【独自解釈】異説ガッチャマン【全拾羽】 作:dragonfly
吾輩はミミズクである。名前はフライデー。
どこで生れたか、とんと見当がつかぬ。
何でも、薄暗いじめじめした所でピィピィ啼いていた事だけは記憶している。
吾輩は、ここで始めて人間というものを見た。
しかも、あとで聞くとそれはガッチャマンという人間の中でも一番獰悪な種族であったそうだ。このガッチャマンというのは時々我々を捕まえて煮て喰うという話である。
しかしその当時は何という考えもなかったから、別段恐しいとも思わなかった。
ただ彼の掌に載せられてスーと持ち上げられた時、何だかフワフワした感じがあったばかりである。
掌の上で少し落ちついてガッチャマンの顔を見たのが、いわゆる人間というものの見始めであろう。
この時、妙なものだと思った感じが今でも残っている。
第一、毛をもって装飾されるべきはずの顔がつるつるしてまるでヤカンだ。
その後、鳥獣の類にもだいぶ逢ったがこんな巨体には一度も出くわした事がない。のみならず顔の真中があまりに突起している。そうしてその穴の中から時々ぷうぷうとチョーチンを出す。時たま割れて驚かしてくれるので実に弱った。
これが人間の言う昼行灯というものである事は、ようやくこの頃知った。
このガッチャマンの掌のうちでしばらくはよい心持に坐っておったが、しばらくすると非常な速力で運転し始めた。
ガッチャマンが動くのか自分だけが動くのか分らないが無暗に眼が廻る。胸が悪くなる。
到底助からないと思っていると、どさりと音がして眼から火が出た。
それまでは記憶しているが、あとは何の事やらいくら考え出そうとしても分らない。
ふと気が付いて見ると、ガッチャマンはいない。
たくさんおった兄妹が一疋も見えぬ。肝心の母親さえ姿を隠してしまった。
その上、今までの所とは違って無暗に明るい。眼を明いていられぬくらいだ。
はてな? 何でも様子がおかしいと、のそのそ這い出して見ると非常に痛い。
吾輩はテーブルの上から床に墜ちたのである。
ようやくの思いで床を這い回ると、向うに大きなベッドがある。
吾輩はベッドの下に潜り込んで、どうしたらよかろうと考えて見た。別にこれという分別も出ない。
しばらくして、啼いたらガッチャマンがまた迎えに来てくれるかと考え付いた。
ピィピィ、ピィピィと試みにやって見たが誰も来ない。
そのうちベッドの上にひたひたと影が降りて日が暮れかかる。
腹が非常に減って来た。啼きたくても声が出ない。
仕方がない、何でもよいから食い物のある所まで渉こうと決心をしてそろりそろりとベッドの下を左に廻り始めた。
どうも非常に苦しい。
そこを我慢して無理やりに這って行くと、ようやくの事で何となく空気の流れる所へ出た。
ここへ這入ったらどうにかなると思って、壁に開いた四角い穴から、とある坑内にもぐり込んだ。
縁は不思議なもので、もしこの壁が破れていなかったなら、吾輩はついに室内に餓死したかも知れんのである。
一樹の蔭とはよく云いったものだ。
この壁の穴は今日に至るまで、吾輩が隣家のサムを訪問する時の通路になっている。
さて隧道へは忍び込んだものの、これから先どうして善いか分らない。
そのうちに暗くなる、腹は減る、寒さは寒し、なぜか風通りだけは良過ぎるという始末でもう一刻の猶予が出来なくなった。
仕方がないから、とにかく明るくて暖かそうな方へ方へとあるいて行く。
今から考えると、その時はすでに別室に這入っておったのだ。
ここで吾輩は、彼のガッチャマン以外の人間を再び見るべき機会に遭遇したのである。
第一に逢ったのがジュンである。
これは前のガッチャマンより一層乱暴な方で、吾輩を見るや否やいきなり頸筋をつかんで箱へ抛り込んだ。
いやこれは駄目だと思ったから、眼をねぶって運を天に任せていた。
しかし、ひもじいのと寒いのにはどうしても我慢が出来ん。吾輩は再びジュンの隙を見て箱から這い出た。すると間もなくまた投げ入れられた。吾輩は投げ入れられては這い出し、這い上っては抛り込まれ、何でも同じ事を四五遍繰り返したのを記憶している。
その時にジュンと云う者はつくづくいやになった。
この間ジュンのサンマを偸んでこの返報をしてやってから、やっと胸の痞えが下りた。
吾輩が最後につまみ出されようとしたときに、この部屋の主人が騒々しい何だといいながら這入って来た。
ジュンは吾輩をぶら下げて主人の方へ向けて、この迷子の梟がいくら入れても入れても箱の中から逃げ出して困りますという。
主人は目の上の黒い毛を片方だけ跳ね上げながら吾輩の顔をしばらく眺めておったが、やがてそんならリュウを呼んでやれといったまま奥へ這入ってしまった。
主人はあまり口を聞かぬ人と見えた。
ジュンは口惜しそうに吾輩を箱へ抛り込んだ。
しかたなく吾輩は、ついにこの家を自分の住家と極める事にしたのである。
吾輩の主人は滅多に吾輩と顔を合せる事がない。職業は戦士だそうだ。
訓練から帰ると終日書斎に這入ったぎりほとんど出て来る事がない。
周りのものは大変な勉強家だと思っている。当人も勉強家であるかのごとく見せている。
しかし実際は、周りのものがいうような勤勉家ではない。
吾輩は時々忍び翼(特技)に彼の書斎を覗いて見るが、彼はよく転寝をしている事がある。時々読みかけてある本の上に涎をたらしている。彼は胃弱で皮膚の色が淡黄色を帯びて弾力のない不活溌な徴候をあらわしている。その癖に大飯を食う。大飯を食った後あとでワシジャスターゼを飲む。飲んだ後で書物をひろげる。二三ページ読むと眠くなる。涎を本の上へ垂らす。これが彼の毎夜繰り返す日課である。
吾輩はミミズクながら時々考える事がある。
戦士というものは実に楽なものだ。人間と生れたら戦士となるに限る。こんなに寝ていて勤まるものなら、ミミズクにでも出来ぬ事はないと。
それでも主人に云わせると戦士ほどつらいものはないそうで、彼はサムに向かって何とかかんとか不平を鳴らしている。
吾輩がこの部屋へ住み込んだ当時は、主人以外のものにははなはだ不人望であった。どこへ行っても跳ね付けられて相手にしてくれ手がなかった。いかに珍重されなかったかは、今日に至るまで名前さえつけてくれないのでも分る。
吾輩は仕方がないから、出来得る限り吾輩を入れてくれた主人の傍にいる事をつとめた。
朝、主人が新聞を読むときは必ず彼の肩の上に乗る。彼が転寝をするときは、必ずその脊椎に乗る。これはあながち主人が好きという訳ではないが、別に構い手がなかったから已むを得んのである。
その後いろいろ経験の上、朝はパソコンの上、夜はランプシェードの上、天気のよい昼はカーテンレールの上へ寝る事とした。
しかし一番心持の好いのは夜に入って、ここのうちのサムの寝床へもぐり込んでいっしょにねる事である。
このサムというのは立派なハクトウワシで、夜になると巣箱へ入って一塊となって寝る。
吾輩はいつでも彼の翼に己を容るべき余地を見出だして、どうにかこうにか割り込むのであるが、運悪くサムが眼を醒さますが最後大変な事になる。
サムは――鳥目らしくて、ことに夜中は機嫌がわるい――ミミズクが来たミミズクが来たといって、夜中でも何でも大きな声で啼き出すのである。
すると、例の神経胃弱性の主人は必ず眼をさましてベッドから飛び出してくる。現にせんだってなどは、もふもふと柔らかなタオルで雁字搦めにされてしまった。
……まあ、思い出話はこれくらいでよかろう。
当時の吾輩は主観が過ぎて、周囲の状況を能く呑み込めて居らなんだのだ。
まあ満足にホゥホゥと啼けぬどころか、破卵歯も取れておらぬ雛鳥だった頃のことである。思い出す度にアナホリフクロウに種族替えしたくなるほど恥ずかしいが、今のところは踏み止まっている。
卵の殻を突き破ったばかりの吾輩は、ガッチャマンであるリュウの相棒として見出され、共にあの島へ渡った。
慣熟だの訓練だのでへとへとになっていたリュウは吾輩のことをすっかり失念し、空腹のあまり這い出した吾輩は通風孔伝いにケンの部屋に辿り着いた訳である。
たまたまケンの部屋を甲斐甲斐しく掃除していたジュンはとりあえず吾輩を空いてた段ボール箱に保護し、リュウの状態を知悉していたケンは彼に伝えると共に吾輩を暫く預かることにしてくれたらしい。
命名の件だって同じ事。
リュウはとっくに吾輩にフライデーなる(サバイバルの名著に肖ったずいぶんと由緒正しい)名前をつけていてくれていて、ただそれをケンやジュンに伝え忘れていただけのことだ。
勝手に名付けるわけにも行かぬから、ケンもジュンも吾輩をどう呼ぶか難儀していたことであろう。ヒナとか、仔ミミズク、あるいはサムの温石、さらにはそこからどう転訛したやらカワセミなどと呼ばれていたように記憶している。(なぜ温石がカワセミにつながるのか、吾輩にはとんと見当がつかぬ)
そうそう。
ジュンのサンマを偸んだ件であるが、後日、獲れたてのクマネズミを彼女の枕元に置いておいた。あれだけ丸々と肥えた子持ちメスであれば、目黒のサンマにも引けはとるまい。
お詫びの品には充分であったろうと自負している。
おや? どうにも下界が騒がしいぞ。
さっき迄もキナ臭かったが、いよいよギャラクターのおでましか?
戦士は気楽な商売だと思っていたが、今となっては何をかや況やである。
リュウがへとへとになって吾輩のことを失念するのも、ケンが夜中に居眠りするのもむべなるかな。
こうして吾輩もガッチャマンの一員となり昼夜精勤しているが、大変などと言葉にするのもおこがましい激務であった。
たとえば、今。
吾輩は成層圏、高度にして8万フィートを航行している。ほとんど宇宙の底。あるいは、重力井戸の井桁。と形容していい空間であろう。
任務は偵察。
大気が薄いのでFP-7をがぶ飲みし、時には空中給剤まで行って続ける、不眠不休の作業だ。不撓不屈の精神力がなければ到底やって行けぬ。
吾輩が乗機【ストラトオウル】は、その名のとおり成層圏を――もしくは、終わりのない夜――を駆ける、一羽の怪鳥である。
三胴式の図体はゴッドフェニックスに劣らぬほど大きく、燃える太陽を受け止める背中は白く、夜天に紛れ様々な高熱・レーダー波からの護りとなる腹は、黒い(なので、吾輩は秘密裏に「腹黒シルバーバック」と呼んでいる)
通常の航空機はおろか、アクティブホーミングミサイルも届かぬ遥か高みから、地上を、あるいはゴッドフェニックスやガッチャマンを見守るのが吾輩の使命であった。
また、吾輩の相棒たるリュウに、【鳥瞰】なる技能を以って常に客観的な視点を提供し続けることも肝要である。らしい。
さらには、パイロットにとって重要な資質たる平衡感覚を、そもそも鳥類が最初から備えている絶対のそれで以って補強もする。
吾輩が天空に臨んでいる限り、こと空戦でリュウが余人に遅れをとることは有り得ない。多少小器用だろうと、トンボが鳥に敵わないように。
それらがパイロットにとって、もっとも不可欠な要素であるからにして。
まあ己が存在理由があることは善い事だ。やり甲斐もある。
しかしながら、成層圏は孤高に過ぎて話し相手が居ないのが少し寂しいやもしれぬ。ホゥホゥと啼いてみる。
すると至近に反応があった。
ほうほう、IFFに応答が。
所属はガッチャマン。ケンの愛機、イーグルストライクである。
マッハ4の最大戦速とそれに見合わぬ小回りのよさを誇り、爪のごとく鋭いグレーザー3門を備えた、小型戦闘機だ。
モノクロツートンなストラトオウルとは異なって、白赤青と塗り分けられた機体は目立って格闘戦向きではないように思われるが、必要に応じて機体色は変えられるわけだから問題ないのかも知れぬ。
まあ、あの主従では「むしろ目立ったほうが敵を惹きつけられて良い」などと宣いかねない。
今の状況でケンが来るのは有り得ないから、乗っているのはハクトウワシのサムだけであろう。
ずいぶん無理して上昇って来たらしい。排気炎が緑がかっておる。
どうやら、強制推進剤の液化ネオンを持ってきてくれたようだ。胴体下に、不釣合いな増槽。
自動操縦の【コウノトリ】がすれば済むことをわざわざやっておいて、「暇だったから」とか「たまには空気の薄いところを飛ぶのも爽快だな」などと抜かすのだろう。あの御仁は。
ホゥホゥ。と、これはまあ人間が行うところの苦笑のようなもの。
朋有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。
朋有り、遠方より来たる。亦楽しからずや。
大事なことなので2回言った。
吾輩がミミズクではなくハクトウワシであったのなら、彼の卵を産んでやるのも吝かでなかったのに。
つづく