神託が下った。
「ここ四国へ向けて、バーテックスが侵攻を始めるそうです……!」
「遂に来たか」
緊張しているのか、水都が手を握り締めながらそう言う。勇者内でも緊張が走るが、その中でも若葉は好戦的に笑っていた。
何処か余裕も見えるその表情に、隣に居る歌野がひゅぅと口笛を吹いて言う。
「やる気充分ってとこね、若葉」
「あぁ。だが歌野、前線で何年も活躍していたお前の力も宛にしてという所だ。期待している」
「勿論よ。更に強くなった私の鞭捌き、見せてあげるわっ!」
歌野もまた元気よく返答し、緊張が走っていた勇者達も僅かだが解れた。
その中で友奈がよーし、と隣に居る千景と杏の手を取って言う。
「皆で円陣組もうっ!」
「円陣?」
「えぇっ?!」
友奈の提案に最初は驚き、だが良い機会だとそれぞれが輪になる。
お互いに肩を組み、勇者・巫女が一つの輪になった。
「ここに居ないひなたとモミジだが、志は皆一つだ」
「「「うん!」」」
「私達は勝つ、そして世界を取り戻すぞッ!!!!」
「「「おーっ!」」」
丸亀城の一室で、少女達の声が大きく響いた。
〰️〰️
時間は流れ、昼を少し過ぎた辺り。
若葉と友奈、歌野は大社運営の病院へと足を運んでいた。
受付で名前を名乗った際に受付の人に驚かれ、責任者が頭を下げまくりながら登場し、院長までが挨拶に来る。という一部喜劇の様な場面もあったのだが、それを乗り越えるのに大分時間が掛かった。
大社関係者が入院する病棟直通の入り口を通り、目的の病室までのエレベーターに乗り――今に至る。
因みに、その中でも完全に他人事の様にその光景を眺めていた歌野は、少し前から腹を抱えて笑っていた。
その様子に僅かながら青筋を立てる若葉を宥めるのは友奈だった。
「――ったく。病室に行くまでに毎回こうなりそうだな」
「セキュリティが厳重って事じゃない。安心だわ」
「ああも大騒ぎされてみろ、何か隠してますって言ってるような物だ」
「そうね。皆、若葉様、若葉様、って……ふふ」
光景を思い出したのか、歌野の顔がにやけ顔になる。そんな歌野に笑顔ではあるが青筋を浮かべつつ、若葉は努めて笑顔で優しく言った。
「歌野、エレベーター内などの狭所でバーテックスに遭遇した際の演習を行うぞ」
「若葉ちゃんどうどう! バーテックスはこんな所に現れないよ!」
「離せ友奈、奴には一度ガツンとやってやらねば!」
「それを言うなら“ガツンと言う”だよ若葉ちゃん!」
「あ。着いたわよー」
どたばたと暴れる若葉と友奈を尻目に、歌野は目的の階に着いたエレベーターから一番乗りで降りた。
一面リノリウム張りの床はワックスでピカピカに磨きあげられていたが、静かな病棟の中では逆に不気味さが漂っていた。
昼間だからか通路の灯りがあまり点いておらず、少しだけ暗さを感じる廊下を進めば目的の病室が見えてくる。
病室の前に立って一呼吸、すぅと息を吸って扉を叩く。
どうぞ、という声が返ってきて若葉は扉を引いた。
〰️〰️
ひなたが倒れた。
丸亀城で授業を受けていた若葉は、それを聞いて思わず大社の伝達人に掴み掛かった。
「何故だ。ひなたは今どうしている?!」
「ちょ、若葉、落ち着けって?!」
反応にしても過剰であろうその動きに、球子が肩を掴んで引き剥がした。
突然の事に驚いたが、何とか息を整えた伝達人は言う。
「神樹様からの神託を受けられました。今回は特に重要な物であり、その情報量も多く……」
「えっ、ならみーちゃんは?みーちゃんは無事なの?!」
「はい。藤森様も具合を悪くされましたが、今は順調に回復されております」
水都の無事を聞いて安堵する歌野だったが、ひなたを気にかける若葉を思いだし表情を引き締めた。
チラリと若葉を見ると、心配しているというより何か別の事が引っ掛かっているのか、思案顔で押し黙っている。
「やはり、昨日の事が……?」
「……若葉?」
「…………ん? 呼んだか、歌野」
ぶつぶつと何かを言い出した若葉に問い掛ければ、少し遅れて返事を返した。何かを隠している、直感だが歌野はそう感じた。
ひなたが大社直営の病院に搬送されたのを聞いて、若葉は病室等を事細かく聞き出していた。
一通り聞いて、自身の鞄を引っ掴んで教室を出て行こうとした若葉の肩を歌野は掴む。
「私も行くわ」
「……大丈夫だ。歌野は水都の迎えにでも――」
「みーちゃんは私が行くまで待っててくれるから大丈夫! それとも何? ひなたさんとの逢瀬を邪魔されるとでも?」
「なっ……」
「……わ、私も行こうかなー!」
「えっ」
根が頑固な上に頭が固い若葉では、歌野の提案に上手く返せず言葉に詰まる。僅かだが空気が悪くなった教室内で、ムードメーカーである友奈が仲裁を含めて付いていく事を言えば、千景が小さく驚いていた。
――昨日大社から帰って来た二人は、明らかに様子がおかしかった。
〰️〰️
清潔感の漂う真っ白な病室のベッド、その上でひなたは上体を起こし微笑みを浮かべて此方を見ていた。
「……身体の具合はどうだ。ひなた」
「心配を掛けましたね。この通り、元気ですよ」
嘘を吐け。
泣き腫らした目、顔に出た疲労……。ひなたの言葉が空元気であることは明白だった。
やつれた、とでも表現出来るひなたの様子にあれこれと声を掛けようとした歌野や友奈も言葉をなくす。
「あ……えと、これ、お見舞いの品だよ。皆からの分も入ってるから、お腹空いたら食べて?」
「まぁ、わざわざすみません、友奈さん」
「あ、あはは……」
流石の友奈でも、どう声を掛けたら良いのか分からず言葉に迷いが出る。
そんな時、さてと口を開いたのは歌野だった。
「そろそろ何があったか話して貰いましょうか、二人とも?」
「……何の事だ、歌野?」
「惚けないで。昨日の二人の顔を見れば、何かショッキングな出来事があったのは一目瞭然よ」
「それについては、昨日言ったろう?ここ数日、ひなたも私も疲れて――」
言う途中で歌野の顔を見た若葉の言葉が止まる。
真っ直ぐ、馬鹿正直な彼女らしい、ただ真っ直ぐとした瞳が若葉をじっと捉えていた。
何もやましい事が無ければ、その視線を受けても若葉は何も感じなかっただろう。
だが、今回の事は違う。
――大神様はこの話をお受けするでしょう。他の勇者様方にはこんなことさせませんでしょうし。
神官から言われた言葉が脳裏に走る。その通りだ、と
「若葉」
たった一言、短いその言葉に頭を上げる。迷い、俯き、何処かすがる様に歌野を見る若葉に、歌野は言った。
「迷ったなら相談よ、仲間じゃなかったの?」
仲間。
歌野がまだ諏訪で勇者をしていた時に、勇者通信と称して行っていたやり取り。
互いに励まし合うとき、“仲間”というその言葉が、何より若葉を元気付けていた。
「若葉ちゃん」
声に振り向けば、ひなたが諦めた様に首を振る。それを見て、若葉の目から次第に涙が流れてきた。
悲しくもないのに涙が止まらない。羞恥からか誤魔化すように袖で涙を拭えば、ぎゅっと身体を抱きしめられる。歌野だった。
「抱え込み過ぎよ、二人とも。綾乃さんやモミジさんだって凄く心配してるんだから、家族みたいなものなんでしょ?」
「……あぁ、すまない」
子供をあやすようにポンポンと背中を優しく叩く歌野に身を任せるように、若葉は暫く動けないままで居た。
◆
「……久しぶりだな。此処も」
若葉達が病院に向かっている同刻、モミジは旧大神邸の目の前に居た。
若葉達からの報告で崩壊が近付いていたのは聞いていたが、想像していたよりずっとボロボロだった。
地面に散ったガラスの破片をバリバリと踏みしめながら歩く。何処の窓かが割れているのか?と見れば、
「窓ぶった斬って脱出したとか言ってたけど、別の所か……?」
まぁ、良いや。と軽い気持ちで扉へと手を掛け、ずず…と音を立ててゆっくりと開いていく。何処か見覚えのある様な、無い様な、そんな不思議な気持ちを懐きつつも邸の中へとモミジは足を踏み出した。
「…………あぁ、本当に来た。ヒトガタのガキが帰って来たなぁ」
――その後ろをじっと見つめている存在に、気付かないままに。