提督が『絶対魔獣戦線バビロニア』鎮守府に着任しました! 作:乃伊
>> [ 1/2 ] A.D. 1994 暗黒排龍計画リューノスケ・バスターズ(1)
冬木の街は、変態と異常者と狂人のミックスボウルだ。
聖杯戦争で、この街には遠坂や間桐などの時代錯誤的魔術師一族が根を張っているし、教会には異端の神秘を扱う『第八秘跡会』に所属する言峰神父が詰めている。高校には将来(特に理由もなく!)暗殺集団の生き残りが教師として勤務するはずだし、街外れの森にはホムンクルスを満載した城まで建ってしまっていた。
分かりやすいところを挙げるだけでもこの有様だ。
もちろん、その辺を歩いている一般市民の中にも辛うじて社会に適応しただけの変態や狂人は数多くあろう。例の激辛麻婆で有名な中華料理店『泰山』の主とかな。
端的に言って、ジゴクである。
そして、そんなジゴクへニューエントリーした超抜級の異常者をお散歩中に偶然見かけたのが、つい先程のことだった。
エントリーネームは雨生龍之介。異常者カテゴリーは快楽殺人者。Fate/Zeroまでの道のりと同じであれば既に42人ほど殺している設定になる、とんだハリキリボーイである……。
……。
…………。
……………………。
警察だよゥッッ!!
俺は警察に電話した。街中でリューノスケ君を見かけた時間と場所を仔細に伝え、さっさと国家権力様に「原作改変」してもらおうと思ったのである。当時の俺にはまだ第四次聖杯戦争が起きるかどうか分からなかったのだが、放置しておくには激ヤバ案件過ぎたからだ。この社会に快楽殺人鬼が生きる場所などねぇ。テメェが居るべき場所は「牢屋」か「地獄」、それだけだ……!
ガチャン。ツーツーツー。
普通に切られた。
……子供の声だから悪戯と思われたのだろうか? 少し前に冬木市から逃亡をキメて資金切れ&強制送還を遂げた後だった俺は、通報のためわざわざ孤児院の姉にタカって手に入れたなけなしの10円玉を片手に、電話ボックスの中でうなだれていた。季節は既に晩秋を過ぎた冬の入りである。乾いた空気の寒さが沁み入るようだった。国家権力頼りにならねぇ。やべぇよ……やべぇよ……。
コンコン。
と、そんな俺のガラスの居城をノックする音がした。
俺はガラスの壁に守られたまま訪問者を見る。互いの姿を一切隠さぬ透明の壁は、全天周ドアレンズと言ってもいい。そこに写っていたのは、
「坊や? ちょっと道を聞きたいんだけどォ」
紫のシャツを羽織った若い男。というか雨生龍之介。現在話題沸騰中のご本人である……!
男はにこやかに笑っている。日本人特有のアイソ・スマイルだ。本音を隠す建前に特化した笑みの裏で、この男がカワイイ系ショタこと俺4歳を拉致監禁拷問虐待殺害解体破壊組換再構成する気であるのは確定的に明らかであると思われた。デッドエンドの気配。このゲームは早くも終了ですね。
やべぇよ……やべぇよ……。
俺は震えた。
こいつ、一体いつからそこにいた? この俺の電話を、こいつは一体どこまで聞いていた?
……この電話ボックスの壁は、会話の音を「そこそこ」軽減する。会話の内容を詳細に聞き取るならば相当に接近している必要があるはずだが……チッ、分からん。完全に先手を取られた。ただの偶然だとしても、こうしてロックオンされ話しかけられている現状が既に詰みかけである。
俺は、電話ボックスを細く開く。龍之介の右手に令呪はない。まだサーヴァントは召喚していないのか……? いや、召喚の生け贄に使われた子供がいたはずだ。俺の背を嫌な汗が伝った。
「なーにー?」
一見ピュア&ピュアな天使系の猫なで声で俺は答える。イメージは隠れんぼをしている子供。相手が手を出した瞬間にガラス戸を閉め、そのまま通報&立て篭もりに移行する構えである。電話はあるからサツが来るまでの間だけ堪えればいい。
「オレ、『冬木ハイアットホテル』ってとこに行きたいんだけどさァ」
「わかんなーい!」
笑顔で即答。無知は力だ。
さあ、テメェのターンだぜ。俺はこのままサレンダーを待っても良いんだが? そうしてくれると本当にありがたいんだが? その辺どうなんです? マジでさっさと帰ってくだちい。
「そっかー。じゃ、適当に聞くから、この辺の店とか教えてくれない? 何でも良いんだけどさ」
行き先の指定を外してきた……だと……? わかんない応答を繰り返すのは簡単だが、既にどこでもいいとか言われている以上、どう答えても連れ出される気がする……。ならば。
「えー! やだー!」
俺氏、必死の抵抗。子供にのみ許された理外の否定。
「えー、なんで? お兄サン、困っちゃうな―」
龍之介氏、紳士的対応。一歩も退かぬ様は熟練の訪問セールスが如し。
「お願いだよォ。ちょっとだけで良いからさあ。な、頼むよ」
目が笑っている……こいつ、愉しんでやがる。
おそらくどうあっても引く気はないだろう。一方の俺は、この電話ボックスから逃げること自体が物理的に不可能だ。どうする? どうすればいい……!
………………死にたくない。
俺は覚悟を決めた。殺す覚悟だ。
「うーん……じゃあ、ちょっとだけね!」
言うなり、俺は電話ボックスを飛び出した。奇襲だ。どんなサイコ野郎でも、情報が脳に届き、解析され、対応が決定&出力されるまでには秒単位の時間がかかる。視覚情報からの入力ならば、思考判断を要しない単純な運動出力まで約0.2秒。状況が混迷するほど思考時間は増えるとされる。さあ、かき乱していくぜ! ついて来れるか─────!
「あっそうだ(唐突)」
突然の飛び出し行動に驚きつつも流石の適応力で何か口走りかけた龍之介に、俺は更に畳み掛けていく。状況を複雑化し相手に負荷をかける一手。将棋で言うなら羽生マジックだ。
俺はいきなりズボンを下ろした。パンツもだ。初冬の寒風に晒された、まだ子供じみた息子が縮み上がっている。へへ、怯えるなよ。勝負のときだぜ、マイサン!
「見て見てー! ■ン■ーン!」
「!?」
露出した■ン■ンを龍之介に突きつけ、俺は腹の底から大声を上げた。状況を掴めず困惑する龍之介を見る俺の表情は、最高の笑顔だった。
「■ーン■ーン!!!」
「あ、ああ、そうだね……」
腰をくねらせ、ぞうさんの鼻をイメージした動きで振り回していく。
■ンコを出して勝負に勝てるなら、■ンコを出す。フッ、これが俺のやり方だ……!
俺の外見はまだ4歳の子供。つまり下ネタに興味津々のお年頃である。ゆえに許される、公然露出……! 雨瓜龍之介、俺はお前を侮らない。お前は確かにCOOLでスマートな天才殺人鬼なんだろう。だがな、そんなお前でも、こうして■ンコ■ンコ喚き散らす下半身丸出しのお子様をCOOLに拉致する方法があるか? まだ日中、人通りが少ない道とは言え、それは皆無ではない。俺は誰が見ていようが■ンコを叫び続けるぜ。そして道端に犬の■ンコでも見つけようものなら■ンコと■ンコの相乗攻撃に移行する心の用意がある。伏せ字だらけで意味がわからなくなってきた……!
「■ン■ン■ーン♪ ■ン■ン■ーン♪ ■ン■ン■ーン■■ーン♪」
更に変化球。来るべきクリスマスの色に染まりつつある街に相応しく、クリスマスソング的な何かを歌い上げていく。彼我の距離は一足の間合いよりも少し広い。間合いは広げさせず、詰めさせない。単純暴力なら璃正師父や綺礼師兄の方が上だ。彼らに日々鍛えられている俺を、真正面からの暴力で容易く止められるなどとは思わないでほしいな!
「■ン■ン■ーン♪ ■ン■ン■ン■ン♪ ■ン■ン■ン■ン■ン♪ HEY!」
軽快なステップでリズムを刻み、最後は天高く腰を突き上げる決めポーズをとりながら、俺は朗々とその歌を歌い終えた。そして、おもむろに脱ぎ捨てられていたズボンとパンツを履き直すと、ニッコリ笑う。
「じゃ、行こっか♪」
*****
不審者への先制挨拶が威嚇行動であるように、俺が彼に向ける笑顔もまた威嚇である。
龍之介にペースを掴ませるな。「変な子供」だと思わせろ。俺の運命を決めるのは俺だ……。再び、良識ある大人なら眉をひそめるようなお下劣な歌を大声で歌いながら、俺はあえて龍之介に背を向け先を行く。
本人が罪の意識を感じているかどうかはともかく、後ろ暗い犯罪歴を持つ龍之介は目立つことを嫌うはずだ。俺は一人笑った。我ながら子供らしくない、邪悪な笑みだった。それはきっと、昨年(1993年)放送が開始され、年末には紅白歌合戦にも登場したテレビアニメ『クレヨンしんちゃん』の主人公しんのすけの笑顔とは、そのアングル以外似ても似つかないものだろう。
野原しんのすけ(5歳)と俺(4歳)は、だいたい同い年だ。
しんのすけは、去年公開された最初の劇場版でハイグレ魔王と戦った。時空移動マシンで平行世界へ転移し、アクション仮面とともに宇宙侵略者ハイグレ魔王を倒したしんのすけの戦いは、ほぼグランドオーダーと言っていい。あれは間違いなく、人理を守る戦いだった。そしてこれからも、しんのすけは沢山の映画で活躍を続けていく……。
……俺はアニメヒーローじゃない。当然、しんちゃんにもなれない。だが目指すことくらいは夢見てもいいはずだ。聖杯戦争は本当に起こるのか? 分からない。それでも現実に、雨生龍之介がこの街にいる。だったら、守らなきゃ。俺はもう逃げない。俺が、俺こそが冬木防衛隊だ。
────『眼』に力を込める。世界が切り替わった。
視界へぼんやりと浮かび上がる妖精さんに、近くの通行人を調べてもらう。ついでに背後への警戒もお願いする。
「アッチ、ヒトリ!」「コッチ、イナイ……」「ウシロ、クルマキタ!」
……相変わらず人通りは少ないか。いいぜ、龍之介。お前に備わった犯罪者としての天運は間違いなく本物なんだろう。
だが、やらせはしない。
この街で好き勝手することだけは、諦めてもらうぞ……!
>> [ 1/2 ] A.D. 1994 暗黒排龍計画リューノスケ・バスターズ(2)
冬木市は、奇妙な噂が多く残る街だ。
それは大聖杯を中心とする地脈の豊かさによるものなのかもしれないし、単純に魔術師連中が巣食っているから、というだけなのかもしれないが。
いずれにせよ──この街には未だに神秘の残滓がこびりつき、俺たち表の人間には見えないまでも、「縁起の悪いコト」として語られる。要は、俺たち子どもに対する「あそこ行っちゃだめよ・これやっちゃだめよ」的な話であるのだが。
例えば、入ってはいけないお屋敷。
例えば、道を逸れてはいけない山道。
例えば、迷い込むと戻れなくなる裏路地。
例えば、学校の3階女子トイレの奥の個室。
例えば、放課後に一人でいると遊びに誘いに来るという、ヒトのようなもの。
例えば、夜の住宅街を歩く奇妙な人を見かけたら、絶対に見つかってはならないコト。
例えば、床下で鳴く猫の声と、その正体──
俺は、そのいくつかが単によくある怪談でしかないことを知っているし、逆にそのうちのいくつかが
原作で語られることのない、しかし間違いなく関わるべきでない存在。近づくべきでない場所。
そういうものが『眼』に映るたび、俺は目を逸らして知らないふりをし、あるいは言峰親子を始めとする教会関係者に助けを求めたりもした。
そして、これも多分そのひとつ。
「ウズシオー」
周囲を警戒させていた妖精さんがそう言った。
龍之介は呑気な顔をしてついてくる。俺は覚悟を決めた。厄ネタに手を出す覚悟をだ。
それを使って、一切気取らせることなく、アイツをこの街から排除する。
路地を一つ曲がる。細い道の脇の電柱に、個人商店の看板が据え付けられている。「この先100メートル右」。俺はそれを指さして、龍之介に目的地を伝えた。
「お、これかあ。坊や、案内ありがとな」
龍之介はそう言って、ポケットから飴を一つ取り出し俺に手渡した。それを受け取り、封が開いていないことを密かに確認した俺は、立ち止まって飴を舐め始める。龍之介は俺を追い抜いて先に行く。俺は、その背をじっと見つめていた。
龍之介が100メートル先にたどり着くことは無い。
なぜなら、俺の『眼』には既に厄ネタが映っているからだ。
車一台がなんとか通れる細い道の真ん中に、黒々とした孔が開いている。
後ろから車が来たので、俺たちは道の端に張り付くようにしてそれを避ける。
車は、その孔の上を、何もなかったかのように通り過ぎた。
──それは、車で通る分には問題ない。
──それは、自転車で通る分にも問題ない。
──けれど、それの上を歩いてはいけない。
──ただし、女子なら大丈夫。
──だけど、もし男子がその上を歩いてしまったら。
──きっと、その子はもう帰れない。
「えっ」
間抜けな声が聞こえた。
俺が見つめる先で、道の真ん中を歩く龍之介が、
ぐらりとその身体がゆらぎ、そのまま孔の奥の闇へと落ちていく。
何か叫び声が聞こえた気がしたが、それも龍之介の頭部が孔に飲まれた時点で消えた。
俺は、その転落の一部始終をただ一言も発することなく見送って。
そのまま
二度と、その道に近づくことはなかった。
『孔』は原作に登場するものですが、それが現れた時間・場所(・世界線)についての記述がなかったので、そのひとつについて捏造したものです。
*****
連続更新はここまでです。
次回、『A.D.2000(幻) 越界破牢死線アルカトラズ・アガルタ』。
まだ書いてないです。カラボー神父のアニメ演出を確認してからの方が良いのだろうか……。でもそれだと永遠に書き始めない気もする……。