1-1
「見つけたぞ」
目の前にいるのは、人ではない異形。
雄雄しい角を左右につけた頭。見るだけでわかる、明らかに人間とは違う肉質を持つ群青色の身体。
言葉を受けて、ソイツはゆっくりと振り返る。赤く鋭い眼光がこちらに注がれた。
「お前だな、最近ここを荒らしてるって言う噂の
正面を向いた怪物の体を見ると、はっきりした大胸筋や六つに割れた腹筋のような意匠がある。先程見て取れた背筋もしかり、人間のシルエットも少なからず持ち合わせていることが見て取れる。そこから伸びる太い四肢には血管がありありと浮き出ており、奴の不気味さを際立たせていた。
しかし、その気味の悪さを最も際立たせるのは、なんといってもその四肢の一本、右腕部に相当する箇所。そこが、斧の形状をとっていることだ。太い腕に斧が握られているわけではなく、手首から先が得物になっている。
その容姿を何かに例えるとすれば……ファンタジーのドワーフ。巨漢というシルエットからも、我ながら言い得て妙だと考える。
「なんだ、お前は」
「い」の口のまま、歯をむき出しにした口。
くぐもってはいるが紡がれたのは、確かに人間の言の葉だった。
「俺か? 俺はな……」
一拍、置く。
目前に怪物。常人ならおよそ逃げ出す状況を前にして、怪物に対峙する青き影がひとつ。
装飾の少ない青いスーツ。腰にはベルト。
怪物に対峙する、青き戦士。
その名は――
「仮面ライダー、正義の味方さ」
ビシッと。漫画なら擬音に集中線まで描かれる勢いで、怪物に青い人差し指を指す。
その名を聞いた怪物が首を傾げ、小ばかにでもするように鼻から息を短く出した。
「正義の味方……? 面白い……!」
上から下、右から左へ立て続けに繰り出される斧。一振りで空気をびりびり震わせるそれを回避し、右の掌底を怪物の懐に一発。
「はっ!」
「ぐぅ……!」
怪物が苦しそうによろめく。
体勢を崩した怪物と距離を詰め、追撃。腹部へ立て続けに掌底を打ちこむ。
「ったく、硬いな!」
怪物の体は硬く、びくともしない。逆に殴っていたこちらの拳がじんじんと痛んだ。どうも先ほどの様に確実に懐に入れなければ有効手にならないらしい。
「これならどうだ……!」
振り下ろされた斧を間一髪で避け、顎に回し蹴りを決める。その巨体がぐらつき、二、三歩交代する。怪物に脳などあるかは知らないが、どうやら効果的だったようだ。
その隙を見て、走り込む。
腰に装着されたベルト。そのボタンを押し、トリガーを引いた。
『リミットオーバー! ゴー! ゴー! インディーゴー!』
直前で跳び、蹴りの姿勢。懐目掛け、跳び蹴りを決める。
――はずだった。
直前で態勢を立て直した怪物に、斧でそれを受け止められる。
こちらの勢いが足りず、怪物の膂力に飛ばされた。
すぐに立ち上がるが、目の前には、巨漢。
一撃、二撃と斧に襲われ、吹き飛ばされた。
「ぐあっ……」
吹き飛ばされた先は階段。受身を取れず、石の段差の上に体を打ち付けながら転がり落ちる。
膝に力を入れて即座に立ち上がる。
身構えるが、追撃はない。
ベルトの右腰についているホルダーからアイテムを抜き取りながら、階段を全力で駆け上がる。
「悪いがお遊びはここまでだ。こっからは本気で――」
階段を上り終え、それを前に掲げて敵に見せる――見せようとした。
しかし、その先に怪物の姿はなかった。
「あ、あれ……?」
我ながら間の抜けた声が出るも、すぐに不意打ちの考えが頭に浮かぶ。警戒しながらあたりを見回す。
だが、周りに身を隠せるような障害物はない。
……逃げられた?
「本気で、なんだって?」
不意に後ろから声が聞こえてくる。この声は、知り合いのものだ。振り返るとそこに、見た目高校生くらいの男が立っていた。
「あいつなら、お前がカッコつけてる間にとっとと逃げたぞ」
銀髪を片手で弄びながら、こちらに近づいてくる。
「逃げた……?」
「ああ、悪ぃ悪ぃ。見逃してもらった、だな」
「なんだと……?」
発言に、すぐさま詰め寄る。
しかし、彼は相手にしないと言ったように手をひらひらさせる。
「あのまま戦ったらお前は負けてた、それがわからねえお前でもねえだろ」
赤い瞳がこちらを睨む。ただでさえ吊り上がった猫目でキツイ印象を与える顔。その眉間に深いしわを入れてさらに表情を険しくし、こちらに対して明らかな嫌悪感を示してくる
「それは、確かに……。だが、ヴァルブの力を借りれば――」
「なら最初から素直に使え」
元々目の前の男はこんな調子だが、それでも今日は2割増くらいでご機嫌が宜しくないらしい。
だが、そんなことを気にする自分ではない。
「わかってないなあ。ヒーローっていうのは追い詰められながら徐々に力を使っていくもんだろうが」
「けっ、またヒーロー気取りかよ。それで倒されても知らねえからな」
そういうと、こちらとすれ違うようにして、男はふらふらと歩いていく。
「おい、どこいくんだよ」
「別にどこだっていいだろ。お前が俺に指図するな」
吐くように言い捨て、この場を去っていく。
「ったく、アイツほんとに自由だよなあ」
背中を見送りながら呟き、後頭部をかく。
その時、後ろから声が聞こえた。高く透き通った声は、小さい子の声だと直感できた。
「お母さん、あれなぁにぃ?」
声のする方を振り返ると、予想通り小さな女の子。彼女がこちらを指さしてきょろんとしている。
「あれはコスプレっていうの。今はああいう人もいるから、馬鹿にしちゃダメよ」
すぐにお母さんと思しき女性が彼女に答える。言葉とは裏腹に、その声音はこちらを蔑む調子が聞き取れた。
そういえば、まだ変身したままだ、ということを自分の青い姿を見て思い出す。
コスプレじゃなくて、本物の正義の味方なんですよ、なんて言ったところで痛いと思われるだけなのはさすがに分かる。それに、人知れず世界を守ることこそがヒーローなんだ。僕が守りました、なんて生産者が見える食材よろしくそんなことをするヒーローは真のヒーローではないだろう。
一抹の恥ずかしさで母子のその背中を見送り、周りに人がいないのを確認してから静かに変身を解除した。