『大神家とは、始まりは陰陽師の一派だった』
遥か昔の頃から、大神家は
降霊術から始まり、呪いは勿論の事使い魔等も幅広く扱う事の出来る稀有な存在だった。
『一時期は京の守護職にとでも誘われていたんだが、それを蹴って山中のど田舎でひっそりと暮らしていたらしい』
何故か分かるか?という鬼の問いに答えられないでいると、鬼はニタリと笑う。
『簡単さ。続くであろう戦乱の世を予知し、血筋の断絶を危惧して隠れ潜んでいたんだ』
先程渡された“神造御記”にも、同じような事が記されている。
間に描かれた絵や、所々目立つ癖字を見て読み解くに、大神家の者であろう人達が住む周囲に、鬼の様な妖怪が無数に配置されていたようだ。
それを見つけたのを気付いたのか、苦虫を噛み潰した顔をして鬼が唸る。
『本当に忌々しい“呪い”を掛けられたもんだ。このオレ様をでっちが如く扱いやがって……』
瓢箪を乱暴に煽り、ごくごくと喉を鳴らして酒を呑んだ後、まぁ良いと話を続ける。案外単純な様だ。
『そこに絵で描いてるだろ、“鬼”、“狐”、“悪霊”……。利用が出来そうなのはどんどんテメェらの使い魔にしてんのさ』
まぁ、今回の件でほとんど神樹とやらにかっさらわれたがな、ざまぁみやがれ。と大笑いする。
話を聞きつつページを捲れば、本来ある歴史の流れと同じように年号が変わった事に気付いた。同じような癖字が、進む計画に向けて行う呪いを記している。
それに気付いたのと同時、違和感に気付き御記の最初のページと年号が変わるページを見比べる。年月は百年を軽く越えているのに
どう見ても一緒の人間が書いたようにしか見えない癖字が綴られている。
有り得ない。いや、それは出来てはいけない事だろう。
だがそれを実現させるには、そしてヒトガタという降霊術を編み出したという事実から鑑みれば
モミジの顔の変化に気付いたのか、鬼が満足そうにニタリと口を歪める。
「まさか。いや、有り得ないだろう」
『そのまさかさ。そして、その有り得ない事を研究し、突き詰めたのがこの
――初代大神は、生まれた子供に自分の魂を憑依させ、生き長らえてきたのだ。
◆
『此処に居たのか』
赤黒い、血液を彷彿とさせる色に流動的な皮膚。波紋が常に広がるその身体は、シルエットこそ人状ではあったが本来人にある眼や鼻等の器官はなく、有るとすれば口に見えるぽっかり空いた穴だけだ。
その声に反応するのは、砕けた崖の縁に座る少女。一歩踏み込めば瀬戸内海へとまっ逆さまだが、怖がる様子は微塵も見えない。
気だるげな目で人状のシルエット、
「だって、めんどくさい」
『そう言うな。主様からの命でもあるんだぞ?』
「言うこと聞かないなら殺せば良いし、呪いを掛ける位なら派手にバラバラにしちゃえば良いのに」
むー、と声からは分からないが頬を膨らませて不満を訴える少女。
それに対してシンシは言う。
『主様本体が戦闘に出られるならそれが早いだろうが、神樹の結界が完成するのを阻止するのに手一杯だ。勇者共を処理し標的を拐う方が遥かに楽だろう?』
「話長すぎ十文字以内」
『くたばれクソガキ』
くぁ、と欠伸混じりに返答する少女に苛立ちを隠さず伝えると、持ってきていた物を放り投げる。
綺麗な放物線を描いて、少女の近くにどすりと重量を感じさせる音をさせて突き刺さったそれは、少女の身の丈以上の大刀。かつてはモミジが所有していた物だった。
少女はそれを見ると早速手に取り、軽々と地面から引き抜く。錆びだらけの刀身を疑問混じりにぺしぺし叩けば、それを理解したシンシが言う。
『封印は解けたから、お前なら使えるかと思ったが……。あのガキの力が必要らしいな』
「なら、どちらにせよ四国には行かないと行けないんだねぇ」
『そういう事だ』
言葉の後で、取り逃がした諏訪の勇者と巫女が逃げ込んだとされる四国を揃って見る。
それに同調するようにわらわらと集うのは、数百という規模のバーテックス達だった。
『さぁ、宣戦布告と行こうじゃないか』
シンシの楽しげな声が、四国へと向けて放たれた。
◆
『時代を跨ぎ、家系の体系を変えつつも大神家は大成の時を待った』
子に憑依し、更なる子を宿し、その次の子に憑依を繰り返す。
初代大神が行ったのが、簡単に言えばそれだった。
なら、気になる事がある。
「未来を見通し、自らの死をも回避する……。そんな都合の良い環境に居たのに、何故今回の“天災”は回避出来なかったんだ?」
『うん?
「目的を達成した……?」
頭の片隅で起こるチリチリとした感覚が止まない。というよりかは強くなっている気がする。
初代大神は自らが神と崇められ、日本を支配するという支配欲を持っていた。
そしてそれは達成され、自らの予測した以上の“天災”に巻き込まれ、死亡した……?
そんな予測を立て、即座に違うと吐き捨てる。此方をニタニタと笑いながら見る鬼を睨み付ければ、おお怖いと鬼はおどける。
『物事を固く考えちゃあダメだぜぇ? もーっと基本的な事があるだろ、もーっと、もーっと基本的な事がさぁ』
基本的。という言葉に一度冷静に話を振り帰る。
だが、次第に経つ時間に鬼が痺れを切らしたのか、あーもうと立ち上がった。結構短気だ。
『お前も神職の端くれならちょっとは気付け! 神とは何を好む!』
「……無垢なる者?」
『無垢な女だ! あいつらは基本ロリコンだからな! 』
それは知っている。だが俺は男として産まれたのだ、だから失敗作でもあり、忌み子として扱われ――
そこでふと、シンシの言葉を思い出した。確か、
――……不良品に利用価値があるかと思い声を掛けたが、アイツとは違うな。悪戯に名を持ったのが原因だろう
アイツとは誰だ。
悪戯に名を持った。という事は、アイツと言われた者は名を持っていない……?
もしかして、俺と同じヒトガタの――
『うぉわ?! なんじゃこりゃあ?!』
鬼の動揺を含んだ大声に、思考が強制的に現実に戻る。見れば、瓢箪が逆さまになったまま宙に浮いて止まっている。
いや、
「時間が止まっている? これは……」
その瞬間、ごぅと音を立てて迫る光の波にモミジは飲み込まれた。
樹海化。
神樹が侵攻してきたバーテックスに勇者を迎撃させるため生み出した戦闘場。
招かれざる存在をも巻き込んだ樹海化により、大神紅葉の物語は加速する。