「アンタ……、もう人間辞めてるわね」
「洒落にならんからあまりそういうのは言わないで」
翌日、四国へと繋がる“道”を警戒しつつモミジ達一行は着実に進んでいた。
もはやバーテックスも脅威となる数も居ない。いつでも対処出来そうな数が、宛もなくふよふよと漂っているだけだった。
そんな中で昨日の戦闘が残る痕跡、モミジが作ったクレーター跡を見て、綾乃がどん引きしながら言った。
後ろで歌野と水都も、同意するような感想を言っている。
「わぁ、道がデコボコ……」
「足元気を付けて歩きなよ、梓」
「うん!」
足元を見て、一歩一歩確かめる様にふらふら歩く梓にモミジが注意を促す。四国に漸く入れる事への安堵か知らないが、梓は上機嫌で返事をした。
後はもう一本道。瀬戸大橋を渡りきってしまえば良いだけだ。周囲にバーテックスの気配も感じられない事に、モミジは少し気を緩める。
そんな雰囲気を感じ取ったのか、綾乃があー、と気ダルそうに言う。
「早くお風呂に入りたーい」
「おー、流石に今回はくたくただ」
前回四国に戻った時には衣服等の新調も行えなかった。歌野さん達の手配もあるし、ゆっくりと羽を伸ばす事としよう。
そういえば、と歌野さんが言う。
「私達はどうなる予定なの?」
「大社には伝えてあるから、取り敢えずの衣食住は事欠かないと思うよ。後は、顔合わせかな」
「顔合わせ?」
聞き返す歌野へ、モミジはニッと笑う。
「勿論、若葉やひなた。他にも四国で鍛練中の“勇者”達とな」
「わお。それは楽しみね!」
「うぅ……、いい人達だと良いなぁ」
「少し気難しい奴も居るが、基本は良い奴等だよ」
おどおどとした、小動物の様に警戒する水都へ、同じ様な気弱な彼女を思い出しながら言う。
暫く会えてなかったし、顔合わせを兼ねて皆で食事と行きたい所だ。
◆
乃木若葉と上里ひなたは、揃って瀬戸大橋の出口、つまりは四国の入り口で立っていた。
大体一月。体感は数年ぶりだろうか。見送ったモミジと綾乃、そして新たな仲間の歌野と水都達を迎えるべく、ここで待ち構えていた。
「そろそろか……」
「えぇ、神託に間違いがなければ」
腕時計をちらりと確認すれば、神託によって予言された時刻も僅か、という所だ。
早く会いたい、という感情もあるが、同時に不安にも駆られる。早く来ないものか。
「乃木様。移動車、及び補給品の準備が終わっております」
「ありがとう」
背後を見れば、マイクロバス数台に、簡単な軽食や飲み水、医療品が揃っていた。
諏訪との連絡が断たれて日も長い。準備しすぎ、とはならないだろう。
若葉が礼を言うために後ろを振り返ったのと、ひなたが息を飲んだのは同時の事だった。その異変に気付いて若葉が視線を戻せば、ふわり、と風が頬を撫でる。
何もない空間に溶けるように入ってきたのは、家族のように大事な幼馴染の少女。それに続くように、一人、また一人とぞろぞろ連れだって現れる。
入ってきたそれぞれが感嘆の言葉を上げるなか、先頭の少女、国土綾乃は此方に気付いて近付いて来た。
諏訪から四国まで徒歩で移動という苦行を成した、そのどろどろに汚れた服や疲弊が見られる表情に笑顔が浮かぶ。
「綾乃っ」
「綾乃ちゃん」
「うぐ」
感極まって抱き付けば、少しキツそうな声を上げるがそのままされるがままになっていた。
存在を確かめる様に抱き締めれば、綾乃の背後からわぉ、と声が上がる。
「四国はかなり情熱的な出迎えをするのね……。私達もハグしましょうか、みーちゃんっ!」
「わっ、ちょ、う、うたのん……」
バーテックスという恐怖から逃れ張っていた緊張の糸が弛んだ水都は、抱き着く歌野に特に抵抗出来ないままでいた。仕方なしにもぅ、と呟くその表情は安堵を浮かべている。
うたのん、みーちゃんという言葉に、若葉とひなたの脳裏に二人の名前が上がる。
間違えては失礼と考え、恐る恐る訊ねた。
「す、すまない。白鳥歌野さん、藤森水都さんで間違いないか?」
若葉の質問に、歌野はええ、と笑みを浮かべ手を差し出した。
「諏訪の勇者、白鳥歌野。そういう貴女は乃木若葉さんで間違いないかしら?」
「……あぁ。乃木、若葉だ!」
差し出された手を、強く握る。
通信機越しでしかやり取りがなかった二人だが、ようやく対面が叶った瞬間だった。
「ふ、藤森、水都、ですっ!」
「はい。上里ひなたです、ようやくお会い出来ましたね」
「……はいっ!」
ひなたと水都の二人も、喜びを分かち合う様に手を握る。
「あれ、かなり派手な出迎えだなぁ」
驚き混じりの間延びした声に振り向けば、綾乃、歌野、水都達と同様に待ち望んでいた一人の少年の姿を捉える。
その姿を見て、若葉の目尻に涙が浮かんだ。
――私の我が儘を叶えてくれてありがとう
――危険だと分かりきっている事に巻き込んですまない
様々な想いが胸中に浮かぶが、それよりも先に、少年に向かって歩き出しながら片手を上げる。
それを見て意図を察したのか、少年もニッと笑いながら片手を上げた。
「ただいま、若葉」
「おかえり、モミジ」
パン、とハイタッチの音が鳴り響いた。
◆
それからの流れは劇的だった。
諏訪から移動してきた諏訪の住民の受け入れ、衣食住の準備諸々。
諏訪の勇者、白鳥歌野。諏訪の巫女、藤森水都。そして巫女の才能のある望月梓の大社での受け入れ。
俺や綾乃は諏訪までの“道”の確認や、都市部の状況の報告。
何でも、神樹の様な土地神の集合体だけでなく、今回の
実際、アイヌ神話のカムイの居る北海道、琉球神道の沖縄等、生存者の反応がある地域があるらしい。
ならば“道”の接続に伴い、救援に向かうべきか、と問えば答えはノーだった。
国津神、土地神達の集合体である神樹とはその系統が違う為、下手に接続すればどうなるか分からないということらしい。
此方に避難で向かっているという情報が掴めれば救援に行く、という形で話は終わった。
そして。
「あぁ~……、極楽」
身体の芯まで染み渡る温度に、疲れが癒されていくのを感じていた。
完全に脱力して湯船に足を伸ばせば、じんわりと迫る眠気に眼を閉じる。
大社が気を効かせてくれたのか、大社直営の温泉旅館で疲れを癒す事となった。
今まで事後処理で捕まって休めなかった為、一人気儘に湯船に浸かる。
天井に吊るされているテレビに目を向ければ、若葉が今回の事で取材を受けていた。四国に来た当初は緊張でガチガチだったが、最近は慣れてきたのか、すらすらと答えている。
ただ、問題はここで起きた。
スピーチを頼まれたのか、小さなカンペを盗み見しながら演説をする若葉。
歌野さんや水都さん、諏訪の皆を四国で歓迎し、勇者である自身もこれまで以上に邁進する。
ここまでは良かった。
演説慣れしてるなぁ、凄いなぁ。と持ってきて貰ったコーヒー牛乳を行儀悪く湯船に浸かりながら飲んでいると、若葉の表情が変わった。
何だこれは、と言いたげな顔。
『何だこれは』
事実だった。
突如の変化に、傍らの大社の神官が慌てて駆け寄る。先程までの変化に、報道陣もざわつき始めた。
『の、乃木様?』
『何故今回の功労者が私の名になっている。ここには歌野達やモミジの名を入れるべきだろう』
『ひっ』
『貴様、これはどういうこ――』
横からカメラのレンズへと手が伸ばされ、ブツリという音の後に音声と映像が切られる。
数秒の後にスタジオへと映像が切り替わるが、皆言葉を無くしていた。
「……何やってんだ、若葉」
怒る理由も分からない訳ではないが、きっとこの後ひなたからの
コトリ、と空になった瓶をタイルへと置いて、ふぅと息を吐いた。