そう、彼女には普通の刃物は刺さらない。何故なら、彼女は吸血鬼族の真祖の末裔であるからだ。
ーーこの世界には色々な高知能生物が存在している。普人族や亜人族はもちろんのこと、魔獣や精霊種など、人型生物以外にも様々な生き物が高い知性で言語を操ったり魔法を使ったりしており、中には人間よりよほど頭のいい者だって存在しているのだ。
そうした事情もあり、実はこの世界は差別や偏見は、元いた世界に比べてよっぽど少ないのだ。
話が逸れた。それはともかくとして、彼女はそういった高知能生命体の中でも最上位に位置するような種族の血を引いており、実のところ俺よりも断然強かったりする。
ではこんな子供にも負けてしまうような俺が、何故魔王を討伐できたのか?
簡単だ。実は魔王はとても弱かった、ただそれだけのことにすぎない。
そもそも、魔王は俺たち普人族にとってはとてつもない脅威だったのだが、世界的に見るとどうやらそういったわけではなく、魔族の中ではそこそこに強い程度だったらしい。
そんなやつが何故魔王になんてなったのか。それらの事情を知ったのも魔王討伐を終えてだいぶ経った後だった。
ーー俺は、俺はとにかく未熟だったのだ。今でも強く後悔する。何も知らずにへらへらとしていたあの頃を思い出すたびに、自分を殺してしまいたくなる。
「せんせー!どうしたの!?手、手から血が出てるよ!?」
言われて気づく。どうやら、自分の拳を強く握りすぎて爪が掌に食い込んでしまっていたらしい。
「せんせいーーー」
ーー心配を、掛けてしまったのだろうか?
いや、それはそうだろう。いきなり目の前で強く手を握って血を流し始めたのだ。また失敗した。早く謝らなければ。
ーー俺はいつもそうだ。なんでこんなにーーー
ーーーいや、違うだろう。また考えすぎておかしな方に進むところだった。とりあえずは謝罪を、と俺が口を開こうとするとーー
「ーーーその血、舐めていいー?」
ペロッ、と音を付ければそういう風になるのだろうか。急に血を舐められた。
「ひぅっ」
思わず恥ずかしい声が漏れる。
注意しようとして口を開こうとするが、それより早く彼女が話し始める。
「えへへぇー。くすぐったかったでょー?ーー元気、出た?」
ーー息が詰まった。子供に気を使わせてしまうなんて、先生失格である。最近、色々とゴタゴタがあって弱気になっていたのかもしれない。
頑張らないといけないな。
「うん。元気、出たよ。ありがとうね。ーーでもね、ミーナ。相手に許可を得る前から血を舐めちゃ聞く意味がないでしょう?」
まあ、注意はするんだけど、ね。それとこれとは別ということで。しっかりとした子に育って欲しいから。
「えー? …まあ、いっか。はーい。今度から気を付けまーす。」
「うん、よろしい!じゃあ、先生オムライス作っておくから、ほかの二人もちゃっちゃと起こしてきて?」
「おむらいすー!?分かった、急いで起こしてくるねー!」
ドップラー効果音だったかな? とにかくその様な音を響かせながら走っていくミーナに、思わず笑みが浮かぶ。
「こけないようにねー」
恐らく、こけても怪我なんてしないよーなんて言うのだろうけれど、念のため声を掛ける。
「こけても怪我なんてしないよー!」
今度こそ声を上げて笑ってしまった。
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オムライスを作り終わり、テーブルの上に配膳していると、後ろから声をかけられる。
「先生、おはようございます。今日の朝ごはんはオムライスですね?とても嬉しいです。お代わり、ありますでしょうか?」
この声に、とても十代とは思えない声の落ち着きよう、そしてちゃっかりとはった食い意地。かつて仲間だった、大魔法使いアリスに本当にそっくりだなぁなんて思いながら振り向くと、やはりそこに居たのはアリスの面影が強く見える顔立ちをした女の子、アリシアだった。
だが、偶然というべきか否か、アリシアとアリスは赤の他人である。事実、アリスには子供がいない様だし、王国で新しい王族の子が生まれたというニュースも無い。
不思議なものだ、と思う。思うが、別にこの子に憎しみなんてこれっぽっちも抱いてなどいないし、寧ろ自分の子供として愛している。勿論、アリス自身にも恨みなんて持ってはいないが。
「うん、おはようアリシア。…でもごめんね?お代わりは作ってないんだ」
「そ、そうですか…。なら、仕方ありませんねーーー」
そんな悲しそうな顔をしないでほしい。別に作っていないだけで用意は出来るのだから。
「ーーーだから、一緒に何か作ろっか?オムライスを食べ終わってからだけど、ね」
「ーーーあ、は、はいっ!い、一緒に作りましょう!何を作りますか!?私はなんでもいいですよ!先生と一緒ならなんでも!」
クリクリとした、大きな紅い瞳を輝かせ、ふわふわとした金髪を跳ねさせながら全身で喜びを表す彼女に微笑んでしまう。
「ーーーふぁっ…」
と、急にフリーズするアリシア。
「ん?どうかした?」
「あっ、い、いえ。なんでもないです、はい。急に止まったりしてごめんなさい…」
この反応を見ると分かると思うが、実はこの子、とても感情の浮き沈みが激しく、こんな何でもないことでもひどく気にかけてしまうのだ。
「んーん。ただちょっとアリシアが心配になっただけだから、気にしなくてもいいんだよ?」
そう言って思いっきり抱きしめる。この子はこういった身体的スキンシップをとても喜んでくれる子なのだ。
「あ、あ、はひぃ!分かりました、お気遣いありがとうございます!…先生、せんせい、せんせぃ、せんせぇ!」
そういって思いっきりこちらを抱きしめてくる。この子はあまり物理的な力が強い方ではないから、こういったスキンシップでも安心して取ることができる。
しかしほんとうにこの子は感情の高低が激しい。
ーー孤児院を卒業した後が心配になるな。
「ーーーうん、じゃあ折角のご飯が冷めちゃうから、早く食べよっか? 席について、ね?」
「う、あ、は、はい。いま、席に着きます。…あ、あの。一緒にご飯、作ってくれますか?」
こちらの機嫌を伺う様に上目遣いで聞いてくる。気にしていない、と言ったのにとても不安げな顔だ。
「うん、もちろんだよ。先生が今までアリシアに嘘なんてついたこと、あったかな?」
「あっ、い、いえ!べ、別に先生を疑っていたなんて! 決して、決してそのような訳では…!」
ふ、振り出しに戻ってしまった。この子はこういった臆病になってしまうようなトラウマなど持っていなかったはずだから、生まれつきのものか…もしくはただ単に俺が知らなかっただけ、か?
とにかく慰めてご飯を食べさせないと。
「うん、分かってるよ。ごめんね? あんまりアリシアが可愛いから先生意地悪しちゃった」
嘘である。別に意地悪をしたかった訳ではない。まあ、アリシアが可愛いのは事実ではあるが。
「あっ、あっ、えへ、えへへへへぇ。い、いいんですよぅ! アリシア、全然気にしてなんていません! むしろ、嬉しかったというか、はい! 逆に、どんどん意地悪してくれた方がいいくらいで…!」
まずいな、早くご飯を食べさせたいのだが。
「そう? そういってくれると先生嬉しいな。さ、一緒にご飯、食べよっか?」
「あ、は、はいっ!」
そう言ってテーブルの方に駆け出すと、急いで席に座る彼女。
と、見ると子供達がいつのまにか全員揃っているではないか。早くご飯を食べたそうにしているミーアに、うっとりとした目でこちらを見てくるアリシア。そしてーーー
「先生」
「あ、うん。ごめんね、今行くよ」
薄緑色の、柔らかくウェーブしたショートの髪の毛に、エメラルド色の瞳を半目にしてじっとりとした視線を送ってくる子、ドリアードのエル。ドリアードの特徴が現れている、頭に咲いた黄色の花がまた美しく、とても彼女に似合っている。
ーーいつのまに来ているのか全く気がつかなかった。未だにじっとこちらをにらんで?いるエルに、おはようと声を掛けて微笑む。
「…」
こっくりと頷くエル。基本的にエルは無口でそんなに喋らないので、あまり気にしない。
「じゃあ、早く食べよっか?」
頷くエル。ブンブンと頭を振るミーア。そして、未だにうっとりとしているアリシア。
ーーアリシアさん?…大丈夫だろうか?
少し不安に思いながらも急いで席に着き、合掌の合図をとる。
「じゃあ、頂きます」
「いただきまぁーす!」
「ーーはっ!…有り難く頂かせていただきます!」
「…いただきます」
ーーーまあ、結局はばらばらになるんだけど、ね。
少しは長く書けてましたか?
ちなみに、アリシアさんが書いてて一番楽しかったです。