死を望む君と彼岸花の僕   作:パルモン

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3話 『子狐二匹と』

 陽炎が立つアスファルトの上を大人達は早足で歩いていく。1分、1秒を惜しむようなその光景は僕にとって何故だか印象的に映った。そして、そんな命の使い方にひどく憧れた。

 

「今日はどこに行くのですか?」

 

「……まあ行けばわかるよ」

 

 平日、夏休みの子供たちは気楽に過ごすだろうが、大人たちにとってはいつも通りの日常。子供の休みと大人の休みは違う。そう認識したのは幼い頃。いつも家にいない父と母はきっと忙しいのだろうと子供なりに気を遣って過ごしていた。

 

 そんな過去のことを思い出しながら、僕は大通りを避けるように細い路地へと入っていく。ただでさえ夏の日差しは暑いというのに外を歩くのは正直きつい。

 

 ふと後ろを振り返ると彼女は汗一つ流しておらず、髪はさらさらで快適なクーラーのきいた室内にいるかのような様子に僕は再び人ならざる者というのを認識した。

 今思えば僕は非日常的な時間を過ごしている。なんたって彼女は鬼なのだから。鬼なんてのはもっと野蛮なものかと思っていたが、彼女はどう見ても人間のそれだ。

 一つ、鬼らしいといえば彼女の額から生える短い角。しかしそれは普段見えなくなっており、やはり何も知らない人たちからすれば綺麗な人程度にしか思わないだろう。

 

 路地はどんどん狭くなり子供1人が歩けるぐらいまでになった。その先にあるのは赤色に染まった手すりのついた階段。手すりはあまりにも熱く、触った瞬間思わず声をあげて手を引っ込めた。そしてそんな情けない姿を晒してしまったということにただでさえ暑いというのに、さらに顔が熱くなった。

 

 階段を上りきった後、ペットボトルの水を流し込みながら木陰のある道を進む。日陰ということもあり、先ほどよりかは幾分涼しく感じる。

 

 集合場所にしたコンビニから20分くらい歩いただろうか。目的の場所に着いた。

 

 そこは木々に囲まれた中、一つだけあるベンチがある開けた空間。ベンチの先からは街が一望でき、絶景とは言えないが始めてここに来た時はこの光景に感動した。

 

「わぁ……」

 

 あの時の僕と同じような反応をしている彼女に思わず表情が崩れる。

 しばらく彼女はその景色を眺め、僕はベンチに座り彼女とその背景を見ていた。

 

 幾分か経ち、彼女は満足したのかこちらに振り返ると嬉しそうに微笑んでいた。こんなに心の底から笑っている人を見たのはいつぶりだろうか。彼岸送りをしている間に自分の心はどんどん暗く、汚くなっていた。でも、彼女の笑顔を見てると、少しだけ気が軽くなったような気がした。

 

「さて、ここにはもう何もないし……」

 

 そう言いながら立ち上がって彼女を見ると不思議そうな顔をしていた。何か変なことでもあっただろうか。

 

「何もないって……そこに神社がありますよ?」

 

「は?」

 

 何を言ってるんだ?

 

「神社って……何もない……え?」

 

 僕はその光景を見た瞬間時が止まったかのような錯覚をした。彼女の指差す方、そこには確かに神社……いや、僕の背より少し高い鳥居があったのだ。こんなの、前までなかったのに……

 

「あ、もしかして今まで見えてなかったのですか?確かにあの神社は術がかけられてますから、普通の人間には見えないでしょう」

 

 普通……自分が普通じゃないのはよくわかっている。だが、ここにはよく来ていた。つい1週間前だってここに来た時には鳥居なんてなかった。

 まさか、彼女の影響……?うん、十分にあり得る話だ。彼女に会ったことで僕にも何かしらの影響を受けているのかもしれない。

 

「ん……?でも鳥居しかない……いや、僕が見えてないだけ?」

 

「あ、そうか……君は知らなくて当然ですよね。あれは、人ならざる者が現世(うつしよ)隠世(かくりよ)を行き来する境目。()()って言ったら馴染みあると思います」

 

「鬼門……」

 

 彼女という人ならざる者がいることもあり、今目にしている出来事に対して思いの外冷静だった。

 

「……まだ、あったんですね」

 

「え?」

 

 彼女は懐かしむようなどこか寂しげな雰囲気だった。彼女も()から来たのだろうか?いや、それはない。彼女は鬼に会ったと言っていた。その鬼に飲まされた酒のようなものの力によってヒトならざるものになった。それが彼女が昨日言っていた内容だ。

 

 僕はまだ彼女について何も知らない。いや、それでいい。知らないからこそ、殺せるんだ。

 

「あっ!」

 

「え?」

 

 突如鬼門の方から声が聞こえ向き直ると、そこには白髪の女の子と黒髪の男の子が立っていた。

 

(いつの間に……?)

 

 声を上げたのは男の子でこちらを見て動揺を隠せないでいる。そうか、普通の人間には見えないもの、認識できないということは本来は彼らと僕らの世界線とは異なる、出会うことのない関係のはず。

 

 が、その男の子の反応は予想外のものだったり

 

「や、やっと見つけました!我との契約者!」

 

「……は?」

 

 黒髪の男の子はたいそう嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねている。よく見ると、男の子と、女の子の背後から大きな尻尾が見える。わかってはいたが彼らもそうなのだろう。

 

「……君たちがどういう存在かは今理解したよ。で、契約ってなんのことだよ」

 

「積もる話はさぞありましょう!ですが、まずは是非是非!我との契約をしてもらいたいのです!さぁ!さぁ!……もぎゅっ!」

 

 叫ぶ男の子の大きな黒い尻尾を鷲掴みにすると妙な声を出して宙を待った。

 呆気にとられていると宙返りを決めた男の子はその姿を変え、黒毛の子狐に変わり、僕は思いの外驚いてしまった。

 

「き、狐!?」

 

 見ると女の子の方もいつのまにか子狐の姿になっており、こちらは稲荷の狐でよくみる白い毛の狐だ。

 

「ふぇぅ……そんな急に鷲掴みされたら驚くじゃないですか〜」

 

 気の抜けた声のこの狐、宙をふわふわと飛んでいる。やはり、普通じゃない。

 

「一体何がどうなって……」

 

 彼女に会ってから妙なことが続く。

 

「おっとそうでした、人間界ではまず、じこしょーかい?なるものをするんですよね!」

 

 鼻をふふんと鳴らしているが、妙なイントネーションが台無しにしている。

 

「我は稲荷神社より、主人様と契約するよう頼まれて参上した神使でございまする!本来は我だけでしたが、こっちは自ら名乗り出て共に主人様と契約することになった者です!」

 

「稲荷神社……神使?契約?さっきから何の話を……」

 

 話をどんどん進める子狐に少し苛立ちを覚えるが表情には出さず状況の理解に頭を働かせる。

 

「こ、これは失礼しました!勝手に話を進めてしまうとそろゃ腹が立ちますよね」

 

 この狐……心が読めるようだ。

 

「はい!我は人間の心が読めます!すごいでしょ?」

 

 まだ幼さが残る年頃なのか、狐の姿で人間のように胸を張る仕草はどこか滑稽に思えた。

 

「てか、話戻すけどなんで僕なんだよ……。他にもいくらでもいるでしょ?よりによって……」

 

 人殺しに神様からの使いが来るなんて……

 

「そんなことないですよ、主人様。何をかくそう、主人様に()()()()を命じていたのは我らが稲荷神社の主、『白菊』様です!」

 

「なっ……」

 

 突如告げられたこのシステムの事実にわけのわからない感情で体が震えている。

 

 神社の主……つまり神様的名存在……あるいは本当に神様なのか。白菊(しらぎく)という名前なんて聞いたことがないし、そこまで神社について詳しいわけでもない。でも、頭に直接語りかけてくるあたり納得のいく答えでもある。

 

「君も、これに関わっているってこと?」

 

 僕は先程からずっと黙っている白狐に聞いてみた。

 白狐は黙ったままコクリと頷いて肯定する。

 

「ささ!主人様!契約をしましょう!」

 

「はぁ、契約契約って……どうしたらいいわけ?」

 

 もうここまで言われては後に引けないような気がして渋々契約をすることにした。

 

「簡単なことです、主人様の血を舐めさせてくださいまし!」

 

「えっ?はぁ!?血!?」

 

 血を分けるって契約っぽいけど、血を出さないといけないなんて絶対に痛いじゃないか。

 

「大丈夫ですよ!痛みを感じる前に我が舐めれば傷は消えますゆえ!」

 

「なんだろう……全然信用できない」

 

 そんなやるやらないなやりとりが続いた結果、痺れを切らした鬼と白狐に動きを封じられ黒狐に血をとられることになった。

 確かに痛みは感じず、舐められた所は傷が無くなっていたことに驚いたが、指先を切られた感覚がありなんともいえない感情になった。

 

「契約完了です!これで我と主人様は血で繋がれた関係というわけです」

 

 手の甲を見ると何やら不思議な赤い紋様が浮かび上がり薄く光っている。

 

 人と鬼と狐二匹、僕の夏休みはどうやら普通には過ごせないのだろうと、晴天の空をただ見つめた。

 

 

 

 

 

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