深呼吸をする。
臍の下辺り、
じわり、と何か熱い物が血液が流れるように身体を走るのを感じる。
『身体の隅々までそれを巡らせてみろ。そして終わったなら、全身を覆う“被膜”をイメージするんじゃ』
目を閉じた集中状態のまま、諏訪神の指示通りにイメージしていく。
全身の毛穴から洩れる様に出るそれを、自身を覆う膜としてイメージする――
「あ」
『あ』
“力”が、突然消えた。思わず出た声が諏訪神と被る。
『馬鹿者、“被膜”をイメージしろと言ったろうに!』
「したよ!」
『出来てないわ!』
そう言って、諏訪神が言い終わると同時にふん、と力む。
瞬時に、先程のモミジと同じような力が溢れると、それは綺麗に諏訪神の身体を覆った。
モミジとの違いがあるとすれば、モミジは風で揺らめく様な、煙を纏っている発現に対し、
諏訪神は身体に沿って、それも堅固な印象を与える発現だった。
『己の身体に沿うように流し、イメージを固定せい。御主のは風が吹いたら消えそうじゃろう』
「ぐぬぬ……」
それが出来れば苦労はない、とモミジは内心悪態を吐く。
イメージし、それを固定する。というのは、思いの外難しいものなのだ。ちょっとでも認識がずれると、すぐに崩れてしまう。
『四国の“神樹”から得た、“勇者衣”を擬似展開させる。それを出来れば、御主の戦闘力が上がるのは分かっておるだろう?』
「分かってるよ……」
勇者衣。
神樹が対バーテックス用に勇者に与えるとされる戦闘服。
対象者の身体能力を大幅に上げる事が確認されており、若葉の様な少女が大人の男を問題なく倒せるくらいには強くなるとモミジも理解していた。
実際、“天災”の直後はちょっとした犯罪が多発しており、若葉の様な“勇者”の力や神具を所有した少女達が対処に追われていた。
でもなぁ、とモミジは呟く。
違う、と。
『違う?』
「あぁ。何て言うか、その……。根本的な、根っこの部分からずれている、というか?」
『ふむ……』
例えば、風船で宇宙まで飛ぼうと考える様に。
例えば、スコップで山を掘り返そうとする様に。
やり方その物を考え直さなければならないと思える違和感が、モミジの中に広がっていた。
『――なるほどの、確かに一理あるかもしれぬ』
「え、あるの?」
諏訪神からの予想外の返答に、モミジは驚く。てっきり怒られるかと思っていたからだ。
『前にも言ったが、お主は“天津神”の因子を持っておる。ワシ等“国津神”は“勇者”という存在に神具、そして勇者衣を与える事にしたが、彼方はどうかわからんからの』
「なるほど……」
その集団のやり方が、そもそも違うかもしれないという事だろう。同じ神とはいえ、思想も行動も違うというのをモミジは理解していた。
だがそれだと、話が最初に戻ってしまう。
どのようにすべきか、と頭を悩ませるモミジに、そうじゃと諏訪神は手を打った。
『お主の生家に行けば良い』
〰️〰️
『モミジさんのご生家、ですか?』
「あぁ、その中に何か家の事に関する書物があれば一番なんだけど……」
目が覚めて早速、モミジは通信室で四国と連絡を取っていた。朝早くから呼んだにも関わらず、嫌な雰囲気を欠片も出さないひなたと若葉に感謝が尽きない。
生家での“大神家”の根源。つまりは信仰、または関わりのある神が分かれば何とかなると諏訪神は言った。
俺の中にある“天津神”との因子、その“神威”にも近い力の塊を、強引に勇者衣の様に発現させる。との事らしいが、はっきりとしたことは分からない。
今出来ることは、他人任せで悪いがこの二人に任せるしかないのだ。
『――分かりました。私たちで出来ることならお手伝いさせていただきます』
『うむ、任せろモミジ。きっとお前にとって良い知らせを持ってきてやろう』
「悪いな。こんなこと、急に」
『謝らないで下さいな。私たちの方こそ、モミジさんに大変な目に会わせているのだから』
モミジの謝罪に、ひなたが笑って言う。大和撫子、とでも言えば良いのか、いつでも余裕を持って事に当たる彼女には頭が上がらない事が多い。
事は急げと、通信を後にする彼女達に、モミジがお礼を言えばひなたが言った。
『大丈夫です、任せて下さい』
不思議と安心するその声音に、モミジはゆっくりと受話器を置いた。
◆
所は変わって、四国。
かつては“大神家”。自分達の幼馴染である大神紅葉の生家であるその建物に、若葉とひなたは揃って来ていた。
共に来ていたクラスメートが居たのだが、待たせるのは悪いと考え、近くの川辺で昼食の準備をして貰っている。
「ここが、モミジの……」
「はい……」
屋敷、というには大きなそれは、かなり崩壊が進んでいた。
まるで数十年も放って置かれた様に、外壁はボロボロに崩れている。ドアに手を掛ければ、かなり重いが何とか開けることなら出来そうだった。
ずず、とドアを引く度に、パラパラと上から崩れる音がする。
「若葉ちゃん、勇者衣を」
「そうだな、安全に行こう」
スマホを取り出し、画面に表示された大社のマークをタップする。
神樹と連結された“勇者システム”から力が流れ込み、若葉に勇者衣として発現する。
「――ふぅ。よし、一気に行くぞ!」
息を一つ吐いて、ドアを一気に開ける。鈍いを音を立てて、中へと続くドアが開いた。それと同時に、中からカビ臭い空気が外へと流れ、若葉が顔をしかめる。
酷い臭いだ、と思わず声に洩らすとひなたが隣に立って言う。
「確か、モミジさんが一人で暮らし始める前にはもう、家の人は居なくなっていたらしいんですよね?」
「あぁ、確認したのは私の祖父だがな。モミジは部屋で一人、ただじっと待っていたらしい」
「……今のモミジさんからは考えられない光景ですね。あの人なら勝手に行動を起こしてそうですが」
「全くだ。……案外、普段見せていないだけで、本当のモミジがそうなのかもしれないな」
屋敷の中へと踏み込む、元は絨毯が敷かれていたのだろう、柔らかな感覚が足から伝わる。そこへと目を向ければ、積もった埃に自身の足跡がくっきりと付いていた。
そのまま歩みを進め、屋敷の奥へと二人は歩いて行った。ちょっとした冗談で持ってきた業者用の粉塵マスクだったが、それを装着したひなたが入る前と比べて楽そうに過ごして居たので良かったと心を撫で下ろした。
応接室、広間、調理室……。進んでいくが、どれも当たりは出ない。それどころか、書斎の様な場所は勿論、本棚にあったであろう本がかなり少ないと感じる。
まるで、
「若葉ちゃん」
「私も同感だ。恐らく隠してあるな」
本棚の数に対してあまりに少ないそれに、二人は何処か別の場所にあるのでは、と予想する。
建物の全体図を頭の中に描き、変な場所がないか確認しながら進むと、一つの通路で止まった。
日があまり照らされない、かなり薄暗い通路。ひなたが持ってきた懐中電灯で照らすと、“関係者以外立ち入り禁止”と書かれたドアの先に、道が続いている。
「家の中でこの注意書……、明らかに怪しいですよね」
「うむ。かなり怪しい」
ドアノブを捻ると、ガチャリとスムーズに回った。今までのドアは古く開きづらかったのだが、と若葉が考えると同時に言葉を失った。
「なんだ、ここは……」
綺麗だった。まるで今日に続くまで毎日欠かさず清掃をされたような、そんな表現がされるほど綺麗に掃除が行き届いていた。
隣に立つひなたもその様子に少し呆気に取られた後、ぶるりと身震いをさせた。心配した若葉が腕を出すと、それに掴まりながら言う。
「凄い気配を感じます……。若葉ちゃん、油断はしないで下さい」
「……分かっている」
ドアを開けた瞬間から、何かの突き刺す様な視線を感じる。明確な場所は分からないが、この先に自分達の求める物があるのは肌で感じた。
自身の神具である“生大刀”に軽く手を添えながら、慎重に歩みを進めていく。
通路の途中にある両開きのドアに目を向けると、そこには“神前の間”と書かれていた。
ひなたと目を合わせ、共に頷くとドアを開けて中に踏み込む。そこには、
「――なんと」
天井の天窓から差し込む日光が、その場所を真っ直ぐに照らしている。
その照らされる場所には、とある壁画が飾られていた。
地面へ伏し、必死に崇める人々。
その間に立つ、一人の鎧兜に身を包んだ男。
そしてその上空にそびえる、威圧的に人々を照らす太陽の絵。
「――そんな、まさか」
かつて“大神家”について、大社の上のお偉いさんに聞いた事がある。
かなり話すのを渋られたのだが、若葉が頼み込むと仕方ない、といった風に教えてくれたのを覚えている。
――大神家は大社において、その名を忌み名とされています。
――口に出してはいけません、名を出し、信仰と取られれば、何をされるか分かりませんので
そう言って、結局答えは教えてはくれなかった。
だが、分かった。分かってしまった
「あぁ、なるほど。モミジさん、あなたは
「――
壁画の太陽が、日差しを浴びて赤々と輝いていた。