さて、ウェイターの過去回です。いや〜難産だった。
(推奨BGM、ひぐらしより『You』)
2058年 ノーライト邸─
「おはよう、ウェイター」
「おはようございます、お嬢様」
屋敷内にて、書類をまとめているウェイターに当時17歳のフィオナが挨拶をする。
この頃のウェイターまだこの屋敷に来てから数ヶ月ほどしか経っておらず、まだ執事長ではなかった。さらに言えば当時はモノクルを掛けていなかった。
彼がいたノーライト家は当時は名だたる資産家であり、当主のエルスタル・ノーライトは人形技術に高い関心を持っており、I.O.Pや当時まだ存在していた鉄血工造に出資をしていた。そのため、主に軍用人形を造っていた鉄血工造はともかく、I.O.Pからは人形の割引などのサービスを受けていた。
故に第二世代人形が出回り始めた当時でも数十人もの人形を執事やメイドとして所持していた。ウェイターはその中の一人であった。
ノーライト邸に来たばかりのウェイターはまだ名前はなく、ただの型番のみであった。『ウェイター』という名はフィオナから貰った名前である。
ウェイターだけではなく、他の人形達の名前は全て彼女が考えたものであった。ちなみに、何故当主のエルスタルが名付けなかったかというと、彼のネーミングセンスが壊滅的だったからである。フィオナの名前も彼の妻が名付けていたほどであった。
「ここの仕事はもう慣れた?」
「ええ。旦那様だけでなく、ここの皆様は私達人形に良くしてくれますし、いいところだと思っています」
「そう思ってくれてこっちも嬉しいわ。それとね、ウェイター。正直に言って欲しいんだけど…その名前、気に入ってる?」
「この名前ですか?いい名前を貰えて良かったと思っておりますが、どうかされましたか?」
「いや…あのね、ホントはみんな気に入ってないけど私に気を遣って嘘ついてるじゃないかなって思ってね…」
不安そうにするフィオナにウェイターは優しく微笑み、目線を合わせた。
「お嬢様、一つ良いことを教えます。私達I.O.P製の人形はまともな嘘は言えないようになっております。ですから、みんなお嬢様がつけてくださった名前を気に入ったと言ったのなら、それは本当の事なんですよ」
「そうなの?良かったぁ…!あ、もしかして一回お父様が名前を考えた時に微妙な顔をしていたのって…」
「……正直あの名前をつけられるのはちょっと…と思いました…。この事は内緒にしてくれますか?」
「ふふ、わかったわ。お父様、仕事はできるのにネーミングセンスは本当に酷いものね。なんだって漢字を当て字にしようなんて思うのかしら?」
「昔の日本ではそういう名前を子供につける事があったそうで、その影響かと…」
「そうなんだ。お仕事の邪魔してごめんね、じゃあね」
そう言いフィオナは去っていった。
この当時、人形に対する扱いは今ほど良くはなく、人形の雇用に対するデモやテロも多かった状況で自分達を人間と同じように扱い、さらには名前までつけてもらったノーライト家にはウェイター達は感謝しかなく、そんな彼らの為に尽くすのが何よりの喜びであり誇りであった。
ウェイター達がノーライト家に来て一年が過ぎたある日、ウェイターはエルスタルに呼び出された。
「旦那様…私を呼び出したのはどのような用件でしょうか?」
「そう堅くなるなウェイター。別に咎めるために呼んだわけじゃない。…君たちはこの一年、随分と君たちはよく働いてくれている。特に君はみんなをまとめ上げるのが得意なようだね」
「ありがとうございます」
「そこでだ…君を執事長に任命しようと思うのだが、どうかね?」
「私がですか…?私より前にいた使用人のみなさんはそれでよろしいのでしょうか?」
前からいた人間の使用人を差し置いて人形の自分が執事長になっていいのかと不安に思ったウェイターだが、エルスタルは笑ってこう言った。
「それについては心配いらない。すでに彼らに話は通してある。みんな、君なら歓迎すると言っていたよ」
「…⁉︎本当ですか?」
「ああ。それで、どうかね?」
「…このウェイター、その役目を謹んでお受けします」
ウェイターは手を添えて深く一礼し、この日から彼は執事長となった。
その翌日、フィオナは包みを持ってウェイターの部屋までやって来た。
「ウェイター、いる?」
「ええ、どうぞお入りください」
部屋に入ったフィオナは若干モジモジしながら包みを差し出した。
「あ、あのねウェイター。昨日あなた執事長になったでしょ?だから…これ、そのお祝いのプレゼント…なんだけど…」
「プレゼント?わざわざありがとうございます。…開けてもよろしいですか?」
「うん…」
ウェイターはゆっくりとプレゼントの包みを開く。
─その中に入っていたのは金縁のモノクルであった。
「これは…」
「度とか入ってないただのオシャレグッズだけど、ウェイターに似合うと思って…今、付けてくれる?」
「かしこまりました、少々お待ちを…」
後ろを向き右目にモノクルを付けたあと、ウェイターはゆっくりと振り向いた。
「どうでしょうか?」
「…カッコいい…あ、いや、すごく似合ってるよ!」
「ありがとうございます。これは大切に使っておきます」
「〜〜ッ!」
ウェイターがにっこりと微笑むと、フィオナは顔を赤くしてそそくさと部屋から出ていった。
(あの反応…やはりお嬢様は…)
少し前からフィオナが自分に好意を寄せていることには薄々気が付いていたウェイターだが、先程の事でそれは確信に変わった。ウェイター自身も少なからず彼女の事を好いていた。
だが自分と彼女は主従関係で、しかも人形と人間である。彼女には年頃の少女によくある恋の一つだと思ってもらい、自分よりふさわしい人間を見つけて欲しいと願っていた。
その後、ノーライト夫人が第二子を身篭った事がわかり、彼らはより一層執務に励み、ウェイターは執事長としての手腕を発揮していた。
それから半年後、ウェイターはフィオナに呼び出された。少しの沈黙の後、フィオナが口を開いた。
「…ねぇ、ウェイター。私がウェイターをどう思ってるか、前から気づいてたんでしょ?なのにどうして今まで通りにしていられるの?」
怒ってるような、悲しんでるような顔で問いかけるフィオナにウェイターは押し黙ってしまう。そんな彼にフィオナはさらに畳み掛ける。
「変だと思った?人間の私が人形のあなたに恋してるってわかって可笑しいと思った?表向きは普通にしてて、内心バカにして「そんなことはありませんッ!」…⁉︎」
突然大声を出したウェイターに驚くフィオナに構わずウェイターは思いの丈を打ち明けた。
「この際申し上げますがお嬢様が私を好いてる事に気づいた時、私は嬉しかったですよ!私もお嬢様を一人の女性として愛しております!ですが…ダメなんですッ…!主従関係とかそれ以前に…私は人形で、お嬢様は人間なんです…!人形と人間が結ばれるなんて…」
心苦しそうに話すウェイターにフィオナはまたもや驚いていた。まさかウェイターも自分の事を好きだとは思っていなかったからだ。
ウェイターの言いたい事もわかる。今ではそうでもないが人形に恋愛関係になることはほとんどなく、またそういう感情を持つ人間を変人扱いする風潮もあった。ウェイターはフィオナがそういった目で見られるのが耐えられないのだ。
「…ウェイター、例え周りからどんな目で見られても私は気にしないわ。好きな
「しかし…」
「それにね、これからあなた達人形はどんどん増えていくわ。その中でそういった感情を持つ人間だって必ず現れるわ。なら、私達はその先駆けになっていきましょう」
「お嬢様…」
「改めて言うわ。私、フィオナ・ノーライトはウェイターを愛しています。ウェイター、あなたの答えを聞かせて?」
ウェイターは少し黙り込む。そこまで彼女に言わせたのなら、答えは一つしかないだろう。
「…私、ウェイターはフィオナ・ノーライトを愛しています。この身が尽きるまで貴女の側にいましょう」
「ウェイター…!」
フィオナはウェイターに駆け寄り、抱き締めた。ウェイターも彼女を抱き締め返し、髪を撫でる。
「ふふ、まずはお父様に報告しなきゃね」
「そうですね…」
「いや、その必要はない」
声がした方に向き直ると、エルスタルがいつのまにか部屋にいた事に二人は心底驚いた。
「だ、旦那様⁉︎あ、いや、これは…」
「お父様…いつからそこに?」
「ウェイターが大声を出した辺りからだな。いやはや、中々良いものを見せてもらったよ」
「えっと…という事は…?」
「あぁ、二人の交際を認めよう。ただし、公私はわきまえるように」
「本当に⁉︎ありがとうお父様!」
「旦那様…本当によろしいのですか?」
「構わないよ。前々から二人はお似合いだと思っていたからね…娘を頼んだよ」
「…かしこまりました。必ず幸せにしてみせます」
その後、屋敷内で彼らの交際が知らされると他の人形や使用人から祝福の言葉を送られ、二人は恥ずかしいやら嬉しいやらで気持ちがいっぱいいっぱいだった。
それからというもの、二人は基本ウェイターが仕事をしてる時はあまり関わらず、仕事が終わればフィオナが彼の元へ甘えに行くといったことが日常的に見られるようになった。休みの日は二人で買い物や近場にピクニックに出掛けたりしていた。その際一部の人間から好奇の視線を向けられたりしたが、二人は気にせず付き合いを続けていた。ウェイターはこうした平凡だが幸せな日々が続いていけばいいと思っていた。
─だがそんな日々を揺るがす出来事が起きた。『蝶事件』である。
鉄血人形の反乱が起こした影響は大きく、反人形派の怒りの矛先は鉄血工造だけでなく、
当然、ノーライト家もその対象となり屋敷の周りでは抗議のデモがしばしば行われていた。
「クソッ!旦那様達が何をしたってんだよ‼︎」
「そうよ!『お前らが出資しなければこうはならなかった』って、滅茶苦茶じゃない!」
「…落ち着きなさいあなた達。ここで言っても仕方がないでしょう」
不満を言う人形達にウェイターはたしなめた。
「ですが執事長!このままだと奴ら、こちらに危害を加えるかもしれないんですよ!」
「旦那様が近々ボディーガードとしてPMCを雇うと言っておりました。それまでの辛抱です」
そう言いウェイターはその場を後にし、フィオナの部屋へ向かう。
ノックをして部屋に入るとフィオナが彼に抱き着いた。その体は小さく震えていた。
「フィオナ…」
二人の時は名前で呼ぶようにしていたウェイターはフィオナの名を呼び、頭を優しく撫でる。
「ウェイター…私、怖いの。あの人達が私達に何かしてきたら…!」
「大丈夫です…もしもの時は私が絶対に貴女を守りますから…」
数日後、ウェイターはメンテナンスのため一時的に屋敷を離れる事になった。反人形派の動きが心配だったが明日には雇ったPMCが来るとの事なので大丈夫だろうと考えていた。
「ウェイター…メンテナンスが終わったら、早く帰ってきてね?」
「わかりました、お嬢様。では、行って参ります」
フィオナに見送られながら、ウェイターはI.O.Pへ向かった。
…これが、ウェイターが最後に見たフィオナの元気な姿だった。
その日の夕方に、武装した反人形派が複数のジープに乗ってノーライト家に襲撃したのであった。
屋敷内の人形及び使用人達はある程度の抵抗はしたが、運良く逃げ切れたリリィを除いて全員が破壊、殺害された。エルスタルは妻を守ろうとしたが、抵抗むなしく捕まり、目の前で妻をお腹の子もろとも殺された後、嬲り殺しにされた。
─そしてフィオナだが、襲撃時にジープに跳ね飛ばされ、騒ぎを聞きつけた治安維持隊が来た時には虫の息であり、なんとか一命を取り留めたが出血と脳のダメージが酷く、このままだといつ眼を覚ますかわからないと診断されたのであった。
のちに『バタフライエフェクト』と呼ばれた大事件をウェイターが知ったのは、メンテナンスが終わった後のことであった。
急いで病院に駆けつけ、医師からフィオナの事を聞いたウェイターは絶望し、膝から崩れ落ちた。
「嘘だ、嘘だ…嘘だァァァァッ‼︎」
フィオナのいる病室で、ウェイターはひたすら後悔の念に駆られていた。
─何故絶対に守ると言ったのに守れなかったのか?
あの日自分がメンテナンスをしていたからだ。
─何故メンテナンスの日をあの日にしてしまったのか?
別の日にすれば彼女を助けることができたかもしれないのに。
─そして何故、自分は
その後の医師の話によれば、彼女に医療用のナノマシンを使えば目覚める可能性はあるが、今の彼女の状態ではナノマシンの負荷に耐えられないとの事であった。しかし耐えられるように身体のダメージが回復するまで生きられるかはわからないそうだった。
だがウェイターはその可能性に賭けた。そしてウェイターはグリフィンに入る事を決意した。彼女が再び目覚めた時、今度こそ彼女を守れるようにするために。そして、ノーライト家を襲撃した連中のように人形と人間の仲を引き裂く輩を排除するために。
グリフィンに入る際、彼に適合する銃を調べた結果、SCAR-Hが適合した。
この銃の開発したメーカーはFNハースタル、その本社所在地がエルスタルと知った時、彼は運命的な何かを感じた。
しかし、彼が戦術人形になる際には名前を銃名にすると知った時、彼は少し躊躇した。ウェイターの名を捨てて良いのかと。だが、そうなる事は覚悟していたため、彼は戦術人形への改造を受けた。
そして彼はDG小隊へと入隊したのだが、その時に当時のバレットから『銃名以外の名前を名乗っていい』と聞いた時、彼はどの名前にするかは一つしかなかった。
「なら私は─ウェイターです」
「そうか。ならウェイター、DG小隊へようこそ」
そしてウェイターは、DG小隊の一員となった。
────
現在
面会時間を過ぎ、本社へ戻る中リリィはウェイターに問いかけた。
「執事長…お嬢様達を襲った連中はどうなったんですか?」
「彼らは私が入隊する少し前に隊長達が殲滅したそうです。それと、お嬢様のことですが、つい先週にようやくナノマシンが導入できるようになったそうです」
「本当ですか⁉︎」
「ええ。あとはお嬢様次第です」
───
二日後、病院から連絡を受け、ウェイターとリリィは病院に駆けつけた。
病室の扉を開けて、中に入るとそこにいたのは─
「嘘…本当に…?」
「お嬢様…!」
「リリィと…それにウェイター…久しぶりね」
「…ッ‼︎フィオナ‼︎」
久しぶりに聞いた彼女の声に、ウェイターは感極まって泣きながら彼女を抱き締めた。
「もう、ウェイター。その呼び方は二人の時って…まぁ、大体のことはお医者さんに聞いたわ……おかえりなさい、ウェイター」
「ただいまです…フィオナ…」
───
G&K本社
「今頃ウェイターは嬢ちゃんと再会してんだろうな。…?どうしたんだバレット?そんな顔して」
やたら神妙そうな顔をするバレットにスミスは問いかけた。
「いや…なんか…胸騒ぎがしてな…」
「ふーん…お前のそういう勘は当たるからな。多分大きな事が起きるかもな」
「あぁ…(なんだこの胸騒ぎは…?もしかして、ペイロードに何かあったんじゃ…?)」
DG小隊に緊急招集がかかったのはそのすぐ後であった。
ちなみに記憶喪失ルートもありましたが、あまりに酷なのでボツにしました。
いやね、書いてる途中で何回かウルッてきましたね。
最後のはoldsnake様作の『破壊の嵐を巻き起こせ!』でヤベェ事が起きた&救出依頼が来たのでその導入です。次回からまたコラボになるかもです。