「――大変な事になりましたね」
時は流れて半日。日もどっぷりと暮れて真っ暗になる時間帯であったが、大社の要施設の一つである丸亀城周辺はスポットライトを浴びたように明るかった。
「おー……、滅茶苦茶人が集まってるなぁ。杏、タマから離れるなよ?」
「う、ぅぅぅ……」
「大丈夫だよアンちゃん! 自警団の人達も居るんだから!」
「…………」
「私がどん臭いせいで……」
「いや、悪いのは私だ」
若葉と同じく“勇者”の力を授かった少女達が、それぞれそれを見て言う。
物珍しそうに言う少女
それを見て小動物の様に怯える少女
暗い空気を晴らす様に、ポジティブに励ます少女
自分には関係ないとばかりに、無視を決め込む少女
元の原因は私だと言うひなたに、それを庇う様に自分が悪いと主張する若葉
そんな少女達の視線の先には、おびただしい程の人の群れがあった。
「“勇者”乃木若葉を出せーッ!」
「お前達大社は犯罪者を庇うのか?!」
「お前達に何の権利があるってんだ!」
口々に出てくる、若葉を差し出せという声や大社への不満。
四国で発生する物資や食料の半分以上の流通を握る大社を、快く思っていない人達が居る事が分かる反応だった。
「うちの息子や友人達が何したってんだ!」
「“勇者”なら何しても良いのかよ!」
「ここから先は立ち入り禁止だ!」
丸亀城の敷地に入ろうと迫る民衆と、それを押し返す自警団。そこで言い合っている青年を見て、若葉の顔色が変わった。
「あいつ……っ」
「……なるほど、乃木様は上手く利用された訳ですね」
声を荒げている青年とその父親らしき男、そしてそれを見た若葉の表情を見て、若葉の傍らに立つ大社の人間がふむと納得したように言う。
聞けば、旧政府の役人。つまりは前の日本においてかなりの地位に就いていた人間らしい。
そして、“勇者”という存在や大社のみがバーテックスに対応出来る“力”を独占する、というこの現状に不満を持っている組織の人間のようだった。
「おそらくは皆様の神具……。若葉様の“生大刀”等を奪える絶好の機会だと思っているのでしょうなぁ。神に選ばれない無力な人間が持った所で、ただのなまくらにしかなり得ないでしょうに」
はぁ、とため息を吐いてやれやれと首を振る。
大社の人間の言う通り、“生大刀”や高嶋友奈の持つ“天ノ逆手”を他の人間でも使えないかと試行錯誤した時があった。
まだ旧政府が僅かながら力を持っていた事もあり強行された事案であったが、結果は“不可能”。
それどころか神樹から怒り含みの神託が降ろされた事もあり、それに慌てた大社が“神具”を強引に取り返す、といった展開になっていた。
だが、今回のこの騒動を見るに向こうはまだ諦めてないのだろう。
「勇者様方には窮屈でしょうが……、暫くは丸亀城の敷地内での生活をお願いします。必要な物があれば用意致しますので、何なりと」
「本当か、ならタマは骨付き鳥がいい!」
「タマっち先輩、そういうのじゃなくて……」
「伊予島様、お気になさらず。土居様、ご用意致しますので少々お待ちを」
ずれた注文をする少女、土居球子に、先程まで小動物が如く震えていた少女、伊予島杏が呆れながら言った。
一礼をして去っていく大社の人間を見送り、窓の外の騒動を見つめていた若葉に、近くで外の騒動を興味無さげに聞き流していた少女、郡千景が視線を上げて言う。
「何時まで気にしているの?」
「……」
「遅かれ早かれ、こうなっていたんじゃない?」
「…………」
「周りの雑音なんて、気にしないで振る舞えば良いのよ」
カチカチと、千景は無表情で変わらずゲームを弄る。
その少女にとっては、もはや慣れた事とでも言わないばかりに。
「貴女は“勇者”なのよ。忘れないで」
千景のその言葉に、若葉は何も返せなかった。
◆
「――という事があってな」
そこで区切って、若葉は湯呑みを傾ける。温くなったお茶が、話して渇いた喉を丁度良く潤してくれた。
コトリとテーブルに置けば、手際よくひなたがお茶のお代わりを注いでくれた。
「わー……、て事は四国って今デンジャラスゾーンって事? みーちゃん拐われたりしない?」
「何で私なの?!」
「大丈夫よみーちゃん。何度拐われたって私が瞬時に助けてみせるわ、ヒーローの様にッ!」
「拐われる前に助けてよ! しかも何回も拐われるの?!」
「いやー、ナイス漫才」
「違うよぉ!」
もはや見慣れたばかりの歌野と水都の漫才に綾乃が拍手をすれば、水都が否定の意味を込めたツッコミを返した。
それはさておき、と歌野が場を切り替え若葉へと話を促す。続きを話せ、という事なのだろうが若葉は悩むように腕を組んだ。チラリとモミジに視線を送って、
「私も詳しくは知らないんだ。モミジ、そろそろ話しては貰えないか?」
「むぐ、何が?」
「惚けないでくれ。あの夜、何かしたんだろう?」
「あー……、こう、平和的な解決をだなぁ」
「(絶対何かしたな)」
「(絶対何かしましたね)」
「(何かしたのね)」
「(何かしたんだ……)」
「平和的ぃ? よく言うわ、あんな暴れ方しといて」
渋るモミジを鼻で笑うと、綾乃は話し出した。
◆
時は流れ、時間は深夜。
丸亀城へのデモ。長時間に及ぶ座り込みやバッシング等は連日行われ、丸亀城を守る自警団にも疲れの色が見えていた。
今が好機だ、と男は笑う。かつて国を動かしていた自分たちが返り咲く、絶好の機会。
“神樹”や“勇者”と呼ばれる眉唾物の存在を蹴落とし、あの化け物と戦う最前線で戦わせる。神聖な神社等の武器で戦えるというなら、それに合った適合者を探しだし、戦わせれば良い。
「何故あんなオカルト連中に尻尾を振らねばならぬ。“勇者”乃木若葉の事をダシに、今こそ大社を――」
車を走らせ、丸亀城へと急ぐ。
自分のコネや連絡網等を使い、荒事に秀でた連中を雇っていた。流石に殺人を犯す程の事はしたくないが、多少痛め付ける程度なら許容範囲内だろう。
そろそろ時間だ。現場に集まる多くの車に思わず笑みを浮かべるが、それも直ぐに疑問に変わる。
おかしい。
人は居る。見ただけで柄の悪い、ゴロツキと分かる男達と、何やら身の丈程の大きな棒切れを傍らの地面に突き刺した少年。
問題は男達が、地面に伏したまま動かない事だ。
男達の様子を探っていると、ふと少年の姿がない事に気付いた。何処だとハンドルを握ったまま視線を走らせれば、目の前からズドン、と大きな音と共に車が大きく揺れた。
ハンドルに頭をぶつけ、何事かと視線を上げれば先程の少年が車のボンネットに立っていた。
思わずアクセルを踏むが、何かに縫い付けられているかの様に車体は全く動かない。
何故だ。と焦ると同時に、車のドアが開けられ身体を外へと引き出される。胸ぐらを掴まれ引き寄せられれば、思わずひぃと声に出た。
「あんたが、最近騒いでる奴等の親玉か?」
「な、な、何の話だ?!」
「とぼけんな。お前の子供が、うちの者にちょっかい出したのは知ってるんだよ」
その言葉に、男は事の発端となった出来事を思い出した。確かに自分の子供が乃木若葉へと接触し、挑発して友人が怪我を負わせられた筈だった。
「怪我させた事に対して謝れならまだしも、これはいくら何でも大事にし過ぎじゃあないか?」
「っ、うるさい。お前に何が分かる。お前ら子供も、大社の様なイカれた宗教団体も、全て私が――」
支配してやる、と続けようとした所で、少年の顔色が変わった事に気付いた。
冷たい、どうでもいい物を見る目。
そうか、なら。と車のボンネットに手を掛ける。正確には、ボンネットを貫く様にして地面にめり込んだ、重厚な鉄の塊の様な大刀を軽々と引き抜いて。
「これは乃木若葉が持っている様な力を持った武器だ。これやるから、お前あの化け物と戦ってこい」
むんずと男の襟首を持つと、ずるずると引き摺る様に少年は歩きだした。
突然の展開に、男は理解がおいつかずただ抵抗する事しか出来ない。
だが化け物と呼ばれたその言葉に、脳内に悪夢が再来する。
ガチガチと打ち鳴らされる大きな歯。
ガチガチ
その音と共にバラバラに喰われる人間。
ガチガチガチガチ
一匹や二匹ではない、空を埋め尽くす様に、まるで星屑の様に――
ガチガチガチガチガチガチ……
それと、戦う?
「――や、やだっ、嫌だぁぁぁ!!」
小さな子供が駄々を捏ねる様にみっともなく暴れる。それでも万力に挟まれたかの様に、襟首を掴む手には解放される気配が見えない。
身体が震える。思い出した。そうだ、そうだった。
外はあの化け物でいっぱいだったのだ。
“勇者”という存在は、あの化け物を打倒する存在だったのだ。
「死にたくない。喰われたくない、嫌だ、助けて――」
何時しか意識は、勝手に身体から離れていた。
〰️〰️
「モミジ、やり過ぎ」
「綾乃か、寝てなかったのか?」
門からひょっこりと頭を出した綾乃に、モミジは顔を驚かせて言う。
今は深夜を回った所。柄の悪い人間が集まっていたから外に出てみれば、やはり正解だった。
やり過ぎと言っても、別に殺した訳ではない。大社から貰った“精霊システム”の仮運転を行っただけだ。
「どーすんの、これ」
「寒いし、流石にこのままはダメだろ。詰所のおっちゃんに言ってくる。面倒だし、さっさと部屋に戻れ」
「はーい」
綾乃が丸亀城の中へと入って行ったのを見て、さてとモミジは向き直る。
虚ろな目をして何かをぶつぶつと言う男を引き寄せると、聞こえる様にはっきりと言った。
「あいつら“勇者”は、お前らみたいなのでも助ける為に平気で命を張る。今お前が恐れたその化け物とも、お前とは違い逃げずに戦うんだ」
それを忘れるな、と言えば、男はがくりと力尽きた。死んではいない、気を失っただけだ。
詰所に連絡を入れようとすれば、丸亀城の入り口付近が何だかガヤガヤと騒がしい。表での騒ぎを聞き付けたのだろう、ならばさっさと逃げるだけだ。
「さて、これで若葉も元気になるだろ」
そう呟くと、モミジは見つからぬ様に闇へと駆けていった。
◆
「やり過ぎだ」
「やり過ぎです」
「やり過ぎね」
「やり過ぎだよ……」
「うーむ、このアウェー感」
引き気味。というかドン引き顔で此方を見てくる四人にどうしたものかと思う。
いや、やっちまったもんは仕方ない。もう終わったことだ。
「やったぜ」
「後でお話ですね」
許されないらしい。
畜生、と自棄食いを始めれば歌野さんが結局、と口を開く。
「その人はどうなっちゃったの? もう問題はないのかしら?」
「あれ、さっきここに居たろ?」
その言葉に、綾乃を除いた四人の顔が固まる。思い出すように記憶をたどり、当てはまる人物が居たのかお互いに顔を見合わせた。
「……もしかして及川さんですか?」
「正解」
「何ぃ?! 風貌が変わりすぎだろ?!」
「若ちゃん達にバレたくないって、イメチェンを施したのはアタシです」
どや顔で申告する綾乃。それでも信じられないとでも言いたげな顔で若葉達は固まっていた。
終わり良ければ全て良し。多少の問題があっても、最終的に平和に終わればそれで良いのだ。
……ひなたに手を出した奴等に復讐したけど、それも良いのだ。うん。
及川さんはイメチェンの後、若葉にバレてないことにホッとしていたのだがこれでまた肝を冷やすことになるに違いない。ごめんね。
心の中で謝罪しつつ、俺は味噌汁をずずっ、と啜った。