第一話、その時、時代が変わった。
1934年[皇紀2594年]10月25日のことである。
昭和天皇は、国事行為を終え、寝床につくところであった、ちょうど9時くらいだったか、
しかし、何時もの時間は、今、終わりを迎えていた。
1934年10月25日21時35分 皇居、宮殿が爆破され、天皇陛下を含め、三百人が行方不明となった。
この事件は、後の赤軍の変と呼ばれることとなるが、それはまた後の話だ。
その一日後の26日、日本共産党、[コミンテルン日本支部]の残党だった者達が、爆破された皇居、
並びに国会議事堂を制圧する事件が発生、制圧後、首謀者の一人が「我らの敵!天皇は、我らの自由の炎により駆逐された! さあ日本人よ! 平等の為に立ち上がれ!」と声明を発表した。
しかし、その声が国民の耳には届かず、むしろ、日本人の敵という扱いとなった、
その数時間後の午後5時20分 近衛第一師団、第二師団が皇居、陸軍第一師団が議事堂に到着し、大規模な戦闘になった。
この戦闘ハ、二時間に当たる戦闘で
皇居戦
近衛第一師団→2名死亡 19名負傷
第二師団→6名死亡 26名負傷 に対し
赤軍→400名死亡 1名重症
国会戦 第一師団→30名死亡 100名負傷に対し
赤軍→1000名死亡 2名重症デアッタ。
これにより、赤軍残党の首謀者は即決の裁判で処刑
さらに、逮捕されていた佐野学などの人間も、同時に[事故死]した。
そして、ソ連、共産圏のスパイ、辛抱者の取り締まりを四日間開始し
結果、30日までに6万人の人間が[行方不明]となった
そして二日後の11月1日
天皇陛下がきえて数週間行方不明のままであったことから、死亡となり、
天皇陛下の分家にあたる、魂魄家の長女 魂魄妖夢が天皇に即位することから、この物語は、始まる。
そもそも魂魄家には、ひ弱そうな軍人の長男がいた。
名は魂魄武尊[こんぱくたける] 身長が普通の、そして少し腹が出ていて、見た目からは、到底軍人とは思えない
ほど優しい顔をしている人間である。
しかし、見た目よりも凄い人間である。 その一見無害に見えることから、陸海空にかなりの人脈があり、
全軍の人事を担当したり、補給計画や大規模侵攻戦を考えたり
自分で編成した 第五軍を指揮し つねに活躍してきた。
それ故に彼は「私のような軍人が天皇になったら戦場で指揮が取れないし、あまり市民にはすかれんだろう、
それだったら、国民に愛される妹に任せてもいいと思うんだが」と言い彼は辞退した。
そして、今回辞退した兄に代わり天皇になった魂魄妖夢についても語らなければならない。
魂魄妖夢は、伯爵家の従者として、暮らしてきた。
伯爵家の当主は 少し半人前の従者と語り
妖夢を見てきた市民たちは 人一倍責任感が強く、優しい少女と語る。
だが、兄はそれとは別の姿を見ていた。
兄は彼女を [常に最善な判断ができ、第三者の視点で軍を動かせる者 ] と語った。
何故彼がそのように語ったのかは、当時は不満であった。しかし、それが後に判るようになるには、
あと数十年は、かかるとおもわれる。
しかし、柳条事件などが起こったこの時代において、テロによる天皇陛下行方不明、、そして新たなる女性天皇
の誕生は、世界に、新たなる変化をもたらすことになるなど、この二人には、まだわからない話であろう。
そのころ、ドイツのハンブルクには、金髪の16歳の少年が、空を眺めながら、考え込んでいた。
その少年は、自分の祖国に絶望していた。
自分たちの国が生活が厳しいのは、無能な政府のせいだ、ユダヤ人のせいだ! というこの時代において、
このような青年がいることなど、余り珍しい事ではなかったが、この青年は違った。
彼は、蒼氷色[アイスブルー]の瞳には、この世界がどう見えているのか、、それは誰にもわからない。
しかし、この青年もまた、時代を動かす人物になる者であることをまだ、誰も知らない。