ハリーと時間のロード 作:長身灰色目隠し青色系
ヘルミオネが10歳になった日に聞いた話だ。
普段は自分に関心がなさそうな母がその日は特別優しかった。お昼からお酒を飲んでいたのか、もわっとお酒臭かったが、その時のヘルミオネにはあまり気にならなかった。
ヘルミオネは、シングルベッドに詰めたその狭さが嬉しかった。ただ暑かったので冷房はいつもより効かせた。
17時半になっていないくらいの時間。寝物語に、母は昔話を自分に聴かせてきた。
ーーむかしむかし、あるところに愛し合う2人がいました。
黒髪の女は、それはそれは美しく正に私のようでした。
白髪の男は、それはそれは巨大で正にダーリンのようでした。
歌うように話す母に、ヘルミオネは幸せな気分になった。
でもダーリンって?ヘルミオネには、おい、とかおまえ、とかしか母が父のことを呼んでいた記憶しかない。
ーーしかし、そんな2人を引き裂こうとする低俗で下品極まりない害虫が現れました。
ラブラブな2人はラブパワーで害虫を撃退しましたが、しつこい害虫によりその命と引き換えに強力な呪いをかけられてしまったのです。
その呪いとは、2人の子孫に作用する呪いでした。なんて意地汚く、そしていやらしいのでしょうか。
2人は名のある一族の人間で、不幸なことに正当な跡継ぎは彼ら以外にはいませんでした。呪いの事を聞いた2人の一族は当然、2人の結婚に反対します。
だから2人は………………
母はそこで寝落ちしていた。
ヘルミオネも話の途中から眠たくなっていたので、寝た。昔から18時には必ず寝て朝の6時まではベッドの中だ。
母には悪いが話自体、正直すごく面白くなかったのだ。
呪いなんてもの、あるはずがないと思っていた。
しかし、次の日にヘルミオネは気づいた。あれは母の、自分に対する優しさだったのではないかと。呪いなんて言葉を使って、母は自分を慰めていたのだ。
そして…もしかすると、自分の体が呪われているのでは?と疑問に思ったのもこの日からである。
「クルーシオオオウ!!」
ばーん!
窓から差し込む朝日を浴びながら飲むホットミルクは格別だ。そこに甘い蜂蜜を垂らせば至福である。
向かいの席にはコーヒーのカップが湯気を立てているが、見向きもしない。大人ってあんな苦いのよく飲めるよなと、ヘルミオネは香ばしい香りを遮断すべく鼻をつまんだ。
「痛っ、痛いじゃないか。朝からやめろ」
「あああああ!!クルーシオ!クルーシオ!クルーシオ!!」
トーストにマーマレードをたっぷりのせて一口さくり。
ヘルミオネは無言だ。口は休むことなく、忙しく動いている。
「気はすんだか。これを飲んで落ち着け」
「クルー…っく。〜っ馬鹿!馬鹿!馬鹿っ!やめてって言ったのに!」
休日の朝限定で起こる一幕は、ヘルミオネが朝食を済ませた頃には終わっていた。
母が無闇矢鱈と父をつつき回していた杖は、既に父の懐へと収められている。
「遊んでくる」
「ワォ」
「ニャ」
「ああ。夕食までには帰ってくるようにしろ。気をつけて」
「ぁぁ」
父の忠告に、ヘルミオネは気怠げに返事をした。
犬はカーペットに寝そべって目を閉じた。猫はヘルミオネの後を追った。
母は自称魔女である。
物心ついた時から母はそう言っていた気がするので、それこそ赤ん坊相手にも同じことを言っていたに違いない。
母は魔法が使えるらしい。しかしヘルミオネは見たことがない。
父相手に杖を持ってクルクルやっているのは週1、2で目にするが、あの杖は勿論おもちゃであるので何も起きはしない。精々、音が鳴るくらいである。
ヘルミオネも幼い頃は、あの杖が羨ましくて強請ったこともあった。しかし、母が貸してくれたことはなかった。父には適応されないようだが、自分が触れようとすれば歯を剥かんばかりだ。
ヘルミオネは母の大事な大事な杖には一度も触ったことがない。
(もう11だしおもちゃの杖になんて全然興味なんてないし別にいいけど。)
別にいいのだ。
ヘルミオネに対しては基本的に無関心に見える、それどころか他人とは一言も話さない母であるけれど父だけは別だ。
父は大きい。母もそれなりにいろいろ大きいが父はまあまあ規格が違う。2メートル10センチ以上もあるうえ、全身に筋肉の鎧を纏っているハンサムな華の45歳。
バツイチってこの前知ったヘルミオネだ。ふーん、で?って感じだった。
今年三十路の母は180ないくらいである。そんな両親の間に生まれたヘルミオネの現在は180は超えている。去年の測定でそれくらいだったから。
父はビジネスマンでありながら、我が家では家事全般を担当している。普段はヘルミオネも自分の分の洗濯くらいと、休暇中は夕食当番だ。
母は家のことは何もしていない。父が家にいない時間は日柄地下室にこもっている。
父が短期出張の時も、母は父についていって家には母の仕事仲間らしいレジーさんが来たりしていた。
母は普段は気取っているが、その実、父にベットリだ。母は父がいなければ3日として保たないんじゃないだろうかとヘルミオネは常々考えている。
「ハリーハリー、フットボールしよう」
隣家のダーズリーさんとこのドアの前で友達を呼ぶ。
別に叫ばなくてもいいのだが、いつのまにか日課になっていたのでとりあえず叫ぶヘルミオネ。
一度返事があってから始めたリフティングが50を超えたところで、ハリーが家から出てきた。
ヘルミオネはドアの隙間から朝食に励んでいるもうひとりを目にした。
今日はダドリーは来ないようだ。アイツは100回に1回参加する。
「おはようハーミー。今日はどこに行くの?」
「とりあえず走ろう」
「オッケー、いつも通りだね!飛ばしてこう」
「「いえー」」
「ボール置いてくる」
ハリーがボロくてツギハギだらけのボールを戻しに行った。開いたドアの隙間から引きつって笑っているダーズリー夫妻が見える。それをチラリと見たハリーは悪どく笑っていた。
ヘルミオネとハリーは今日も元気に町へと繰り出した。
夏休みなのだ。来年のハリーの全寮制の学校への入学は阻止されたが、明ければもう、きっとこんな風には遊べないと、ヘルミオネは知っていた。
電車に乗って都会に赴き、裏路地の壁を抜けた先には別世界があった。
街並みは妙に古めかしい。そこには特殊な姿をした方々がひしめき合っていて、異様な雰囲気を作り出している。
「すっげ」
「ハリーハリー、1番乗りはお前に譲る」
「ちょっやめて!力強いんだから押さないでよ!」
抵抗をみせるハリーを、ヘルミオネはじわじわと押し込む。いつも新しいポイント見つけたら1番とっちゃうというのに、許せないやつだとヘルミオネは気持ち力を強めた。
「びびってんのかよ?」
「違うって!びびってるのハーミーだよね」
中々抵抗する。チビのくせに。ヘルミオネは舌打ちした。
ヘルミオネとハリーの押し合いは続く。
ハリーの指摘は的を得ていた。
ヘルミオネは恐れおののいている。レンガの向こう。母と同類の方々がいらっしゃることに。母は大丈夫でも、知らない他人なんてという線引きがあった。
行きたくない。しかし興味がないかと聞かれたら、ある。つまりハリーに任せようと考えたのだ。
そしてつい、力を入れすぎてしまった。予想外の抵抗に加減を忘れてしまったのだ。
軽く30センチ以上は差があるヘルミオネに小柄なハリーが敵うはずもなく、ハリーはポーンと容易く異境へと飛び込んだ。
ハリーが尻餅をつく。ボインボインとトランポリンに乗った時のように跳ねる。
ヘルミオネは慌てない。
ハリーのお尻のクッション性は抜群だ。おかげでハリーの尻が3つにも4つにも割れたことはない。
「ああっ」
何かがキーになったのか、適当に触って突然オープンしたレンガ群が元に戻っていく。
「ああー!!?ヘルミオネー!!」
閉じていくレンガの向こう側で、ハリーが大口を開けて叫んでいる。周りの奇々怪界とした格好の人らの目も独り占めだ。
巻き込むなと、ヘルミオネはハリーを冷たく見下ろした。
しかし、置いて帰るつもりはヘルミオネにはない。例え世界がひっくり返っても、置いてはいけない。
ヘルミオネにとって、ハリーは大切な友達である。友達イコールハリー。
ハリーとは、プリペット通りに引っ越してきた5歳からずっと遊んできた仲だ。
学校の子たちは、知り合ってそんなに経ってないから友達になっていない。というわけでもない。
ハリーとは、そうしたいから一緒にいる。
しかし、思っていたよりも速度があり、無情にもレンガは閉じてしまった。
最後に見えたハリーの顔を思い出してにやけながら、壁を伝ってレンガ壁の上へとヘルミオネは降り立った。
何もない。
またいつものトラブルかと納得して、服の中に手を入れようとしたところで、レンガがウゾウゾと動き始めた。
レンガが開けると、ハリーが笑いながら堂々と立っていた。丸レンズの奥にある目は笑っていない。
「ようこそ、魔法の世界へ!」
「…ああ、うんイエーイ」
やけになったみたい叫んで、笑った。
ヘルミオネは、いけないことをしている気分になって楽しくなってきた。しかし、こんな場所いつできたんだろう。母が知ったら行くんだろうな、おそらく。
エライところに来たな、とヘルミオネは目を回して歩いていた。
看板には蝙蝠が垂れ下がり、決して嗅いでいたいとは言えない匂いが充満している。あっちのショウケースにはただの箒1本が宝石のようにかざってある。
(歩いている奴らの大抵も…あれだな、イカした格好しているし…でもあのとんがり帽子は欲しくなってきた。)
しかし、今はそんなことよりもだ。
「おうハリー!俺のことは覚えちょるか!?前に会った時は、お前さんはほんのこれくらいだった。しっかしここにいるってことはもう誰か迎えにいっとんたんだな!」
「うんうん、ところでキミは?僕ハリー、よろしく」
「おおー!これは俺ってやつは大事なことを忘れちょったな。ルビウス・ハグリッド、ホグワーツの森番しとる」
「よろしくハグリッドさん」
「さんだなんて!お前さんと俺の仲だろう!」
「じゃあ、よろしくルビウス」
「ルッ…おっ…おう、ハリー」
どんな仲だ。ハリーは初対面の筈の大男と一瞬で仲良くなっていた。
大男の方はハリーのこと知っていたらしいが、ヘルミオネの記憶にこんな大男はいない。おそらく、ハリーも話を適当に合わせているだけだ。声色が悪戯めいている。
向かいから歩いてきた、正体不明の汚らしい大男が、ハリーを目にした途端泣き出して、ハリーを知った風に一方的に話し始めたのだ。
そんな大男を前にハリーは面白そうに相槌を打っていた。
ヘルミオネはヒゲか髪か、とにかく毛もじゃの大男が怖くてチビのハリーの後ろで背を丸めていた。3メートルはゆうにある上に体格もこの前テレビで見たイエティのようだ。
(こわい。)
何かあるかもしれない。ヘルミオネの左手は服の中でウロウロしている。
「そうだ!学用品もまだだよなハリー。こんまま銀行で金おろしてくるか。で…そっちのは友達かハリー?でっかいな」
大男はたった今、ヘルミオネに気づいた風に言った。
「うん、親友のヘルミオネ・ホワイトニング。ハグリッドのこと少し怖いみたいだけど、すぐに慣れると思うからから気にしないで」
ハリーが手を上げてヘルミオネの背中を撫でる。
ヘルミオネは冷たい眼差しでハリーを見下ろした。親友と言われて嬉しかったのだ。
「はっはっは!お前さんそんな図体しちょるのにか!」
浸っていたのに台無しである。
ヘルミオネは憤慨して舌打ちした。
(何笑っているんだ。いくら大きいからっていっても、お前なんかパパがいれば一発だオラ。)
「うわぁ」
大男に連れられてきた建物にはまず変な生き物がいてそのあとトロッコに乗った。しかし、そんなことはどうでもよくなった。
大男が道中に話していた魔法使いと魔女とか自分とハリーが今年ホグワーツとかいう場所に行くとか不穏な内容だった。ハリーならまだしも、しかし少なくもヘルミオネは自分を魔女とは思えなかった。
大男の金庫に寄った後に入ったハリーの金庫らしい場所には、部屋中輝かんばかりの硬貨で埋め尽くされていた。
「いいないいなぁー。ハリーハリー…親友だよな?」
ヘルミオネは普段は出さないような声を無意識のうちに出して媚びていた。金の魔力とは恐ろしいものである。
「そうだね。親友のハーミーになら」
ハリーはそう言って、両の手の平いっぱいの金貨をヘルミオネにポンと渡した。
(やった!さすがハリーだ!嘘だろ。)
3歩で正気に戻ったヘルミオネはにっこりとしている親友に愕然とした。
「…」
「え?足りなかった?まだいる?」
「……や、今日の服にはポケットがないから…だから、また今度でいい」
「そう?それならいいけど」
ハリーはヘルミオネが返した金貨を豪快に、ポケットいっぱいに詰め込んだ。
大男も満足げに頷いている。
こいつはハリーの金庫の鍵も尻ポケットに入れていたくらいの奴だ。信用ならないとヘルミオネは警戒した。
「ところでお前さんは金庫に寄らんでいいのか?金はいくらある?杖は持っとんのか?」
「家にある」
母のが。
ヘルミオネは考えた。
おもちゃだと思っていたが、こんな場所もあるし大男の半信半疑の証言もある。母は、本物の魔女なのだろうか。
そうだったら嫌だな。急に現実感が出てきて、ヘルミオネの心に不安が生まれた。
「そうかそうか」
大男は納得した様子でそれ以上ヘルミオネに何も聞いてこなくなった。初対面から思っていたが、ハリーに比べて自分への態度が適当な気がする。チラチラと何かをそっと窺うような視線も投げかけてくるのが気に障る。
この後、ヘルミオネは何気なく大男に母が父に向かってやっているクルーシオについて尋ねた。
怒鳴られた。
(うるせえ。くそ怖えよ凄むなよ大声出すなよ。初めてだ、こんな怒鳴られたの。
何なのか聞いただけなのに。)
「チッ、あの○○野郎…」
「よーしよしよし」
「やめろ……くっ」
「うんうんよしよーし」
街並みの隅にポツンとあったベンチでヘルミオネは大男への復讐心を滾らせていた。内心しゃくり上げていた。自称鉄の心を持つヘルミオネでもあんなにされたら、さすがにあれは泣く。しかし意地でも表には絶対出さない。
(本当に何考えているんだあの○○野郎。復讐してやるからなあ)
ヘルミオネは口元に現れたフルーツジュースのストローを吸いながら誓った。
顔は両手で覆ったままである。
「うめぇ」
「全部飲んでいいよー」
無言のまま、チビチビとストローを吸う。
「おや、どうしたのかな」
聞き覚えのない声がしたので、両手の隙間から覗いてみると男性が1人、心配そうな顔で立っていた。普通だ。服装も普通。いや、もしかしたら肌には母のようにイカしたタトゥーを彫っているかもしれないから油断は禁物だ。
ヘルミオネは、ネックレスにそっと手をやる。
「えっと…僕たち、ここで人を待っているんです。ハーミーが泣いているのは、いつものことなので」
「!…ああ、そうかよかった…?その、君もホグワーツという学校の子かな?」
「はい。なんか今年から通うみたいです。僕はハリー・ポッター、こっちはヘルミオネ・ホワイトニング」
ヘルミオネは常々思う。
自分も鉄の心を持っているが、ハリーは父の筋肉並みのハート所持してるんだよ、と。
(でも、確かになんかだけど、なんかってハリー。寮暮らしするのかよ。)
「どうもご丁寧に。グレンジャーです。私は、ここの世界でいうマグルだよ。普段は妻と歯科医だ。でも、娘には魔女の素質があったらしくてね…娘の名前はハーマイオニー。君と同じだね」
グレンジャー氏はニッコリと微笑んでヘルミオネを見た。
(この人、いい人かもしれない。)
この人が言うんだ。魔法って本当にあるのかもしれない。
そしてヘルミオネは落ち込んだ。せっかく寮制の学校への入学を阻止したのに、ハリー行っちゃうのかと。
「うう…む」
もうこれで何本目だろうか。ヘルミオネは杖を振り振りしていた。
実は家族と引率の先生と逸れて絶賛迷子中だったグレンジャー氏を伴い、ハリーとヘルミオネ魔法使いの杖のお店に来ていた。
大男とはまだ合流していなかったが、ヘルミオネは気にしなかった。ハリーにしても、大男のことを何も言っていない。
「…ハリー、これ魔法使えないパターンだ」
「大丈夫だって」
「でも…もう帰ろ?」
「ハーミーも使えるよ。前、1回だけ一緒にお尻クッションの魔法使ってたじゃん」
「あれ魔法かよ」
「今思えばね。お尻はボールみたいに弾むし、ハーミーが僕の散髪失敗した時だって次の日には元どおり。蛇とだって話せる。ね、魔法みたいだろ?」
得意げな顔で、ハリーはお尻をふりふりと強調した。
今でこそ、そこそこを自負しているヘルミオネだが、やっている人見て衝動的にパルクール始めた頃は、かなりの頻度で転んだり落ちたりしていた。しかし怪我をしたりは、
しかしポヨンと、さっきのハリーのように衝撃を吸収してくれる何かがあった覚えはない。普通に痛かった。
ハリーにしても、初めの頃は事故で意識不明になることが多かった。
(3回も死んじゃったな…。)
ヘルミオネにとって、ハリーの死だけは慣れなかった。しかし、それも1年も経てば次第になくなってきた。怪我はするが、大きなものはない。ハリーの体はお尻を始め、クッションが利いてきたからだ。
この前は地下鉄の下の線路に落ちたハリーだが、そのまま跳ねて戻ってきた。
ヘルミオネは、てっきり世界が優しくなって、自分たちを生かしてくれているんだと思っていた。ハリーとはそう納得していたし、怪我を考えることなくやれたから、ここまで動けるようになった。
しかし、確かに自分も跳ねていた。魔女である可能性がある。
(そうだ、杖が無くても魔法って使えるんだ)
ヘルミオネは前向きになった。
久しぶりにその場で尻餅をついてみると、ボヨンと跳ねてその勢いで立ち上がった。
「ほーらね」
「あーホントだ、ああ」
そのままハリーと一緒にボヨンボインと跳ね続ける。
「ここまでか、ここまでなのかオリバンダー…がんばれがんばれオリバンダー…」
ヘルミオネは気味悪げに横目で目にする。老人がブツブツ言っている。
しかし、ハリーは1本目で見つかったのに、もう50本は振ってるんじゃないだろうか。
もうないならないでいい。ハリーのように、室内で竜巻を起こしたいとは思わない。ヘルミオネとしは、お尻クッション魔法をできただけで満足している。
「この娘…もしや…いやしかし魔法力はある……単にハナクソレベルしかないのか…」
ブツブツ言い続ける店主から出た、聞き流せないフレーズをヘルミオネの耳は捉えた。
(ハナクソって、なんだ。)
しかし、それでハリーと同じように跳ねていられるのだから、自分には才能があるのかもしれないとヘルミオネは考えた。低燃費の才能が。
いや、それよりも店主の状態が気になり始めたヘルミオネ。店主はプライドが砕かれたやつの顔をしている。
グロッキー状態だ。無理はよくない。
「……ハナクソならば…もしや…あれが…いやしかし…」
「……」
「まあまあハーミー。落ち着いて」
自分は落ち着いていると、ヘルミオネはハリーの手を払った。
じいさんは奥に行ってすぐに戻ってくる。その手にはお菓子の箱らしきものがあった。
「これならば…」
店主は、見たままのお菓子の箱からヘルミオネの小指ほどの木の棒を出した。
何故かずいずい差し出してくる店主に、ヘルミオネは顔を歪ませた。
いくらお腹が減っていると言ってもそんな怪しいものは食べるつもりなんてない。
我が家の食事は基本的にオーガニックなのだ。それはきっと自分の口には合わないと、ヘルミオネは店主を睨みつける。
「芯は…拾ったなにかの……木の材質は…これも…何なのかわかりません…」
「…ぶほっ」
(正気か。やっぱりこれって杖かよ。)
吹き出すハリー。店主は気持ち悪いくらいにブルブルと小刻みに震え始めた。
「若い頃、暇つぶしに作ったやつなんですよ…もうこの杖が無理ならば、申し訳ありませんが私めには力になれそうもございません…」
「プクク…」
もう見ていられない。ヘルミオネは顔を背けた。
背けた先にいたハリーは、笑いを堪えてブホブホ言っている。楽しそうだ。もう我慢しないで笑ってやればいいのに。
店主は錯乱した感じの目をして、つーと涙を流し始めた。
というか、あくまでこれを杖と言い張るのか。こんなのヘルミオネの手で握ったら先っぽも出てこない。
しかし店主のあんまりな様子に、ヘルミオネは木の棒を嫌々受け取るしかなかった。
当然、振っても何も起きなかった。知っていた。
ヘルミオネがタダで専用の杖を手に入れて店を出れば、見覚えのある大男が通りに見えた。一緒に他にも人がいる。
いかにも魔女っぽい中年女性に、普通の服装の女性と女の子。
「あ!パパ!どこに行ってたの!?」
女の子が悲鳴のような声を上げてグレンジャー氏に飛びついた。迷子になったグレンジャー氏を心配していたのだろうとヘルミオネは納得する。
向かいにいるグレンジャー夫人だろう女性もホッと息を吐いている様子だ。
「ごめんよハーミー!愛しい僕のハーミー」
「もうパパったら……っ!?」
ヘルミオネと女の子の目がばっちりと合う。
ハーミーちゃんが自分たちに気づいた様だ。ヘルミオネはニヤリとした。
ハーミーちゃんは、パッと離れていく。グレンジャー氏は名残惜しそうな顔をした。
そして。
「あなた方は、どうやってこのダイアゴン横丁にきたのですか」
消沈した様子の大男を背後に携えた魔女が、キレ気味に話しかけてきたのだ。
ここでヘルミオネとハリーは悟った。この辺りが潮時だと。いや、ヘルミオネ自身はただ事態に流されていただけだ。潮時も何もない。
魔女を前にして、まさか「パルクールしていたら…」とは言えない雰囲気だ。
言葉を間違えたら、その辺を歩いている猫の姿に、魔法で変えられてしまうかもしれない。
(どうしよー。)
しかし同時に、ヘルミオネは猫になってみたい気もした。
中年魔女が訝しげな目を向けてきている。ヘルミオネにだけ。
ハリーがヘルミオネを庇うように魔女の前に立つ。上は大部分はみ出してしまっている。
魔女の顔から険がとれて、目をパチパチさせていた。さすがハリーと、ヘルミオネは称賛を送った。
しかしやはり念のために。ヘルミオネは素肌から下着と肌着を挟んだ上にあるネックレスへと、下からこっそりと手を伸ばす。
『ーーーー』
ヘルミオネ以外には、聞こえない音。服の上からは大丈夫なのに、直接触れると聞こえてくる。少しだけ気分が悪くなるヘルミオネだ。
しかしあくまで、至って普通の小さな砂時計。
母から貰ったこれのお陰で、ヘルミオネは今もこうして生きている。ハリーだって生きている。ダドリーだって、シルだって、レグだって、そして母だって。
魔法なんて超常のものに比べたら、1分だけ前に戻るだけの、ただの普通の砂時計。ヘルミオネは、そう思っている。