若葉が正体不明なモノと遭遇し、応戦したという通路。他の通路とは違い不気味な程に綺麗に掃除が施されたそこを、何者かの気配を感じつつモミジは警戒しゆっくりと歩を進める。
「此処か」
“神前の間”と書かれた扉を開け、中へと進む。日の光が神々しく差し込むそこは、まさに“神前”と言うに相応しい光景だった。
そしてそこに飾られている、一枚の壁画が映る。
地面へ伏し、必死に崇める人々。
その間に立つ、一人の鎧兜に身を包んだ男。
そしてその上空にそびえる、威圧的に人々を照らす太陽の絵。
“天津神の因子”。
諏訪大社の祭神、
ヒトガタという、名を持たない、自我も薄い曖昧な魂を持つ
否、薄々は分かっていた。
確証が無い、冗談とも取れる可能性ではあったのだが。
諏訪神が言いかけて止めた、その理由も分かる。あの神様は本当に優しい神様だった。
「――なるほどなぁ。そりゃあキレるよな。仏の顔も三度までとはよく言ったもんだ」
思わず笑ってしまう。こんな事が許されるのか、そんな事が有り得るのか。
――大神家は、神を
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人類の歴史、その神話の類において、人そのものが誤った事をし神の怒りに触れた有名な事例がいくつもある。
一つはノアの方舟・大洪水。
邪悪な人類を滅ぼさんと行われた大粛清は、この世を恐ろしい嵐と濁流で呑み込んだ。
善なる者を乗せたノアの方舟だけが、その大洪水を乗りきったのだという。
一つは天にも届くタワーを建設し、人の身において“神”に挑戦しようとした“バベルの塔”。
神々の怒りに触れた人類は、罰として言葉を分類され、まともに意思疎通を図る事が出来なくなってしまった。
「そんで次は、神様を作ろうとしたから一度人類滅ぼす事にしましたー。ってか?」
言葉にして分かる、あまりにも滅茶苦茶な内容に乾いた笑いしか出ない。
ある程度笑って、飾られた壁画を改めて見る。地に伏し何かを奉る人々は人類、上空から人々を威圧的に照らす太陽は天照大御神、要は“天津神”だ。そして、
「なら、これは何を示す……?」
その中間で仁王立ちする、鎧兜に身を包んだ……人間、だろうか?
何か頭の片隅でチリチリと放つ違和感をもどかしく思っていると、ふと笑い声が聞こえた。
ゲラゲラと下品に笑うその声は、モミジが入ってきた扉から聞こえている。
「誰だ」
止まらない笑い声。だがゆっくりと開かれた扉の陰から出てきた者を見て、モミジは驚きと警戒を強める。
身の丈は2メートル程。
炭を思わせる様なくすんだ黒い肌とは逆に、真っ白な頭髪は後ろに流すように纏められている。
何よりも、その頭部から太い枝の如く生えた特徴的な角がその者の威容さを語っていた。
「……鬼か」
『そうとも。だが流石だな、常日頃からあの不細工を屠っている事はある。オレの姿を見て驚かないとは』
「化け物なら見慣れてるんでね。……それで、わざわざ俺に何か用かい?」
モミジの問いに炭色の鬼はよっこらせと床に腰を落ち着ける。おおらかに、かつリラックスしている様に見えるがモミジの行動に何時でも対処出来るであろう事は理解できた。
普段より行っているバーテックスとの戦いで、自分より大きな異形の者との戦い方はある程度把握しているモミジ。
だが、この炭色の鬼の様な、人間と大差無い知力を持つ異形の者との戦い方は経験がない。
――恐らくは精霊、それも上位のクラス……。
若葉の報告通りであれば、切れ味抜群の“生大刀”の刃が通らない程の肉体を持っている。加えて“鬼”その物の能力、つまりは化け物染みた膂力を備えていると思っても良いだろう。
中堅クラスの金熊童子でも大地にクレーターを穿つ膂力がある。目の前の鬼は、単純にその倍以上。
『ふむ。いやなに、久しぶりに帰って来た“ヒトガタ様”に挨拶でもと思ってな』
「……お前、昔から此処に居たのか?」
『覚えてないのか? いや、確かに幼い時だったな。隠形のに触れたから視認していると思っていたが……』
「隠形の?」
思い出されるのは、あの全てが変わった嵐の日。陽炎の様に空間に漂うそれに触れて――
「まさかあの時の、見えない何かが?」
モミジの言葉に、それだとばかりに炭色の鬼が反応する。ゲラゲラと笑い楽しげに笑ってはいるが、モミジは未だ警戒したままだった。
笑い終わり、ふぅ、と息を吐くと何処からか取り出した瓢箪の栓をキュポと抜きつつ言う。
『そんな風に警戒されちゃあやり辛い。最初に言っておくが鬼は、特にオレは嘘は吐かん』
突然の宣言にモミジが内心疑問に思えば、だからと鬼は続ける。
『オレはお前を喰うつもりで声を掛けた訳ではないし、危害を加えるつもりは今のところない。話をしに来ただけだ』
「……話?」
炭色の鬼の意図が読めず、次の行動に踏み出せないままでいるモミジに鬼は言った。
『この家、“大神家”の全てを話にだ』
◆
病室の空気が、しんと重くなったのを全員が肌で感じていた。
それぞれが考えを巡らせる中、歌野が口を開く。
「つまり、大社のその粛清機関の方達がモミジさんを神輿に上げてマフィア紛いの物を作ると?」
「ざっくりと言えば。武力、悪く言えば暴力で大社という組織の力を示すそうで」
「わぉ。本当に四国は世紀末だったのね」
わざとらしくジーザスと天を仰ぎ見ながら歌野は言う。次に口を開いたのは友奈だ。
「断ったら別の勇者にやらせるって……。そんなの、皆で断っちゃえば良いだけだよ!」
「断れば、また別の人達に行くんでしょうね。そして、誰かがその泥を被る」
「あぅ……」
友奈の提案を、歌野がばっさりと切る。言われた状況を想像して落ち込む友奈の頭を優しく撫でると、そもそも、と歌野は言う。
「その粛清機関とやらは何と戦うの?理由は?」
歌野の疑問に答えたのは若葉だった。
「この神樹の結界内に逃げ込んでいる人達の中に、バーテックス側に降伏すべしという考えを持つ者が居るんだ」
つまりはこうだ。
降伏すべしと考える反神樹勢力。それらの中には敵の親玉、つまりは天の神に降伏することで許しを得るというもの。
だが、一人間が高位の存在である神に申し立てをするにはあるものが必要となる。
生け贄だ。
「――実際に、大社内でも行方不明になっている巫女が数名いるんです。そして、それが最悪の想定によるものであるならどうにかするしかない」
「芽が出始めた内に刈り取るって訳ね。理解したわ」
ひなたがここまで思い詰めた理由、ひなたと同じくらいモミジの事を大事に思う若葉が強く抵抗しない理由がよく分かった。
巫女。特にその中でも才能が高く、勇者とも繋がりの強いひなたが目を付けられるのは当然とも言えるだろう。
となれば彼はこの話を断らない。というより進んでその機関に属する事になるだろう。
――いや、それとも。
「……歌野?」
「――あぁ、ソーリーソーリー。変な想像しちゃって」
「何だか歌野さんって、杏ちゃんみたいな策士の才能があるのかな?皆の話を纏めるの上手だし」
何処か目をキラキラと輝かせながら歌野を見る友奈に、歌野は謙遜気味に手を振る。
元々物事を考えるのは得意だし、順序良く計画を立てるのも得意だ。だが、
「(諏訪のあの時からかしら? 何だかインテリになった気分)」
思い出すのはあの激戦を共に潜り抜けた一時の相棒。相手の思考を辿り、自分の思うようなゲームメイクを行う事が出来た。
考えれば色々と思うところがあるのだが、今はさておきこの件について考えるとしよう。
わしゃわしゃと頭を切り替える様に掻くと、歌野はパン、と自分の頬を軽く叩いた。
◆
『まず最初に結論を出すとすれば、お前は“忌み子”だった』
「だろうな」
ヒトガタの様な降霊術で神を降ろそうとするならば、器とするのは穢れ無い無垢なる少女だろう。
製造過程は同じとはいえ、男である俺は始めから適してはいない。
『いや、その解釈は違うんだが……。まぁ、続けるぞ』
炭色の鬼は続ける。
『そもそも大神家がこんなことをしたのは他でもない。宗教崇拝による洗脳と、唯一無二の存在を確立させたかったからだ』
「……神を作って、何をしたかったんだ?」
『お前達人間が昔やってたろ、現人神として崇め奉るのさ』
「――まさか」
モミジの言葉に、そう、と炭色の鬼は肯定の意味を込めて答える。
それと同時に此方に一冊の本が放られた。紙の端に穴を開け、紐を通して纏め上げた一冊の本を。
その名は、神造御記。
『奴等はな、この人が支配する世界を神の力で支配しようと考えたのよ』
ふと、壁画の絵が陽光に照らされて輝いて見えた。
主人公こと大神紅葉にまつわる話が続き、鬼と少年しか居ないという薔薇が満開してそうな展開が続きますが早めに書こうとは思ってますので皆さまお付き合いの程よろしくおなしゃすm(__)m