とんとんとん、と木槌を打つ音が聞こえる。
「ここ、こんな感じで良いですか?」
「どれどれ」
救助者を更に迎え、今ある居住区では手狭になってきたという事で家屋の建て直しと増築を行っていた。
精霊システムには起動時の継続時間がネックなので、その修行も兼ねて重い材木を運んだり、また他の力仕事も手伝っている。
この建設方法は釘をあまり使わない。木組み式の建設を行う最中、元宮大工だと言う老人に作業の確認をしてもらった。
ふむふむと強度などを確認すると、此方へ親指を立てる。合格の様だ。
「モミジは筋が良いな。作業も丁寧に出来てる」
その言葉にありがとう、と返して次の作業に移る。
支柱を四方と真ん中の一本に立て、そこから支柱に掘った溝に木材を嵌め込んで行くらしい。簡素な物だが、しっかりと頑丈な造りになるのだとか。
「お前みたいな男になら、あの二人も任せられる。いやぁ、安泰だな」
「……何の話?」
気になる話題を振られ、木槌を振る腕が止まる。モミジの問いに、老人は疑問符を浮かべた。
「何って、歌野ちゃんと水都ちゃんを嫁に迎えるんだろ?」
何の話だ。
言いたいことがかなり有りすぎてちょっと待てと手を出す。言いたい事を纏めている最中、老人はゆっくりと茶を啜りながら待ってくれていた。
「噂の大元は?」
「今朝の朝食、藤宮さんからだ」
脳裏に藤宮さんがオホホと笑っている姿が映し出される。諏訪の噂の広まる速度は知っているので、こうしちゃおれんと木槌をごとりと建設途中の床に置くと走り出した。
「すんませんちょっと休憩頂きます!」
「気をつけてなぁ」
間延びした言葉を置き去りにして、モミジは食堂へと走り出した。
◆
「あ、モミジ兄ちゃん」
食堂へと辿り着くと、梓がお盆に空の食器を乗せて運んでいた。時間はお昼前、一足早めに食べた人達のを下げているのだろう。
漂う良い匂いに腹が鳴るが、それよりもと藤宮さんの姿を探す。
周囲を見渡すが、姿は見えなかった。
「梓ちゃん、藤宮さんは何処に行った?」
「んーとね、大社の事務の人に差し入れ持って行ったよ。もう少しで戻ると思う」
「そっか」
もう少しで戻るのなら、入れ違いになってもいけない、ここは待つのが良いだろう。
大社の人達には、後で誤解を解きに行かなくてはならないが。
厨房から戻った梓が、お盆にお茶の入ったコップを乗せて帰ってくる。言いたい事を理解し、空いているテーブルに腰を下ろした。
はい、と手渡されたコップを受けとる。
「ちょっと早いけど、一緒にご飯食べよ?」
「おう、良いぞ。今日の献立は何だった?」
「蕎麦とー、天ぷらとー、炊き込みごはん!」
「おぉ、旨そうだな」
厨房からカチャカチャと食器を扱う音が聞こえる。毎日三食食べさせて貰っているが、蕎麦は勿論、他の料理も何時も美味しい。
限られた食材で作っているとはいえ、毎日食べても飽きない、とはこの事なのだろうか。
厨房を仕切る暖簾を上げて出てきたのは、エプロン姿の水都だった。胸元にカエルのプリントが付けられたそれは、中々に可愛らしく思う。
だが、モミジの脳内ではそんな事は考えられていない。
「(気まずい)」
先程の噂を聞いたせいか、水都の顔を直視出来ない。お待たせ、と目の前に二膳置かれ、梓がありがとー、と礼を言う。
流石に礼を言わないのは失礼だよな、とモミジも顔を上げて礼を言うと、水都の顔を見て止まる。
「な、な、なに、かなぁ……?」
真っ赤だった。
熱でも有るのか、と思う顔色に心配になって立ち上がる。思わず水都の手を取ると、跳ねた様に水都が小さく悲鳴をあげた。
「大丈夫、水都さん?」
「だ、だだだ大丈夫だよ?! で、でも、お嫁さんにはまだなれないから?!」
「……へ?」
水都の言ったことを考え、そして辿り着いた。既に藤宮さんから言われていたか、と。
あたふたと慌てる水都を宥め、モミジは安心したように椅子に座った。
〰️〰️
「――って訳で、全部誤解だから」
「そ、そうだったんだ。でも確かに、まだ中学生だし、おかしいもんね」
誤解を上手く解く事ができ、ぎこちないながらも水都がモミジに対する緊張をほどいていく。
まだ若干距離がある気がするが、それは仕方がないだろう。
「今日もご飯美味しー!」
「ありがとね。あ、ご飯粒付いてるよ」
炊き込みごはんが入った器を持って、元気にパクつく梓の頬から、水都が微笑みながらご飯粒を取る。
空腹を感じて、折角の料理を冷ましてはならぬとモミジは箸を取った。早速炊き込みごはんを口へと運ぶ。
「うん、美味しい。水都さんは料理上手だね」
「そ、そうかな。ありがと」
少し頬を紅潮させ、声が小さくなる。その隣に座る梓が言った。
「何時でもお嫁さんに行けるね!」
その言葉に、先程の事を思い出したのか、更に耳まで真っ赤に染めて、パタパタと厨房まで走っていった。
待って、というまでなく走っていった水都の後ろ姿を、止める宛のなくなった右手が宙に留まる。
「……何か、悪いことしちゃった?」
「……いんや、何もないよ」
声を潜め聞いてくる梓の頭に、モミジは優しく手を置いた。
◆
「あら、ごめんなさいねぇ。そんな事になってたなんて」
「本当に、勘弁して下さい……」
諏訪大社の面々の誤解を解いた後、ばったりと会った藤宮さんと話をする。
この手の人の噂話好きは知ってるので、やんわりとだが注意するに終わった。
さっき逃げていった水都さんへのフォローを頼むと、快く藤宮さんは受けてくれた。……今更だが、頼んでも大丈夫なのだろうか。
完全には消えぬモヤモヤを抱えながら、建設途中だった現場へと戻る。戻ると、もうある程度の作業が終わっていた。
此方に気付いた老人が、シワだらけの顔に笑顔を浮かべる。
「戻ったか」
「待たせてすみません。まだやることありますか?」
「いや、支柱さえ立てれば後は出来るからなぁ。もうゆっくりしてても良いぞ?」
何でも、俺が四国に戻り居なくなった後の事を考えて、若い居住者に建設の知識を伝えるのだとか。ならば邪魔をしてはならないとモミジは理解する。
「さっきの話は済んだのかい?」
「えぇ、取り敢えずは――あ、歌野さんに言ってない」
「歌野ちゃんなら、さっき畑に歩いて行ったぞ?」
歌野と話をしていない事を思いだし何処に居るかと思案すると、老人が歌野の姿を見たと教えてくれた。
善は急げと、老人に別れを告げて走り出した。
「じいさん、これはどうすんの?」
「名前の後に“棟梁”と呼べ、“棟梁”と」
「あ、ごめんごめん。……名前何て言ったっけ?」
「うん? 教えてなかったか、
〰️〰️
歌野自慢の畑で、歌野の笑い声が響いた。
誤解を解きに歌野へと会いに行くと、案の定畑作業に没頭していた。
俺の顔を見て話を思い出したのか、直ぐにその事でからかわれたのだった。
「そ、ソーリーソーリー。でも良かったわ、この年でプロポーズを受けるなんて、昔の日本じゃないんだから」
「そりゃあね。でも良かった、水都さんは真っ赤になって結局話にならなくて」
「みーちゃんはピュアだからね! 私からも言っておくわ。それに、モミジさんにはもうパートナーが居るし」
歌野の言葉に、モミジは首を傾ける。
このパートナーとは恐らく恋人の事だろうが、誰の事なのだろう。
「あら、綾乃さんは違うの?」
「なんでさ」
思わずツッコミを入れてしまった。そうなのか? 俺と綾乃はそんな目で見られているのか?
「だって、二人でバーテックスだらけのデンジャラスな土地を、力を合わせて諏訪まで来てくれたじゃない。その他でも、気付けば二人で行動してることも多いし」
歌野の言い分に、モミジはなるほどと思う。
確かに端から見れば、モミジと綾乃は窮地を共に掻い潜り脱出するコンビに見えたのかもしれない。そして男女というだけあって、それが恋愛に結び付いたのだろう。
「綾乃は“相棒”ってだけだよ。親友の更に上の」
「なるほど。私とみーちゃんみたいな感じね!」
「あー、似てるかも。互いに助け合う、ってのかな」
モミジが空に目を向けうーんと考えていると、それを見た歌野が優しく微笑んだ。
その笑顔にモミジが疑問を向けると、だって、と歌野は笑っていう。
「綾乃さんの事を考えてるモミジさん、とっても素敵な顔をしてたわ」
「…………そっか」
その真っ直ぐな言葉に、モミジは照れ隠しにそれしか返せなかった。
◆
「――ってな事があったんだわ」
「おおぅ……、お疲れ様」
夜、風呂上がりに自分に割り当てられた部屋に行くと、同じく風呂上がりの綾乃が居た。
部屋にある小型の冷蔵庫から缶ジュースを取り出すと、一本を此方に放る。
サンキューと受けとれば、二人揃って座布団へと座り込んだ。
「今日の活動は?」
「此方は家屋の建て直しと増築、そっちは?」
「私は結界のメンテナンス。まだ少し不安定でさ」
数日前のバーテックスの侵攻以来、一度も侵攻を受けていなかった。諏訪神に聞けば、例の変異種にバーテックスを余分に割いた為数が少ないのでは、との事。
油断するつもりはないが、来ないのならその間は身体の回復に努めるだけだ。
「四国に帰るまでに、ある程度は片付けて帰りたいなー」
「簡単に出来るなら苦労はしないっての。まぁ、戦闘面はアンタに任せるしかないんだけどさ」
「おう、任せたまえよ」
今日も一日が終わる。
今夜の夢見でも諏訪神との修行、そして目覚めればトレーニングが始まるだろう。だが良い、日がたつ毎に、自分が強くなっているのが実感出来ている。
守るべき者達の為に、自分はいつだって戦ってみせると誓ったのだから。
半分ほど飲んだ缶を軽く持ち上げれば、綾乃もやりたいことが分かったのか、にししと笑って缶を持ち上げる。
「そんじゃ、今日も一日――」
「お疲れ様でしたっ」
コツンと、缶のぶつかる鈍い音が小さく聞こえた。
紅葉と綾乃は、毎日寝る前まで今後の進行や愚痴等を言い合ってます。恋愛感情はお互いになく、あくまで相棒。