「ではモミジ様、此方を」
「おー、ありがとうございます」
諏訪への出立に向けて、持ち物の整理を始める。
衣食住の最低限の確保は勿論、対バーテックス用の武具も用意しなければならない。
バックパックへ荷物を詰め、あーでもないこーでもないと大社の人と話していると、そこへ一人の少女が現れた。
「あー……、スッキリしたぁ」
「よう、綾乃。久しぶりの湯船はどうだった?」
「何も言えねぇ」
「そうかい」
小柄な少女は、そのまま近くのソファーへと足を進めると、バフッと音を立てて飛び込んだ。横になり足を組んで、所謂昼下がりのおっさんの様な体勢である。
格好も巫女が滝行を行う際の行衣を崩して着ており、薄手のその服装はこの場にひなたが居ればはしたないと叱責しているだろう。
なお本人が着ている理由は、近くにあったからだ。
「あ、綾乃様?殿方の近くでその様な格好は……」
「あー大丈夫大丈夫。モミジはそんなんじゃないから」
流石にその格好は……と大社の職員がやんわりと注意するが、綾乃は聞く耳持たぬと手を振る。
あ、ダメだコイツ。と悟った女性職員は目配せすると、モミジの近くにいた別の職員がそそくさとその場を離れた。
おそらく
「おいおい、ひなたにドやされるぞ。公共の場ではちょっとは考えろ。TPOだ、TPO」
「今ひなちゃん居ないしー、何してようがアタシの勝手だしー」
もうすぐその
「聞いたよ。次は長野だって?」
「ん、おう。岐阜の手前までは前に“道”を作ったろ。そっからは自力だけどな」
「アタシも行くよ」
振り向けば、綾乃が目を合わせて笑う。
「前の疲れが取れてないだろ、死ぬぞ」
「それはモミジも一緒でしょ?でも行くってことは、かなりの急用って訳だし、ならアタシも行く」
それに、とテーブルに置かれた来客用のお茶菓子を手に取ると、包装紙を解いて口に放り込んだ。
「若ちゃん達からのお願いでしょ? 友達が困ってるなら助けないとね」
「綾乃……」
思わず荷造りの手を止めて、綾乃の方をじっと見る。マジマジと見つめられて照れたのか、綾乃はやだ、と手を振る。
「ち、ちょっと? そんな真面目な顔で見ないでよ。恥ずかしいってば。そんな、アタシのうし、ろに……?」
そう、じっと見る。
「綾乃ちゃん」
そう掛けられた声に、思わずひぇっと綾乃は声を上げる。油の切れたブリキの人形の様に、カタカタと揺れて振り返る。
そこには、良い笑顔をした
〰️
「ひ、久しぶり、だな。綾乃」
「そうだね、若ちゃん……」
天井から縄で吊るされた上に、『反省中です』という看板を首に掛けた綾乃が、力なく返事をする。そんな様子に引き気味な若葉が声をかけていた。
「全く、モミジさんが居ながらなんて事を……」
「いや、だからね。俺は注意したんだよ、多少はね」
「言語道断!」
そして、正座しながら説教を食らうはめになってしまった俺は、若葉が到着するまでずっと説教されていた。
今後は気を付けて下さいね。と説教から解放され、痺れる足を擦りながらソファーへ座ると、吊るされている綾乃から声が上がる。
「あのー、そろそろアタシも」
「何ですか、綾乃ちゃん」
「あっ、なにもないですー」
綾乃はそのままらしい。
さて、とひなたが言うと、若葉は背中に抱えていた荷物をよいしょと下ろした。ゴドッと小さく鈍い音を立てて、ふぅと若葉は息を吐く。
「調整した武器だそうだ、モミジ。何時もこんなものを持ち歩いているのか、お前は」
「おう。生半可な武器じゃあ星屑に噛み砕かれるからな。斬るってより、ぶつ切りって方があってるよ」
渡されたそれを握ると、スマホ内に登録された精霊システムが反応し、軽々と若葉が持ってきた武器を持ち上げる。
その光景におぉ、と若葉が声を出し、ひなたが微笑んだ。
「何だかそうしてると、お伽噺の勇者様みたいですね」
「勇者は勇者でも、白馬に乗った方じゃなく、血味泥のバーサーカーだろうけどな」
「それでも誰かを救うのには変わりませんよ」
真っ直ぐなひなたの言葉に照れ隠しを言ったが、またストレートに返される。
思わず何を言ったら良いか分からず頬を掻くが、ひなたは続けて言う。
「この間避難された方も、モミジさんの事を心配していましたから、“一言お礼が言いたい”、“怪我をしていたが、私に出来ることがないかって”」
「そうか」
「……今回のお役目も、本当なら充分に休養を取ってから行くべきなのに。私達の我が儘のせいで」
「それは言わない約束だろ。ひなた」
気落ちするひなたに、モミジは頭を撫でて言う。
さらさらな黒髪は、大和撫子を体現したようなひなたに良く似合っていた。
「お前達のフォローが俺の役目だ。絶対に守るって、あの時に約束したろ」
モミジの言葉に、ひなたは数年前の光景を思い出した。
突然のバーテックスの襲来
勇者の力に目覚めた、乃木若葉
巫女の力に目覚めた、上里ひなた
逃げ惑う人々に、矢継ぎ早に掛けられる怒声、非難。
〰️
此方だ。
分かる。自分には分かる。
上里ひなたは、生まれながらに初めて経験する感覚に気分が舞い上がっていた。
焼ける様にじんじんと疼く頭に手を添えながら、迫るバーテックスを若葉に撃退してもらいつつ集団を指揮する。
「そのまま真っ直ぐ! 森を抜けたら、山の山道に沿って進んでください!」
「ひなた、あの白いのは粗方引いたぞ!」
「ありがとうございます、若葉ちゃん! このまま――」
騒ぎを起こさず、皆で駆け抜ければ安全域まで、というところで、それは起きた。
響く泣き声、後ろを見れば小さな子供の手を引く親子が居た。
転けたか、または事態の深刻さに不安になったか、両方か。
その出来事は若葉とひなたにとって、まさに突拍子もないことだった。
「おいお前! さっさとそのガキを捨てろ!」
集団の中に居た男の人が、子供を庇う母親の腕を乱暴に掴む。
止めようかと思い足を止めれば、青い顔をした青年が声を荒げる。
「君が居ないと何処に行けば良いか分かんないよ! 早く先導をしてくれ!」
若葉の方へ目を向ければ、若葉は迫るバーテックスに必死に応戦していた。
こうなると止まらない。
先導を頼む声。
親子を非難する声。
自分を守れと叫ぶ声。
声。
声。
パニックになる頭に、ひなたは目の前が真っ白になっていくのを感じた。
――その時。
「うぉらぁッ!!」
自分の顔の横で、鈍い打撃音と共に何かが吹き飛ぶのを感じた。顔を向ければ、バーテックスが転がるように飛んでいくのが見えた。
「なに、が」
「ひなた、大丈夫か?!」
「ひなちゃん平気?!」
理解が遅れるひなたに、近づく二人、さっきの青年かと思えば、モミジと綾乃の二人だった。
「大丈夫か、走れるか? 今はちょっと余裕ないぞ」
「モミジ、上から2匹!」
「あいよっとぉ!!」
ゴッッ!!とまたも鈍い音を立てて、バーテックスが吹き飛ぶ。息を切らして武器を持ち直すと、モミジが言った。
「ひなた。安全な場所が分かるんだって?」
「は、はい」
「なら、そこまで案内してくれるか?」
腰が抜けたままの自分に合わせ片膝を付いた彼は、ニカリと快活に笑う。
「大丈夫だ。ひなたなら出来る。後ろの若葉も、逃げ遅れてる人達も、全員、連れていくから」
必ず、守るから。
頭を撫でて言う彼の言葉が、驚く程ストンとひなたに落ちた。周りを見れば、避難者を中央に集め、迫るバーテックスを若葉とモミジで食い止めているのが現状だった。
時間に、余裕はない。
「――っ、此方へ!」
流れた涙を拭って立ち上がったひなたは、喝を入れるように声を上げた。
再び進みだした集団を守るべく、モミジは若葉へと続く。
「若葉!」
「モミジか、すまないな。ここは一つ、私と囮になってくれ!」
「応ッ!!」
〰️
「――そうですね、そうでしたね」
「だろ。だから何も心配すんな、行ってらっしゃいのキスでもしてくれ」
「おい、何ちゃっかりしてんだ」
綾乃の野次が入り、若葉とひなたは微笑んだ。ゆっくりと口元に指を立てると、そうですねとひなたは言う。
「無事に諏訪とのお役目を果たせた後には、お帰りなさいのキスでもどうですか?」
「ひ、ひなたっ?!」
真っ赤になった若葉が驚きの声を上げる。モミジもそう返されるとは思ってなかったのか、綾乃と揃って目を丸くしてひなたを見た。
「マジで?! やったぁぁぁぁ!!」
「おい誰か早く縄を解いて、ソイツを血祭りに挙げてやる……」
「おい巫女擬き。俺は味方だぞ」
「糞がっ!」
「はいはーい、それじゃあ出発前に、恒例の写真を撮りますよー」
真っ赤になって焦る若葉。
コンビ漫才の様な応酬をするモミジと綾乃。
そしてそれをファインダー越しに眺めるひなた。
「――ありがとうございます、私の勇者様」
「……ん? 何か言ったか?」
「秘密ですっ♪」
願うなら、何年も先も、この人達と。
少女は、大切な思い出を刻むようにシャッターを切った。