名もなき英傑の詩   作:惣名阿万

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 おお。リンク。よく来たの。

 

 疲れておるのならば、遠慮なく村で休んでいくことじゃ。

 急いては事を仕損じる、ともいうからの。

 

 焦る必要はなかろうて。かつての力を取り戻し、四神獣を解き放った其方ならば、必ずやハイラル城に巣くう厄災を討ち、姫様を救うことができるはずじゃ。

 

 しかと準備を整えるのじゃぞ。そのための協力は惜しまぬからの。

 

 

 

 して、なにか用があるのかの?

 

 我にできることであればいくらでも力になろう。遠慮なく言うてみるのじゃ。

 

 

 

 《シークという人について知りたい》

 

 

 

 ――なに? シーク、じゃと?

 

 其方、その名をどこで聞いたのじゃ。

 あやつの名を知る者はほとんどおらぬはず。知っておるのは我とプルア、そしてロベリーくらいなもの。あやつ自身もそう易々と語らぬはずじゃが……。

 

 

 

 《じつは……》

 

 

 

 ――なるほどのう。あやつの意志を継ぐ者が。

 

 近頃は気配を感じられぬと思うておったが……。

 

 そうか。あやつは逝ってしまったのじゃな。

 

 

 

 ……ならば、話さねばなるまい。

 

 あやつは決して良い顔をせぬだろうが、今となってはよかろう。

 

 

 

 

 

 

 《シーク》

 

 その名は我らシーカー族にとって唯一無二の名じゃ。

 

 古より伝わる技を磨く者の内、最も優れた者に与えられる名。

 過去を捨て、己を捨て、生来の名すら捨てた者のみが授かることのできる名。

 

 それが《シーク》という名なのじゃ。

 

 

 

 この名の始まりは遥か昔の神話にまで遡る。

 

 当時、厄災と対峙する勇者と姫巫女には、幾人もの協力者がおった。

 姫巫女に従い、その力を支える賢者と呼ばれる者たちがそれじゃ。

 

 そして勇者を導き、陰よりその身を守る者もおった。

 

 伝承されしその名こそ《シーク》。

 シーカー族の若者にして、勇者を導きし同胞(はらから)

 

 当時の厄災討伐以来現れることのないこの名を、一族の祖は証の名としたのじゃ。

 

 

 

 百年を経た今でも忘れぬ。

 98代を数える歴代の中で、あやつは最も早くにその名を授かったのじゃ。

 

 年の頃は其方と変わらぬじゃろう。其方が若くしてハイラル一の剣士と呼ばれたように、あやつも若くして一族の技を極めておったのじゃ。

 

 一族の技とはすなわち、影に潜み、闇を駆け、音も無く仇を討つ技じゃ。

 

 あやつはおそらく、光の下では其方に適うまい。

 じゃが、こと影の中において並ぶ者のない使い手じゃった。

 

 とはいえ、一族の技は公にできるものではなくての。

 末代の《シーク》となったあやつも、それだけで名を得たわけではなかった。

 

 其方も聞いたのじゃろう。あやつの表の顔を。

 

 百年前、あやつはハイラル王家に仕えておった。

 表向きは宮廷詩人として城に滞在し、陰ながら王族を守る務めを果たしておったのじゃ。

 

 其方も顔を見たことくらいはあるかもしれん。

 あやつはそなたが英傑の任を与えられた催事にも参列しておったしの。

 

 覚えはないか?

 ほれ、銀の髪に赤い瞳の(おのこ)じゃ。

 

 ……そうか。まだ催事については何も思い出せぬか。

 いや、焦る必要はなかろうて。じきに思い出すじゃろう。

 

 ともかく、あやつは其方や姫様と同じ時代に生きておったのじゃ。

 

 

 

 懐かしいのう……。

 

 あやつは竪琴が得意での。折に触れては詩を奏でておったわ。

 

 もしもあやつが《シーク》の名を与えられておらねば、真の宮廷詩人となっておったかもしれん。

 それほどまでにあやつの奏でる詩は他の者を魅了する力を持っておったのじゃ。

 

 

 

 ふむ。そういえば……。

 

 なに、竪琴といって思い出したのよ。

 

 以前、姫様が語られておったことでの。

 城での会議の折、あやつが奏でた詩に助けられたというのじゃ。

 

 あれは、其方がお付きの騎士に任命される前のことじゃった。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 その日、ハイラル城では占い師のもたらした予言についての会合が行われておった。

 

 占い師はかつてない剣幕で厄災の復活と遺物の存在を知らせての。伝承と同じ厄災の予言に、ハイラル王家は色めき立っておったのじゃ。

 結果、議会は予言を支持し対策を講じようとする者と、あくまで伝説に過ぎないと切り捨てようとする者の二つに分かれた。

 

 話し合いは長きにわたり、議論はやがて激論に変わった。

 

「占い師の言葉なぞ信用なるものか」

「王国の危機となるやもしれんのですぞ」

「一万年も前の伝承なぞを鵜呑みにして国費を費やそうなど正気の沙汰とは思えぬ」

 

 当時のハイラル王にもすぐには結論を出せんでな。双方の主張はどちらも王国のためを想ったものでありながら、ぶつかるばかりじゃった。

 

 じゃが、来る日も来る日も論を交わし、精神の負担が大きくなると、やがてその矛先は少しずつ別の方向へ変わり始めた。

 

「仮にその厄災とやらが蘇ったとして、それは剣一つで解決するようなものなのであろう? であれば、軍の部隊を差し向ければよいだけのことではないか」

「しかし、厄災を討つには伝承にある剣と、加えて、もう一つ……」

 

 憤懣(ふんまん)の矛先は、次第にゼルダ様へと向けられた。

 

 そなたも姫様が苦しんでおられたことは知っておろう。

 母君を早くに亡くし、独学での修行を続けておられたものの、なかなか封印の力に目覚めることはできんでの。貴族たちから心ない言葉を向けられることもあったのじゃ。

 

 このときも、苛立つ貴族たちにとって姫様は格好の的だったのじゃろうて。

 

「ふむ。それでは厄災を討つことはできそうにないですな」

「まったくですな。退魔の剣とやらはともかく、肝心の封印の力がないのでは」

 

 故に、遺物研究に反対する者のみならず、伝承を信じる者たちからも心ない言葉を浴びせられたのじゃ。

 その勢いはハイラル王も止めることはできなんだ。

 

「陛下、お聞き及びの通り、占い師なぞの言葉に惑わされてはなりませぬぞ」

 

 姫様はさぞや苦しかったことじゃろう。封印の力を得るための修行は欠かさず行われておったし、その上で自ら古文書を読み、遺物への理解を深めておられた。

 未だ真偽の定まらぬ予言に対して誰よりも真摯に対策を講じておったのは、他ならぬゼルダ様なのじゃ。

 

 議会を覆う空気は、そんな姫様を嘲笑うかのようじゃった。

 

 

 

 やがて、伝承に否定的な者たちの一人が王の前に進み出た。

 

「仮に。仮に、占い師の言葉通り、厄災とやらに抗するための遺物なる物があったとしましょう。ですがそれも要となる存在が欠けている以上――」

 

 もし彼の者がその先を口にしておれば、議会がその者の言葉を受け入れておれば、遺物の発掘は数年もの間遅れることになったやもしれん。

 

 

 

 じゃが、そうはならなかった。

 

 議場に吹きこむ風と共に、どこからか琴の音が響いてきたのじゃ。

 

 

 

 渦巻く負の情念を洗い流すかのような音色じゃった。

 単調でありながら心惹かれる音色に、姫様をはじめその場にいた者たちは不思議と心穏やかになったのじゃ。

 

 あれほど高揚し、姫様を悪し様に言っておった者たちはみな我に返り、一様に己の失言を詫びたという。

 姫様自身も、無力感に苛まれていた心が軽くなられたのじゃとか。

 

 

 

 会議の後、姫様は琴の奏者を探された。

 

 あやつは窓の傍に佇んでおったそうじゃ。

 ほんのわずかに窓を開き、狭い足場に腰かけ、穏やかに琴を弾いておったという。

 

 

 

 これが姫様と、宮廷詩人として城に入ったあやつとの出会いじゃった。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 あやつはこのときに奏でた詩を『いやしの詩』と呼んでおったそうじゃ。

 とある地方に古くから伝わる詩で、魂に安らぎを与える詩じゃとな。

 

 この詩に限らず、あやつは他者を魅了する様々な詩を知っておった。

 

 時には、牧場の香りを思わせる詩を。

 時には、荒れ狂う嵐を思わせる詩を。

 時には、穏やかな眠りへ誘う詩を。

 時には、微睡むものを揺り起こす詩を。

 

 暁や黄昏を思わせる詩もあった。

 深き森を、燃え盛る山を、海の潮騒を、砂漠の風を思わせる詩もあった。

 

 あやつが様々な書物、伝承を知り、奏でる詩はどれも並々ならぬ力を持っておった。

 そうした知恵と技を持っておったが故に、あやつは《シーク》の名を継ぎ、宮廷詩人としてハイラル城に入りえたのじゃ。

 

 

 

 《大厄災のときも城にいた?》

 

 

 

 ――む? おお、そうじゃの。

 

 確かに、あやつはかの大厄災に立ち会っておった。

 生き残り、其方が目覚めた時のためにと、この村を出たのじゃ。

 

 じゃが、すまぬの。

 我はあの日、あやつがどこでなにをしておったのかは知らぬのじゃ。

 

 百年前、我はこの村におったのでな。

 城で起きた出来事は伝え聞いただけなのじゃ。

 

 大厄災の折になにをしておったのかは、あやつ自身語ろうとせなんでな。

 

 して、あやつの後継者からはなんと聞いておる?

 

 

 

 《逃げたと聞いた》

 

 

 

 ――ふむ。なるほどのう。

 

 おそらくじゃが、其方の聞いた話は真実ではないと我は思う。

 あやつが姫様を顧みることなく逃げ出すなど、ありえぬことじゃ。

 

 己の弟子にすら真実を語らなかった理由は、我にはわからぬ。

 あやつは大厄災の直後に村を発ち、二度と戻らなかったからの。

 

 古の勇者の足跡を辿る――。

 そう言い残して、あやつは村を去ったのじゃ。

 各地へ散った者たちからも、あやつを見たという報せは受けておらん。

 

 

 

 そうじゃな……。

 

 プルアであればなにか知っておるやもしれぬ。

 あやつは大厄災の折、プルアやロベリーと共にハイラル城におったのじゃ。

 

 もし、あやつについてより詳しく知ろうと思うのならば、プルアを訪ねるがよかろう。

 

 

 

 じゃが、リンクよ。心するのじゃ。

 

 あやつが何故、己の弟子にすらも一切を語らずに逝ったのか。

 あやつが何故、其方を導く詩を遺すため、その生涯をかけたのか。

 そして何故、未だ其方があやつの顔を思い浮かべることができぬのか。

 

 いかなことを知ろうとも迷わぬよう、心するのじゃぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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