名もなき英傑の詩   作:惣名阿万

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Bolero

 

 チェッキー♪ いらっしゃーい。

 リンクってば久しぶりー。元気してたー?

 

 なんだかちょーっと見ない間にすっかり元通りたくましくなっちゃって。

 神獣もみんな取り戻せたみたいだし、もういつでもハイラル城へ行けるねー。

 

 でもせっかく来てもらって残念だけど、アタシにできる事はもうないかも。

 なにしろ百年かけて研究した成果はもう全部渡しちゃったからねー。次はざっと十年後くらいかな♪

 

 それで、今日はどんなご用件かな?

 お茶ならシモンが出すし、お話ぐらいならできるけど。

 

 

 

 《聞きたいことがある》

 

 

 

 ――なになに、聞きたいこと? 

 

 ムッフッフー。いいよいいよ。なんでも訊いてちょうだいな♪

 

 

 

 《シークという人について》

 

 

 

 ――えっ? シーク?

 

 あちゃー。アンタ、とうとうカレのこと聞いちゃったのね。そっかそっか。

 

 

 

 ま、知らないままでいるのもよくないかもだし、いいよ。

 アタシが知ってることなら教えてあげる。

 

 それでカレについてのなにが聞きたいのかな?

 身長体重? 趣味? 好き嫌い? それとも子どもの頃の恥ずかしエピソード?

 

 …………違う? そうじゃない?

 もっと大事なことが知りたいって?

 

 わかってるわかってる。ちょっとした冗談よ。フムフム、少なくとも野次馬根性ではないのね。

 

 ホイ、それじゃあ改めて、リンクはなにが知りたいのかな?

 

 

 

 《大厄災のときのこと》

 

 

 

 ――大厄災のときにカレがどうしていたか、ねー。

 

 うーん。話してもいいけど、あんまり楽しい話じゃないと思うよ。

 特にリンク、アンタにとっては知らない方がいい話かも。それでも聞きたい?

 

 

 

 《聞きたい》

 

 

 

 ――そっか。わかった。

 

 いいよ。そこまで言うなら、話してあげる。

 アタシとしても、カレのこと知ってもらえるのは嬉しいしね。

 

 んじゃ、まじめに話そっか。

 

 

 

 

 

 

 大厄災のときのことを話すなら、それまでカレがなにをしていたかも知ってもらう必要があるかな。カレの任務がどんなものだったか、とかね。

 

 彼がハイラル城で暮らしてたって話はもう聞いた?

 

 うん。そう。宮廷詩人として。

 宮廷詩人っていうのは、古い文献に載ってる伝承なんかを詩にして聞かせたり、食事や会合の席なんかで楽器を演奏したりする仕事ね。

 

 カレは調べ物が好きだったし、ハープも抜群に上手かったから、《シーク》としての表の仕事に宮廷詩人はぴったりだったの。

 カレ自身もよく『こっちの方が性に合ってる』って言ってたなー。

 

 で、それじゃあ裏の仕事――本当の任務はなんだったのか。

 

 ひとつは、王族の護衛。ハイラル王と姫さまを陰ながら守る役目。

 特に姫さまはハイラル王の名代として各地を回ることも多かったから、カレも同行して姫さまの身を守ってたの。

 

 

 

 ――そのことを姫さまは知っていたのかって? 知らなかったと思うな。

 

 もちろん、姫さまも《シーク》の名前が持つ意味は知っていたし、カレが王族の護衛をしているってことも知っていた。

 でも城の外でも守られているとは思わなかったんじゃないかな。

 

 カレは姫さまの身に危険が及ぶことはもちろん、それで姫さまの表情が曇ってしまうことが嫌だったみたい。

 だから多分、姫さまや護衛の騎士が気付かない間に片づけちゃってたんじゃないかな。襲ってくる中には魔物だけじゃなくて、イーガ団みたいな刺客もいたから。

 

 でも、それを注意されたこともあったみたい。それもあのウルボザに。

 

 なんでも姫さまがハイラル王の名代でゲルドの街に行ったとき、姫さまとウルボザが二人だけで街の外に出たらしいんだ。夜の砂漠に、だよ。

 

 当然、イーガ団の刺客が姫さまを狙って動き出したわけだけど、カレが阻止しようとしたらウルボザに視線で止められたらしいんだ。

 見つかってることに気付かなくてショックだったって、けっこう落ち込んでたなー。

 

 結局、刺客はウルボザがまとめて追い払って事なきを得たんだけど、後でカレも「過保護すぎる」って怒られたんだって。姫さまの危機感が育たないから、裏で全部片づけるのはよくないって。

 

 まあ、その後もカレはやり方を変えなかったから、姫さまのちょっと無謀なところは治らなかったんだけどねー。アンタもその辺りは覚えがあるでしょ?

 

 

 

 王族の護衛の任務は、カレが《シーク》の名を継いでから二年ぐらい続いたわ。

 リト族、ゴロン族、ゾーラ族、ゲルド族の英傑が決まって、ハイリア人の英傑――アンタが姫さまお付きの騎士に任命されるまで。

 

 ハイラル王国一の剣士がお付きの騎士に任命されて、カレは姫さまの護衛から外された。

 それまで姫さまの身を守ってたのはカレだったけど、公にできる立場じゃなかったからアンタに役目を譲ったのよ。

 

 

 

 ――カレはどう思ってたのかって?

 

 そうだね……。

 正直に言うと、カレはアンタのことを嫌ってた。ううん、嫉妬してたのかな。

 

 それまでずっと、姫さまを守ってきたのはカレだった。

 カレは誰より姫さまの身を案じていたし、姫さまの力になりたいと願ってた。

 でもカレの立場上どうしても付いていられないときもあったから、常に傍にいて身を守れるお付きの騎士は必要だって、納得はしていたわ。

 

 それでも、最初はアンタのこと散々に言っていたのよ。

 配慮が足りないだとか、なにを考えているかわからないとかね。

 

 でもアンタがお付きの騎士に任命されてしばらくして、姫さまがアンタに打ち解け始めてからは、カレもなにも言わなくなった。

 姫さまがアンタと話している姿を、遠くから眺めているだけだった。

 

 

 

 ……話が逸れちゃった。イケナイイケナイ。

 

 カレのもう一つの任務について話してなかったね。

 

 それまでの姫さまの護衛っていう任務はアンタが来てなくなった。

 ハイラル王の護衛には近衛騎士が何人も就いてたし、王自身は城からほとんど出なかったから、王族の護衛っていう任務は必要なくなったの。

 

 だからカレは表向きの宮廷詩人を続けつつ、もう一つの任務――諜報と暗殺の任務が中心になったわ。

 

 さっきも言ったけど、当時からイーガ団は活発に動いていて、刺客を差し向けてくることも少なくなかった。

 あいつらは変装の達人だから、ハイラル王も対応に困ってたのよね。

 

 そこで、ハイラル王はシークたちに密命を下したの。

 イーガ団のアジトを突き止め、一網打尽にするようにってね。

 

 驚いた? ハイラル王もけっこう過激な任務を出すでしょ。

 

 でも、それはずっと昔からあったことなの。

 アタシたちシーカー族は遺物の調査とか研究もするけど、元々はハイラル王家の影。表に出せない裏の仕事を担ってきたのよ。

 

 イーガ団の殲滅もその一つ。カレはその任務の中心だった。

 当然よね。だってそのための《シーク》なんだもの。

 本来のカレは穏やかで大人しい性格だったけど、心を殺して任務に臨んでいた。

 

 

 

 大厄災の日も、カレは任務に出ていたわ。

 突き止めたばかりのイーガ団のアジトへ潜入調査を行う予定だった。

 

 でもガノンが城に現れて、カレはすぐに城へ戻ったのよ。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 突然のことだったわ。

 一切の前触れもなく、地震と共に現れたガノンの暗雲がハイラル城を覆ったの。

 

 アタシは城にいたし、目の前でガーディアンがガノンに乗っ取られちゃうのも見たから、異変には真っ先に気付いた。

 

 アタシはロベリーと協力して、出来るだけ多くのガーディアンの脚を切り離して、動けなくして回ってた。

 でもすぐに他のガーディアンが集まってきて隠れるしかなくなった。

 

 

 

 悲鳴が聞こえた。怒号も聞こえた。

 けどそれ以上に、ガーディアンが城を、街を襲う音が聞こえた。

 

 なにもできなかった。

 アタシもロベリーも、ただじっとしていることしかできなかった。

 

 どうにかしたい気持ちはあったけど、頭の冷静な部分が衝動を押し留めていた。

 知識と技術のあるアタシたちがやられちゃうわけにはいかないってね。

 

 

 

 半日くらい経った頃、アタシたちが隠れていた小部屋にカレが現れた。

 

「無事かい、二人とも」

「シーク!」

「こいつは驚いた。ユーも無事だったんだな」

 

 カレは私たちを引っ張り出すと、廊下を先導して歩いた。

 

「バイザウェイ、シークはどうしてここに? 任務中だったんじゃないのか?」

「ガノンが現れたのを見て、引き返してきた。それにナボリスも動いてたから」

「つまり、ゼルダ様たちが動き始めたから助けに来たってこと?」

「ああ」

 

 アンタやゼルダ様が厄災討伐に向けて動き出したなら、決戦の場所はガノンのいるハイラル城になる。カレはそう考えて城へ戻ってきたの。

 

 神獣を動かしてガノンに攻撃して、弱らせたところをアンタとゼルダ様で倒す。

 その邪魔をされないようにって考えたんだと思うわ。

 

 

 

 けど、城の外へ出たアタシたちは信じられない、信じたくない光景を目にした。

 

 ラネール、オルディン、ヘブラ、ゲルドの四方から、一方的な攻撃が城下町に浴びせられていた。おぞましい唸りを上げる四神獣の眼は赤黒く光っていたわ。

 

 カレは呆然とその光景を眺めていた。

 

「…………どう、して」

 

 力なく呟くカレとは違って、アタシとロベリーは予想がついていた。

 

 ガノンにガーディアンを乗っ取る力があるなら、神獣たちもそうならないとは言えない。

 もしそうだとすれば、あそこに乗り込んだ彼らはもう……。

 

 アタシはじっと佇むカレになんて声をかけたらいいかわからなかった。

 

 神獣に乗った四人はカレにとっても仲間だったし、リーバルとは特に仲が良かったみたいだから。

 表情はわからなかったけど、メドーを見上げるカレの背中はすごく小さく見えた。

 

 とはいえ、じっとはしていられなかった。

 すぐにロベリーが声を上げたから。

 

「ヘイ、ユーたち、あそこを見ろ」

 

 指さした方向を見ると、遠くでガーディアンの群れが並んで走っていた。

 まるで獲物を探す肉食獣みたいに、周囲へ目玉を巡らせながら南東へ向かっていた。

 

 カレも気を取り直してそっちを見て、ガーディアンの様子が少し違うと気がついた。

 

「誰かが追われている? ……姫様!」

 

 叫びながら、カレは飛び出した。

 ほとんど同時にアタシも気付いて、ロベリーと一緒にカレを追いかけたわ。

 残っていたガーディアンに見つかるのも構わずに走って、ガーディアンの群れと、その先にいるアンタとゼルダ様を追いかけた。

 

 

 

 幸い、城にいたガーディアンは追ってこなかったわ。

 雨が降っていたお陰で徘徊するガーディアンに見つかることもなかった。

 昼間だっていうのに黒い雲が空を覆っていて、薄暗い中を南東――カカリコ村の方角へ走った。

 

 

 

 平原を越えて、川を渡ったところで、前を走るガーディアンの群れが見えてきた。

 

 数えるのも嫌になるぐらいだったわ。

 並の兵士じゃ束になっても敵わない古代の兵器がぞろぞろと。

 これが一気に押し寄せたら、いくらアンタでも太刀打ちできないって思った。

 

 きっと、カレもそう思ったんでしょうね。

 だから群れを見下ろせる高台まで来たところで、こう切り出した。

 

「二人はこのままゼルダ様を追ってくれ。ぼくはここで、あいつらを足止めする」

 

 無理だと思った。

 いくら《シーク》だといっても、シーカー族の技は複数の相手に、ましてや見通しのいい場所で通じるものじゃないから。

 

 けれど口を開きかけたところで、横から伸びた手に止められてしまった。

 

「オーケー。ならこいつを持っていけ」

 

 左手でアタシを制したロベリーは、ポーチから三本の矢を取り出した。

 

「これは?」

 

 カレが受け取ると、あいつはバカみたいなドヤ顔で言ったわ。

 

「ミーが開発した対ガノン決戦兵器の一つ。『古代兵装・矢』――の試作品だ」

 

 ただの矢じゃない。それは一目瞭然だった。

 青く光る金属なのか石なのかわからないものが先端に取り付けられていて、ゆらゆらと周りの空気が揺れていた。

 

 アタシは一瞬で仕組みを理解したわ。

 

「……偉そうに言って、ただガーディアンの武器を装着しただけじゃない」

「チッチッチ。そいつはパワフルでグレートな逸品なのさ。なにせ大抵の魔物はイチコロにできる上、上手く狙えばガーディアンもブレイクできるんだからな」

「へぇ、それはすごい」

「だろう? 試し撃ちしたときもすごいパワーでな。研究用のガーディアンが一発で吹っ飛んじまって……」

 

 ロベリーはそこで口を噤んだけど、手遅れだったわね。

 あいつが振り向いたときにはもうアタシは手を出していたもの。

 

「この前の犯人はあんたかー! 貴重な研究資料ぶっ壊してんじゃないわよ!」

「イテテ! ギブ、ギブアップ……!」

 

 そうやってアタシがあいつの首を絞めるのを、カレは笑って見てた。

 楽しそうに。ほんとに楽しそうに笑ってた。

 声を殺して笑うカレの赤い瞳が、潤んで揺れていた。

 

 

 

 たぶん、わかってたのよ。

 締め上げたロベリーの目からは涙が流れていたし、アタシも景色が滲んでいたから泣いていたんだと思う。

 

 ここで別れたら、もう二度と会えない。

 なんとなくそれがわかったから。

 

 アタシとインパ、ロベリーとカレの四人は幼馴染で、仲も良かったし。

 こんなやり取りはもうできないんだろうなーってそう思ったら、ね。

 

 

 

 カレはひとしきり笑うと、小さく息を吐いて背を向けた。

 あいつが渡した矢を矢筒に収めて、口元のマスクを引き上げて、短く言ったわ。

 

「じゃあ、ゼルダ様をよろしく」

 

 

 

 

 

 

 それきり、カレに会うことは二度となかった。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 ハイ。というわけで、ここまでがアタシの知ってることよ。

 

 あの後、アタシとロベリーはリンクとゼルダ様を追いかけて、アンタを庇ったゼルダ様が封印の力に目覚めた瞬間を見た。

 それから瀕死のアンタを回生の祠まで運んで、姫様から預かったシーカーストーンで祠を封印したの。

 

 で、みんながカカリコ村にいたらもしもの時に困るってことで、アタシとロベリーは別々の場所に研究所を構えたってわけ。

 

 どう? わかった?

 

 

 

 《シークには一度も会わなかったの?》

 

 

 

 ――うん。会ってないわよ。

 アタシとしては会いたかったけど、カレにはやることがあったみたいだしね。

 

 

 

 カレがあれからどこでなにをしていたのか……。

 

 それを知っている人、アンタには心当たりがあるでしょ?

 

 

 

 

 

 

 

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