四国へ 1
諏訪は壊滅したも同然だった。
諏訪大社は本殿以外、すなわち住人の住居スペースは軒並み崩壊。
歌野の作った畑もほとんどがダメにされており、それを見た本人はジーザスと項垂れていた。
幸いな事に人的被害はゼロ。体力が途中で尽きた歌野さんはシェルターで看病されていたらしい。
諏訪に居た精霊が力を貸してくれたらしいのだが、その反動か全身が筋肉痛で動き難そうにしていた。まだまだ体力が足りないわね、と本人は笑っていたが。
――そして、
「――ジ、モミジ!!」
「っ?!」
急に掛けられた声に、びくりと身体を跳ねさせる。見れば、怪訝な顔をした綾乃が此方を睨んでいた。
今は、綾乃とまともに目を合わせられない。
「四国に皆で移動させるって話、聞いてたの?」
「わ、悪い悪い。続けてくれ」
「だから、アンタは身体大丈夫なのかって事よ」
はぁ、とため息を吐いて、綾乃が日本地図に指を走らせる。“神隠し”によって作った“道”を確認しているのだろう。水都を含む、何人かの大人も交えて意見を交換しあっていた。
「この“道”は、絶対に安全という訳ではありませんが、奴等から隠れながら移動するには最適だと思います」
「ですね。私も確認しましたが、確かにあれなら多数の移動でも問題なく行える筈です」
「なるほど」
綾乃と水都からの説明を受けて、白髪頭の老人が納得行ったように頷いた。確か諏訪大社のお偉いさんだったな、とまだはっきりしない頭で思い出す。
「ただ、もし奴等に見付かった際の事について、モミジに確認取りたかったんだけど?」
「そうだったのか。……大丈夫だ。まだ“神花”の余力は残してあるからすぐにでも使えるぞ」
俺がそう返答すると、水都さんが言う。
「あんな凄まじい力を放つものを使用して、身体に支障は無いんですか?」
そう言われて簡単にだが身体を見るが、特に問題はない。
俺の身体に宿る“天津神の因子”を使用したが、特に今のところ身体に残った疲労以外は問題はなかった。
大丈夫だよ、と返せば安心したように水都さんは胸を撫で下ろした。
歌野さんの事が心配で看病したいだろうに、話し合いに参加している水都さんに内心感謝を送る。
この話し合いに特に意見は要らないだろうと、俺は静かに部屋を抜け出した。
〰️〰️
「……ふぅ」
本殿から抜け出して向かったのは、歌野牧場の共同休憩スペース。
雨避けの屋根が破壊され風通しが大変よろしくなったその場所で、モミジは空に浮かぶ満月を眺めていた。
大地を優しい光で照らすそれは、どうしようもなくモヤモヤしていた胸を少しだけ和らげてくれた。
「あら、お疲れかしら」
声に振り向けば、歌野さんが幾らかの野菜を手に此方へと若干ぎこちなく歩きながらも来ていた。どうぞ、と差し出されたそれを礼を言って受け取りかじりつく。
瑞々しい新鮮な野菜をあっという間に食べ終えると、歌野さんは隣に座り、同じようにかじりついて言った。
「もうすぐ此処を離れるし、残った分も綺麗に食べなきゃね」
「そうだな」
「……モミジさん、何かあったの?」
やはり返答が素っ気なかったか。だが、何と答えれば良いのか分からない。会話を充分に行うだけの頭を動かすことが満足に出来ない。
「悩んでるなら、相談に乗るわよ?」
此方を覗き込むようにして言ってくる歌野さんに、ならばと相談しようとして、
猛烈に、自分の背中に悪寒が走った。
「――っ」
ダメだ。ダメだダメだダメだ。
頭の中で警告がなる。何がとは言えないが、本能的な直感が
「モミジさん?」
「――っご、ごめんな。大丈夫だから。四国に行く準備、ちゃんとしておいてな」
それだけ言って、そそくさと離れる。歌野さんが何かを言っていたが、それを振り切り綾乃が居る本殿まで走って行った。
「ちょっと、うたのん! 身体が本調子じゃないんだから、安静にしとかないといけないでしょ!」
「あ、みーちゃん。ごめんね、どうしても畑を見ておきたくて」
「もぉー。…… どうかしたの、うたのん?」
「……いいや、一発どーんと入れようかと思ったけれど、なんだか気が抜けちゃったわ」
「?」
「いーまーはー、みーちゃん成分を吸収せねば!」
「ちょ、うたのん。こんな所で――」
〰️〰️
綾乃は何処だ
息を切らせて本殿へと着けば、綾乃は風呂から上がったばかりか、同じく風呂上がりらしき梓と部屋に向かう途中だった。
「綾乃!!」
「あ、モミジ。ちょうど良かった、明日の確認で――」
綾乃が何か言っていたが、そんなことはどうでも良い。
「身体に異変はないか?!」
肩をがしりと掴み、思ったより大きく出た声に自分でもびっくりする。
言われた綾乃も少しの間目をぱちくりとさせて呆けていたが、状況が読めたのかはぁ?と顔を歪ませる。
何言ってんの、と言い切る前に、寝間着のTシャツの腹部分を捲り上げた。
健康的な肌色、胸元近くまで上がった所からは特に変わったものは見えなかった。
一通り確認し終わって、モミジは安堵の息を吐いた。
改めて綾乃を見れば、わなわなと身体を震わせながら顔を赤らめるのと、隣の梓がヤバいと綾乃の顔を見上げるのは同時の事。
「いきなり何すんだ、お前はぁ!!」
綾乃の体重が綺麗に乗った拳がモミジの顔面に叩き付けられるのは、その直後の事だった。
◆
『お前阿呆じゃろぅ』
「返す言葉もねーわ」
開口一番諏訪神から言われた呆れの言葉に、はぁとため息を吐いて返答する。あの後マウントを取られてボコボコにされかけたのだが、梓の必死な制止により一命をとり止めた。
というより、気になる事がある。
「アンタ、身体どうしたの?」
『うん? 今回の騒動でかなりやられての。実体を保つ余力がないんじゃ』
はっはっは、と笑い声を上げて諏訪神がそう答える。今回の騒動、つまりはそれは、
『勘違いをするなよ、お主は何の関係もない。領域の結界を破壊され、土地の多くを汚されただけの事にすぎないのじゃよ』
有無を言わさぬその語意に、モミジは喉元まで出かけた言葉を飲み込んだ。モミジが“神花”を発動させた際に使用した“勾玉”と武具の代わりとして受け取った棍、あれが崩壊の引き金を引いたのでは、と考えていたのだった。
モミジが黙ったのを見て満足するようにうむと呟くと、諏訪神はではと切り出す。
『先に言っておくが、此処諏訪の地に居るワシが消滅した所で、ワシは消えるという訳ではない』
「……どゆこと?」
頭に?を浮かべたモミジに説明するように、諏訪神は順を追って答えていく。
既に“神樹”を基盤とする四国の地に、諏訪の祭神タケミナカタは存在するとのこと。
だがそれは別御霊と呼ばれる、もう一つの諏訪神という扱いであり、ここでの事は情報でしか知り得ていないのだそうだ。
『だから、此処を離れる際に本尊等を持って行かぬよう、深く注意しておけ』
聞けば、諏訪神は昔“天津神”の一柱である天照大御神からの使いである
下手にその規約を破るとどうなるか分からないので、自分は此処に残る為に、本尊は置いておいてほしいらしい。
「だっせぇ」
『やかましいわ』
お互いに軽口を言い合いながら、最後になるであろう神様問答も終わりに近付いていく。
夜明けが近付いて来たのか、結界が解かれる間際に諏訪神はモミジへと告げた。
『色々言わねばならぬ事があるが、これだけは言っておく』
なんだよ、と返せば諏訪神はモミジに指差して言った。
『“神花”と名付けたのだったか? その力は確かに、これからのお主を助ける物になるであろう。同じ神として感じるその力は、ほとほと我らと同等の物である』
だがしかし、と続ける。
『お主のそれは同時に、
結界が解かれ、何かを言いかけたモミジが光に包まれ姿を消した。
ふぅ、と一息吐くと今日だけは、と諏訪大社の屋根に登り山からじわじわと覗く日の入をゆっくりと眺めた。
途中寄り添うように来た一匹の精霊に笑いを溢し、ぽんぽんと隣を叩けば精霊はそこに腰を降ろした。
――神託は変えれる、そう言っていたがそれは無理じゃ
思い返すのはその内容、歌野を含む勇者達と相対するように一人佇むモミジの姿。
そして、そのモミジに抱かれて眠る一人の少女。
その瞳は、どうしようもないほどに揺らいでいた。
――ワシらはイメージでしか伝えられない。神の言葉は、人には理解が及ばぬ領域の物だ。
――そして、今お主や人に待ち受けている試練、それは自身の手で切り開くしか道はない。
大神紅葉。
人の身で神に近付き、その神を討とうとする波乱の子。
――願わくば、暫しの平穏と無事を祈って。
諏訪神は願う、彼の幸福を。そしてその幸せの成就を。
『さぁて、元気よく見送るとするかのぅ』
諏訪の地に、人が住む最後の朝がやって来た。
◆
「――さて、荷物は持ったな。忘れ物はないか?」
確認すれば、肯定の返事が返ってくる。それを聞いてモミジは満足そうによしと言うと、諏訪の皆に聞こえるように言う。
「綾乃の“道”があるとはいえ、道中はかなり危険だ。思ったこと、感じた事は直ぐに伝えて下さい。それともう一つ――」
背中に手を当てれば、諏訪神から譲り受けた棍の硬い感触が伝わった。それと、暖かな何かも。
綾乃に来るという絶望も、此処に居る諏訪の皆も、その全てを守るとモミジは誓った。
「四国の“防人”、大神紅葉が絶対に送り届けるから、最後まで諦めないで下さい」
最後に諏訪大社を見れば、二つの影が揺らめいていた。
綾乃の呪い
“天津神”の一柱の逆鱗に触れた結果、受けてしまった呪い。本人が精神的に堕落、または呪いを口伝すればたちまち呪いは身体を蝕み、死へ至る。
“神花”
しんか、と読む。モミジの身体に宿る“天津神の因子”を大神紅葉という一個人に嵌め込み強引に神格化させたもの。
代償は身体の神化。使えば使うほど、大神紅葉という神が顕現する一歩となる。
そしてその力は――