おや? あなたは……。
ここで何を?
……いえ、旅の目的は人それぞれですね。
そんな事よりもこの石碑、いや、驚きました。
師匠の未完の詩に出てくる石碑が、今まさに目の前に……。
《未完の詩?》
――そうなんです。詩はほぼ完成していたのですが。
残念ながら、重要な章を作り終える前に師匠はこの世を去りました。
私はその章を紡ぎたいと考え、彼が残した詩に登場する地を巡る事にしたのです。
ああ。詩に登場するまさにその地で詠えるという贅沢……。
師匠が完成させていた、試練に挑みし英傑ミファーの章――。
どうぞ、お聴きください。
水を天へと噴き上げしは 清き湖のルッタ
繰り手にならんとするは 優しき英傑
聖なる力 高めるべしとの声を聞き
石碑に刻まれし 試練の地を巡らん
一つは 光の道を進み
一つは 古代のからくり兵を退け
一つは 滝に掛かりし光輪をくぐり
聖なる力を高めし英傑 次なる試練に挑まん
……いかがです?
試練に挑みし英傑の章でした。
私の師匠も、おそらくこの地で先ほどの章を詠ってみたはずです。
ああ。師匠の遺志を継いで詩を完成させ、晴れて詠う事ができたなら……。
そのためにも私は、英傑たちの事をよく知っておきたい。
ありがたい事に、ゾーラの里の王と王子から英傑の逸話をお聞きすることができました。
完成させた詩をこの空の下で詠う事。それが私の旅の目的です。
《師匠について聞いてきた》
――師匠についてなにかわかったのですか?
ぜひ聞かせてください。
弟子としてだけではなく、師匠の半生には興味がありますので。
《実は……》
――なるほど。そうだったのですか。
師匠は宮廷詩人だというだけでなく、シーカー族の戦士でもあったのですね。
思えば師匠の身体にはいくつかの傷痕がありました。
本人は事故で負ったものだとおっしゃっていましたが、隠さなければならない立場にあったのならそれも理解できます。
それで、大厄災の後に師匠がなにをしていたかでしたね。
以前にもお話した通り、師匠は大厄災の後、古の勇者について調べていました。
いずれ目覚める近衛騎士殿のため。
そしてハイラル城におられる姫様のため。
古の勇者の伝承を調べ、詩にして残したのです。
一万年前の伝承を辿る旅は困難を極め、師匠はその生涯を調査と詩作に費やしました。
私が師事した時にはもう師匠はかなりの高齢で、各地に点在する古の詩については既に完成させていました。
だから私は師匠亡き後も近衛騎士殿に詩を伝えられるよう、古の詩を学んだのです。
古の詩を伝え終えた師匠は、それから新たな詩の製作に取り組みました。
そうです。
先程あなたへお聴きいただいた未完の詩――。
師匠は晩年、あの詩の製作に取り組んでいました。
ですがお話しした通り、詩が完成する前に師匠はこの世を去りました。
基本的な旋律と詩の大半は完成していたのですが、最も重要な章は未完成なまま。
だから私は、師匠の遺志を継いで詩を完成させたいと思うのです。
《ずっと詩を作っていた?》
――ええ。師匠はとても熱心な方で、一日の大半を詩作に費やすことも多くありました。
机に向かっていないのは食事の時間と、あとは祈りの時だけでしょうか。
《祈り?》
――はい。夕刻になると女神像に向かって祈りを捧げるのが師匠の習慣でした。
それはもう毎日。嵐の日も雪の日も変わらず。
日暮れ時には必ず家の外に出て、女神像の前で祈るのです。
女神を信仰する風習は各地にありますが、中でも師匠は敬虔な方でした。
亡くなる間際にも、師匠は女神への祈りを口にしていましたしね。
ところで……。
私、一つだけわからないことがあるのです。
師匠はなぜ、生涯を賭けて勇者への詩を残そうと決意することができたのでしょうか。
大変言い辛いことではあるのですが、先程のあなたの話を聞く限り、師匠はあなたへ決して良い感情を向けてはいなかったと思います。
にもかかわらず、師匠はいつか目覚めるあなたのために詩を残そうと決意しました。
その意志は、どこから来ていたのでしょう。
どのような想いを原動力としていたのでしょう。
師匠が姫様へ想いを寄せていたのはわかります。
ですが、それだけで一生を掛けようと思えるものでしょうか。
かなわぬ恋――片想いであると知りながら、百年の時を殉じることができるでしょうか。
今は亡き師匠に理由を訊ねることはできません。
存命の間に訊ねても答えてはくれなかったでしょう。
ですが、私は師匠の想いを知りたい。
未完の詩を完成させるためにも、師匠の想いについて知る必要があると……。
私はそう思うのです。
長々と付き合わせてしまい、すみませんでした。
またなにか師匠についてわかることがあれば、教えてくださいますか。
私の方でも、師匠について調べてみようと思いますので。
では、よろしくお願いします。