大神紅葉は防人である   作:社畜戦士 くっ殺

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諏訪の章
諏訪へ1


 

「――そんじゃ、行ってくる」

 

「二人共、またねー」

 

 

時間は夕暮れ。休眠と栄養をしっかりと摂ったモミジと綾乃は、諏訪への出立の時間が迫っていた。

荷物の確認をし、装備等に抜かりはないか確かめ、最後に腹ごなしに軽食を摂る。

 

用意した軽食をキレイに平らげた二人は、見送りに壁の上まで来た若葉とひなたに手を振る。

ちょっとそこまで散歩に、そんな雰囲気のまま、二人は出発した。

 

 

「行ってしまったか……」

 

「……はい」

 

「毎度の事ながら、見送るのはどうにも馴れないな、心臓に悪い」

 

「そうですね……」

 

だんだんと暗くなっていく道の先まで二人が見えなくなるくらい小さくなっても、変わらず二人は見送っていた。

 

不意に、若葉のスマホが震える、見れば、モミジからメッセージが来ていた。

 

 

『さっさと戻れ、危ない』

 

 

言葉の少ないメッセージだったが、若葉とひなたにはそれで充分だった。

戻ろう、と若葉の声に優しくひなたは答えた。

 

 

〰️

 

 

「“道”はどうよ」

 

「安定してる。でも警戒して」

 

「おう」

 

 

所々で祝詞を唱え、札を張る。そんな道程の最中、周囲を警戒しつつもモミジが問う。

擬きとは言ったが綾乃は立派な巫女だ。それもかなり特殊な。

 

“神隠し”

現在綾乃のみが使用できる、精霊の力を介した能力。

神樹のバックアップが頼りのその能力は、バーテックスから気付かれにくくなる、というものだ。

気付かれにくくなるだけで、目の前で大きな音を出せば、当然気付かれる。

故に、自然と徒歩での移動のみになっていた。

 

 

「――よし、この辺で設置しよう」

 

「よしきた」

 

 

綾乃の言葉に、手早くスマホを起動させる。

表示されるのは、樹木をモチーフにしたデザインの印。それを地面にかざし綾乃が祝詞を唱えると、僅かに発光して地面へと染み込むように消えていった。

 

 

「……成功か?」

 

「大丈夫、機能してる。“道”の維持が大分楽になってるから」

 

「オーケー。このまま進むぞ」

 

 

成功を確認すると、二人は再び、足を進める。

 

 

〰️

 

「諏訪までの“道”を繋ぐ、か」

 

「はい。これが成功すれば、かなりの結界の強化に繋がるかと」

 

 

なるほどね。と資料をパラパラと捲る。

簡単に言えば電柱を設置し、その間の導線の役割を果たすのが今回のお役目か、と理解する。

 

発電所(四国)からの電力(神力?)を導線(綾乃の“道”)を通し、目的地(諏訪)まで送る。

 

「確かに、綾乃の“道”は霊道を利用して通すものだからな。神力を使うには相性が良いのか」

 

「はい。途中神樹様の御力を封じた札を貼って貰うことで、更なる“道”の強化に繋がるかと」

 

「用意周到だな」

 

「勿論、モミジさんたちの安全にも繋がりますから」

 

 

〰️

 

香川から5日目の朝、モミジは安堵の息を一つ吐いた。

 

「――よし、ここまでは順調だったな」

 

岐阜の手前。およそ県境の場所まで来たところで、モミジは手に持った地図をパタリと畳んだ。

綾乃がそろそろ限界だ。余裕ぶっては居るが、祝詞を唱える際の集中力が薄れている。

 

「ごめん、一旦タンマ」

 

「了解。そこの岩陰にでも隠れてろ、その辺見てくるよ」

 

「うん、お願い」

 

 

携帯食料の栄養バーに齧りつきながら、綾乃は岩場へと座り込む。ペットボトルに入った水を放り渡すと、ありがとうと言って蓋を開けた。

食料は余分に持ってきてはいるが、そろそろ水分が不足してくる頃だ。近くに川か貯水地がないかと探しに出れば、見たくもないものを見つけた。バーテックスだ。

 

「5匹。殺れないことはないが……」

 

最近分かったことだが、奴等には知性がある。前に救助者の囮になろうと飛び出た事があったが、モミジの事を無視しそのまま救助者の方へと飛んでいってしまったのだ。

今戦闘を行うのは良いが、万が一綾乃に危険が及ぶかもしれない以上、下手なことは出来ない。

 

此方には気付いてないのか、バーテックスは辺りをふよふよと探索した後、何処かへと飛んでいった。

 

「そういえば、バーテックスの襲来が頻発してるって言ってたな……」

 

諏訪への到着は、かなり難しくなるかもしれない。

 

〰️〰️

 

しっかりと身体を休めた後、諏訪への“道”は進んでいた。

霊道の力場を束ね、人の通る道と仮定しそこを精霊の霊力で固定する。時折飛来するバーテックスに注意しながらだったが、綾乃は不可思議な疑問があった。

 

「……()調()()()()

 

綾乃の“道”は絶対ではない。

気付かれにくくなるというだけで、注意深く索敵するバーテックスには寧ろ見つかるのだ。その度にモミジが打ち倒すのが常だったが、

 

「だな。誘ってるのかな」

 

「というより、“私達の事に気付いてない”可能性がありそうだけど」

 

「というと?」

 

綾乃はゆっくりと腕を上げると、行き先の一点を指で示す。地図上で言えば目的地の諏訪大社を示していた。

 

 

「大きな力を感じる。さっきから“道”が完全に定着してないから」

 

ラップをかけた様な、薄い膜が地面に貼られているらしい。“道”を作ることは出来るが、完全には定着しないようだ。

つまり、下手をすると“道”が剥がれる様に消される危険がある。

 

「諏訪大社の神様の御力かね」

 

「多分ね。バーテックスは、そっちにばっか気を向けてるから、こっちには気付いてなさそうだけど」

 

なるほど。大きな存在がある以上、その他の小さな存在にはあまり目が行かないということか。

ひなたが口にしていた、諏訪の現在の状況を思い出した。

 

 

「……バーテックスの侵攻か。場合によっては即戦闘だな」

 

「ここまで“道”を繋いだのが無意味でないことを祈るわ」

 

不謹慎すぎる物言いをして、綾乃は再び祝詞を紡ぎ始める。確かに、作業完了までの時間が先程までとは大分違う。邪魔をされてるというか、元々ある上に強引に塗り潰していると言うべきか。

 

近くにバーテックスが居ることもあって、モミジは戦闘警戒のまま、大刀の柄を握りしめた。

 

 

〰️〰️

 

 

“道”の作業を開始して、二時間程たった時だった。

疲労の色が見え始めた綾乃を休ませようとしたとき、声が届いた。

 

 

「――こっちだ。そこの諏訪大社に逃げ込むんだ!」

 

「ほら、こっちよ!」

 

「奴等が来る!」

 

希望と焦りの滲む声。おそらく生存者であろうことはすぐに分かった。

 

タイミングが悪い。思わず舌打ちが出るが、考える間もなく走り出していた。

 

 

「綾乃は“道”で待機。5分経って戻らなかったらそのまま諏訪大社へ行ってくれ」

 

「分かった、気を付けて!」

 

 

“道”から外れ、前を行く生存者を追いかける。それに合わせるようにバーテックスも周りの木々の陰から現れた。

 

「てめぇらはお呼びじゃねぇッ!!」

 

包帯、のように見えるそれは大量の札だ。対バーテックス用の神樹パワーが込められたそれは、明確に倒したとされるダメージを与えればバーテックスを消滅させるものだった。

例えばこんな風に、

 

 

「はぁっ!」

 

此方に背を向ける一匹を、背後から脳天ごと真っ二つにカチ割る。

 

精霊システムを起動させ、普段の腕力では到底振り回せない大刀を、軽々と振り回していく。

 

2匹目、開いた口に横向きに切り込み、魚をおろすが如く尻尾まで切り裂いた。

 

3匹目、生存者に迫る横合いから胴体を輪切りにし。

 

4匹目、背後にいる生存者に突進してくる正面に大刀を投げつける。投げた大刀は、バーテックスの頭部に深々と刺さった。

 

 

武器を手放したモミジをチャンスと見た5匹目が、ガチガチと歯を打ち鳴らしながら生存者ごと噛み砕こうと大口を開け迫る。

それを見ても焦らず、モミジはスマホの精霊システムを起動させた。

 

「――来い。金熊童子」

 

言葉の後に、モミジの影が姿を変える。異形めいて蠢いた後、確かな鬼の形を持ってモミジの身体にも変化が出た。

 

身体の色は赤色、熱した鉄の様に染まる身体は熱気を放ち、モミジの身体の僅かな周囲の空間を陽炎の様に揺らめかせる。

 

バーテックスが異様に気付き僅かに軌道を逸らすのと、モミジが一歩踏み込んで拳を振るうのは同時の事だった。

 

地鳴りが響き、それに合わせて揺れる大地。地面にクレーターを作ってめり込んだバーテックスは、崩れるように端から消滅していた。

 

「――ふぅ」

 

一つ息を吐いて、昂る気持ちを沈めるように目を閉じる。

 

 

“精霊降ろし”

切り札ともされているそれは、四国に居る勇者も含めてあまり使用が良しとされないものだ。

神樹を通して使役出来るようスケールダウンされたとはいえ、要するに“別の生き物の魂を憑依させる”降霊術の一種であり、下手をすれば精神に害を及ぼすこともある。

 

 

 

武器を回収し辺りを見れば、先程の生存者達が腰を抜かして此方を見ていた。確かに、バーテックスを打倒する者が居れば人間同士とはいえ恐怖の対象なのかもしれない。

だからこそ、出来るだけにこやかに話しかける。

 

 

「大丈夫ですか。諏訪大社まではすぐそこです。援護をしますので焦らず、確実に向かいましょう」

 

「あ、あぁ……」

 

 

手を差し伸べ、一人ずつゆっくりと立たせる。準備が出来たところで、モミジは出立の声を上げた。

 

 

〰️

 

 

痛む頭に、耐えるように手を置いた。

 

 

「大丈夫、モミジ?」

 

「おう。倒れるほどじゃあない」

 

 

生存者達を引き連れながら、綾乃の“道”の製作を再開させる。諏訪大社までは目と鼻の先とはいえ、油断は禁物だ。

 

 

「――……っ」

 

「大丈夫。声を上げないで」

 

 

木々の影から見えるバーテックスの姿に、生存者の中の若い女性が息を飲む。青い顔をして、今にも叫び出しそうなのを綾乃が優しく抑えた。

 

残り約500メートル程。諏訪大社自体は見えてはいるのだが、諏訪神様の力によるものか、人の気配が感じられない。

 

だが、綾乃が言うように神威を感じる以上、諏訪大社は健在している。

 

 

「……ふぅ」

 

額に浮く脂汗を袖で拭いながら、内心畜生と悪態を吐いた。

嫌な汗が止まらない、金熊童子の影響だろうか。綾乃には大丈夫と言ったが、正直休憩がしたい。

 

だが、

 

「大丈夫、助かった。大丈夫、助かるんだ……」

 

「神様、ありがとうございます……っ」

 

 

助けた生存者がもう限界だ。ここで時間を喰うと言えば、何処で爆発するか分からない。

栄養補給にクラッカーを取り出そうとした所で、ふと景色が傾いたのを感じた。

 

いや、俺が倒れてんのか?

 

 

 

 

ドサリ、と背後で倒れる音がした。

 

「モミジ?!」

 

“道”の為の祝詞を中断し、モミジへと駆け寄る。滝のような汗を流しながら、苦しそうに呼吸を繰り返していた。

胸に手を当てれば微かに感じる、穢れの気配。

 

「精霊が……っ」

 

懐から札を取り出し、モミジの胸元へと貼り付ける。ペットボトルの水を取り出すと、強引に口の中へと突っ込んだ。

ゴポリゴポリと、水が体内へと入っていくのを確認すると、綾乃は貼り付けた札を反転させた。

 

 

「――うぶっ」

 

 

モミジの身体を横向けに倒し、背中を擦って水を吐き出させる。

一頻り吐くと、先程とは違い顔に幾らかの余裕が出来た。

 

そんな時に、そいつらは来た。

 

 

「うああああぁ?!」

 

「ち、ちょっと待って!!」

 

 

バーテックスが大口を開けて迫って来るのを見て、数人の生存者がバラバラに逃げ出した。制止の声を上げるが、パニック状態で聞いて貰える余裕はない。

 

“道”に隠れている綾乃とモミジを視認したのか、バーテックスがガチガチと歯を鳴らしながら綾乃へと迫る。多少なりとも抵抗を、と迎撃用の札を手に取ったところで、ヒュッ、と何かが飛んだ。

 

パァン、パァン!と、まるで鞭で打ちのめす様な、そんな音。

生存者を追い回すバーテックスも、綾乃へと迫るバーテックスも、一瞬にして制圧された。

 

 

「――四国からの、“防人”の方達ですね。乃木若葉さんから、お話は聞いています」

 

黄緑色の勇者服を着込んだその少女は、見るものを安心させる、そんな不敵な笑顔を浮かべていた。

 

 

「私は白鳥歌野。諏訪の勇者です」

 

 

白鳥歌野。

農業王を自称する彼女は、そう言って綾乃へと手を伸ばした。

 

 

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