女の指先を伝い、緑色のコアが染み出てくる。内奥に桃色のコアを宿したジガルデコアは妖艶な声で応じていた。

 

(わっちと会うのは初めてかねぇ。お前さん達の事は一方的に知っているけれど。ザイレムが追っていた、最後のコア)

 

(僕らの事を……)

 

「ああ、知ってるって事は、ザイレムとも繋がってんのか?」

 

「誤解しないで。あんな野蛮な相手とはこっちから願い下げ。それに……カルトは奴らから逃げて来たのよ? あいつらの情報を知っているのはそのためなんだから」

 

「逃げて来た? ……連中がコアを逃がすとは思えねぇが」

 

(わっちは随分と昔にザイレムから逃亡した。その時点からザイレムの情報網はランセ地方でほとんど構築されつつあったから、そこから進歩していないのなら今の動きを察知する事は出来る)

 

 カルトの言い分にダムドはふんと鼻を鳴らす。

 

「要は古巣って事かよ。んじゃあ、何か? オレらを追い込んだのも、ザイレムの手のものじゃねぇのか?」

 

「だから、分かんないのかな……ザイレムとアタシ達は無関係。って言うか、むしろ追われているんだから。アンタ達と同じようにね」

 

(ダムド。追われているって言うのなら、相手に敵意はないんじゃ……)

 

「いや、気を許すな、エイジ。じゃあ何で、レオンを害した? オレ達に敵意がないって言うんなら、そこんところが解せねぇ」

 

「だーかーら! 安全にアンタ達と話をするのには彼は邪魔じゃない。実力者だし、これまでの経験の累積もある。そういう相手と一対一で話して、じゃあ分かってもらえる自信はないもの」

 

「オレらならまだ与せると思っている言葉振りだな」

 

「半分正解かな? どう? Z02とその宿主クン。――アタシと手を組んでみる気はない?」

 

 思わぬ提案にエイジは面食らう。

 

(組むだって? それは言葉通りの意味だって言うのか……?)

 

「もちろん、言葉通りよ。だってぇ、今のままじゃお互いに不安要素の強い戦いでしょ? ザイレムの戦力がどこまでなのかも分からず、それにレオンみたいな強豪ジェネラルでさえも相手にせざるを得ないのは辛いはず。なら、組んじゃえばいいのよ。アタシ達、ジガルデコアの宿主同士が」

 

「どういう風の吹き回しだ? それとも、裏があるんだって言いたいのか?」

 

 ダムドの疑念もよく分かる。コア同士は敵対する運命のはずだ。それなのに、組むなど理解が出来ない。相手もそれは心得ているのか、うんうんと頷く。

 

「分かる分かる。だって、周りは全部敵って不安だもんね。でも、こうは考えられない? アタシ達コアの結束が強くなれば、それこそ無敵。実際、セルの媒介者を二人も連れていても、コアのアタシ一人にアンタは陥落させられた。それって結局は、コアの数が戦力の絶対指標って証明したようなものじゃない」

 

「……この戦いそのものが自分を売り込むためのプレゼンかよ」

 

 相手は指を弾き、声に張りを持たせる。

 

「エクセレント! 分かってるじゃない。そう、セルがどれだけいたって、結局はコア一体に劣る。なら、コア同士で密約を交わしたほうが、この先戦いやすいとは思わない?」

 

 リコリスの言葉は表層では理解出来る。確かにセルだけをいたずらに集めたとしても、それはたった一体のコアの力一つで容易に覆されてしまう。それが、延々と説明されるよりも、結果論で示されてしまった。

 

 ――セルの仲間は不要。居たところで役に立たない。

 

 全て結果論だ。しかし結果論だからこそ強い。結果と言う抗えない一に対し、自分達の持ち得るものは人間同士の繋がりと言ういつ瓦解してもおかしくないもの。

 

 ならば、ここは太く短く……。そう考えが帰結してもおかしくはないのだ。

 

「……何てこたぁねぇ。自分達で仕掛けるのが不都合だから、味方が欲しいってワケかよ」

 

「どう捉えてもらっても結構。でも、よく分かったはずよ。身に染みて、ね。こうしてセルで操ってしまえば、アンタ達は簡単に倒せない相手に直面する。そういうのって弱点って言うんじゃないの?」

 

 確かに自分にはノノとネネを倒せない。ダムドの助けがなければ全滅していただろう。

 

 ――だが、それは……。

 

「……分かってねぇな、ハートのコア。言ってやる。それはオレ達の絶対じゃねぇんだよ」

 

 ハッと意識の内側でエイジは面を上げる。ダムドはそのままリコリスを指差していた。

 

「オレとエイジの交わした絶対は、そんな損得勘定で動くほどに脆くはねぇ。それ理解してねぇ時点で、テメェの交渉条件は下策なのさ。オレ達に、許してはいけない一線を踏ませた。そのツケぇ、払ってもらうぜ」

 

 敵対の言葉を発したダムドに対し、自分だけではない。リコリス達も驚いているようであった。

 

「手を……組まないんだ? そう捉えても?」

 

「勝手にしな。オレ達に交渉突きつけるって言うんなら、そもそもこの双子を駒にすべきでもなかったな。その時点で――オレとエイジの誓った絶対に、テメェは唾を吐いたんだよ」

 

 ダムドの言葉は自分以上に――自分をよく知った言葉であった。損得に流されるのならばここでリコリスと組むのは何も悪ではない。だが、彼は自分の「絶対」の線に入った相手を許さないと断じた。その時点で相手は敵なのだと。

 

「絶対に唾、ね。そんなにこの子達が大事? だって、ちょっと記憶を覗いたけれど、知り合いレベルなんでしょ? そんなのに流されてここで決断を踏み誤るよりかは、最終的な勝利者にこだわったほうがいいと思うけれど?」

 

「ああ、確かに……エイジと会わなけりゃ、こいつに、何度も命を預けなけりゃ、そう思っていただろうよ。でもな、今回ばかりは違うはずだぜ。エイジもこう言うはずだ。テメェはオレ達を、マジにキレさせた」

 


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