【独自解釈】異説ガッチャマン【全拾羽】 作:dragonfly
『問答無用で水の中なんて、ジュン姐はまるでセイレーンだね』
水中だから会話は咽頭マイクで、口の中で、だ。
ま、首元から伸び上がったフェイスガードで、どのみち口は開けれねぇし。
『対地・対空音波砲は、水でほぼ無効化できるわ。
一番安全なルートを選んであげたんだから、感謝なさい』
『……へいへい。
さすがは【白鳥のジュン】。水中活動も手慣れていらっしゃる。
……っと!?』
力強いキックでぐいぐい進むジュン姐に首根っこを掴まれてたおいらは、とうぜんながら下流方面がよく見えた。
『ジュン姐、うしろ』
ちらりと背後に視線をやったジュン姐は、特に興味を惹かれた様子もなく、また前を向いちまう。
『河面の水鳥が水を得た魚以上だってこと、ギャラクターは知らないみたいね』
連中はジェットバイクや水中スクーターを使ってるらしく、ぐいぐい追いついてくる。
『ジンペイ。スーツの制御権貰うわよ?』
『え~と、お願いします?』
疑問形なのは、スーツの制御権なんてもん知らないし、そいつの渡し方だって判んねぇから。
具体的にどうこうしろって指示はないっぽいし、ま、任しときゃあいいんだろう。
『科学忍法・超水遁』
途端に、スーツの表面がトリ肌立った。そいつら小さなサブイボが細かく振動しだして、水を弾く。
『うわっ!』
さっきまでとは段違いの速度でジュン姐が泳ぐ。
うんにゃ。こいつぁ泳ぐっていうより、水の中を飛んでるってのが正しい。
なんたって、さっきのスカイダイビングもかくやって速さだもん。
……
追い着きかかってたミドリハイエナどもを充分引き離した。と思った瞬間に背後が爆ぜた。
ズガガガガガガドン! と、まるで水そのものが火薬だったんじゃないかって勢いで。
『化学忍法・漁火』
連中を振り切ったのは、逃げたんじゃなくて、爆発に巻き込まれないためにか。
お転婆そうな外見に違わず、ジュン姐はかなり過激そうだな。
『いま。何か失礼なことを考えなかった?』
『うんにゃ、滅相もない』
ぷるぷるぷる。
『Gスーツ着用のG型ウイルス適合者同士にはちょっとした感応能力が備わるから、ある程度の思考は伝わるわよ?』
ひぇぇ、くわばらくわばら。
****
『なまんだぶ なまんだぶ』って念じつつ目を閉じてたら、いつの間にか水の中から上がってた。
と云っても、川岸とかの地上じゃあない。
……何かの、操縦席?
「ようこそ、あたしの愛機。スワンUボートへ」
とてつもなく狭っこいコクピットは、一人乗りの電動自動車やピザの宅配スクーターもかくや。
一応オートバイみたいにタンデムで2人乗りっぽいけれど、おいらとジュン姐でいっぱいいっぱいだ。
「狭いけど、それは我慢してね」
「ジュン姐の専用機?」
あ、肉声だ。いつの間にかフェイスガードが下がってる。それに、全身ずぶ濡れじゃない。こっちはきっと、水を弾く『超水遁』のおまけだろう。
「そうよ。
あなたもそのうち貰うんだろうから、どんなマシンにしたいか能く考えておきなさい」
「ラジャー……って、あれ?」
ジュン姐の肩越しに見えるフロントコンソールの向こっ側にガラスケースっぽいものがあって、中に白いもこもこが居た。
「気付いた?
あたしの相棒、オデットよ」
翼の間に入れて休めてた顔を首ごと伸ばして、オデットって呼ばれたオオハクチョウがこっちを見る。
「任務中は、こうしてスワンUボートの管制制御をしてくれてるの」
「えっあっ、ヨロシク」
瞬膜を上げる、鳥独特のまばたきが返事だったんだろう。それだけでオデット姫は、また翼の間に顔を埋めた。
愛想が無いんじゃなくて、コイツの管制に手一杯っぽいってフインキが、なんとなくジュン姐の方から伝わってくる。
……ああ、これがGスーツの感応能力かぁ。
ツバメのコジローとの絆ほどじゃないけど、なんとなく暖かい。
それにしても、南部のおっちゃんって凄ぇな。
コイツの操縦席を見渡してみると、つくづくそう思う。
あるのはハンドルと付随したレバーがいくつか、フットペダルが3つほど。
ほとんどスクーター並みのシンプルさなのに、このスワンUボートは水陸両用、短時間なら飛行もできる万能マシンらしい。
こうしたガッチャマンの装備はおろか、Gタウンからゴッドフェニックスまで、全部おっちゃんの設計だって話だから驚きだ。
こうした、最新はおろか最先端のさらにその切っ先みたいな科学的装備を使いこなしてこその科学忍者隊なんだろうけど。
……って、そういえば。
「科学は解かんだけど、なんで【忍者】隊なの?」
ん~? って、計器をチェック中のジュン姐は生返事。
「たしか南部博士が、
『人類はまだ、絶望していない。
絶望していない者に、ことさら希望を与える必要もない。
故にガッチャマンは希望の光になるより先に、付き添い従う影のごとく人類を足元から支える忍びたれ』
……っだったかしら?」
上の空っぽいのに、一言一句間違えてなさそうなフインキが地味~に侮れねぇな。
「アンダーソン長官なんかは、【忍者部隊ゲッコー】とか【科学忍者隊バードマン】、【科学忍者隊シャドウナイツ】って名付けようとしてたみたいよ?」
あ~、うん。ノーコメントで。
「ま、実際。潜入撹乱とか囮捜査みたいなシノビっぽい任務の方が多いしね」と、ジュン姐。
ふ~ん。
まぁ、充分に発達した科学は魔法と区別がつかないって偉いヒトも言ってたフインキだし、これだけ凄ぇ科学なら忍術って名乗ったっておかしかないだろう。
「竜巻ファイターも、超水遁の術も、凄かったもんなぁ。
あと、さっきの大爆発」
ああ……。って、ジュン姐が顔を上げた。
「さっきのは、あたしのオリジナル。
カプセル入りの金属ナトリウムを流しただけの【化学】忍法よ」
なにそれ怖い。
****
「しかしまあ、ギンギラギンに塗られたものだな」
スワンUボートごとゴッドフェニックスに収納されて、狭い通路(這い登った)を操縦室まで移動したら、ジョーの兄貴がそんなコト言ってた。
ト金でもあるまいに、何を好き好んで。と、コンソールの端に鍵を差し込んでる。
ケン兄の隣り。
ガンナーシートに落ち着いたジョーの兄貴は、空に向けて音波砲を乱射する金色コウモリの映像を今一度見上げて、「……」おろす。
「……あのぅ、ジョーの兄貴ぃ」
「どうした」
黙々と火器管制システムのチェックを始めてるけど……、
「……そのぅ、……脚、は?」
さっき斬り落とされちまった右脚は、やっぱりそこにはない。
「右脚なら、行きがけの駄賃に山猫野郎に投げつけてやった」
あの慌てふためきようは中々の見物だったぞ。なんて哂ってる。
「……」
「そんな顔をするな。良く見てみろ」
言われて差し出されたのは、脚の切断面。
でも、そこには骨の白も血の赤も――焼けた肉の茶色ですら――、おおよそ生き物らしい痕跡は一つもなかった。
あるのは、金属とシリコンと強化繊維の積層物だけ。
「昔、お前のように無鉄砲なヤツが居た。
そいつを庇った時の勲章がこの両脚と右腕、その他内蔵された機械たちだ」
「……痛くねぇの?」
「痛覚なんて上等なシロモノも、その時に捨てたさ」
ぽんぽんと、平気な顔して切断面を叩くジョーの兄貴。
「ギャラクターを倒すまで斃れぬ、不死身のサイボーグってところだな」
「ジョー。そういう言い方はよせ」
口を挟んだケン兄が、切断面を叩くジョーの兄貴の右手をも止めた。
「……俺は感謝している」
すぐにフロントスクリーンに向き直ったから、ケン兄がどんな顔してるかおいらには見えない。
「だから戦い続ける。
お前が失ったモノの分も、お前の相棒の分もな」
ジョーの兄貴の手元。コンソールのシャッターが開いて、グリップだけの拳銃みたいな代物がせり上がってきた。
そいつを左手で握りしめ、ジョーの兄貴も前を見据える。
「そうだな、悪いクセだ。赦せ」
「喋りぃがしば終わったんちゃあ、こいからどげんしゅうか決めてござんかよう?」
振り返らずに、リュウのあんちゃん。
ゴッドフェニックスは高性能だけど、速く飛ぶ分だけ小回りが利かねえ。
対する金色コウモリはスピードこそないものの、ヘリコプターみたいに自在な機動でこっちの死角を突いてくる。
しかも音波砲は空気そのものを揺さぶるので、空を飛ぶモノにとっては致命的ってハナシだ。翼面の気流を引き剥がされて、良くて失速、最悪空中分解だとか。
ゴッドフェニックスにはミサイルだって搭載されてるらしいけれど、相手がアレじゃあ撃つだけ無駄ってことで一発も使ってない。
ガンナーであるジョーの兄貴はとっくにトリガーから手を離して、開店休業中の店員さんよろしく腕を組んでた。
手持ちブタサここに極まれりっぽいけど、ケン兄とは見解が一致してるみたいで特に不満はなさそうなフインキ。
とにかく打つ手がなくて、ゴッドフェニックスはずっと音波砲を躱すことだけに専念してる。
「そうだな。ならばリュウ、……」
続くケン兄からの簡潔な指示に、リュウのあんちゃんはただ「ラジャー」とだけ返してた。
****
「市民の避難誘導が終わったみたいよ」
通信モニターに映る暗号コードを解読してたジュン姐が、顔を上げる。
言うまでもないけどゴッドフェニックスは、徒に逃げ回ってたワケじゃあない。
鉄獣メカを繰り出してきたギャラクターは、替りにミドリハイエナどもを撤収させた。いつ音波砲の巻き添えを喰うか判らないからで、もちろん人間狩りも中断されてる。
おいらたちがこうしてゴッドフェニックスで鉄獣メカの気を惹いてる間に、地上では避難誘導や救助作戦が進行してたってワケ。
もちろん、それだけじゃない。
機関士席に陣取ってるおいらには、ゴッドフェニックスのエンジンの状態がフインキで判った。
デジタルグラフとピクトグラム表示だけでも、推進効率がガタ減りしてるってことが見て取れたんだ。
「ここまで上がりゅうば、地上へ被害も及ばんとで無かぁか?」
それはつまり、鉄獣メカを徐々に、ホントーに徐々に、高高度空域にまで誘い込んでたってこと。
「仮にあのままそっくり鉄獣メカが落下しても、墜落するまでに海上、あるいは山間部に誘導できるわ」
ヒナを護るために傷ついたフリして敵を惹きつけるヒバリやシロチドリみたいに、高度を稼ぐことで速度が鈍ったように見せかけてた。……らしい。
ズーム上昇がどうとかって言う専門的な解説を後日リュウのあんちゃんがしてくれたけど、正直おいらには良く解かんなかった。
「推奨落着ポイントは5箇所。うち3か所は避難完了済みのオールグリーンよ」
「よくやってくれた。リュウ、ジュン」
……
「決断の時だな、ケン」
「……ああ」
史上初のガッチャマンだった2人が、揃って金色コウモリを睨んでた。
「ジンペイ」
「なっ、なんだい。ケン兄」
ケン兄が振り向きもせずに話しかけてきたから、心の準備ができてなくて、ちょっとびっくりした。
「人間をガッチャマンやギャラクターに変えてしまうG型ウイルスが何モノか、南部博士の説明を憶えているか?」
「あ、いや……ゴメンナサイ」
説明が長くて、たぶん寝ちゃってたところだ。
「H5N1亜型から突然変異したG2N3亜型ウイルス」
ジョーの兄貴もまた、前を見据えたままで。
「正式名称、G2N3_Avian_Influenza」
「通称、G型トリインフルエンザだ」
……トリインフルエンザって、鳥インフルエンザ?
「通常のトリインフルエンザが鳥類を媒介に伝播するのと同様に、G型も主に鳥を中間宿主としてヒトに染る」
「違うのは、生き残った者に強い力を授けることと、稀に中間宿主との間に絆を産むことだ」
違いがもう一つ。と付け加えたのはジュン姐。
「在来種とは感染能がケタ違いで、トリやヒトどころか、地球上のありとあらゆる生き物に感染しうるところね」
なるほど、感染力じゃなくて、感染能か~。うん、解らん。
「そうだったな。
あの山猫野郎は、文字通りヤマネコを中間宿主としたギャラクターだ」
そうか。それでなんか苦手だったんだ。トリにとっちゃあ天敵だもんな、ネコ。
「そこで本題だ」
ケン兄は、あのコウモリメカから目を離さない。
「あらゆる生き物に感染するG型ウイルスが産みだすガッチャマンは、なにも人間だけが選ばれるわけではない」
ん? つまり?
「人間以外の生き物から誕生したガッチャマン。その第一号になるはずだったのが、あいつ。
俺たちがアダムと呼んでいたコウモリだ」
「だが、なぜか人間以外のガッチャマンは長生きできない」
「トリインフルエンザの最終宿主はヒトだから、ヒト以外は適応しきれないのかもって。
南部博士の仮説だけれど」
ジョーの兄貴の言葉に、ジュン姐が答える。
「そこで彼らには、機械の体が与えられることになった」
「オレみたいにな」
……んん? ちょっと待って。
「彼ら?」
ら、ってことは。
「ヒトのガッチャマンが何人も居るように、その他の生き物のガッチャマンも複数現れた」
「サイボーグ化を嫌ってギャラクターなんかに出奔しなかったら、アダムもまたオレ達と共に戦う仲間だっただろうよ」
そうか。さっきから2人とも、あの金色コウモリを睨んでたわけじゃなかったんだ。
「まぁ、あの様子じゃ機械化は免れなかったようだが、一体どんな甘言でギャラクターに寝返ったのやら」
ふ…、ってシニカルに嗤ったジョーの兄貴の隣で、ケン兄は視線を上げてた。
「聞いているな、ガッチャマン3号。
【カツオドリのゴッドフェニックス】」
「うわ!」
それが答えだったんだろう。ゴッドフェニックスがくるりと一回転した。
「いままでずっと友と争ってきて、苦しかっただろう」
「だが、友が道を踏み外したなら、それを正してやってこそ友情だ」
ケン兄の言葉を、ジョーの兄貴が補う。
この2人……。うんにゃ、ゴッドフェニックスを含めて3人は、敵になっちまったアイツへの友情と地球の未来の間で、長いコト板挟みになって苦しんでたに違いない。
だって、強い悲しみがGスーツ越しに伝わってくるもの。
「俺は決意した。
6人目を迎えた今日この日に、これまでのケリをつける。
お前はどうする、ゴッドフェニックス。……いや、ジョナサン」
「……ぐっ」
いきなりの加速に、息が詰まる。
リュウのあんちゃんがスロットルを操作してなかったので、油断してた。
「ジョナサン。とうとうお前の本気が見られるな」
にやりと口の端を吊り上げるジョーの兄貴とは対照的に、「そうか」って呟いたきり、ケン兄は黙り込んだ。
「ジンペイ、だったな?」
「……ああ、ガッチャマン6号【つばくろのジンペイ】さ」
ジョーの兄貴の問いかけに、答える。
「カツオドリの餌の捕り方を知ってるか?」
「……うんにゃ」
ならばよく見ておけ。って、画像を一つ回してくれた。
「時速100㎞で急降下して海中へ跳びこむカツオドリの突入採餌と、Gナンバーズの強い意志が合わさるその時」
ドコで撮ってるのか判んないけれど、今まさに急降下しようとするゴッドフェニックスの姿がそこに。
「マッハ5の最大戦速と、6千℃に耐える超々耐熱装甲を以て、ガッチャマン最大の奥義が発動する」
熱で真っ赤っかになったゴッドフェニックスが、とうとう炎を噴いた。
「本邦初公開じゃけん」
そのでかい体を全部使って懸命に操縦桿を押さえるリュウのあんちゃんの、頬に汗。
「いくぞ!」
ケン兄が、シートから立ち上がらんばかりの勢いで顔を上げた。
「科学忍法・火の鳥!」
ケーン! と聞こえたような気がする鳴き声すら音速の彼方に置き去りにして、ゴッドフェニックスは駆け抜ける。
音波砲の直撃すら空気ごと斬り裂いて、立ち塞がるものを全て薙ぎ倒して。
****
火の鳥がすべてを染めつくして、空も雲もお天道さまも、みな紅い。
「行くのか?」
音もなく立ち上がったジョーの兄貴に、ケン兄がそう声をかけた。
「ああ、相棒を失おうともオレは【コンドルのジョー】だ。
群れるのは性に合わん」
脚が一本無いってのにぐらつきもしないジョーの兄貴の輪郭が、次第にブレて透けていく。
「 ギャラクターが現れたらまた会おう、戦友 」
「ああ、短い別れだな」
違いない。って嗤ったジョーの兄貴の、気配が完全に消え失せた。Gスーツを通して感じてた頼もしいフインキすら、幻のごとく。
シートに残された僅かな皺だけを、そのよすがに残して。
****
『……』
聞こえてくるのは、ゴッドフェニックスのエンジンが発てる低い唸りだけ。
幾層もの装甲や隔壁を伝わって、シート越しに体表を揺するだけのそいつは、むしろおいらにゃ子守唄ドーゼンで。
「……」
往きとは違って、帰りに弾道飛行は使えない。
10分かからずに到着したニュートーキョーから、1時間以上かけてGタウンに戻ろうとする、その途上。
「どうだ、ジンペイ」
眠りに落ちる、直前だった。
「ギャラクターとは戦えそうか?」
前を向いたまま、ケン兄がぽつりと。
「……ん」
正直、よく判んねぇ。判んねぇけど……
「おいらはガッチャマン6号、【つばくろのジンペイ】さ」
そのうち判るようになるんだろう。って、自然と信じれた。
「よろしくな、兄ちゃん姉ちゃん」
それに…、と続ける。
「よろしくな、ゴッドフェニックス」
その途端、天地がくるりと一回転して、油断してハーネスを外してたおいらは席からずり落ちた。
つづく