翌朝、ベッドから起きて時計を見る。時刻は8時12分。
昨日、偶然彼岸送りの対象と遭遇した俺は彼女の真意を確かめるためにも今日再び彼女に会う約束をした。
ベッドから降りカーテンを開ける。夏ということもあり鬱陶しくさえ感じる日の光を浴びて目を細める。その日光でも外の気温の高さを感じる。
朝食を済まし、私服に着替えて時計を見る。丁度9時だ。
玄関のドアを開けて外に出る。
俺たち学生にとって夏休みは長期休暇で楽かもしれないが、大人たちは今までと変わることなく仕事が続く。
今だけ休みを味わえることに前は優越感に浸っていたことを懐かしく感じる。
「熱いな……」
外を見上げると曇り空ひとつない晴天で太陽は容赦なく暑さを俺たちに浴びさせてくる。
大人達は出勤時間のピーク。車が騒々しく行き交う。近くの公園の木々からは蝉の大合唱が鬱陶しく、暑さを余計に感じさせる。
彼女との待ち合わせ場所は昨日彼女に会った図書館のあの場所だ。
自転車に乗って汗をかかないようにゆっくりとこいで行く。
肌を通り抜ける風が心地よい。
図書館までは自転車で10分ほど。
幸い同じ学校の誰かに会うこともなく図書館に辿り着くことができた。
図書館の中は思ったよりも人は少なく相変わらずお年寄りの男女が新聞やら本を読んでいる。
図書館の一番奥、その端の席に彼女は座っていた。昨日と全く同じ席で同じ服装で彼女は座っていた。
「あ……」
彼女は俺に気付くと本を閉じて立ち上がった。まるで昨日を繰り返しているような感覚だ。同じ服装、同じ席、全く同じ服を2着持っているなんて珍しいものだ。それか、死を直前にしているため服を使い回しにしている可能性もある。大抵自殺を考えている人間は部屋の中に何も置かない傾向がある。
しかし、案外人間というのはわかりやすく本当の『死』を目前にすると途端に死を恐れだす。それが生き物としての本能なのだろう。だが、仕事はきっちりとこなしてきた。いくら死を恐れようが、死を拒むようになろうが、一度対象となった人間は全て殺し世界から消してきた。
どうせ彼女も今までの奴らと同じだろう。
「今日、私を殺してくれるのですか?」
表情一つ変えず、早くしてくれと親に頼む子供のように彼女はそう言った。
「……そんなに君は死にたいのか?」
「はい」
何の迷いもなく即答だ。ここまで本気で死を求めている人間は初めてだ。
昨日同じようなことを聞いた際は何も言わなかったというのに吹っ切れたのか?何もかもどうでもよくなったのか?
それでも昨日のあの表情を忘れることができない。
「いや、今日は殺さない」
だったら方法を変えよう。
「どうしてですか?私は早く死にたいです」
彼女に言わせてやる。
「俺は優しくないからな。あんたが生きたいと心から思うようになったら殺してやる」
「…………」
そう、俺はそういう人間だ。彼女に死にたくないと言わせてから殺す。このまま彼女の思い通りに殺してやるのは面白くない。
それに何故彼女が俺に殺されるとわかったのか、それを聞き出すことも必要だ。
じっくりと時間をかけて……
図書館で話をするのは周りに聞かれやすいため場所を変え、近くにある神社にきた。
「ここは……」
少し古びた神社は人気がないが、手入れされているのか古いわりにはちゃんとした神社だ。
「
「お彼岸はお参りをする日でしょう?どうしてその時期に祭りをするんですか?」
「何もお参りするだけがお彼岸じゃない。そもそもお彼岸は春と秋にあるのは知ってるか?春のお彼岸入りなんて聞くだろう。和菓子のお店なんかはその日に合わせておはぎを作ったり、スーパーでも売られているだろ?」
確かにそうだなと頷きながら彼女は話を聞いている。別にこういう話をしたところで何もないわけだが、何故か彼女の純粋な反応にベラベラと喋ってしまう。
「お彼岸はあの世とこの世が最も近く日だなんても言われる。境目が無くなって、先祖の魂が現世に帰ってくるんだ。だから祭りなんかをして先祖たちをお迎えするんだよ」
「ふーん、そうなんだぁ」
いまいちな反応に僕は少し癪に触った。自分から聞いてきて……いや、僕が勝手に喋っただけなのか……。脱線してしまったが、本題に入ろう。
「話を戻すけど、なんで君は知っていたんだ?君も『選ばれた側』ってことなのか?」
「……」
彼女は少し黙ってからゆっくりと話し始めた。
「これは……私の贖罪なの……」
———私は常識では理解し難いような経験を幼いから体験していた。動物の声を理解したり、人ならざる者が見えたり、彼らと話したり、同じ時を当たり前のように過ごしていた。幼い頃はみんなも同じように見えているのだと思っていた。
でも、この話を周りの人に話すと何故かみんなは私を避けるようになっていった。最初はみんなが驚いているだけだと思っていた。でも、大人達は自分の子供を近寄らせようとせず、あいつに関わっては駄目だ、祟りを受けるぞなんてことを言っていた。
そんな日が続いたある日、私の両親がこう言った。
(お前は『忌子』だ。この世にいてはいけない存在だ。だから…………死んでくれ)
そう言って手に隠し持っていたナイフを私に突きつけてきた———
————気がつくと私は村で一人立ち尽くしていた。空は夕焼け色に染まっており、カラスの鳴き声が聞こえる。
(お父さん……?お母さん……?)
ぼんやりとした頭のまま歩き出そうとした時何かに躓き前のめりに転けそうになり、その拍子に手から何かを落とした。
カランと音を立てて落ちたのはどす黒く染まったナイフ……あの時、お父さんが持っていたナイフだった。
(え……?)
躓いたものを見ようと振り返り私は体が硬直した。
目の前に広がっていたのは死体の山だった———
「———私は、両親を村の人を全員殺したの。この手で」
「…………」
僕はただ黙って彼女の話を聞いていた。
「私ね、ニンゲンじゃないの」
そう言って彼女は自分の額に手を当てると何かを念じるように目を閉じた。
「あっ……」
彼女が額から手を離した時、僕は無意識に声を出していた。
彼女の額からは二本の短い角が生えていた。赤黒い角は血に濡れているような色だった。
「驚いた?私、『鬼』なんだ。幼い頃に、鬼に会ったの。その時にお酒のようなものを一緒に飲んだら体から力みたいなのが溢れ出て、気がついたら角が生えてたの。ふふっ……気持ち悪いよね」
目の前の非現実的な光景に僕は声を出せずにいた。同時に何故彼女がここまで死にこだわるか、なんとなくわかったような気がした。
「君も特別な
「……」
わかっていた。最初から気づいていたんだ。彼女から感じる似たものを。人だろうが、人じゃなかろうが、本質は変わらない。
僕は、僕たちはきっと共感が欲しかっただけなんだ。欲にまみれた、常人のなり損ないなんだ。
思い返せば、この時からだったのかもしれない。僕がシステムに抗うと決めたのは。彼女を殺すことはできないと、初めて、僕は殺人を拒んだ。
だから、あんなことを言ってしまったのかもしれない。
らしくない、いや、そんなことを言う資格なんてないのに。
「ねぇ、君はまだ死を望んでいるのかい?」
「……はい」
彼女は変わらず、死を肯定する。
「……君の贖罪は、死ぬことじゃないと思う」
「……!」
彼女の表情が固まる。
「君の贖罪は、生きることだ。奪ってきた命の分、泥臭く、這いつくばってでも生きることだ。それがたとえ今すぐに死にたいとしても、生きたくないとしても、生きることだ」
「……私は…………」
「それに言ったはずだ。あんたが生きたいと心から思うようになってから殺してやると」
こんなことを人に言えるような立場じゃないことは十分わかっている。喉が締め付けられるような、緊張とは違う圧迫感が全身を震わせている。
「……うん、わかった。じゃあ、改めて……」
彼女はどこか明るい表情で微かに微笑んでいる。
「私に……生きる希望をください」
「……ああ、俺は優しくないからな」
心音が高鳴り、胸の奥に何かが引っかかっているようなものを感じながら、僕は、彼女の生きる手伝いをすることを誓った。
———夏の暑さをやけに感じる、とても暑い日のことだった。
この話の中には不快に感じるような言葉が使われています。
これはこの物語の背景を表すためであり、助長する意味ではありません。