樹海化した空間で、剣戟の音が鳴り響く。
とは言っても、鳴らしているのは木製の棍と錆びた大刀だが……。
「ぬっ……、ぐぅぅ……っ!」
次々と矢継ぎ早に来る斬撃に、思わず苦悶の声が出る。
重い。少女が放つ攻撃に真っ先に思うのはそれだった。
まるで子供が木の枝で行うチャンバラの様に繰り出してくるそれを棍で凌ぐが、攻撃を受ける度に腕がビリビリと痺れ、踏ん張らねば体勢を崩す危険もある。体勢を崩せばジ・エンドだろう。
「……凄いね。そんな細い木の枝でこれと撃ち合えるなんて」
「分かってるなら手加減してくれ。つーか、これは“木の枝”じゃなく“棍”だ」
「手加減は出来ないけど、逃げるなら見逃してあげるよ」
大刀がぶれる。来るであろう斬撃を予測し、直撃する攻撃点を真っ向から受けるのではなく、
「むっ、また……」
「っ!」
棍に大刀が触れ、衝撃が来る瞬間に霊力を大刀との接地面に作動させ
重く、まともに受ければ折れるであろう攻撃をいなすには、それしか出来なかった。
相手の大刀だって重いはず、幾ら軽々と振り回しているからといっても、体力の限界はあるはずだ。
と、思っていたのだが。
「……。 何?」
「いや、かれこれ30分くらい戦ってるんだけど。そろそろ息切れくらいしてくれないと困るんだが……」
「まだまだ余裕。というより、また折れてるよ」
「あ、やべ」
此方の棍を指差す少女の指摘に、棍を見れば先の方が僅かに軋み、ヒビが入っていた。急いで霊力を注げば、元通り綺麗に修復される。
諏訪神の力か、この棍の元々の能力なのか、精霊システムや俺の中の“天津神の因子”による霊力を注げば元通りになるらしい。
初撃の撃ち合いで棍がへし折れた時は本気で焦ったが、棍が戻るようにイメージすると霊力を消費して元に戻ったのだった。
「そっちこそズルい」
「なら武器の交換するか? 俺は全然良いぞ!」
「お断り!」
言葉の後に、再び武器の撃ち合う音が鳴り響く。
今はどうにか対応出来ているが、使える霊力には限りがある。
「(もしかすると、“神花”を使わざるを得ないかもな……)」
疲労を欠片も見せない少女を見ながら、モミジはそう考えた。
◆
『ふっ、はぁっ!』
「ふんっ!」
「そりゃ!」
刀による攻撃を若葉が、鎖鎌による変則的な攻撃を歌野が鞭で打ち落とす。
隙を見て攻撃を繰り出せば、流動的にグニャリと身体を歪ませかわされていた。
『……ふん。二人がかりで掠り傷一つも入れられんとはな。これなら当初の予定通り雑魚共をけしかけるだけで良さそうだ』
嘲笑。此方の神経を逆撫でするような態度で話し掛けてくるが、若葉と歌野は意に介さない。深呼吸し、丹田で気を練る。
話に乗ってこないのを理解できたのか、内心舌打ちしながらもシンシは策を練る。
『(地力なら此方が圧倒的に上だ。だが諏訪の勇者は兎も角、四国の勇者、あの刀はヤバい)』
離れた距離で相対するこの場でも感じる、不浄を祓い魔を斬り落とす威容。
覚えもある。そしてあの方と通じる“緒”からも警告を感じる。
腹立たしい。沸々と湧く怒りをどうにか宥め、此方に相対する二人を見る。
強い目をしている。と素直に思う。
人間の側ではなく、此方側に付くというのであれば喜んで迎える程の技量だ。
だが、
『そろそろ体力も限界なのではないか? あの少女を差し出すというのであれば、今回は見逃しても良いのだが……』
返答の変わりに斬撃と鞭が飛ぶ。斬撃をしっかりと刀で受け、続く鞭は身体で受ける。ビリビリとした痛みが走るが、あの刀を喰らうよりはマシだ。
痛みに動きを止まったことに好機と見たのか、若葉が刀を腰だめに構える。所謂居合いの型だ。
「
「私達をギブアップさせたいなら、この100倍は連れて来なさい!」
若葉が飛び出す。腰だめに構えたまま、真っ直ぐにシンシへと風の如く駆け抜ける。
普通ならば万人が非難するだろう、自殺行為だと、無謀であると。
『はっ、馬鹿が』
だが、今の彼女には相棒とも呼ぶべき仲間が居る。
「私のナイスなアシストを忘れちゃ嫌よ!」
刀、続く鎖鎌を鞭が音を越えて弾く。体勢が仰け反り、最早無防備であるシンシの懐目掛けて、若葉が更に足を踏み込む。
――のが、シンシのイメージ通りだった。
ぐじゅりと音を立てて、シンシの身体が腹から波紋の如く広がる。風呂敷の様に広がったそれは、さながら食虫植物の様に若葉へ喰らいつこうとしていた。
「若葉!」
焦りを含んだ歌野の声に、シンシは勝機を見たりと笑う。神浄の刃は届かず、この少女は我が体内で溶かすだけ、と。
「……」
若葉は、ゆっくりと目を閉じた。
〰️〰️
「まだまだ力みが入ってますなぁ」
「むむむ……」
丸亀城での鍛練中、師範代によく言われた言葉だ。力を抜け、脱力しろ、と良く言われ、実践しているのだが上手く行かない。
「ほれ、ここ」
師範代の指先には、先程切った巻俵があった。それを良く見れば切った刀が抜けた後口に、
「これがあるってことは、切ってる途中で減速してるって事ですの。本当に脱力した抜刀は、振り抜くまで
「加速……ですか?」
「そうですのぅ」
ほれぃ、と言って腰の刀に手を掛けると、三つ横並びにある巻き俵へ真横に一閃する。
抜刀する瞬間の人が変わった様な殺気に気構えすれば、事は既に終わっていた。
巻き俵は動かない。失敗か?と思えば、少しの間の後ゆっくりと切り口から倒れた。
切り口を見る。
思わずお見事、と言えば師範代は恥ずかしそうにポリポリと頬を掻く。
「いや、失敗ですのぅ」
「えぇ?!」
「真横に抜いたのに、押す前に倒れましたからの。いやはや、まだまだ精進が足りぬ」
ほっほっほ、と師範代は笑って言う。
「人類の仇敵、さぞかし強敵で御座いましょう。ですが、どんな時でも心は水面の如く落ち着けるのです」
「……明鏡止水。という事ですか?」
「おや、博識で。そうとも、明鏡止水の先に芯からの脱力が叶う。それが出来れば若葉様のその神刀」
師範代が若葉の腰の刀へと目を向ける。
あの“天災”の日に借り受けた、バーテックスを倒すための人類の切り札へと。
「文字通り神であれど斬り伏せるでしょう」
若葉は、そっと“生大刀”へと手を置いた。
〰️〰️
音。水音。歌野の声。相手の呼吸音。
目を閉じる。視覚という五感最大の情報確保器官を自ら閉じる。
相手の危険度、異常さは全て身に染みた。今、絶望的な状況であるのは分かる。
ならば斬るだけ。
脱力する。踏み込みはここで終わりだ。後は刀を抜くだけだが……、間に合わない。
「――来い、義経」
『なっ?!』
シンシの視界から、若葉が消える。
何処に行ったかと辺りを探れば、パチリと刀を仕舞う音が響いた。
身体を探る、痛みはない。ならば二の太刀が来る、と身体を向けた所で、
「動くのは止めといた方が良い。既に切った」
バチャリと、身体が真ん中から真っ二つになっていた。
突然の出来事に理解が遅れる。身体を動かそうにも、離れた半身がじたばたと動くだけだ。
『な、ぁ』
「ダメだな。まだ脱力が足りないか……」
意識が薄れる。このままでは消滅する。手近なバーテックスか、あの少女の元に――
「また一から鍛練だな」
シンシの身体は、いつしか動きを止めていた。
◆
「っ!」
「ぅお?!」
目の前の少女が動きを止める。驚愕を表す顔に、そんな顔も出来たのかと内心驚いているとぽつりと声を洩らした。
「そんな……、やられるなんて……」
「あぁ、あの人型バーテックスか。若葉達は強いからな」
結局、若葉達が相手をしてくれたらしい。この手の奴はこっちで引き受ける。と歌野に啖呵を切ったのに、滅茶苦茶恥ずかしい思いだ。
モミジの言葉に、少女は睨むように此方を見る。その剣幕に思わず構えると、その隙に跳躍しシンシの元へと向かっていく。
若葉達も居るはずだ、と直ぐ様追いかければ、少女はシンシらしき物体の側へと駆け寄っていた。
その近くに、若葉達も警戒しながら立っている。
「大丈夫か?」
「モミジか。そちらも無事で何よりだ」
「まだ交戦中だけどな。……どうする、まだやるかい?」
少女へと問う。戦闘で疲弊しているとはいえ3対1、奥で護衛に付いている友奈達も含めればかなりの数になる。
人類の敵とはいえ、人間同士の戦いはあまりしたくない。
何よりこの子は――
「ねぇ、モミジさん。あの子が持っている武器、あれは」
「あぁ。俺が持ってた大刀だ。……シンシ、人型バーテックスの仲間と考えれば、あの子は」
「……モミジさんと、同じ境遇って事?」
「何?」
歌野の考察に若葉が驚く。その通りだ、と確信に近いものを感じる。
炭色の鬼の話と、以前シンシと遭遇した際の言葉を纏めれば、あの子も俺と同じ、“ヒトガタ”の可能性が高い。
俺の持っていたあの武器がまともに扱える時点で、それは濃厚とも言えるだろう。
「……同じ境遇、なんてものじゃない」
少女が何かに堪えながらも、絞り出すように言う。……怒っているのか?
肩辺りからもぞもぞとした感覚がすれば、最早ミニキャラと化した炭色の鬼が居た。そういえば居たな。
『し、死ぬかと思った……』
「悪かったな。でももう終わりそうだ」
『うん? どういう――おいおい、お前さん記憶喪失持ちだったか?』
「どういう意味だよ」
『どういうってお前、あのガキは』
俯いた少女の方を向いて、鬼が目を逸らさずそのまま言う。信じられないとでも言うように。
炭色の鬼が口を開く前に、少女がゆらりと立ち上がり此方を向く。
「許さない。何も覚えてないって聞いていたけれど、だからってこんなことは看過できないよ」
少女の言葉に熱が入る。シンシだった赤黒い液へと手を伸ばすと、ぐにぐにと状を変えて少女の手の平でゴルフボール程の大きさになった。
どくどくと、心臓の様に鼓動を打ちながら。
「
『お前の、双子の片割れじゃねぇか』
少女が手の平のそれを口に入れ、ごくりと音を立てて飲み込む。
その瞬間、爆発的な神威がその場に居た俺達を吹き飛ばした。
「――
神樹が展開する樹海化の中で、一つの小さな、されども業火の様な熱度を放つ太陽が君臨する。
纏う衣は大きく変わり、それはさながら天女の様な、そんな印象を持たせる風貌。
背には身の丈程の鏡を背負い、首には勾玉を下げ、手には錆びた大刀を構えている。
神様みたいだ。衝撃でふらつく視界の中で、モミジは他人事の様にそう思っていた。
「貴様ら人類の切り札は、ここで皆殺しにしてやる」
ゆっくりと、手にした大刀の切っ先をモミジへと向ける。
その瞳を憎悪と、殺意で昂らせながら――
「行くよ、ここで死んで。
――俺の妹は、大刀を構えて此方へと斬りかかった。
というか今更ながら、
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