名もなき英傑の詩   作:惣名阿万

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Nocturne

 おお、リンク。

 このような夜更けにどうしたのじゃ。

 

 今宵は月がよう美しく見えるでな。

 我もこうして夜風に吹かれ、ひと時を過ごしておったのよ。

 

 

 

 さて、其方は明日、神獣にまつわる試練を受けに行くと言っておったな。

 

 それは真の勇者に向けたもの。かつてないほどに厳しい試練となるじゃろう。

 心を強く持ち、己と真摯に向き合うのじゃぞ。さすれば我らが祖も認めてくれるじゃろうて。

 

 

 

 

 

 

 ……ふむ。なにやら問いたげな顔をしておるのう。

 

 遠慮することはない。言うてみるのじゃ。

 

 

 

 《実は……》

 

 

 

 ――あやつが何故、生涯を賭けて詩を遺したか、か。

 

 そうじゃのう。あやつが黙しておったのならば、語るべきではないのかもしれぬが……。

 

 

 

 《聞きたい》

 

 

 

 ――わかっておる。そう()くでない。

 

 

 

 

 

 

 ……では、少々昔話をしようかの。

 

 あやつと姫様が初めて会うたときの話じゃ。

 

 

 

 それはあやつが五つの時のことじゃった。

 

 当時、遺物の調査をしておった両親に連れられ、あやつはハイラル城を訪れた。

 

 王への謁見の後、調査団は詳細を話し合うために会議室へ籠ってしまっての。

 一人残されたあやつは庭に出で、そして姫様に会ったのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 見知らぬ場所に一人残され、さぞ心細かったことじゃろう。

 あやつは人目を避けるように庭へ出で、そこで花を摘む姫様を見た。

 

 姫様も花園を訪れたあやつに気がつき、声を掛けたのじゃ。

 

「あなた、だあれ?」

「ボ、ボクは……《――》」

「《――》! かわいい名前ね!」

 

 このときはまだ母君もご存命での、ゼルダ様はいつも笑顔を浮かべておった。

 

「ねえ、私とお話しましょ!」

 

 姫様は幼い頃から好奇心が強くての。何度も何度もあやつに問いを投げかけた。

 あやつは逆に引っ込み思案じゃったから、姫様の問いに答えるばかりじゃった。

 

 

 

 姫様にとって、それは好奇心を満たすための一幕に過ぎなかったじゃろう。

 

 じゃが、あやつにとってはかけがえのない時間じゃった。

 

 

 

 そのうちに、このような問いがなされた。

 

「ねぇ、あなたは何か好きなことってある? 私はお花を育てるのが好きなの。とってもきれいで、ちゃんと育ったときはすっごく嬉しいのよ」

「ボクは……ハープを弾くのが好き、だよ」

「ハープ! あなたハープが弾けるのね! ぜひ聞いてみたいわ! ねえ、なにか弾いてみせて!」

「う、うん。わかった。じゃあ……」

 

 あやつは物心ついた時から琴に触れておっての。

 故にあやつは幼くして、とある詩だけは達者に奏でることができたのじゃ。

 

 

 

 

 

 

 女神のしもべに 導かれし若人

 空と大地を結び 光もたらす

 若人 2つの大いなる羽を

 光の塔に導く 彼の者の前に

 道はひらけ 詩の響きを聞く

 

 

 

 

 

 

 あやつの詩を、姫様は静かに聞いておった。

 そして詩が終わると、深く息を吐き、笑った。

 

「すてきな詩……。それにハープもすごく上手ね」

 

 褒められたときのあやつの反応はわかりやすくての。

 顔を赤く染め、琴を抱えるように俯いたのじゃ。

 

「そんな……。ボクなんて全然上手くないよ」

「ううん。そんなことない。私、とっても感動したもの。ねえ、今の、なんていう詩なの?」

 

 あやつは恥じらいながらも、誇らしげに答えておった。

 

「今のは『女神の詩』。ずっと昔から伝わる、女神さまを讃える詩、なんだって」

「『女神の詩』……。不思議ね。初めて聞くはずなのに、なんだか懐かしい気がするの」

 

 胸に手を当てて呟く姫様を、あやつは呆けたように見つめておった。

 

 

 

 やがて時は過ぎ、姫様は母君に呼ばれて立ち上がった。

 

「いけない、お母様が呼んでる。それじゃあね《――》」

「あっ……き、きみの名前は?」

「私はゼルダ。また、詩を聞かせてね。約束よ!」

 

 

 

 

 

 

 ―――

 

 

 

 

 

 

 わずかな時間の、些細な触れ合いじゃった。

 

 じゃがあやつにとって、それはかけがえのない瞬間だったのじゃ。

 

 以来、あやつは益々琴の練習に励んでの。

 瞬く間に村の誰よりも上手くなったのじゃ。

 

 これで姫様にもっと色々な詩を聞いてもらえる。

 そう言って微笑んでおった。

 

 

 

 じゃがその翌年、母君が世を去られると、姫様は笑顔を失ってしまわれた。

 ハイラルの姫として務めを果たさんとする姫様は泉での修行に注力し、安らかな時間を過ごされることはほとんどなくなってしまったのじゃ。

 

 葬儀の場で毅然と母君を見送る姫様を見て、あやつは姫様の力になりたいと考えた。

 以来、あやつは厳しい鍛錬を重ね、歴代で最も早くに《シーク》の名を継いだのじゃ。

 

 琴の技も仮初の詩人とするには惜しいほどの腕を持っておった。

 戦う力も姿を隠す技も、当時の一族では並ぶ者がおらんかった。

 

 そうしたあやつの技は、すべて姫様の力となるために磨かれたものなのじゃ。

 

 

 

 これでわかったじゃろう。

 

 あやつが生涯を賭け、其方を導く詩を残したその理由――。

 

 それは、姫様をお救いするため。

 己では叶わぬ願いを其方に託すためじゃ。

 

 お一人で城に向かわれた姫様を見送り、無力を嘆くでもなく、其方に嫉妬するでもなく、自らにできることをなそうと、あやつは村を出たのじゃ。

 

 

 

 その後、あやつがどこにおったのか、我にはわからぬ。

 古の勇者の足跡を辿る。そう言い残して去ったあやつは二度と村には戻らんかったでな。

 

 じゃが、一つだけはっきりと言えることがある。

 

 あやつが為したあらゆる事柄は、ひとえに姫様をお救いするためのことじゃとな。

 

 

 

 リンクよ。

 

 其方の道行は、あやつが示し、そして願った末のものでもあると。

 ほんの少しでもよい。覚えておくのじゃぞ。

 

 

 

 

 

 

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