笑いが止まらない。
沸々と湧いてくるその衝動は、決壊するダムの様に、やがて堪えきれない物となって自身の口から発せられる。
心の底から楽しんでいるような、その声を聞いているだけなら自然と微笑ましく感じられるだけのそれを。
――俺は、誰かの生首を持ったまま上げていた。
『やっとぞ、とうとうこの時が来た!』
にぃ、と笑みを浮かべ、大神紅葉は高らかに謳う。
『あの大刀にあった忌々しい封が解かれた。この■■■■が悲願、やっと果たす時が来たぞ!』
嬉しそうにしている反面、次第に怒り、憎しみが浮き出てくる。
沸き上がる衝動を、持っている生首を投げ飛ばすという行為で晴らし、
目線の先に、少女たちが居た。
止めろ。
――少女が刀を振るい、立ち向かう。それを容易く受け止め、刀ごとその身体を大地へと叩き潰した。
止めろ。
――少女が鞭を振るい、縦横無尽に走る攻撃を大神紅葉へと迫る。それを避ける事もせず、胴体から千切るように切断した。
止めろ。
――自身を捧げることで、皆を逃してほしいという少女の訴えを嘲笑で返し、見せつける様に一人一人を――
『そこまでじゃ、■■よ』
声が遮る。それまで楽しむように虐殺をしていた■■は、嫌なものを見たとばかりに目を細める。
『誰かと思えば、諏訪の引きこもりか。腰抜けが何の用じゃ?』
『お楽しみ中すまんが、その少年はワシの庇護の元にある。勝手気ままに振り回すのは止めてほしいのぅ』
『お前の庇護ぉ? ――ふん、ならば不要よ、こやつは我が■■の分け身、
『……そこまで人間が憎いか、そこまで怒りを懐いたか、■■■■■よ』
その問いに、■■は吼える。
『当たり前だ!!』
その咆哮一つで、世界にヒビが走る。前後左右、吹き荒れる嵐の様な怒気の中、もう一人――諏訪神は、涼しい顔をして立っていた。
その様子に、大神紅葉もとい、■■は更に激昂する。何故理解出来ないのか、何故同意をしないのかと。
『それはの、■■よ。ワシはまだ、■そのものは変われると思っとるからよ
確かに
■■■がどのような“答え”を出すのか。それを見てからでも悪くはないと、ワシは思っとるよ』
『黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れッ!!』
『いいや黙らんよ、そんでほれ、これで詰みじゃ』
大神紅葉の身体から、ナニカが剥がれる様に消えていく。驚愕に染まった声が上がるが、諏訪神は笑って言った。
『此処はワシの領域じゃ、慢心したのぅ■■よ』
〰️〰️
――身体が動かない。全身が痺れた様な感覚に包まれたモミジは、そのまま倒れ、諏訪神に抱き止められた。
諏訪神は何やらぶつぶつと唱え、モミジの腹部へと手を押し当てる。じわじわと暖かい感覚が身体に浸透するように広がっていった。
『さて、色々と話さねばならぬ事はあるが、今お前が見たのは全てただの夢じゃ』
優しい声音と共に、目蓋の落ちた目に手を被せる。不思議と安心する手の温度が、モミジの緊張を解していく。
『ゆっくりと眠り、それから目覚めるが良い。明日の夢見にて、話をするとしようか』
すぅ、と遠退く声に従うように、モミジの意識はゆっくりと落ちていった。
◆
「あ、起きた」
諏訪に着いてから何度目かの気絶から目が覚めると、此方の顔を覗き込んでいた少女と目があった。
部屋に備え付けられている内線で連絡を取ると、モミジの側へと腰を降ろす。
「あれから、どれだけ経った?」
「大体5時間くらいかな。あ、身体ボロボロだったんだから、安静にしてなきゃダメだよ?」
「そっかぁ」
何か夢で見た筈だが、何か思い出せない。何かの夢を見たという事実だけを残し、もやもやとした気分に少しだけ頭を押さえた。
焼けてしわがれた声しか出ない喉で話していると、苦笑いを浮かべながら少女が言う。
「助けてくれてありがと。大神さんのおかげで命拾いしました」
「ご丁寧にどーも。他の子達には怪我はないかい?」
「大きな怪我はないよ、逃げるときに転けた子が居たくらい」
「そっか」
疲労困憊、という訳ではないが、身体全体が重りを着けたかの様に重く感じる。ゆっくりと時間を掛けて身体を起こすと、目の前の少女と改めて顔を合わせた。
「改めまして、大神紅葉です。よろしく」
「そっか、名前言ってなかったね。望月梓って言います!」
ニコニコと元気で可愛らしい笑顔を浮かべる子だった。子供らしい、というのだろうか、ここまで純粋で素直な子は中々居ない。
梓を通じて、現在の諏訪の状況を整理していく。バーテックスは撃退、怪我人や犠牲者はなく、避難者も問題なく受け入れているとの事だ。
梓にありがとうと礼を言い、無事に終わったことに安堵のため息を吐いた。白鳥さんに任せろと言った手前、何かあったとなれば冗談では済まされない。
もう一つ、気になる事がある。
「俺の武器――大きな刀はあの場所に置いてあるままかな?」
「それについては、私達から話があるわ」
梓が口を開く前に掛けられた声に振り向くと、白鳥さん、藤森さん、綾乃の三人が立っていた。
モミジが無事に目覚めた事に、水都がほっと胸を撫で下ろす。
「良かった。身体の具合はどうですか?」
「本調子って訳ではないけど、まぁ普通に過ごす分には大丈夫かな」
確かめるように肩を軽く回しながらモミジが言えば、なら、と歌野が言う。
「一度四国へ通信を取りたいの、そこへ同席してくれないかしら」
モミジが自分を指差すと、同意するようにこくりと頷く。そして、側に居た梓へも顔を向ける。
「あと、梓ちゃんもね」
え、と小さく梓の声が聞こえた。
〰️〰️
『――なるほど、そんなことが』
「うん。何とか乗り越えたけどね」
通信機越しに、ひなたと綾乃がやり取りをする。水都を含めた同じ巫女として、今回の騒動で感じた事があったらしい。
――今回の戦闘で、結界がいつもより更に強化されたそうだ。
『それでモミジさん、バーテックスが合体したとのことですが』
「あぁ、多分百匹……いや、それ以上か。とにかく大量のバーテックスが混ざりあっていたよ」
あの時の光景を思い出し、そのまま伝える。もしあの頑強さそのままに動きだしていたら、俺はあの場で死んでいたかもしれない。
『私も四国に来る途中に見たことがあるが、そんなに強かったのか』
「おう。若葉も出会ったら気を付けろよ。完成してない状態でも手こずったからな」
『勿論だ。それにしても、モミジが無事で良かった』
若葉の言葉に、ひなたも同感ですと声を上げる。心配掛けた様子に、素直に申し訳ないと謝った。
ひとしきり現状を報告したところで、おほんと白鳥さんが態とらしく言う。
「単刀直入に言うわ、ひなたさん。人を一人、そちらで預かってほしいの」
『預かる、ですか?』
「えぇ、此処に居る、梓ちゃんをね」
歌野の言葉に、梓が驚きを表しながら歌野を見上げる。その目線に笑顔で返し、言葉を続ける。
「この子はみーちゃんと同じ、あの“天災”の後に“巫女”の力に目覚めつつあるの」
『“目覚めつつある”?』
ひなたの疑問に応えるように、歌野、水都の両名が言葉を続ける。
望月梓という少女は、簡単に言えば“予知夢”を見る事が出来るらしい。それは毎回ではないが、バーテックスの侵攻の際、水都の神託よりも早くに襲撃される場所の特定が出来るというもの。
欠点は早朝の夢だけで、一つの事柄しか見れないという事らしいが、白鳥さんが言うには四国の大社で本格的に修行をすれば、化けるのではないかとの事。
「わ、私がちゃんと指導出来るほどの力があれば、諏訪でも出来るんでしょうけど……、ごめんなさい」
『いえいえ、逆にそんな状況でも立派に巫女をこなせてる水都さんが凄いんですが……まぁ、それはそれとして』
一呼吸置いて、
『此方で預かるというのは、賛成です。遅かれ早かれ、その様な力であれば巫女として大成出来るでしょうから』
しかし、と続ける。
『梓さん自身の希望を聞いてからにしてください。無理強いをしては、その子自身の為にもなりませんから』
そう言って、ひなたは締め切った。
その後は、四国への帰還の予定、“道”や諏訪の結界のメンテナンス等を、綾乃も含めて細かく相談していた。
話に入れない俺と白鳥さんは、考え込んでいる梓を黙って見つめていた。
無理もない、突然四国への話が出たのだ。自分だって同じくらい考える。
けれど、白鳥さんも俺も、何も言わなかった。希望としては是非来てほしくもあるし、道中の危険も考えれば止めたい気持ちもある。
でもそれは、梓ちゃん自身が決めることだ。俺たちで話を進めることは、許される事ではない。
それでも、言うことがあるとすれば。
「後悔しない道を、選ぶと良いよ」
「……うん」
モミジの言葉に、梓は小さく頷いた。
この後何話か挟んで、オリジナルキャラの紹介等のまとめを作ります。
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