その現場を見て、三人にとある問題が起きていた。
デートって、こんな物なのか?と。
「……何か、さぁ」
「えぇ……」
「うむ……」
モミジの呟きに千景、若葉が同じく同意する。言葉とその雰囲気から洩れ出るその感情は、困惑にも似た物だった。
その三人の視線の先には、件の二人。
「ほら、球子ちゃん。冷めない内に」
「わー、
小洒落たカフェで、早めの夕飯を食べる球子とその向かいの優男。
運ばれてきたパスタに目を奪われた球子が普段通りの言葉遣いで口を開き、慌てて正す。
そんな球子をニコニコと見守りながら、優男は器用にフォークでパスタを巻き取っていた。
さて、この尾行が急遽デート現場の監視という目的に変わって、一つモミジが確認した事がある。
「この中で恋愛、好きな人がいる人ー」
「……ゲームの中でなら結婚してるわ」
「そ、そんなもの居るわけないだろっ」
全滅だった。
そう、この場の三人が恋人、またはその過程にある男女の付き合いというのを知らないのが問題であった。
危険な事に巻き込まれてはいないだろう、と推測を立てたモミジ達にとって次なる課題は、この二人の“恋愛の進度”を知ることだった。
“無垢な少女”を好む神、神樹もそれに当てはまる為無闇な異性との過度な接触は禁止せよ、というのが大社からの方針である。
早い話が“恋愛禁止”という事なのだが、モミジも千景も若葉も同じ“勇者”であり仲の良いクラスメートである球子の恋路を邪魔したい訳ではない。
その為まだ恋人関係にまで至っていないのであれば、球子との話し合いで終わると読んでいるのだが……。
「ほら球子ちゃん、これ美味しいよ」
「えっ、あーんって……恥ずかしいよ」
と、やりとりをする二人に対して。
「あれセーフか?」
「さぁ?」
「いやダメだろ?!あんな破廉恥な事はぁ?!」
と、それぞれの意見が食い合わない状況にあった。
「だ、だだだダメだ。良いかモミジ、これから私があの男を峰打ちで気絶させる。その隙に球子を拐うんだ」
「こんな人前で事件を起こすな。別にあれくらい俺らだってするだろ」
「えっ」
「それはお前や綾乃達は身内だからだ!赤の他人とはあんな事しないっ!」
「えっ」
羞恥で顔を真っ赤にし、自身の神具である“生大刀”をかたかたと握り締めながら若葉が立ち上がるのをモミジが制する。
その際のモミジと若葉の言葉に千景が呆けた顔で声を洩らすが、二人の耳には入らなかった。
球子達とは衝立を挟んで見え辛い位置関係に居るとはいえ、無闇に行動すればすぐにバレる。決定打に欠ける物がないなら、店を出た際に行動に移すしかないだろう。
◆
“可愛い女の子”のフリってのは、難しいなぁ。
笑顔でフォークを口元に寄せてくる目の前の優男を見ながら、内心で愚痴る。
でも仕方ない。テレビでも、杏にそれとなく聞いたときも、そう言っていたし。
――男の人に可愛く見られるには、“可愛らしく振る舞う”のが良いって。
◆
「ね、ねぇ、そろそろ……」
「ん?あぁ、そうだね。……うん、大丈夫そうだ」
どのくらい時間が経っただろうか。日が沈み、宿舎の門限がかなり過ぎた頃二人は動き出した。
一応、今回の事がバレては面倒なのでひなたと綾乃の二人に工作をお願いしてある。と言っても、就寝前の確認前に帰らなければ本格的にヤバい。
このまま食事だけとって終わらないだろうか、と考えていたが更に場所を移すらしい。移動しなければ。
「パスタとかいう軟弱な食べ物はダメだな。日本人はやはりうどんだ」
「柔らかさで言えばうどんのが軟弱だろーよ。二人が動いた、さっさと行くぞ」
「……えぇ、そうね」
腹をさすりながら物足りなさそうに言う若葉に、呆れ顔で言いながらモミジが席を立つ。
途中俺達も夕飯にしたのだが、その際に千景がフォークを片手に此方をじっと見ていた。何かあったのだろうか。
手早く会計を済ませ外に出れば、人混みの雑踏の中にいる球子の姿を見つける。……どうにも、様子が変だ。
先程まではニコニコと借りてきた猫の様に従順に、大人しく従っていたのだが、今ではその仮面が少し剥がれている様に見える、あれは……。
「……焦ってんのか?」
「うむ……。門限が迫っているのを気にしているのだろうか」
「なら、ご飯を食べたときに解散するのが普通じゃないの?」
「あの男の事を気にして……、ってセンも、あまり信憑性は無さそうだな」
若葉と千景の意見を取り入れつつ、今回の事について振り返る。
事の発端は、友奈からの相談だった。
――タマちゃんが元気なくて、相談しても答えてくれなくて……。
……仮に今日が初のデートだとしても、球子の行動には焦りが見られる。
気兼ねなくゆっくりとデートするのであれば、時間の取れる土日休みに行うのがベターだ。平日の、学校終わりに門限を気にしながらデートをするものなのだろうか。
球子の性格であれば、土日休みに口裏を合わそうと相談に来る筈。
だが、それが無い。
次に杏とのやりとりを思い出す。
――こんないかがわしい物を読むなー!って、タマっち先輩、私の部屋から恋愛小説を没収してた時もあったんですから!
――あったわねー
先日までの球子の不審な行動、そして焦るかの様に男とデートを始めた理由。
繋がらない事柄を考えていると、監視を続けていた千景が口を開いた。
「街中から外れるわ」
「むっ、監視が難しくなるな。周囲は暗いが、人通りが少なそうだ」
二人の言葉に目を向ければ、確かに球子と男は街中から外れ、住宅街の方へと足を向けている。
此方から見た様子だと、球子はまだ何やら食い下がっている様子だが、男が宥めたのか不本意ながら、と顔に浮かべたままついて行っている。
「しかし、門限は過ぎてしまったな」
「……悪いな。俺が責任被るから、今からでも帰るか?」
「断る。ただの確認だ。ここで帰っては球子の事が心配で飯も食えん」
「貴女さっきパスタ三皿平らげてなかったかしら……?」
腕を組みふん、と宣言する若葉へと、千景がじと目で言う。アイコンタクトでどうする?と問えば千景は口の端を上げて言う。
「大丈夫よ。こういうスニーキングミッションはゲームで鍛えたし、今更人に何か言われるのは気にしないわ」
「いや千景、別に大社の人は嫌味で注意するんじゃなくてだな」
「……訂正するわ。大切にされてるのは分かってる。けど……」
「けど……?」
モミジの指摘に悪いと思ったのか、謝罪を述べた後に指をついて、
「……こういう、友達同士で何かするのって、初めてだから……」
「……よし、終わったら球子のお叱り会を含めて“戌崎”で打ち上げしよう」
「うむ!」
人と関わる事に積極的になった千景に喜ばしく思いながら提案すれば、若葉が乗り気で返事した。
気を取り直して監視に戻れば、二人は更に住宅街から離れて足を進める。
……何やら、胡散臭い空気漂う
「……どうやら来て正解だったみたいだな」
「モミジ、どうするんだ?」
「……マズい状況なの?」
何時もの大刀は目立つ上に邪魔になるので、それとは別の物をズボンのサイドポケットから取り出す。
軽く振ると音を立て、長さ50センチ程の鉄の棒へと様変わりした。
所謂特殊警棒だ。
「若葉は周囲に奴等の仲間が居ないか警戒。千景は補助、または逃走経路の確保を頼む」
「分かった」
「えぇ」
何となく状況が読めた若葉と、まだ読めていない千景へと注意を促す。
この時間、こんな人通りがない所へと誘導をする時点で、あの男は俺の中で危険人物へと変わった。
なら、排除するだけだ。
「待って下さい」
行くぞ。と身を隠す電柱から飛び出そうとした時、声と共に肩に手を置かれた。
突然の事に驚くのと、振り向いた後に更に驚きの声を上げたのはすぐの事だった。
◆
――私は弱い女の子だ。
身体も弱く、精神も弱い。
お伽話のお姫様みたいだ――。なんて、何回言われただろうか。
でも、
「改めて……これから、よろしく頼むわ……、よろしくお願いします」
変われた
切欠は些細な事だったらしい、ただ、大事な事は一つだけ。
「自分を変えたい?……なら、怖がらずにどーんと一歩足を進めなきゃな」
◆
「……なぁ、ほんとにこっちにあるのか?違った、あるの?言ってた物」
「ん?……そうだね、用意が出来てるらしいから大丈夫だと思うよ」
喫茶店での食事の後、人通りがだんだんと少ない場所へと進んで行っている。
さっきまでは住宅街だったけど、今周囲に見えるのは寂れた工場ばっかりだ。
それに、今のコイツの言葉。
「用意って……、どういう事だよ。お前持ってるって言ってたじゃないか、あの本!」
「あー、今その下手くそな女の子口調直すんだ。まぁ、ここまで来たら大丈夫かな」
ニコニコとした顔から一変、此方を見下すような下卑た薄笑いへと変化する。
その変わり様に球子が思わず後退るのと、背後の工場の勝手口ががちゃりと開くのは同時の事だった。
「おせーよ、いつまで彼氏ごっこしてんだ」
「すみませんね。この子の演技見てると面白くてつい」
「なっ……」
出てきたのは見るからに堅気ではない風貌の男。“天災”の後、食い扶持を得るために悪事を繰り返す組織が居ると聞いていたが、コイツらの事かと球子は理解した。
思わず丸亀城で訓練した対人への構えを取るが、それを見て嘲笑う様に男がある物を掲げる。何かと疑問に思うが、バチリと放電したそれに一瞬で理解した。
「スタンガン……っ」
「大事な“商品”だからな。無闇に傷は付けられん」
じりじりと迫る男に必死に策を練っていると、騙した優男が笑う。
「君らみたいな馬鹿なガキは、俺みたいなちょっと顔の良い奴にコロッと騙されるんだよね。趣味が合うー、とか、境遇に同情してやったらさぁ」
「っ、この外道!」
「ま。君の親から絞れるだけ絞ったら返してやるからさぁ。……とっとと寝てろ」
羽交い締めしようと優男が迫る。
スタンガンを持った男がニヤニヤと笑いながら迫る。
――ごめんな、杏。
あぁ、こんな時に限って神具を持ってきてない。と悔やむのと同時に、騙されこれから酷い目に遭う自分を球子は呪った。
その時。
ひゅ、という飛来音の後に、スタンガンを構えた男が唸り転げる。
突然の事に何事かと思えば、間近に迫っていた優男が続いて飛来音の後に蹲った。
少し呆然として見れば、からん、と音を立てて地面に鏃を潰したボウガンの矢が落ちる。
「タマっち!」
「……あ、んず?」
そこには、自身の神具である
◆
「若葉、手前の奴」
「任せろ」
よろよろと立ち上がる男二人へと、警棒を構えたモミジと“生大刀”を構えた若葉が肉迫する。
状況が分かっていない優男は若葉の怒りの峰打ちで一撃。何やら骨の軋む音が聞こえた気がしたが、音の出所が頭でなければ大丈夫だろう。
「こ、このガキ共……っ」
「おせーよ」
男が立ち上がりスタンガンを鳴らすが、手元へと警棒を振り上げ遠くへと弾き飛ばした。
指か手首か、はたまた両方か。痛みに耐え抑えるその隙にこめかみへと狙いを定め、
「何他人様のダチに手ぇ出してんだクソ野郎……っ!」
思いきり、警棒を振り抜いた。
~~
今回の要というか、要するにオチ。
「本にカレー溢したから」
「持ってる奴を探してたぁ?」
「はい……、ごめんなさい……」
後日、“戌崎”にて開かれた球子のお叱り会兼打ち上げ。その場にて明らかになった事実に、全員が呆れた顔をした。
その周囲の反応を見て、球子の小さな身体が更に小さくなる。
杏の持ってた過激な恋愛小説を没収した後、それを見てていかがわしい(球子談)シーンでびっくりしてカレーうどんをひっくり返したらしい。
数に限りある本が稀少な今、謝っても許されないと思ったらしく、一人町に出ては書店を巡っていた。
だがそのシリーズ本自体が古いのと販売数が少ない物らしく、中々に見つからない。
そこに現れたのが例の優男、出来るだけ早く譲って貰うため、土日休みまで待てなかったらしい。
その報告を受けて、ゆらりと杏が立ち上がる。此方からは背中しか見えないが、球子の怯えようからして相当な雰囲気を放っているらしい。
若干、いつものふわふわな髪も逆立っている様に見える。
「タマっち」
「あ、あのー。一応“先輩”も付けて……」
「“タマっち”」
「あっ、はい……」
すぅ、と息を吸い込み、
「馬鹿!!!!この大馬鹿タマっち!!!!」
普段の杏からは考えられない大声で怒鳴った。
ぽろぽろと溢れる涙に、思わず周囲も動きが止まる。
「何で一言言ってくれないの!本なんかの為にあんな危ない事しなくても良いんだよ!」
「で、でも前にも本を汚した時凄く怒ってたから……」
「それは怒るけど!!」
「怒るのね……」
言ってる事が滅茶苦茶になりつつも球子へと怒鳴る杏を見ながら、一息つくためにお茶を飲む。
結局、あの後警察と救急車を呼び逃げようとしたものの周囲にあった監視カメラから素性がバレ、大社へと連絡が行った。
世間的には犯罪者の逮捕に貢献したわけだが、大社からすれば自分達へ報告もなく危険な行為をしたのと同意であり、簡単に言えば全員が酷く怒られた。
暫くは街中への出掛けは禁止、門限の早まり、奉仕活動の強制……等々、様々な誓約が付けられてしまった。
今こうして“戌崎”に居るが、一歩外に出れば監視と護衛の神官がうじゃうじゃといる状況だ。
「――全くもう、全くもうっ!!」
「あ、アンちゃん。そろそろ許してあげなよー」
「……そうですね。だったら、」
「や、やっと解放され――」
「続きは宿舎に帰ってからだね、“タマっち”」
「お、オウマイガー……」
終わらない地獄を感じ取りカウンターへと突っ伏す球子、そんな球子にご愁傷様と合掌をしていると、ドタドタと降りてくる足音がした。
音の方を見れば、おっさんが紙袋一杯に何やら入れている。本だった。
「おう。伊予島の嬢ちゃん、こんなので良いのかい?」
「見せて貰って良いですか?……こ、これは?!」
紙袋からふんふんと小説を出しては物色していた杏が鼻息荒く声を上げる。
「この先生、続編出してたの……っ?これは、今はもう絶版の本まで?!」
宝の山じゃないですか!と早速本を手に取り始めた杏を見ながら、おっさんへと問う。
「おっちゃん、恋愛小説なんて読むんだな……」
「顔に似合わないよね……」
「それを言うならキャラに合わないだろーが!」
荒々しく料理の乗った小鉢をモミジと綾乃の前に置きながらおっさんが怒鳴る。
聞けば、流行りの物や客と話を合わせる為の話題作りとして、書店に出ている話題の本は一通り買っていたのだとか。
それを聞いた杏が目を輝かせておっさんへと言う。
「まだ残ってるなら残りも見せて下さい!」
「お、おう……。でもかなり量があるぞ?」
「車で来てるんで大丈夫です!」
「杏よ、あれは大社の車だゾ……」
大社の車を足代わりと宣言した杏に、球子が弱々しくもツッコミを入れる。
ふんふんと興奮した状態の彼女は、暫くの間は本の虫へと変わったままだろう。
「ま、良いかな。迎えがあるしお腹いっぱい食べよーっと。肉ぶっかけ下さーい」
「そだな。俺も肉ぶっかけ!」
終わりよければ全て良し、球子の問題も解決出来たのであれば、それで良いのだろう。
取りあえずは、全員暫くは気軽に外に出られなくなったという事だけだ。
「…………」
「あ、杏ー?ご飯も食べなきゃダメだゾ?」
「若葉ちゃん、パスタは消化に良いと言っても三皿は食べ過ぎですよ!」
「なっ、誰だ、ひなたに密告したのは?!」
「大神君、あーん」
「えっ、千景、急にどうし――」
「あーん」
「あ、はい……」
「え、なにこの状況。アタシはどうしたら良いの?乗れば良いの?」
賑やかに過ぎていく打ち上げ。最初はぎくしゃくとしていた丸亀城勇者組。
だが、それぞれの少女が進歩を遂げ新たな自分へと歩みを確実に進めていた。
少なからずともそれらに関与している少年、大神紅葉。
「……………………」
そんな彼を、高嶋友奈はじっと見つめていた。