平成の終わりだし伝説の平成のアイドルをガチ推ししてた少年の話を書こうと思って5分で挫折した話 作:エステバリス
なんじゃーい、この話どんどん最初の主題から逸れてっとるじゃろがーい。
結局
9年のドルヲタブランクなど言いわけにもならない醜態を晒してしまったのだ。穴があったら入りたいなんてものじゃない。
「愛ちゃん……アイチャン……」
なにより彼女は水野愛にそっくりすぎて心が折れる。心の力になるのと同じくらい折れる。
「……でもなあ。チェキの時も、ライブの時も感じた心がバっと燃えるような感覚が……」
あの感覚をもう一度確かめたいという自分がいることも事実だ。あとなんやかんや水野愛そのものの彼女の顔を見たい。生で。
無気力だった一が『これをしたい』と確固たる目的を見出したことは、彼にとって大きな一歩である。
ただ肝心の一自身がそれを認識していないだけで。
『おい一ェ! 風呂空いたぞ!』
「……んー。皆先入って~。俺ちょっと愛ちゃんとデートしてるから」
『……お母さん! お父さん! 一が9年ぶりに壊れた!』
こういう悩みをゲームやりながらしてなければ完璧だったと思う。
◆◇◆
他方で、サガのどこぞに居を構えるフランシュシュメンバーの家。あるいはゾンビィ屋敷。
やっぱりというかなんというか、その日は奇行をやらかした一と愛の話で持ち切りになっていた。
「……どう、思う?」
「告られたっつー話だよなぁ。つーかこれ、愛のこと名前で呼ばれたんががばいマズかとやな」
彼女達はまさしくゾンビである。過去に死んで、彼女らのプロデューサーを名乗るよくわからない男、巽幸太郎の手によって蘇った。
つまり、一が告白した
「いつかはリリィのお父さん以外にも元々の私や純子のファンが来るって思ってたけど……まさかこんなに早く来るなんて思わなかったわ」
「ですね……」
彼女達がアイドルユニットとして発足した時から幸太郎から再三に念を押されていたが、彼女達はかつて死んだ人間だ。仮に一のような一般市民にゾンビということがバレてしまえば、それはもう色々とただ事では済まない。
なので、大問題。過去にこの手の問題と直面したことはあるためノウハウがないわけではないが。
「顔は覚えてるから、今度またライブやイベントに顔を見せたら私がなんとかするから安心して」
愛はそう言いながら布団を敷き出す。時間は現在午後10時30分。ゾンビである以前に年頃の少女である彼女達にはお肌のダメージは欠かせないのだった。
◆◇◆
あくる日。一は佐賀県鳥栖市のとある定食屋に居た。
佐賀県は親子丼も有名で、有田鶏の美味さは特に筆舌にしがたいものがある。文字化するとすれば、やはり鶏肉烏有の臭みがないことだろうか。ハーブをキメて育った鶏である。無論最高に美味しい。唐揚げも親子丼も最高なのである。
「はぁ……」
が、だからといって、そんな最高な食事をしていても気分が晴れるわけではない。美味いものはあらゆる悩みを解決し得る最強アイテムであることは事実だが、その最強アイテムである鳥栖の有田鶏のから揚げ&親子丼の魔力でも一の水野愛ノスタルジーは解消できなかった。
一の目の前にある親子丼はその半分の量も食べられてはおらず、心此処に在らず、といった風に件のゲームで水野愛とラブロマンスを繰り広げていた。
「……愛ちゃん……」
気持ち悪かった。一はライブ以降口を開けば愛ちゃん愛ちゃんと、ストーカーみたいなことばっか言っていたのである。
ガラリ、と定食屋に誰かが入ってくる音がする。現在時刻は午後12時30分。席はほとんど埋まっている。
「――お隣、失礼します」
ただ一つ、一の隣の席を除いては。
一の隣に座ったのはスーツの男だった。蝶ネクタイと赤いベストにマントのように着こなした薄手のジャケット、そして目が全く見えないくらいに真っ黒なサングラス。控えめに言って食堂とは不釣り合いな恰好だ。
「ああ、どうぞ……」
男は一の隣に腰掛けると、一通りメニューに目を通してから有田鶏のから揚げと親子丼。それに焼き鳥を頼んだ。
暫くの間、彼は無言で『ゾンビでもわかるマネジメント術』なる本を読んでいたが、少ししてゆっくりと口を開いた。
「……差し出がましいことを言うようだが少年。親子丼が冷めてしまうぞ?」
「え? ……あー、そうですね……でも、食欲湧かなくて」
「ふむ……」
男はパタン、と本を閉じる。話し掛けてきた男に目も向けず、
「……何かあったのか?」
「初対面の人に話すような話でもありませんよ」
「それもそうか」
ばったりと、二人の話は止まった。それから暫く時間が経つと、男の席に彼が注文した親子丼、焼き鳥、唐揚げが姿を現した。
「……ふむ」
男は一通り並んだ定食に一瞥すると、勿体ぶったように一に視線を移す。
「少年。キミが何に悩んでいるかは俺にはわからん」
「………?」
口に親子丼を含む。勢いよく食べたりはせず、行儀を良く作っている。
外面は大事、ということなのだろうか?
「一度何か日記のようなものに自分の感情を書き連ねるといい。相反する本音も全て、書くんだ」
案外アッサリ、整理がつくかもしれんぞと食事を続ける。
「一度冷めたものを暖めても、暖め直しはブランクができてしまう。以前のようには実直になれないこともあるだろう。
だが、仮にそうしたことで整理がついたのならそれでいいじゃないか」
ネギとラー油を親子丼にかける。「おお、初めてながらなかなか美味そうだ」と呟くと、男はそれをなんの躊躇いもなくばく付く。
「ぬっ……!」
一口食べて、箸が止まる。サングラス越しでもわかる明らかな同様。
(う、うまーっ! ありたどり特有のアッサリとした臭みの無い味にネギの甘味としゃっきり感、そして何よりラー油の辛味が奇跡的な噛み合わせを見せているんじゃーーーーい!!!)
少々ラー油をかけすぎてしまっただろうか、男の舌は辛味の危険信号を出していた。
(だが! この辛味がネギの甘味と溶け合って口と手を進める気にさせてくる!
いかんぞ……これはいかん! 唐揚げにもラー油をかけたくなる!)
男は感情のままに暴食を始める。ラー油アリとラー油ナシ、それぞれの味を存分に楽しみ、鶏肉が更なる鶏肉を加速させていく――
(これはよくない。死ぬほどアルコールを求めてしまいたくなる! 鳥栖から唐津は電車を使っても二時間余りの時間を費やしてしまう距離、ここで酒を飲んでしまうわけにはいかん!)
男は断腸の思いでアルコールのないサガのおいしい水を飲むことによって自制心を働かせる。一心不乱に鶏、鶏、鶏に立ち向かい、やがてその器も、皿も空にしてしまった。
「少年、感情に整理がついたのなら見方や考えを、何かを使って変えてみるといい。
キミの心に居着く停滞を良しとする感情も、それを受け止めて新たなる道へと向かわんとする感情もまた、キミだ」
「……あの、貴方は……」
「俺はただのしがないアイドルプロデューサーだ。存在そのものが風前の灯となったサガを救う、ただのプロデューサーだ」
男はそう言うと、代金を払って立ち去って行った。
残された一は彼が使ったラー油の保存容器と自分が食べ残している親子丼を一瞥して、ラー油をかけて食べ始めた。
「……辛っ」
一人目のガチ推しへの想いに踏ん切りをつけて、二人目のガチ推しを始めようと思った瞬間だった。
◆◇◆
これは決して、アイドル達の物語ではない。そして別に、過去に囚われた少年が踏ん切りをつけるとかそういう大した話でもない。
「今日もライブに来てくれてありがとう! それじゃあチェキの方を……あ」
「あ、その……この前はごめんなさい。3号さん」
ただ、謎のアイドルプロデューサーがサガでグルメ歩きをする話に偶然一人の少年がかち合っただけの、伝説のアイドル達がサガを救う物語の、ひょんなことから彼女達を推すことになった少年の片隅の出来事である。
「3号さん、フランシュシュの皆さんと頑張ってください。応援してます」
「うん。私達で伝説の令和のアイドルグループになってみせるから、応援してて」
その日、彼もまた伝説を生む彼女達のファンになったのだった。
FOREVER平成。FOREVERサガ。
WELCOME令和。WELCOMEサガ。