『若葉ちゃんや歌野さん達のような、“勇者”と呼ばれる神樹様や他の神様から選ばれた方達は、何を基準にして選ばれるかご存知でしょうか?』
「それは、“無垢なる少女”……ですよね」
『正解です、水都さん』
穢れを知らない少女が“勇者”に選ばれるというのは、大社からの報告で知っていた。
若葉の持つ“生大刀”の様な神具は、あくまでもその個人の適性や、それに宿る神様が応じた副産物であり、神樹が用意したものではない。
その為、別に無垢ではなくとも神具に選ばれたのなら、“勇者”と同等かそれに近いだけの力を得る事が出来る。
因みに、諏訪の祭神である
若葉とは違い勇者衣に手動で着替える、というのが難点だが今日までバーテックスを撃退してきたその力は本物だ。
『神具を有し、バーテックスと戦う為に“無垢なる少女”ではないのに神樹様からのお力である“精霊システム”を起動させる資格を持つ。モミジさんがそれを出来ているのが、これから話す“ヒトガタ”によるものです』
ひなたの言葉に、硬質的な何かを感じた。
彼女がこうなるときは、何か感情を隠して行動することが殆どだ。
ごめんな。と声には出さず、モミジは心の中で謝罪した。
〰️〰️
“ヒトガタ”を行うにあたって、必ず必要なモノがある。
『それは、自身の子供です』
「子供……?」
『はい。血の繋がった、直接的な血縁関係のある。というのが前提条件です』
「…………」
『自らに一旦宿したモノを、血の繋がり……例えるなら“臍の緒”の様な物を通し、子に宿す。というのが分かりやすいでしょうか』
ひなたの言葉を聞いていく内に何か感付く所があったのか、面々の顔色が僅かに変わる。
『幼い内から外界の情報を伏せ、一般的な教養のみを教え込む。欲を生まぬよう、何も教えず、他人との関わりすらも断ち、所謂“無垢であり続ける”状態を保たせます』
ひなたが続ける。
『“無垢なる少女”を神樹様が好む様に、無垢である事を殆どの神様は好みます。そ、して――』
ひなたの言葉が、僅かに詰まった。隣に居るであろう若葉の気遣う言葉が聞こえ、少しの間を置いて口を開く。
『その無垢なる状態の我が子を、降ろしたい霊への
それが
中身の無い、
――なるほど、お主は“ヒトガタ”なのじゃな。
かつて諏訪神に初めて会った際にそう言われたのを思い出した。
今思えばあの瞬間から、あの神様は見抜いていたのだろうか。
「ちょっと待って」
そこで待ったをかけたのは、歌野さんだった。突然の情報量を理解しようと頑張っているのか、普段あまりしない、額に僅かに皺を寄せて頭を抑えていた。
「モミジさんがその、ヒトガタ?っていうのにする為に利用されていたってのは理解出来たわ。その上で――」
歌野さんが思案顔で俯いた後に、ゆっくりと此方を見上げる。
その目は、当然というべきか、信じたくないものを見る目をしていた。
「モミジさんは、一体何の神様の依童にされていたの?」
伝える時が来た。
歌野さんの質問に答えるべく、モミジは一つ深呼吸をした。
――僅かに、通信機にノイズが走る音がした。
〰️〰️
「俺の家、“大神家”が降霊しようとしたモノ。それは――」
モミジさんが、指で空を示す。“天災”が起きてから多くの人が仰がなくなった空の一点に真っ直ぐ指を差し示す。
遥か上空に君臨し、今日も変わらず大地を照らす真ん丸なお天道様を。
「……お天道様?」
「そう。正確には“天津神”、その因子だけどな」
モミジさんが気の抜けた笑い方で笑う。何か言い渋っているような、そんな感じで。
「ここの諏訪に来てから、諏訪の守り神である神様とかなり話をした。それこそ、水都さんが神託で受け取る様な情報から、下らない内容まで」
所謂、神様問答だな。とモミジさんが言う。
続けるぞ、と言って、
「その内に、俺の生まれた生家の事や、今のひなたが教えてくれた内容のものまで知ることが出来たんだ。そして、それを踏まえて答える」
ふぅ、と息を一つ吐いて、少しの時間の後、此方――みーちゃんと私の方へと目を向ける。
その目には、決意した何かが灯っていた。
「俺に宿された“天津神”、それは人類を滅亡に陥れたバーテックスの親玉であり、“大神家”が信仰する祭神でもあるんだ」
生まれつき頭の回転は早いと言われている歌野だが、この時ばかりはその回転力と理解の早さに自身を呪った。
そう、それは。
「俺は、生まれつき人類の敵なのさ」
モミジの言葉と同時に、バーテックス襲来のサイレンが鳴り響いた。
◆
『おいモミジ、そのサイレンはまさか――』
通信機から聞こえる若葉の声が、強制的にぶつりと切られた。
ビリビリと大気を揺らすような音の波動が、諏訪の大地に鳴り響く。何時もとは違う音の異様に、聞き慣れた歌野と水都でさえも思わず耳を手で包んだ。
「ワッツ?! 何か普段のと違わないかしら?!」
「――そんな、これは……っ」
「モミジッ!!」
歌野の困惑する声の後に、巫女の二人が顔色を青ざめる。鳴り響くサイレンと、二人のその様子に内容をある程度理解出来た為スマホを準備した時、頭の疼きを感じ動きを止めた。
――モミジよ
「ジーさんか?!」
頭の奥底から聞こえるその声に聞き返せば、肯定の返事が帰って来た。なるほど、これが巫女の受けとる神託か、確かに辛そうにするのも納得がいく。
気づけば、数瞬の後に夢見の世界へと取り込まれていた。
「おいおい、敵襲が来てるんだぞ?!」
『分かっておる。ここへ呼んだのは二つの事を伝える為じゃ』
言葉と共に、諏訪神からモミジへと物が放られた。慌てて受け取れば、それは木製の棍と幾つかの勾玉を紐で通した物だった。
『本当はお主の修行が完了してから渡すつもりだったが。緊急事態じゃ、仕方がなかろう』
諏訪神から僅かながら感じる切迫した雰囲気に、貰った武器を握り締める。
“力”の使い方を覚えているかと聞かれ肯定で返すと、ならば、と諏訪神が言う。
『お主に、最後に確認したい事がある――』
◆
「女性、子供から優先的に奥へ、動ける方は土嚢を積み上げて下さい!」
右から左へと混乱で人がごった返す中を、水都の的確な指示が飛び幾らかの動きに変化が起こる。
バーテックスにされて困るのは家屋を破壊され、一網打尽に襲撃されること。
モミジや綾乃からの経験談から、諏訪の土地でもシェルターを作られていた。
小山を歌野とモミジの二人が力ずくで穴をくりぬき、そこに人を収用していく。手探りの、ありきたりの策ではあったが、まさかもう使うはめになるとは思わなかった。
「綾乃さん、そっちは!」
「オーケー、全員居るわ。入り口を固定して!!」
中にバーテックスを入れないためには、入り口を閉めなければならない。
だが、危険な場所に歌野を一人残す訳にはいかないと水都が顔を上げた時、勇猛果敢に鞭を振るう歌野と目が合った。
パクパク、と歌野の口が動く。
それを見た水都は、少しだけ押し黙ると、両手をぎゅっと握りしめ入り口へと手を掛ける。
――お願いね、みーちゃん。
「――任せて!!」
シェルターの入り口が、完全に口を閉じた。
「――さぁて、これで庇いながら戦う事はなくなったわね。うんうん」
シェルターの入り口が閉じたのを見届けて、歌野は軽く伸びをして周囲のバーテックスを見渡す。
数は圧倒的に劣勢、モミジとは引き剥がされ、よもや陸の孤島とも言える孤立状態になった。
だが、
「不思議と負ける気がしないのよねぇ、何故かしら?」
何時も諏訪の神様から供給される力とは別の、身体の奥底から沸き上がる力と高揚感に歌野の口が好戦的に吊り上がる。
――俺は、生まれつき人類の敵なのさ。
先程のモミジが言った言葉とその表情が思い出される。
あれは、歌野の嫌いな
「うん、気に入らないわ。終わったら一発お見舞いしましょうか!」
目の前、上空、左右、背後……、辺りを埋め尽くすかの様にふよふよと浮遊し此方を襲撃する機を待つバーテックスへと笑う。
「一斉に来ても良いわよ。――諏訪の勇者、白鳥歌野、参りますッ!!」
〰️〰️
「――おいおい、本格的に潰しに来たって訳か、うん?」
歌野とは離れた場所、諏訪神から譲り受けた棍で叩き潰したバーテックスの消滅を見送ると、次に来た援軍に辟易とする。
融合体、または進化体と呼ばれるバーテックスより遥かに強固とされるそれが、前回とは違い数体やって来ていた。
「どこでそんなに合体したんだよ。……まぁ、それでもやることは変わらんがな」
“精霊システム”を起動。前回の個体の堅固な身体を思いだし、一撃で破壊すべく精霊を降ろしていく。
同時に、諏訪神から教授された大神紅葉の“力”を引き出し、身体へと纏うように包んでいく。
多分これでも落第点なのだろうが、ごちゃごちゃやっている暇はない。
「帰るって約束したんだ、約束した以上は死んでも守る」
四国で待つ若葉とひなたの顔を思い出す。シェルターで待つ
「――さて、頭数は揃えたか?」
「決死の覚悟は抱いたか、殺す覚悟も、殺される覚悟も決めたか?」
自らを鼓舞するかの様に口に出しながら、モミジは徒歩から段々と足早になっていく。
「てめぇらの死に場所は此処だ。こっから先は、通さねぇッ!!」
諏訪の地を賭けた戦いが、幕を開けた。