辛いに棒を足したら幸せになるというが、その棒はどこから持ってきた!

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猫に人間の食べ物はNGニャ。ネコはなんでも食べるニャー


ネコも歩けば棒に当たる

 宮木武蔵は疲れていた。

 

 砂っぽく冷たい車止めに腰かけ、コンビニの周りに広がる草原をぼんやりと眺める。日差しはあたたかく風もない良い天気なのだが、武蔵の心はその温もりを甘受できないでいた。

 身じろぎすれば鎖のこすれる音が手足を繋ぐ錠から鳴る。武蔵にしか聞こえない音は、軽やかな鈴の音にも似ていたが、男の心を冷たく重くがんじがらめに地に沈める。鎖の端は落ち武者、そう表現するしかない朽ちた鎧をまとった幽霊に繋がっていた。

 振り返りわざわざ確認しなくても、背後から伝わるひしひしとした気配に未だに憑りついたままだとわかる。

 

 嗤うでもなく、嘆くでもなく、怒るでもなく、無の表情で漂っているのだろう。

 

 それがなによりも武蔵には恐ろしかった。

 愚かな生者を笑うでも、死したことを嘆くわけでも、殺されたことを怒るわけでもなく、ただ無である死者がなによりも恐ろしかった。

怨霊が感情を示したのはただ一度。

 だけど、その一度のせいで武蔵は今現在、こんな九州の片隅の、まわりに建物がみえない田舎のコンビニで独りいた。

 

 ガサ。

 みるともなしに眺めていた草むらが、風もないのに揺れた。

 音のしたであろう箇所を注視すれば、背の高い草に隠れて白く尖った耳が二つ覗いていた。ピクピクとせわしなく動く耳は、ここしばらくで見慣れたものだった。

 

 昼飯にしようと買った魚肉ソーセージをコンビニ袋から取り出すと、テープを切って剥く。

 音につられたのか、匂いにつられたのか、やはり予想通りに白いネコが草むらから顔をみせた。

 

 ずいぶんと人慣れしているのか、トコトコと足元へと歩いてきたネコは、武蔵の方を見上げると早くよこせとニャーと鳴く。遠慮のない姿に笑みをこぼし、一口大にちぎったソーセージをあげると、腹が減っていたのかすぐにガツガツと食べ始めた。

 与えた分をあっという間に食べ終わったネコは、もっとくれと更にニャーと鳴き、手に持っている残りのソーセージをじっとみつめる。

 

「すこしだけ待てるか?」

 

 丸い頭を撫でて問えば、ニャーと元気な言葉が返ってきた。

 わかったわけではないだろうが、まるで通じたようなタイミングに武蔵は立ち上がると、ソーセージを口に放り込み、コンビニの中へとまた戻った。

 

「おまたせ、今あげるからな」

「ニャ」

 

 文具コーナーの横に売っていた50円のネコカンをみせれば、先ほどの場所から動かずにいたネコが嬉しそうに鳴いて迎えてくれた。

 さっそく開けてやろうとしてが、ネコはすくっと立ち上がるとトコトコと歩き始めた。

 そして草むらの端まで行くとこちらを向いて、一声鳴いた。

 

「ニャー」

 

 その誘う仕草に首をかしげながらも、特に予定のない武蔵は付き合うことにした。

 ネコカン片手にネコの後をついて草むらを歩いて行く。

 

 晴れた青空には白い雲が漂い、青々とした草はやさしく足に触れる。視線の先には丸いネコ。おどろくほどに平和な景色だ。

 鼻歌のひとつでも歌いたくなるのびやかな気持ちだ。

 

 そうして5分も歩かないうちに、前方に奇妙な建物が現れた。ブチ柄をしたネコの頭が乗った要塞?なのだろうか、大砲を備えた城は草原にあって異様だった。

 先立ちのネコは短く鳴くと、警戒もせず、ずんずんと我が物顔で城の中へと入って行った。

 

 

 ごくりと唾を飲み込む。

 呪われた舞台に出演した時のように、なにか巨大な運命に囚われようとしているのを武蔵は感じた。薄暗く中を窺えない入口がまるで地獄の口のように開けていた。

 先に入って行ったネコの気配も今は感じられない。

 

 さわさわと背後では草が風に揺れている。

 

 逃げよう。早く帰って安アパートでコンビニ飯を食べて、寝てすべて忘れてしまおう。ネコカンは劇場裏に住みついているネコにでもあげてしまおう。

 踵を返そうとした足が、なにかに操られて止まる。

 なにかではない。彼を操るのは今まで居ないかのように黙り漂っていた怨霊だった。

 

 いくら力を入れて抵抗しようとも、操り人形の如く手足を鎖で吊られた武蔵は一歩、また一歩、黒洞々とした城の入口へと近づく。近づいてしまう。

 横に振りたい首すら自由にできず、心の中でだけ必死に嫌だと叫ぶが、聞く者のいない悲鳴は胸の内だけで消え、やがて草原には誰の姿もみえなくなった。

 

 

 

***

 

 

 

 こじんまりとした外見とは違い、なかなか城の中は広々としていた。

 

 操られるままに武蔵は城の奥まで進む、階段を登れば、最上階のそこには丸窓があった。促されるままにそこから外をみれば、なんら変哲のない草原がみえるだけだ。いったいなにがしたかったんだろうか。ここへ導いたネコと落ち武者の意図がわからず首をかしげる。なんだか拍子抜けした気分だった。

 

 動くことが出来ないままの武蔵は、さやさやと揺れる草しかない外をただ見ていた。

 ふと、城から出て行く丸く白いものに気が付いた。

 

(ネコか?)

 

 遠目なので確信はできないが、あの特徴的なフォルムは先ほどみたネコに思えた。

 ここに誘いこんでおきながら、自分は外へと出て行く。その理由はわからない。トコトコと普通に歩いて行く後ろ姿からはなにを考えているのか読み取れなかった。

 あったばかりのネコに従うように動いた怨霊もわからなかった。ネコがなにか指示を出したのか、はたまた操ったのか誘導したのか。ニャーとしか鳴かないネコの言葉は理解できないし、そもそも喋らない落ち武者と意思疎通できた試しはない。

 

 この状況はなんなんだろう。ネコカンなんてあげようと仏心を出さなければよかったのか、そもそも逃げるようにこんなところに来たのが悪かったのか。

 動けていれば、唇を深く噛んだかもしれない。

 動けていれば、血がにじむほど爪を立てたかもしれない。

 口が利けるならば、世の理不尽と己の不幸を叫んだかもしれない。

 

 だけど、武蔵は動けず、怨霊は黙り、肝心のネコは外へ。

 

 目をそらすことも出来ない武蔵の視線の先に、新たな影が浮かび上がる。

 ネコに比べると一回り大きいソレは、犬というほど凛々しくなく、わんこの名が似あうどこか気の抜けた顔をして白いわんこだった。犬には詳しくないが、立った耳、くるんと巻いたしっぽから見るに日本犬の品種のどれかだろうか。

 

 見晴らしの良い草原で、前方から向かってくるわんこが見えているはずなのに、ずんずんと進むネコの歩みは止まらない。

 

 友達のわんこなのだろうか。と呑気な思考は、すぐに裏切られた。

 鋭い牙をみせつけるように大きく口を開いたわんこは、がぶりとネコに噛みついた。

 

「ッ!」

 

 上げられない悲鳴が喉の奥で消える。

 あまりの光景に血の気が引き、指先がひどく冷えた。

 

 そうしている間にも戦いは進む。

 噛まれたネコは逃げることなく、果敢にも噛みつき返したのだ。

 

(逃げろ! 勝てるわけないだろ!)

 

 犬と猫という種族の差もあるし、体格の差がある相手だ。勝てるはずがない。

 それなのにネコは逃げない。下がることはあっても、下がった分すぐに前に出て噛みつき返す。

 遠くから見る分には、晴れやかな草原で丸いネコと四角いわんこが戯れているようにも見えるのかもしれない。

 だけど、武蔵のいる距離からは流れる血も、歯型の傷も見えるのだ。目をそらすことは出来ず、動くこともできず、武蔵はただ、ただ何もできないままネコとわんこの争いをみつめることしかできなかった。

 

 ポヒン。

 情けない音がして、ネコが消えた。

 

 否、消えたわけではない。倒れ伏して草むらに隠れたのだ。

 消えたあたりから、見覚えのある白いものが天に昇っていく。それは彼の後ろに潜む怨霊によく似た、霊魂だった。

 

 

 

(ネコが、しんだ…?)

 

 思考が止まる。

 

 

 

 世界から音が消え失せ、砂の流れる耳鳴りだけがなにもしなかったことを苛むようになり続けていた。

 ネコとの思い出なんてほとんど無い。

 ソーセージを少し分けてあげて、頭をなでたぐらいだ。

 

 だけど、幸せそうにごはんを食べる姿を、

 掌が触れたやわらかくあたたかい感触を覚えている。

 

 いつしか武蔵の体に主導権は戻っていた。

 彼は強く拳を握ると、空へと還りゆく魂を睨みつけた。これはエゴなのかもしれない。だが、夜になると夢見る落ち武者の後悔のように、意識しないまでも自分も心の底では思っているように、生きたいと、生き物の根本的な願いはきっとネコも持っているだろう。

 

 舞台稽古で鍛えた肺活量で、武蔵は高々と叫ぶ。

 

「ネコ!」

 

 名も知らぬゆえに、心のうちで呼んだ名を。

 

『ニャー』

 

 そして、それにネコは答えた。

 まだ名もないネコは答えた。

 

 出来ると確信したままに、武蔵は魂をぐっと引っ張り込んだ。

 だけど、足りない。

 

 空に昇る力は強く、ネコの生きたいと望む力と武蔵の引っ張る力だけでは、ネコをこちらへと甦らせることが出来ない。

 

(なにかあと一押しないか?)

 

 ネコをこちらへと呼べるもの。

 そう考えた武蔵は、ポケットの中に入れたままだったネコカンのことを思い出した。コンビニの片隅で埃をかぶっていた50円のネコカン。それを高々に見せつけるように空へと掲げ、再び武蔵はネコを呼ぶ。

 

「ネコぉ!!」

「ニャー!」

 

 空へと昇りきる寸前だったネコの魂が消え、代わりにすぐ目の前に、丸く白いネコが現れた。血の流れる怪我もなくなり、白い毛並みをふわふわとさせたネコの姿は、一度死んだのが信じられないほど生き生きとしていた。

 

「ニャ」

 

 小さく鳴くネコに喜びと涙が溢れる。

 武蔵は感動でふるえる指でどうにかネコカンを開けると、ネコの前に急いで差し出した。赤い缶に頭ごとつっこむようにしてもりもりと食べる姿を眺めながら、そっと邪魔しないようにその背中を触れば、出会った時と同じぬくもりが伝わってきた。

 生きている。原理はわからないが、今の自分にはそれだけで十分だった。

 

「アパートは動物禁止だけど、どうにかなる。一緒に暮らそう」

「ニャー」

 

 

 だけど、開けたネコカンをもりもりと食べ終えたネコは、提案を断るように低く長く鳴くと、また城を出て行った。

 そこには、先ほどよりも城に近づいてきていたわんこがいた。

 

「やめろ、ネコ。どうして戦おうとするんだ」

 

 ネコを守りにと駆けだそうとした足は、城から出る寸前で、また怨霊の力で止められる。なにも出来ないまま、また戦いが始まる。

 ネコが噛みつき、わんこが噛みつき、双方ともに白い体が血と泥に汚れていく。

 

「なあ、やめろよ。ネコカン買ってくるからさ、なんだったらドックフードも買ってくるから一緒に食べようぜ」

 

 動かない足を、それでも必死に動かそうとするが、怨霊の呪いは強く動かない。自分の意思よりも、そちらの方が強いという事実に深く絶望する。

 あたたかなぬくもりを掌に残してくれたネコが傷ついているというのに、なにも出来ずにいる。

 

 動けずにいる武蔵と違い、一度死んで、その痛みも恐ろしさも知っているはずなのに、ネコは止まらない。戦うことを選んだネコは止まらない。

 

それはネコの、小さくも大きな戦いであり争いであった。

 

 やがて、その大戦争は決着がついた。

 ぽひんという音を立てて消えたのは、わんこだった。

 一度回復している分ネコが有利だったのだろう。

 

 敗者は去るのみ。と情けを断り一直線に天に昇るわんこの魂は呼び戻すことで出来そうになかった。

 空へと消えた魂を見送っているうちに、ネコは城へと戻ってきていた。

 

「ニャー」

「なかなかやるな」

 

 どこかで爆発音が聞こえるが、もうなにも気にしないことにした武蔵は、誇らしげに胸をはるネコの頭をぐりぐりと撫でてやった。

 耳の後ろの方が心地よいのか、目を細くしてゴロゴロ喉を鳴らすネコの姿に、こちらも自然と笑みが浮かび目が細くなる。

 

「さて、ネコカンのおかわりはいかがかな? それとも長崎名物カステラがいいかな」

「ニャー!」

「ニャー!」

 

 なぜか、答えは二重に聞こえた。

 

 

…to be continued?

 




タンクネコが解放されました

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