提督が『絶対魔獣戦線バビロニア』鎮守府に着任しました!   作:乃伊

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A.D. 2003

>> [ 1/2 ] A.D. 2003 未明青春切符ミステリーツアーズ(ご予約承り中!)

 

 

 イタリア半島の秋は、紅葉に染め上げられる色彩こそどこか日本に似ていても、その地形や空気感、空の色など他のあらゆるものが故郷から離れた異国であることを強く認識させる。

 

 俺が日本を離れてから、およそ半年が経っていた。

 

 渡航から今日までに起きた出来事は、後で語らせてもらうとして。

 留学歴半年にならんとする俺は今、バチカンに総本山を置く『教会』の大聖堂を見上げながら、その手前の公園の片隅に所在なく座っていた。

 

 公園などと言っても、日本の町中で見かける建物と建物の隙間を埋めるように造られた小さな空き地とは全く違う。とにかく広いのである。石畳が一面に広がる空間を、高く聳える石柱と壁が包んでいる。壁の上には聖人像と思しき彫刻の数々。切り取られた空の青。古きローマ帝国の皇帝ネロをここに連れてきたなら、喜んでコロシアムを始めるのではないだろうか。いや、あの教会が選りにも選って『彼女』を近づけるはずもないか。

 

「そんなところで何をしている」

 

 低い、老いた声が掛かった。

 待ち人来たれり。俺は立ち上がると、声の主……年季の入ったマフィアめいて迫力ある容貌のカラボー・フランプトン神父に歩み寄った。

 

「日陰で休んでいました。御用はお済みで?」

 

「ああ。帰るぞ」

 

 そう言うと神父は先に立って歩き出す。俺も、慌ててその後ろをついていく。

 あいにく日本育ちの俺には黄色人種(モンゴロイド)以外の外見から歳を測ることはできないが、カラボー神父の齢は70を超えているだろうか。黒色人種(ネグロイド)である。シワの多い黒の肌に総白髪、サングラスで隠された目の片方には大きな切り傷があって一際恐ろしげだ。

 

 外見が怖いからといって中身も怖いかというと、必ずしもそうとは限らない……とは、孤児院に残してきた姉妹らがかつて強く主張していたことだ。あの言峰綺礼を見てよくそんなこと言えるな、とも思うが、道を踏み外した外道神父を知っているのはこの世界で俺一人。俺が生きる「現実」を見るならば、間違ってるのは彼女たちじゃなくて俺の方である。

 

 だがまあ「現実」においても、お仕事形態すなわち代行者モードになっている綺礼師兄を我が親愛なる姉妹たちは知らないので、実質的には一勝一敗のイーブンだ。

 やたら速い歩調で、後ろの俺を振り返りもせずに歩いているカラボー神父もそうだ。小さい頃から何度も会ったことがあり、今では留学中の俺の身元保証人にもなってくれている彼は、一個人として接する分には気難しげなお爺さんでしかない。だが、もし彼の目の前に吸血鬼でも現れようものなら、速やかに冷酷無比な戦闘者としての姿を露わにするのだろう。綺礼師兄や璃正師父も、日常とお仕事はきっちり分けて、異端ならば然るべき処分を下しにかかると思われる。

 

 

「11月の末。一週間ほど予定を空けておけ」

 

 石畳の道をしばらく歩いただろうか、不意にカラボー神父がそう言った。

 

「学校は大丈夫だと思いますが……何か?」

 

 そう答えると、(驚くべきことに)カラボー神父はくつくつと笑ったようだった。どうも、相当に機嫌が良いらしい。

 

「……魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)だ。先程、教会から乗車の許可が降りた」

 

「!」

 

「ロンドン発ロンドン着の予定になっている。英国への渡航準備も済ませておくように」

 

「わかりました」

 

 素直にお返事する俺。

 一週間の学校強制お休み期間がぶち込まれたかたちではあるが、これは意外と問題にならない。というのも、俺の留学先は教会直属と言っていいくらいの学校であるからだ。神学校でこそないが、教会の人間の都合であれば、ましてそれが留学中の俺の身元引受人であるカラボー神父の都合であるならば、多少の無理くらいは聞いてくれるのだ。

 

 今日この大聖堂を訪れたのも、教会の担当者と打ち合わせ的なことをするためだったのかもしれない。教会の仕事であるなら一般人であるはずの俺をわざわざ連れて行く理由もないだろうが、その辺はやはり、俺も普通じゃない眼を持っていることが関係しているのだろうか。

 

 

 ……魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)ねぇ。

 

 「記憶」をほじくり返せば名前くらいは思い出せるので、型月関連作品のどこかで何らかの言及がされていた存在だろうとは思う。ただ、直接それが登場した作品を俺は知らないのだ。

 

 つまり未知。未知の、魔術絡みの、名前からしてヤバそうなやつである。

 

「大丈夫かな……」

 

「ドウダロナー」「フフフー」「コワイカー?」

 

 呟く俺にカラボー神父は答えず、妖精さんの言葉はいつもどおりに適当で。

 そうして高い秋の空に、俺の声はただ虚しく消えていったのであった。

 

 

 

>> [ 2/2 ] A.D. 2003 縁故陥穽迷宮ラビットホール・アルカトラズ

 

 

 かくして俺は、魔眼蒐集列車(レール・ツェッペリン)なる激ヤバチック神秘存在を舞台にした碌でもない事件に巻き込まれることになるわけだが。その一連の話をする前に、少し時間を遡って話をしたい。更に言うならば、その話の中でもう一度時間を遡ることになるだろう。

 

 ややこしいって?

 

 うん、すまない。俺もこんな話はしないで済ますのが一番だと思っているんだが、世界はそれを許してくれないみたいなんだ。過去のやらかしが、忘れた頃になって俺をぶち殺しに来る……。

 

 ……続けよう。

 これから話すのは、「留学直前の頃」の俺を襲った拉致監禁ダンジョンハックデスレース事件のあらましと、その遠因にもなった「1994年冬」に俺が企画実行した暗殺計画の顛末だ。前者は、俺とカラボー神父が妙な縁を持つきっかけになった一件でもある。

 

 ともあれ、まずは「今」から半年ほど前、留学直前の頃の話から始めよう。

 

 ◆

 

 当時の俺は、冬木の中学校へ後輩として入学する(と思われていた)俺を可愛がろうと手ぐすね引いて待ち構えていた兄姉や、俺を未来の先輩にしたがっていた弟妹らに対して、突然の裏切り的留学行為を目論んだ罰として制裁ムラハチ待遇を受けていた。より直截に言えば、俺は皆から怒られていたし、拗ねられていた。

 

 だが、将来を見越せば普通に生きてやることはできない。2015年の人理焼却まで、あと12年ちょっとしかないのだ。普通の中学生として3年間を過ごすことは出来なかった。

 

 そう。経緯はともあれ、教会の伝手で留学ができるというのは案外悪くなかった。

 カルデアが未来の観測を目的としていることを知れば、きっと教会は何らかの介入を行うだろう。そういう流れを見出し、何とかしてその流れに乗ってカルデアに行く。教会という立場から神秘に関わる分には、魔術回路の無い俺にだって可能性があるはずだ。教会への信仰心も無いのは問題だが。

 

 これから冬木に来るだろう先代アニムスフィア所長……マリスビリー氏については、今はいい。直接接触できるチャンスを見逃すのは痛いが、彼のサーヴァントやカルデア設立の経緯を考えると、むしろ下手に俺が関わることで聖杯戦争を敗退されでもしたらコトだ。全てが終わる。むしろ、冬木市民に被害が出ないよう考えをまとめておく必要があるだろう。

 

 ……そういうわけで、俺は言峰親子の好意に甘えて留学する決意を固めていた。13年後を見据えた進学プランだ。その頃になれば、孤児院の皆も20を越えているし結婚する子もいるだろうか?

 

「……(ペラリ)」

 

 深夜の食堂で一人、(ポルコ)向けのイタリア語入門書を読みながら、ぼんやりと未来を思う。この孤児院を出た子が将来冬木で結婚をするなら、当然この教会で式を挙げることになるだろう。そして当然、それを祝福するのはあの綺礼神父ということになる。

 

「……(ペラリ)」

 

 ……まあ、それも概ね素敵なハッピーエンドであるはずだ。人生の袋小路に迷い込みっぱなしで気難しげな顔を四六時中晒しているとはいえ、我ら言峰教会孤児院の子供たちにとっては父代わりである。俺だって、見も知らぬ神父に頼むくらいなら師兄に頼むだろう。半分くらいは怖いもの見たさなのも否定しないが。

 

「……(ペラリ)」

 

 ページを繰る音だけが響く。出発の日が近づき、俺と兄弟姉妹らの間の亀裂は深まりこそすれ改善の兆しなど見当たりもしなかった。いつもなら、俺は何らかのご機嫌取りを検討しただろう。だが、こと今回に限っては……

 

 

 

 ……カタン。

 

「!?」

 

 何か、物音がした。硬い物を倒したような音が。

 

 周囲を見る。誰もいない。

 目を凝らす。視界が滲み、テーブルを占拠し酒盛り中の妖精さんが目に入った。これも違う。

 

 ……調理場か?

 調理場の奥には勝手口があったはずだ。泥棒、という言葉が脳裏をよぎる。誰か呼ぶべきか。だが、誰を? あいにく綺礼師兄は冬木を離れている。璃正師父はもう寝ている時間だ、起こすには忍びない。兄姉の中にはまだ起きているのもいるだろうが……それはどうにも、気まずかった。

 

 呼吸を整え、目を一度強く瞑り、開く。大丈夫。確認するだけだ、一人だって問題ない……。

 俺は、ほろ酔い加減の妖精さんたちを指の動きで呼び寄せた。

 

「ナンヤナンヤ?」「トクタロードシター」「マダノミタリナイ!」

 

「ちょっと着いてきて」

 

 ちょろちょろと集まってきた妖精さんを全身に搭載した俺は、不審者侵入の可能性を確認すべく調理場へと向かう。妖精さんが万一のとき不審者撃退のための戦力になるとは毛ほども思っちゃいないが、知覚能力は人間なんかより遥かに上なのだ。何かの役に立つかもしれない。

 

「……ん、誰もいないか?」

 

 調理場はシンと静まり返っていた。

 パチン、パチン、と入り口にある照明スイッチを入れる。天井の蛍光灯が二、三度点滅してから、白く室内を照らした。誰もいない。不審者が隠れられるような空間もない。

 

「気のせいか……?」

 

 一応、ぐるりと調理場を回りながら呟く。

 物音がしたのは確かだ。何かの拍子に調理場の物が落ちたのか……? 原因を調べたい。調理台の下を覗き、物品保管用の棚を開ける。俺の身体の動きに揺られてきゃいきゃい騒ぐ妖精さんたちに心強さを感じる。一人きりなら、深夜の雰囲気に負けて逃走を選択したかも知れなかった。

 

 

 ……いや、結果論から言えば。俺はこのとき逃げるべきだったのかもしれない。

 

 

「ウズシオー」

 

 

 不意に、妖精さんがそう言った。

 

(渦潮?) 

 

 言葉の意味を悟ったときには、もう手遅れだった。

 踏み出した足の先に、ポッカリと、暗い孔が口を開けていた。

 

 その孔に俺は見覚えがあった。

 

(なんで、「これ」が、ここに!?)

 

 俺は自分の足が孔へと呑まれていくのを、スローモーション映像を眺めるように見ている他になかった。俺の魔眼は発動時に知覚能力全般を引き上げるが、身体能力が向上するわけではないのだ。掌ほどの大きさの孔は、しかしスルリと俺の足を呑み込む。片脚を取られた俺は呆気なくバランスを崩し、その小さな穴へと吸い込まれていった。

 

「ウワァァァァ……!」

 

 その夜、あの孤児院で俺の悲鳴を聞いた人間がいただろうか?

 たとえ誰かが聞いたとしても、調理場に駆けつけたときには俺の姿は無かったはずだ。この孔はそういうものだ。どこに通じているかも不明なそれは、そこに足を踏み入れた間抜けを呑み込み、どこかへ連れ去ってしまう。俺はそれを知っていた。俺自身、それを利用したことがあったからだ。

 

 

(人を呪わば穴二つ、ってか……)

 

 

 真っ暗闇の中を落ち、落ち、落ち、落ち、落ちながら、俺はそんなことを思う。

 

 俺はかつて、この孔に人を落としたことがある。

 

 ここがFate世界でこの街が冬木市である以上、生きていくためにはそいつがどうしても邪魔だった。まだ子供の頃のことだ。街を歩くそいつを見た瞬間から、俺はその男を一刻も早く排除せねばならないと確信していた。当時の俺には腕力でどうにか出来るなどとは思えなかったから、知恵を絞って即席の罠を張り、そしてどうにかその邪魔者に「いなくなって」もらったのだ。

 

 

 

 邪魔者の名は、雨生龍之介。

 聖杯戦争が起こらなかったにも関わらず、冬木の街を訪れやがった殺人鬼の名前である……。

 

 

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