大神紅葉は防人である   作:社畜戦士 くっ殺

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変革の予兆 1

 

辛い。

薄暗い空間。辺りを照らす光源といえば部屋の中央に置かれた蝋燭一本のみ。

 

身動き一つ満足に取れない中、ぎしり、ぎしりと何者かが床板を踏み締める音が聞こえる。

周囲には同じ様に人が居るのだろう。耳を澄ませば、僅かながら呼吸に混じってすぅすぅという寝息の様な音も聞こえる。

 

此処に居ては不味い。綾乃はこれまでの経験からその答えを導き出した。今でさえ苦痛に感じるのだ。ここに残れば、更なる拷問に掛けられるだろう。

 

ぎしり、ぎしりという音と気配が通り過ぎ、一定の速度で離れていく……、そのタイミングで綾乃は走り出した。

 

狙うは正面、唯一の入り口――ッ!

 

 

「綾乃ーッ!」

 

「うわっ、バレた?!」

 

「バレるわ馬鹿たれが!! さっさと座禅に戻らぬかッ!」

 

ぎしりという床板を鳴らしていた正体。国土和人(こくど かずひと)が、そのツルツルに剃り上げた頭に青筋を浮かべながら怒鳴る。

周囲で座禅をしていた大社所属の巫女達はまたか、と内心呆れ、何も知らない歌野、水都、梓が何事かと見渡していた。

 

和人の怒鳴り声に、当の本人である綾乃は振り返ると中指を立ててのたまう。

 

「戻れと言われて戻る馬鹿は居ませーん」

 

「モミジ君」

 

「はいはい」

 

綾乃の舐めきった態度に更に青筋を浮かべつつ、冷静に側で控えていたモミジへと声を掛ける。

掛けられたモミジは片手をくいと手招きするように動かせば、綾乃は突如として宙を舞った。

 

混乱の入り雑じる悲鳴を上げながらぷらんぷらんとさながらUFOキャッチャーの様に運ばれた綾乃は、腕を組み佇む和人の前に放り出され、ふぎゃっという間抜けな声を上げた。

 

 

「ちょっ、モミジ! 精霊降ろすなんて卑怯よ!」

 

「嫌だよ、お前逃がしたら俺が怒られるもん」

 

「“もん”じゃないわよ、“もん”じゃ!」

 

逃走が失敗に終わるとすかさず弁明にシフトチェンジした綾乃が、こくりこくりと船を漕いでいる若葉を指差して言う。

 

「若ちゃんだって真面目にしてないし! アタシが怒られるなら一緒に怒るべきよ!」

 

「コイツ汚ねぇ、一瞬で友達を売り飛ばしやがった」

 

「ハンッ。馬鹿ね、怒られるのが二人になればその分怒りが分散されいだぁ?!」

 

 

謎の持論を披露する綾乃の頭部に、固く握り締められた和人の拳骨が振り下ろされた。ゴッ、という鈍い音に周囲の人間も思わず顔をしかめる。

 

「……む? いかんいかん、寝てしまっていたか」

 

「おはようございます、若葉ちゃん」

 

「うむ。……綾乃はまた逃走したのか」

 

拳骨の音で目が覚めた若葉が寝ぼけ眼で周囲を見やれば、頭を抱え倒れる綾乃と拳を握った和人を見て状況を理解する。

 

パシャリと流れる様なスムーズさで一枚写真を納めたひなたが、肯定するように返事をした。

 

 

〰️〰️

 

「あー~……」

 

「だ、大丈夫? 綾乃さん……」

 

あの後こってりと絞られた綾乃が、休憩用のテーブルに力なく突っ伏していた。空気の抜ける風船の様な奇声を上げているが、周囲の人達は見慣れた光景の如く無視をしている。

 

「自業自得です」

「だな」

「うむ」

 

「居眠りしてた若ちゃんには言われたくないんだけどぉ?!」

 

息抜き様の茶菓子と飲み物を持ってくれば、モミジから引ったくる様に受け取った。

ズコー、と音を立てて不機嫌気味にストローを啜れば、ひなたからの視線を受けて慌てて直す。

 

「水都さんや梓さんはどうでしたか、本部での修行は」

 

「初めてすることばかりで……、少し疲れました」

「私も疲れた!」

 

「そうですか。明日からも修行が控えてますから、今日は早めに休みましょうね」

 

ひなたからの言葉に少しだけうっ、と言葉が詰まる二人。だが巫女としての役割を思いだし何とか返事をした。

 

 

「それにしても、巫女の修行って結構ハードなのね。勇者の修行も同じ位なのかしら?」

 

「……む? そうだな、神具の違いがあるから一概には言えんが、私で言えば基本は筋トレ、組手、型式の繰り返しだぞ」

 

「わぉ」

 

歌野の疑問に茶菓子のわらび餅を頬張っていた若葉が答える。顎に手を当て答える若葉に補填するように、モミジが続ける。

 

「“生大刀”みたいな刀主体の若葉ならそうだな。他にも遠距離の武器を使う奴は、一日中的当てしたりする事もあるよ」

 

「面白そうね、早く他の勇者の人達にも会ってみたいわ」

 

モミジの言葉に目を輝かせる歌野に、若葉が話が早いと考える。

モミジへと視線を移せば何を言いたいのか分かったのか、モミジは口を開いた。

 

 

「良かった。今日その勇者達との食事会を予定していてな。皆も誘おうと思っていたんだ」

 

 

モミジの言葉に、諏訪の三人娘は笑顔で了承した。

 

 

 

 

 

「モミジお兄ちゃん、ここなの?」

 

「おう、そうだぞ」

 

時刻は夕方。日も傾き、仕事を終えた人々がそれぞれ帰路に着くか、飲み屋に消えていくかの中モミジと梓は一軒の店の前に居た。

 

丸亀城から徒歩一分という場所にあるそこには、年季の入った大きな引き戸に“本日貸切”と豪快な筆で書かれた札を立てており、これを書いた人の人間性をこれでもかと表している。

 

そんな引き戸に躊躇なく手を掛ければ、ガラガラと重い音を立てて戸は開かれた。

 

 

その瞬間漂うのは、出汁や焼きダレの涎を誘う良い匂い。

二人の顔に、思わず笑みが浮かぶ。

 

 

「わぁ……!」

 

「おー、やっぱ四国に戻ったら此処だな」

 

モミジに手招きされ入ると、いかにも“定食屋”という内装が目に入った。

 

誰か探しているのか、モミジがキョロキョロと見渡していると声が掛けられる。

 

「お嬢ちゃん。すまねぇが表に出してた通り、今日は貸き――お?」

 

「おっちゃん、コイツは俺のツレだ」

 

無精髭を生やした中年男性が梓に声を掛けるが、一緒に居るモミジを見て言葉が止まる。

おー!と喜び混じりにモミジの肩に手を置くと、パン!と良い音が鳴った。

 

 

「久しぶりだな! ニュースで見たから戻ったとは聞いたが、無事でなによりだ」

 

「おっちゃんもな。この子はその諏訪から来た子で、ほら」

 

「も、望月梓です!」

 

男性の姿に若干萎縮しながらも、自己紹介を終える梓。そんな様子にゲラゲラと笑うと良しと二人の背中を軽く押す。

 

「まだ全員集まってないが、軽いお通しなら用意してあるからよ。それ食いながら話してくれや」

 

――大社指定食堂、うどん屋戌崎(いぬざき)

そこは勇者、ならびに大社職員が日々腹を満たす食堂である。

 

 

〰️〰️

 

「――はぁー、お嬢ちゃんも大変だったんだねぇ」

 

「もう大丈夫!」

 

「はっはっは、そうかそうか。おでんのおかわり要るか?」

 

「うん!」

 

二人のやり取りを聞きながら、モミジもおでん串を一本手に取り頬張る。出汁のよく染みた大根が、ある種の安心感を与えてくれた。

 

人の考えの機微は良く分からないが、梓は元気に過ごせていると思う。綾乃と同じ特異な能力を持つ巫女として修行や他の事でも大変かと思うが、そこは周囲が上手く調整してくれているらしい。

 

そんな事を考えていると、ガラガラと引き戸が開かれる音が聞こえた。そして聞こえてくるのは、聞き覚えのある少女達の声。

 

 

「あー、お腹空いたー。おっちゃーん、肉うどん肉大盛と骨付き鳥のひな一丁っ!」

 

「もー、タマっち先輩たらまたそんな偏った注文して……。私は月見うどんと日替わりのサラダを」

 

「でも訓練終わったらお腹空いちゃうから分かるなー、私は肉ぶっかけかな。ぐんちゃんは?」

 

「……高嶋さんのと同じで」

 

口々に注文を飛ばしながら席に着けば、そういえば、と少女の声が上がる。

 

「まだモミジ達は来てないのか? 若葉達は大社に呼ばれたって話だけどさ」

 

モミジ、という言葉に側の梓がモミジを見上げる。それにニコリと笑みで返すと、モミジは手を上げて言った。

 

 

「よぅ、久しぶりだな。球子に杏、友奈に千景」

 

声に反応した四人が此方を向いて、数瞬の間が空く。

 

「おわぁ?! もう居たのかよ?!」

 

「久しぶりだね、モミジ君!」

 

「あら、隣の子は……?」

 

 

そこからはお祭りというか、あれよあれよと進む話に梓は混乱していた。名乗り名乗られ誰だったっけ?となる事態が続いたが、何とか冷静に頭を整理する。

 

小柄だが大物の様な気迫と快活さを持つ少女、土居球子(どいたまこ)

 

何処ぞのお姫様の様に可憐な雰囲気を持つふわふわ系少女、伊予島杏(いよじまあんず)

 

元気の塊の様な、ムードメーカーの様な役割を感じさせる少女、高嶋友奈(たかしまゆうな)

 

濡れ羽色の長い黒髪を持つ、何処か暗い雰囲気を持つ少女、郡千景(こおりちかげ)

 

若葉以外の、四国での勇者の名前を忘れないよう梓は頭に刻み込んだ。

 

「若葉達は何時来るとか聞いたか? 大社に呼ばれたまでは聞いたんだが……」

 

「タマ達もそれくらいだな、詳しい話は知らん」

 

運ばれた骨付き鳥にかぶりつく球子に続くように、他の三人もよく知らないと返す。

スマホには少し遅れるとだけ連絡は来ていたが、それは店に着く前のやり取りでの事だった。

 

 

「……まぁ、何かあれば連絡くらい寄越すだろう。若葉も居るし、大社までは目と鼻の先だし」

 

「大丈夫?」

 

「大丈夫だよ。ほら梓、次は何を食べたい?」

 

「んーとね、なら次は天ぷらが良いなぁ」

 

 

「おっ、梓ちゃん目の付け所が良いね!ここの天ぷらは絶品だよ!」

 

「……なら私も戴こうかしら」

 

 

本日貸切と書かれた札がぶら下がった店で、勇者と巫女と防人の宴会は続いていく……。

 

 

〰️〰️

 

 

「……どういう、事でしょうか」

 

大社本部、その一室。

 

ひなたに向かい合うその女性神官は、先程と変わらぬ態度で口を開く。

 

「……ですから、先程申し上げた通り――」

 

――歌野と水都を外したのは正解だったな

 

自身の神具である“生大刀”をみしみしと力一杯握り締めながら、しかし冷静に場を見据えて若葉は思う。

 

あの二人が居たら、きっと大事になっていたかもしれないと。

 

 

「反大社組織の掃討、ひいてはその粛清部隊に、大神紅葉様を据えると申しました」

 

 

四国に、不吉な波紋が広がっていく。

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